【藍染明友】
眼鏡とコンタクトを外した俺の顔を見て、桃花さんは言葉を失った。目を大きく開き、両手で鼻の先から下を覆い隠して固まる。
四年以上、ほぼ毎日ってくらい会っていたのだから、そうなるだろう。
それが当然だ。
一方、蓮顕さんは目を輝かせて、「カッコイイですねえ。隠すの勿体ないですから、前髪切ったらどうですか? モテますよ」と、桃花さんとは正反対のリアクションだ。
「昔、目の色で酷いイジメを受けたんで、トラウマで隠していたんですけど、カッコイイですか。そうですか。じゃあ、このまま生活しましょうかね」
ヤケクソで笑顔を作ったら、蓮顕さんに拍手された。
桃花さんはというと、
「ごめんなさい。隠したままでいたかったんでしょう? イジメはツラいものね。そっか、だから朔良にあんなに優しく……」
感極まって涙を零し始めた。
「あの、眼鏡かけていいですか?」
桃花さんを刺激しないように、俺はそっと蓮顕さんに尋ねた。
「構いません。なくても大丈夫のようですが、眼鏡がお好きなんですか?」
トンチンカンな質問に俺は苦笑した。
「生活にあまり支障はないですけど、軽い近視で度が入ってるんです。あと、安心感というか慣れですね。それに、眼鏡してないのと前髪が目に刺さりやすいんです。木仏を作成する時、木屑が目に入りませんし」
「そうですか。ではでは、一旦ここで解散いたしましょうか?」
蓮顕さんがパンと手を合わせた。
「はあっ‼」
思わず馬鹿デカイ声を上げてしまい、俺は周囲を見回してペコペコ頭を下げた。
桃花さんはハンカチを目に当てて泣くのを堪えようとしているが、蓮顕さんの言葉に動揺している様子はない。
「どういうことですか! 俺の相談が始まってすらないのにお開きって意味わかんないんですけど」
「私はこれから桜木さんと一緒に病室に向かい、ご主人にも色々お聞きして、根回しをしてもらう予定です。旦那さんの家系のことですから、旦那さんに話を伺うのが一番でしょう。憶測よりも情報と証拠です。詳しいことがわかりましたら、改めて明友さんにご連絡いたします。明友さんは、旦那さんの病室に行けないでしょう?」
蓮顕さんの言うことは尤もだけど、見透かされているのが腹立たしい。
「それに、桃花さんの相談も、明友さんがしたいだろう相談も大体同じでしょうから、今日は本格的に解決するための足掛かりを作らせていただきます。明友さんにはバンバン働いてもらうつもりなので、今日は家に帰って休んでください。早ければ明日も、学校を休んでいただきますから」
蓮顕さんはそう言うと、立ち上がった。
「まもりちゃんも行きますよ。荷物を持ちますから退いてください」
蓮顕さんは荷物に向かって、軽く急かした。
「そうそう。桃花さんがここでお会いしたこと、内緒にしてくださるそうですよ。良かったですね」
言われて、俺は蓮顕さんに弱みを握られたことに気づいた。
「ありがとうございます」
蓮顕さんではなく、桃花さんに頭を下げる。
桃花さんは鼻をすすりながら、頭を振った。感情がいっぱいで声が出ないみたいだ。
「私は桜木さんが落ち着くまでここにいます。学校からの連絡も安心して大丈夫ですよ。もし、ゆっくり休めないようでしたら、私が帰るまでに鬼子母神様を完成させて、見せていただけると嬉しいです」
暗に早く帰れと言われているのを察して、無力な俺はどうすることもできずに席を立った。
夕方過ぎに、蓮顕さんからメッセージが届いた。
明日、最寄りの駅のみどりの窓口前で待ち合わせ。時間は朝の五時二〇分。
これ、どうやって親に言い訳して家を出ればいいんだ?
それに、なんで最寄り駅。
蓮顕さんの家ってどこなの?
泊りだとしたらこの近くだよな。
わからないことだらけだけど、一々メッセージで確認することでもない。
それよりも、俺は画面をタップした。
朔也からの「ノート写させてやるから、ありがたがれ」のメッセージと、朔良の心配が詰まったメッセージだ。会いたいけれど、看病したいけど、それができないのがツラいなんて書かれたら……。
一室を仕切りで区切った俺専用のスペースで、俺は歯を食いしばり、声を殺して泣いた。
一刻でも早く会いたい。
けど、会えない。
朔良を殺したくない。
愛しすぎて、朔良の為なら命だって惜しくないのに、因縁はそんな俺の意思を捻じ曲げ、支配する。
久しぶりに、俺は先祖を憎んだ。
早朝。
お袋より早い時間に起きて、見た目だけ学校に出掛ける支度をする。
起きるのが早すぎて食欲が湧かない。
頭も体も半分寝ていて、重く感じる。
けど、朔良のためなら頑張れる。
途中でコンビニに寄ればいいかと出掛ける時、お袋が起きてきた。
「アンタも大変ねえ。違う課題にすればよかったのにね」
お袋には寝る前に嘘をついた。
考えに考えて作った嘘は、授業で街の問題のレポートを作成することになり、テーマをポイ捨てにしたから、明け方の清掃される前の街を撮影してくるというものだ。
あまりにも無理がある嘘だと思ったけど、お袋は信じてくれた。
「今日は特別だからね。朝とお昼はこれでパンでも買いなさい。お釣りはいらないけど、足りなった分は出さないから」
お袋はそう言って、食事代に千円渡してくれた。
学校をサボる上に食事代までもらうとは、罪悪感でいっぱいになるが、俺は頑張る学生を演じて家を後にした。
最寄り駅にはすでに蓮顕さんがいた。
頭陀袋と手に持てるサイズの風呂敷包みを持っていた。
