【藍染明友】
病院を後にした俺は、速足で駅に向かいながら、真っ先に家へ電話をかけた。
すぐに電話は繋がり、母さんに事情を話して遅れると伝える。
『わかった。帰ったら、お父さんに餃子の皮包みを代わってもらったお礼を言いなさいよ。アンタの唯一のお友達んちのことだし、毎週タダでご飯を食べさせてもらってるんだから、僅かでも恩を返せて良かったじゃない』
呆気ないほど簡単に母さんから許しをもらった。
メッセージアプリには、アルバイトに出掛けている兄ちゃんから二回の送信があり、確認する。
一つ目。
『毎日毎日、飽きずに同じとこ通ってご苦労。すっかり忘れてたけど、母さん知らなかったヤツ、わかった。桜木。お前の友達と同じ苗字だな。そっちで似た話聞いたなら、同じ人物かも。親戚でも他人だ。気にするな』
二つ目。
『追伸。今日、東京で親戚が事故起こした。人を轢き殺しかけた。タイヤがパンクして、轢かずに済んだらしい。相手は軽く怪我。名前、わからん。さすがに桜木じゃないだろう。こっちは大騒ぎだ』
俺は短めに、『ありがとう。助かり。今帰るとこ。今日の餃子は親父が巻いてる』と入力して送信。
朔良たちは被害者の血縁。
俺は加害者の血縁。
逃れられない事実を確認して、俺は行き場のない縁への憤りを握る拳に集中させた。
イジメが起きた時、俺は先祖を憎んだ。
イジメの原因が、先祖の特徴を受け継いでしまったからだった。
いわゆる先祖返りだ。
母方の家系は定期的に先祖返りがあり、そのたびにつらい思いをしてきたため、家族の絆はもちろん、親戚の結びつきが強い。
あの頃は、祖父母の家に遊びに行っても仏壇に手を合わせなかったし、墓参りに強制参加されせられた時は手を一秒合わせて終わりで、掃除すら手伝わなかった。
仏師になりたいと言いながら、子孫を不幸にする先祖なんて碌でもないと思っていた。
親戚んちで、坊さんから先祖の業は子孫が引き継ぐと聞いた時、俺の先祖返りは業なのかと腹が立ち、スクッと立ち上がって「こんなに俺を苦しめる先祖なんか死んじまえ!」と支離滅裂なことを怒鳴って逃げたこともある。
大きく変わったのは、引っ越してからだった。
イジメられなくなって、ようやく俺の心に余裕が生まれだした。
そしたら、先祖はともかく、何かと気遣ってくれる兄ちゃんに