俺に気づいた蓮顕さんが手を振る。
あまりの元気さに、見ているだけで疲れてくる。坊さんだから、朝に強いんだろうか。
「おはようございます」
俺は駆け寄りながら頭を下げた。
「おはようございます。はい、これをどうぞ」
差しだされたのは大きめの切符。
受け取って、二枚あるのに気づく。
一枚は乗車券で、二枚目は自由席の特急券だ。
行き先を見て、俺は弾かれたように顔をあげた。
「まずは行きだけお渡ししました。これから、朔良家の本家に向かいます。駅に迎えが来てくださることになりましたら、道に迷う心配はありませんよ。詳しいお話は新幹線でしますね。では行きましょう」
意気揚々と改札口に向かう蓮顕さんを、俺は遅れて追った。
改札を抜けると、蓮顕さんが立ち止りキョロキョロと階段を見遣り、案内の電光掲示板を見上げた。
これは、俺が案内しなきゃだ。
「蓮顕さん、上野方面はこっちです。着物ですし、階段ではなくエレベータでおりましょう。あと、これは俺が持ちます」
俺は蓮顕さんからちょっと強引に風呂敷包みを奪うと、エレベータを指さした。
早朝の在来線は争奪戦だった。
早朝なのに椅子取りゲームの速さでシートが埋まり、俺と蓮顕さんは迷惑にならないよう端に立って他愛もない話を始めたはずが、蓮顕さんへの嫉妬が止まらずに、悔しさと敗北感に打ちのめされた。
蓮顕さんは奈良に住んでいるそうで、昨夜は桜木家に泊まり、今日も泊る予定だという。
「朔也さんも朔良さんもとてもいい子なんでが、朔良さんは神仏のご加護が人一倍で驚きました。少し落ち込んでいらっしゃるようで、小さな鹿のヌイグルミを大切そうに持ち歩いていましたよ。食事とトイレとお風呂以外は常に一緒って感じでした。覗き見してしまいましたけど、居間で一生懸命アナタへのメッセージを慣れない手つきで入力する姿は健気で尊かったですねえ」
俺の知らない朔良の姿を嬉々として語る蓮顕さんは、絶対にドSだ。
朔良に一日会えないだけでもツラいのに、傷口を塩で抉るように笑顔で語られると、一回ぐらいツルツルな頭を叩いてもいいんじゃないかって思えてくる。
知らない朔良の姿をもっと知りたくて、嫉妬しながらも話を止めない俺はドMなんだと思う。
上野で乗り換えて東京駅に降りると、蓮顕さんから新幹線に乗る前にコンタクトを外すように言われ、急いでお手洗いに寄ってコンタクトを外した。
蓮顕さんがスクショしていた新幹線の情報を見せてもらったら、お弁当を買う余裕もなくて、空腹を感じ始めながらサクサク移動して乗車。
そして今、俺は喉の渇きと空腹に耐えながら通路側の席に座っていた。両足の間にリュックを置くのは、世間は泥棒ばかりだから気を抜くなというお袋の教えがあるからだ。実際、イジメで物を隠されたり捨てられたり破られたりした俺は、他人への警戒が人一倍強くて、荷物が手元にないと安心出来ない。
俺は朔也に今日も休むメッセージを送ると、朔良宛のメッセージを入力しようとして手が止まった。
会いたいのに会えない気持ちが膨らみすぎて、少し文を考えたては却下を繰り返すこと一〇回以上。
『朔良へ 会いたい』
初めて、短すぎるメッセージを送信した。
それ以外の言葉はどれも言い訳じみていて、送る気になれなかった。
目を閉じて、ダラリと背凭れに体を預ける。
空腹はともかく、渇きがつらくなってきた。
今日はペットボトルを買うつもりで水筒を持ってこなかったから、水分補給するなら、ちょっと高いが機内販売で買うしかない。
並んで座る蓮顕さんの、「朝から人が多かったですけど、リモートワークはなくなったんですかね」と、のんびりな口調につられて目を開ける。
蓮顕さんは座席テーブルを開くと、膝に乗せていた風呂敷包みを置いた。
「明友さんもテーブルを準備してください」
言われるまま、俺もテーブルを広げたが、置くものがあるとすればスマホしかない。
「朝食にしましょうか」
蓮顕さんが広げた風呂敷包みから、ラップに包まれたおにぎりが六個と、アルミの包みが二個、ペットボトルのお茶が日本に持ち歩きようのウェットティッシュと二膳の箸が現れた。
「おにぎりは三個ずつですので、こちらが明友さんの分です。アルミは大きいのが明友さんので、竹箸がこちら。ウェットテッシュは私のテーブルの端っこに置きますから、必要になったら取ってください」
説明しながらテキパキと中身を分けると、蓮顕さんは風呂敷を折りたたんで首に掛けたままの頭陀袋に仕舞った。
「俺の分まであるんですか? これ、手作りですよね」
驚く俺に、
「朝早くから桃花さんが作ってくださったんですよ。感謝していただきましょうね」
蓮顕さんが両手を合わせて見せた。
俺も両手を合わせて前を見る。
「では、ご一緒に」
蓮顕さんの合図で、
「「いただきます」」
俺は蓮顕さんと声をハモらせた。
ウェットテッシュで手を拭いてからアルミホイルを開ける。
蓮顕さんのアルミホイルの中身は茄子とピーマンのみそ炒めで、俺のにはアルミホイルで境目が作られていて、ウィンナーと卵焼きも入っていた。
朝早くからこれだけの料理を準備してくれるなんて、桃花さんがどれだけ蓮顕さんを頼っているかが窺える。
「ご馳走ですね」
俺が見てきた中で一番幸せそうな笑みを浮かべた蓮顕さんが、茄子を口に運んだ。
じっくり味わうように咀嚼すると、おにぎりのラップを外して一口齧り、これもまた最高に嬉しそうな顔をする。
「ああ、本当に美味しいですねえ。何より、家族への愛情が込められている。頑張ろうと奥底から泉のように力が湧いてきます」
蓮顕さんが小さく笑い声を漏らした。
言われると、確かに感謝の気持ちで満たされて、心が落ち着いているのがわかる。
「お坊さんって、本当に動物性たんぱく質を取らないんですね」
「昨日、プリンのパフェをいただきましたし、普段は肉も魚も卵もいただきますよ。今回は何が起きるかわかりませんから、なるべく潔斎に近い状態にしているんです」
蓮顕さんがペットボトルの蓋を外し、お茶をゴクリと飲んだ。
ペットボトルのお茶すら、この人が飲むと美味しそうに見えるから不思議だ。
「食というのは奥が深く、食材やバランスの良さはもちろんですが、感謝や慈しみ、愛情などの気持ちが重大なんです。生産者が愛情を込めて育てた野菜や家畜、みんなのためにと苦労して捕らえた魚などは、それだけで全然味が違います。そこに、大切に命を頂く思いや、誰かに美味しく食べてほしい気持ち、食材があることのありがたみなど、たくさんのプラスの気持ちや願いを込めて、丁寧に作られた食事は至高のものとなります。食材を育てることも、捕らえることも、料理を作ることも、もちろん木仏を作り上げることも、すべてが修行なんです。人生に無駄はありません。気づけばすべてが修行であり、正しければいつか必ず高みに近づけます。まあ、その逆もあるんですけどね。堕ちる一方となっては救われチャンスにすら気づけなくなります」
スラスラと語る蓮顕さんは、霊能力がなくてもちゃんと坊さんなんだなと実感した。多分、坊さんとしての基礎がしっかりしているんだ。
この人にとって、僧侶は天職であり適職なんだろう。
「時間はたっぷりありますから、まずはゆっり食事を味わい、英気を養いましょう。その後、今回の呪いについてわかったことをお伝えしますね」
蓮顕は俺に軽く頷くと、テーブルに顔を向けた。見ている人をも幸せにする笑顔で、食事を再開する。
俺は少しの見入ってから、自分のご飯に向き合った。
食への気持ちを新たにして、卵焼きを齧った。
新幹線の各駅停車は進みが遅い。
特急を一流のスポーツランナーに例えると、各駅停車の進み具合は一般人の走りだ。
しっかりとご飯を食べて、窓からの陽の光りを浴びていると、体調が整っていくのがわかる。
「まずは、桜木家の呪いによってお亡くなりになられたと思われる方々と無事な方を順番に説明していきますね」
蓮顕さんが、頭陀袋からメモ帳を取りだした。
「ちょっと待ってください」
慌てて俺は足元のリュックからクリアファイルとペンケースを取りだした。クリアファイルから、挟んでいたルーズリーフ一枚と下敷きを抜き取り、ペンケースからシャープペンをと取りだす。
蓮顕さんのメモを見せてもらってもいいけど、書くことは理解を深める早道だ。
俺の場合、書く書かないかだけでテストの成績が極端に変わってしまう。
「お願いします」
気合いが入りすぎてしまった俺に、蓮顕さんが「いいですねえ」と笑った。
「オジやオバ表現はややこしくなるので、理解しやすい言い方をしていきます。名前は省略して、宗也さんから見た関係で説明します。宗也の家系でのみ呪いが発動していますので、そこだけに焦点を当てます。宗也さんのポジションを本人とします。入り嫁と入り婿に当たる方は、桜木家の血が入っていないため、ご健在です」
蓮顕さんの声から穏やかさが抜けた。
講義モードの蓮顕さんに、俺は生徒になった気持ちで聞き逃さないぞと耳に意識を集中した。
「直系のトップなのが、本人から見て祖父と祖母になります。祖母はすでにお亡くなりになっていますが、入り嫁ですので関係ありません。余談になりますが、祖母は二〇年近く前になくなっているそうです。
祖父は百歳手前だったそうで、介護施設で幽霊がいると騒いでベッドから転落。最初の呪いの犠牲者と考えています。
金の亡者で短気な乱暴者だったそうです。
桜木家の血筋はこの性質を受け継いでいる者が多く、財産目当てで世襲される業突く張りが多かったみたいですね。
家系図が残ってて、そういう話を祖母に訊いたと宗也さんが言っていました。
祖父と祖母の間には、二人の子供がいます。長男と次男です。本人との関係から見れば、父と父の兄に当たります。父の兄が祖父の家を継いでいますので、直系を引き継いだと考えます。
二番目に亡くなったのが、父の兄です。電信柱に車で衝突しました。当時の言動から、呪いと考えられます。
父の兄の奥さんは入り嫁ですので、ご健在です。
彼も業突く張りで、祖父を施設に入れてから土地や骨董品などを勝手に売りまくっていたそうで、祖父が健在の時から遺産相続問題でかなり揉めていたそうです。弟とは死ぬまで揉めていて、会いはするものの仲は悪かったそうです。
それだけでなく、色々な人と揉めていたようですね。一番最近の揉め事は呪いが発動した時期に近く、更地にせず土地を売ったところ、相手から工事が進まない土地などいらないとクレームがあったそうです。途中までの工事費込みで土地代の支払いを全部返せと言われて、争っている最中に亡くなったそうです。
次に、父の兄と入り嫁との間に生まれた長女ですが風呂場で溺死したそうです。父の兄が亡くなった直後から幽霊がいると騒いでいたそうで、お風呂場で足を滑らせての溺死となります。三番目の呪いによる死ですね。ご結婚していて、お子さんが二人います。
ここから、呪いの法則がさらに見えてくることが起きます。
彼女には長女と長男がいまして、長男は工事現場の監督で足を滑らせて転落死。父が亡くなってから女の黒い影を見ると騒いでいたそうですから、第四の呪いと考えられます。
一方、長女はご結婚されていて名字が桜木でなくなり、存命中です」
蓮顕さんの声が途切れて、俺は顔を上げた。
目と目が合う。
「彼女は嫁がれたことで家系から外れ、難を逃れたと考えていいでしょう。もしくは、血は受け継いでますので、殺す優先順位が下がっただけかもしれません」
「どちらにしても、今、生きているんですね」
「ええ。では、続けます。
亡くなった彼は結婚しています。奥さんも呪いで亡くなったと思ったようで、多額の金をつぎ込んでネットで見つけた祈祷師にお祓いをしてもらったそうです。
その後、五歳の一人息子は交通事故でなくなりました。これが第五の呪いです。息子さんは女の人がいると言っていたそうです。奥さんは息子さんを失うのが怖く、幼稚園に通わせるのをやめて軟禁。トイレもお風呂もすべて監視していたそうです。買い物の時だけ、目を離したくないと息子さんを連れて外出していたそうですが、その買い物中、ついてきているはずの息子がいなくなり、奥さんは必死に探したそうです。店の中にいないため、外に出たところで、道路に飛び出した息子さんが轢かれるのを目撃してしまい、現在精神病院に入院されています。息子さんは五歳ですから、当然未婚で子供もいません。ここで呪う相手が一度いなくなります」
「そうなると、次に呪ったのは祖父に一番近い人物で継げる人間と考えて、まだ生きている宗也さんの父親でしょうか」
「正解です。第六の呪いによる死です。彼も殺される少し前から幽霊がいると言っていたそうですが、幽霊なんか騒ぐから足を滑らしたりして死ぬんだと強気な人だったみたいですね。早朝から田畑に出掛けて帰ってこなかったため、心配した奥さんが探しに行ったところ、亡くなっていたご主人を発見されたそうです。狭い水路に挟まって亡くなっていたそうで。当時、水は流れていたそうです。死因ですが、足を滑らせて水路に落ち、強打からの溺死だと言われたそうです。奥さんはご主人に愛想を尽かしていたみたいで、幽霊に挑みかかって返り討ちにあったじゃと言ってそうで、かなり好戦的な性格が窺えます。
次に亡くなったのが、宗也さんの弟で次男になります。これが第七の呪いです。亡くなり方は明友さんがご存じの通りです。
長男の宗也さんは父親を含めた桜木家の家系と相性が悪く、次男が跡継ぎとして父と同居していたそうです。お子さんが一人いますが、離婚した奥さんが裁判の末に親権を手にしているため、奥さんの実家の姓を名乗っているそうです。こちらは存命しています。
もう一人弟がいるそうですが、こちらは入り婿だそうで名字が変わっています」
「残っているのは、宗也さんと朔也と朔良だけ……」
蓮顕さんは血の気が失せていく俺の肩を軽く叩くと、そのまま手をのせた
「今、呪いが標的にしているのは宗也さんです。すでに一度狙われましたが、剣の護法童子により回避してます。けれど、油断は出来ません。亡くなった人の名字は全員桜木です。直系を中心とした家系と血縁が呪われています。問題は呪っている側です」
俺はドキリとした。
蓮顕さんの手が俺の肩から離れた。
唯一触れていた場所の温かさが、一気に失われていく。
「昨日知ったのですが、桜木家を殺したアナタの親戚は苗字がバラバラでした。殺意を抱いた明友さんも含めて、苗字は三つ。明友さんの藍染、宗也さんを狙った澤村、そして田崎。血の繋がりはあるが、苗字はバラバラです。
狙われる側は特定できますが、狙う側は特定が不可能ということです。
血筋の方が東京と千葉に集中してるならば、いつ殺されても不思議ではありません。親戚全員と繋がりがあれば別ですが、そうではないでしょう? 例えば、宗也さんが今入院されている病院の医師や看護婦、入院患者やその家族にスタッフなど、疑いだしたら切りがありません。
すでに、東京に戻ってすぐ狙われました。宗也さんから聞きましたが、突然ドアを叩いて怒鳴りだしたスタッフがいたそうで、数人がかりでなんとか取り押さえ、連れて行ったそうです。
剣の護法童子がドアを閉めて、相手を侵入させなかったからこそ、男が取り押さえられるまでの時間を稼ぐことができました。
もし、剣の護法童子がいなかったら、すでに宗也さんは殺され、今狙われているのは朔也さんでしたでしょうね」
背筋をゾクリとした。
俺は冷たくなった体を少しでも温めようと、両腕を擦った。
霊に憑かれたりしますと、普段より力が増したりと発揮される身体能力が高まります。つまり、殺傷能力が高まるんです。
科学で解明されているんですが、身体能力は変わらないんです。ただ、普段はこれ以上力を出すと骨が折れるからと自然に制御されるんです。暗示や思い込みでも可能ですが、憑かれるとその制御が外れます」
蓮顕さんがペットボトルを手にして、お茶を呷った。
「知っている限りで結構です。教えてくれませんか。アナタの血筋のこと。青い目で生まれた理由を」
蓮顕さんの抗えない声と眼力の圧力に、俺は「はい」と言うしかなった。
桜木家のためなら、自分を犠牲にできる。
俺は語る覚悟をするため、大きく息を吸った。
俺の目の色こそ、知られたら多くの人に蔑まれるだろう祖先の遺伝なのだから。
眼鏡とコンタクトを外した俺の顔を見て、桃花さんは言葉を失った。目を大きく開き、両手で鼻の先から下を覆い隠して固まる。
四年以上、ほぼ毎日ってくらい会っていたのだから、そうなるだろう。
それが当然だ。
一方、蓮顕さんは目を輝かせて、「カッコイイですねえ。隠すの勿体ないですから、前髪切ったらどうですか? モテますよ」と、桃花さんとは正反対のリアクションだ。
「昔、目の色で酷いイジメを受けたんで、トラウマで隠していたんですけど、カッコイイですか。そうですか。じゃあ、このまま生活しましょうかね」
ヤケクソで笑顔を作ったら、蓮顕さんに拍手された。
桃花さんはというと、
「ごめんなさい。隠したままでいたかったんでしょう? イジメはツラいものね。そっか、だから朔良にあんなに優しく……」
感極まって涙を零し始めた。
「あの、眼鏡かけていいですか?」
桃花さんを刺激しないように、俺はそっと蓮顕さんに尋ねた。
「構いません。なくても大丈夫のようですが、眼鏡がお好きなんですか?」
トンチンカンな質問に俺は苦笑した。
「生活にあまり支障はないですけど、軽い近視で度が入ってるんです。あと、安心感というか慣れですね。それに、眼鏡してないのと前髪が目に刺さりやすいんです。木仏を作成する時、木屑が目に入りませんし」
「そうですか。ではでは、一旦ここで解散いたしましょうか?」
蓮顕さんがパンと手を合わせた。
「はあっ‼」
思わず馬鹿デカイ声を上げてしまい、俺は周囲を見回してペコペコ頭を下げた。
桃花さんはハンカチを目に当てて泣くのを堪えようとしているが、蓮顕さんの言葉に動揺している様子はない。
「どういうことですか! 俺の相談が始まってすらないのにお開きって意味わかんないんですけど」
「私はこれから桜木さんと一緒に病室に向かい、ご主人にも色々お聞きして、根回しをしてもらう予定です。旦那さんの家系のことですから、旦那さんに話を伺うのが一番でしょう。憶測よりも情報と証拠です。詳しいことがわかりましたら、改めて明友さんにご連絡いたします。明友さんは、旦那さんの病室に行けないでしょう?」
蓮顕さんの言うことは尤もだけど、見透かされているのが腹立たしい。
「それに、桃花さんの相談も、明友さんがしたいだろう相談も大体同じでしょうから、今日は本格的に解決するための足掛かりを作らせていただきます。明友さんにはバンバン働いてもらうつもりなので、今日は家に帰って休んでください。早ければ明日も、学校を休んでいただきますから」
蓮顕さんはそう言うと、立ち上がった。
「まもりちゃんも行きますよ。荷物を持ちますから退いてください」
蓮顕さんは荷物に向かって、軽く急かした。
「そうそう。桃花さんがここでお会いしたこと、内緒にしてくださるそうですよ。良かったですね」
言われて、俺は蓮顕さんに弱みを握られたことに気づいた。
「ありがとうございます」
蓮顕さんではなく、桃花さんに頭を下げる。
桃花さんは鼻をすすりながら、頭を振った。感情がいっぱいで声が出ないみたいだ。
「私は桜木さんが落ち着くまでここにいます。学校からの連絡も安心して大丈夫ですよ。もし、ゆっくり休めないようでしたら、私が帰るまでに鬼子母神様を完成させて、見せていただけると嬉しいです」
暗に早く帰れと言われているのを察して、無力な俺はどうすることもできずに席を立った。
夕方過ぎに、蓮顕さんからメッセージが届いた。
明日、最寄りの駅のみどりの窓口前で待ち合わせ。時間は朝の五時二〇分。
これ、どうやって親に言い訳して家を出ればいいんだ?
それに、なんで最寄り駅。
蓮顕さんの家ってどこなの?
泊りだとしたらこの近くだよな。
わからないことだらけだけど、一々メッセージで確認することでもない。
それよりも、俺は画面をタップした。
朔也からの「ノート写させてやるから、ありがたがれ」のメッセージと、朔良の心配が詰まったメッセージだ。会いたいけれど、看病したいけど、それができないのがツラいなんて書かれたら……。
一室を仕切りで区切った俺専用のスペースで、俺は歯を食いしばり、声を殺して泣いた。
一刻でも早く会いたい。
けど、会えない。
朔良を殺したくない。
愛しすぎて、朔良の為なら命だって惜しくないのに、因縁はそんな俺の意思を捻じ曲げ、支配する。
久しぶりに、俺は先祖を憎んだ。
早朝。
お袋より早い時間に起きて、見た目だけ学校に出掛ける支度をする。
起きるのが早すぎて食欲が湧かない。
頭も体も半分寝ていて、重く感じる。
けど、朔良のためなら頑張れる。
途中でコンビニに寄ればいいかと出掛ける時、お袋が起きてきた。
「アンタも大変ねえ。違う課題にすればよかったのにね」
お袋には寝る前に嘘をついた。
考えに考えて作った嘘は、授業で街の問題のレポートを作成することになり、テーマをポイ捨てにしたから、明け方の清掃される前の街を撮影してくるというものだ。
あまりにも無理がある嘘だと思ったけど、お袋は信じてくれた。
「今日は特別だからね。朝とお昼はこれでパンでも買いなさい。お釣りはいらないけど、足りなった分は出さないから」
お袋はそう言って、食事代に千円渡してくれた。
学校をサボる上に食事代までもらうとは、罪悪感でいっぱいになるが、俺は頑張る学生を演じて家を後にした。
最寄り駅にはすでに蓮顕さんがいた。
頭陀袋と手に持てるサイズの風呂敷包みを持っていた。
俺に気づいた蓮顕さんが手を振る。
あまりの元気さに、見ているだけで疲れてくる。坊さんだから、朝に強いんだろうか。
「おはようございます」
俺は駆け寄りながら頭を下げた。
「おはようございます。はい、これをどうぞ」
差しだされたのは大きめの切符。
受け取って、二枚あるのに気づく。
一枚は乗車券で、二枚目は自由席の特急券だ。
行き先を見て、俺は弾かれたように顔をあげた。
「まずは行きだけお渡ししました。これから、朔良家の本家に向かいます。駅に迎えが来てくださることになりましたら、道に迷う心配はありませんよ。詳しいお話は新幹線でしますね。では行きましょう」
意気揚々と改札口に向かう蓮顕さんを、俺は遅れて追った。
改札を抜けると、蓮顕さんが立ち止りキョロキョロと階段を見遣り、案内の電光掲示板を見上げた。
これは、俺が案内しなきゃだ。
「蓮顕さん、上野方面はこっちです。着物ですし、階段ではなくエレベータでおりましょう。あと、これは俺が持ちます」
俺は蓮顕さんからちょっと強引に風呂敷包みを奪うと、エレベータを指さした。
早朝の在来線は争奪戦だった。
早朝なのに椅子取りゲームの速さでシートが埋まり、俺と蓮顕さんは迷惑にならないよう端に立って他愛もない話を始めたはずが、蓮顕さんへの嫉妬が止まらずに、悔しさと敗北感に打ちのめされた。
蓮顕さんは奈良に住んでいるそうで、昨夜は桜木家に泊まり、今日も泊る予定だという。
「朔也さんも朔良さんもとてもいい子なんでが、朔良さんは神仏のご加護が人一倍で驚きました。少し落ち込んでいらっしゃるようで、小さな鹿のヌイグルミを大切そうに持ち歩いていましたよ。食事とトイレとお風呂以外は常に一緒って感じでした。覗き見してしまいましたけど、居間で一生懸命アナタへのメッセージを慣れない手つきで入力する姿は健気で尊かったですねえ」
俺の知らない朔良の姿を嬉々として語る蓮顕さんは、絶対にドSだ。
朔良に一日会えないだけでもツラいのに、傷口を塩で抉るように笑顔で語られると、一回ぐらいツルツルな頭を叩いてもいいんじゃないかって思えてくる。
知らない朔良の姿をもっと知りたくて、嫉妬しながらも話を止めない俺はドMなんだと思う。
上野で乗り換えて東京駅に降りると、蓮顕さんから新幹線に乗る前にコンタクトを外すように言われ、急いでお手洗いに寄ってコンタクトを外した。
蓮顕さんがスクショしていた新幹線の情報を見せてもらったら、お弁当を買う余裕もなくて、空腹を感じ始めながらサクサク移動して乗車。
そして今、俺は喉の渇きと空腹に耐えながら通路側の席に座っていた。両足の間にリュックを置くのは、世間は泥棒ばかりだから気を抜くなというお袋の教えがあるからだ。実際、イジメで物を隠されたり捨てられたり破られたりした俺は、他人への警戒が人一倍強くて、荷物が手元にないと安心出来ない。
俺は朔也に今日も休むメッセージを送ると、朔良宛のメッセージを入力しようとして手が止まった。
会いたいのに会えない気持ちが膨らみすぎて、少し文を考えたては却下を繰り返すこと一〇回以上。
『朔良へ 会いたい』
初めて、短すぎるメッセージを送信した。
それ以外の言葉はどれも言い訳じみていて、送る気になれなかった。
目を閉じて、ダラリと背凭れに体を預ける。
空腹はともかく、渇きがつらくなってきた。
今日はペットボトルを買うつもりで水筒を持ってこなかったから、水分補給するなら、ちょっと高いが機内販売で買うしかない。
並んで座る蓮顕さんの、「朝から人が多かったですけど、リモートワークはなくなったんですかね」と、のんびりな口調につられて目を開ける。
蓮顕さんは座席テーブルを開くと、膝に乗せていた風呂敷包みを置いた。
「明友さんもテーブルを準備してください」
言われるまま、俺もテーブルを広げたが、置くものがあるとすればスマホしかない。
「朝食にしましょうか」
蓮顕さんが広げた風呂敷包みから、ラップに包まれたおにぎりが六個と、アルミの包みが二個、ペットボトルのお茶が日本に持ち歩きようのウェットティッシュと二膳の箸が現れた。
「おにぎりは三個ずつですので、こちらが明友さんの分です。アルミは大きいのが明友さんので、竹箸がこちら。ウェットテッシュは私のテーブルの端っこに置きますから、必要になったら取ってください」
説明しながらテキパキと中身を分けると、蓮顕さんは風呂敷を折りたたんで首に掛けたままの頭陀袋に仕舞った。
「俺の分まであるんですか? これ、手作りですよね」
驚く俺に、
「朝早くから桃花さんが作ってくださったんですよ。感謝していただきましょうね」
蓮顕さんが両手を合わせて見せた。
俺も両手を合わせて前を見る。
「では、ご一緒に」
蓮顕さんの合図で、
「「いただきます」」
俺は蓮顕さんと声をハモらせた。
ウェットテッシュで手を拭いてからアルミホイルを開ける。
蓮顕さんのアルミホイルの中身は茄子とピーマンのみそ炒めで、俺のにはアルミホイルで境目が作られていて、ウィンナーと卵焼きも入っていた。
朝早くからこれだけの料理を準備してくれるなんて、桃花さんがどれだけ蓮顕さんを頼っているかが窺える。
「ご馳走ですね」
俺が見てきた中で一番幸せそうな笑みを浮かべた蓮顕さんが、茄子を口に運んだ。
じっくり味わうように咀嚼すると、おにぎりのラップを外して一口齧り、これもまた最高に嬉しそうな顔をする。
「ああ、本当に美味しいですねえ。何より、家族への愛情が込められている。頑張ろうと奥底から泉のように力が湧いてきます」
蓮顕さんが小さく笑い声を漏らした。
言われると、確かに感謝の気持ちで満たされて、心が落ち着いているのがわかる。
「お坊さんって、本当に動物性たんぱく質を取らないんですね」
「昨日、プリンのパフェをいただきましたし、普段は肉も魚も卵もいただきますよ。今回は何が起きるかわかりませんから、なるべく潔斎に近い状態にしているんです」
蓮顕さんがペットボトルの蓋を外し、お茶をゴクリと飲んだ。
ペットボトルのお茶すら、この人が飲むと美味しそうに見えるから不思議だ。
「食というのは奥が深く、食材やバランスの良さはもちろんですが、感謝や慈しみ、愛情などの気持ちが重大なんです。生産者が愛情を込めて育てた野菜や家畜、みんなのためにと苦労して捕らえた魚などは、それだけで全然味が違います。そこに、大切に命を頂く思いや、誰かに美味しく食べてほしい気持ち、食材があることのありがたみなど、たくさんのプラスの気持ちや願いを込めて、丁寧に作られた食事は至高のものとなります。食材を育てることも、捕らえることも、料理を作ることも、もちろん木仏を作り上げることも、すべてが修行なんです。人生に無駄はありません。気づけばすべてが修行であり、正しければいつか必ず高みに近づけます。まあ、その逆もあるんですけどね。堕ちる一方となっては救われチャンスにすら気づけなくなります」
スラスラと語る蓮顕さんは、霊能力がなくてもちゃんと坊さんなんだなと実感した。多分、坊さんとしての基礎がしっかりしているんだ。
この人にとって、僧侶は天職であり適職なんだろう。
「時間はたっぷりありますから、まずはゆっり食事を味わい、英気を養いましょう。その後、今回の呪いについてわかったことをお伝えしますね」
蓮顕は俺に軽く頷くと、テーブルに顔を向けた。見ている人をも幸せにする笑顔で、食事を再開する。
俺は少しの見入ってから、自分のご飯に向き合った。
食への気持ちを新たにして、卵焼きを齧った。
新幹線の各駅停車は進みが遅い。
特急を一流のスポーツランナーに例えると、各駅停車の進み具合は一般人の走りだ。
しっかりとご飯を食べて、窓からの陽の光りを浴びていると、体調が整っていくのがわかる。
「まずは、桜木家の呪いによってお亡くなりになられたと思われる方々と無事な方を順番に説明していきますね」
蓮顕さんが、頭陀袋からメモ帳を取りだした。
「ちょっと待ってください」
慌てて俺は足元のリュックからクリアファイルとペンケースを取りだした。クリアファイルから、挟んでいたルーズリーフ一枚と下敷きを抜き取り、ペンケースからシャープペンをと取りだす。
蓮顕さんのメモを見せてもらってもいいけど、書くことは理解を深める早道だ。
俺の場合、書く書かないかだけでテストの成績が極端に変わってしまう。
「お願いします」
気合いが入りすぎてしまった俺に、蓮顕さんが「いいですねえ」と笑った。
「オジやオバ表現はややこしくなるので、理解しやすい言い方をしていきます。名前は省略して、宗也さんから見た関係で説明します。宗也の家系でのみ呪いが発動していますので、そこだけに焦点を当てます。宗也さんのポジションを本人とします。入り嫁と入り婿に当たる方は、桜木家の血が入っていないため、ご健在です」
蓮顕さんの声から穏やかさが抜けた。
講義モードの蓮顕さんに、俺は生徒になった気持ちで聞き逃さないぞと耳に意識を集中した。
「直系のトップなのが、本人から見て祖父と祖母になります。祖母はすでにお亡くなりになっていますが、入り嫁ですので関係ありません。余談になりますが、祖母は二〇年近く前になくなっているそうです。
祖父は百歳手前だったそうで、介護施設で幽霊がいると騒いでベッドから転落。最初の呪いの犠牲者と考えています。
金の亡者で短気な乱暴者だったそうです。
桜木家の血筋はこの性質を受け継いでいる者が多く、財産目当てで世襲される業突く張りが多かったみたいですね。
家系図が残ってて、そういう話を祖母に訊いたと宗也さんが言っていました。
祖父と祖母の間には、二人の子供がいます。長男と次男です。本人との関係から見れば、父と父の兄に当たります。父の兄が祖父の家を継いでいますので、直系を引き継いだと考えます。
二番目に亡くなったのが、父の兄です。電信柱に車で衝突しました。当時の言動から、呪いと考えられます。
父の兄の奥さんは入り嫁ですので、ご健在です。
彼も業突く張りで、祖父を施設に入れてから土地や骨董品などを勝手に売りまくっていたそうで、祖父が健在の時から遺産相続問題でかなり揉めていたそうです。弟とは死ぬまで揉めていて、会いはするものの仲は悪かったそうです。
それだけでなく、色々な人と揉めていたようですね。一番最近の揉め事は呪いが発動した時期に近く、更地にせず土地を売ったところ、相手から工事が進まない土地などいらないとクレームがあったそうです。途中までの工事費込みで土地代の支払いを全部返せと言われて、争っている最中に亡くなったそうです。
次に、父の兄と入り嫁との間に生まれた長女ですが風呂場で溺死したそうです。父の兄が亡くなった直後から幽霊がいると騒いでいたそうで、お風呂場で足を滑らせての溺死となります。三番目の呪いによる死ですね。ご結婚していて、お子さんが二人います。
ここから、呪いの法則がさらに見えてくることが起きます。
彼女には長女と長男がいまして、長男は工事現場の監督で足を滑らせて転落死。父が亡くなってから女の黒い影を見ると騒いでいたそうですから、第四の呪いと考えられます。
一方、長女はご結婚されていて名字が桜木でなくなり、存命中です」
蓮顕さんの声が途切れて、俺は顔を上げた。
目と目が合う。
「彼女は嫁がれたことで家系から外れ、難を逃れたと考えていいでしょう。もしくは、血は受け継いでますので、殺す優先順位が下がっただけかもしれません」
「どちらにしても、今、生きているんですね」
「ええ。では、続けます。
亡くなった彼は結婚しています。奥さんも呪いで亡くなったと思ったようで、多額の金をつぎ込んでネットで見つけた祈祷師にお祓いをしてもらったそうです。
その後、五歳の一人息子は交通事故でなくなりました。これが第五の呪いです。息子さんは女の人がいると言っていたそうです。奥さんは息子さんを失うのが怖く、幼稚園に通わせるのをやめて軟禁。トイレもお風呂もすべて監視していたそうです。買い物の時だけ、目を離したくないと息子さんを連れて外出していたそうですが、その買い物中、ついてきているはずの息子がいなくなり、奥さんは必死に探したそうです。店の中にいないため、外に出たところで、道路に飛び出した息子さんが轢かれるのを目撃してしまい、現在精神病院に入院されています。息子さんは五歳ですから、当然未婚で子供もいません。ここで呪う相手が一度いなくなります」
「そうなると、次に呪ったのは祖父に一番近い人物で継げる人間と考えて、まだ生きている宗也さんの父親でしょうか」
「正解です。第六の呪いによる死です。彼も殺される少し前から幽霊がいると言っていたそうですが、幽霊なんか騒ぐから足を滑らしたりして死ぬんだと強気な人だったみたいですね。早朝から田畑に出掛けて帰ってこなかったため、心配した奥さんが探しに行ったところ、亡くなっていたご主人を発見されたそうです。狭い水路に挟まって亡くなっていたそうで。当時、水は流れていたそうです。死因ですが、足を滑らせて水路に落ち、強打からの溺死だと言われたそうです。奥さんはご主人に愛想を尽かしていたみたいで、幽霊に挑みかかって返り討ちにあったじゃと言ってそうで、かなり好戦的な性格が窺えます。
次に亡くなったのが、宗也さんの弟で次男になります。これが第七の呪いです。亡くなり方は明友さんがご存じの通りです。
長男の宗也さんは父親を含めた桜木家の家系と相性が悪く、次男が跡継ぎとして父と同居していたそうです。お子さんが一人いますが、離婚した奥さんが裁判の末に親権を手にしているため、奥さんの実家の姓を名乗っているそうです。こちらは存命しています。
もう一人弟がいるそうですが、こちらは入り婿だそうで名字が変わっています」
「残っているのは、宗也さんと朔也と朔良だけ……」
蓮顕さんは血の気が失せていく俺の肩を軽く叩くと、そのまま手をのせた
「今、呪いが標的にしているのは宗也さんです。すでに一度狙われましたが、剣の護法童子により回避してます。けれど、油断は出来ません。亡くなった人の名字は全員桜木です。直系を中心とした家系と血縁が呪われています。問題は呪っている側です」
俺はドキリとした。
蓮顕さんの手が俺の肩から離れた。
唯一触れていた場所の温かさが、一気に失われていく。
「昨日知ったのですが、桜木家を殺したアナタの親戚は苗字がバラバラでした。殺意を抱いた明友さんも含めて、苗字は三つ。明友さんの藍染、宗也さんを狙った澤村、そして田崎。血の繋がりはあるが、苗字はバラバラです。
狙われる側は特定できますが、狙う側は特定が不可能ということです。
血筋の方が東京と千葉に集中してるならば、いつ殺されても不思議ではありません。親戚全員と繋がりがあれば別ですが、そうではないでしょう? 例えば、宗也さんが今入院されている病院の医師や看護婦、入院患者やその家族にスタッフなど、疑いだしたら切りがありません。
すでに、東京に戻ってすぐ狙われました。宗也さんから聞きましたが、突然ドアを叩いて怒鳴りだしたスタッフがいたそうで、数人がかりでなんとか取り押さえ、連れて行ったそうです。
剣の護法童子がドアを閉めて、相手を侵入させなかったからこそ、男が取り押さえられるまでの時間を稼ぐことができました。
もし、剣の護法童子がいなかったら、すでに宗也さんは殺され、今狙われているのは朔也さんでしたでしょうね」
背筋をゾクリとした。
俺は冷たくなった体を少しでも温めようと、両腕を擦った。
霊に憑かれたりしますと、普段より力が増したりと発揮される身体能力が高まります。つまり、殺傷能力が高まるんです。
科学で解明されているんですが、身体能力は変わらないんです。ただ、普段はこれ以上力を出すと骨が折れるからと自然に制御されるんです。暗示や思い込みでも可能ですが、憑かれるとその制御が外れます」
蓮顕さんがペットボトルを手にして、お茶を呷った。
「知っている限りで結構です。教えてくれませんか。アナタの血筋のこと。青い目で生まれた理由を」
蓮顕さんの抗えない声と眼力の圧力に、俺は「はい」と言うしかなった。
桜木家のためなら、自分を犠牲にできる。
俺は語る覚悟をするため、大きく息を吸った。
俺の目の色こそ、知られたら多くの人に蔑まれるだろう祖先の遺伝なのだから。
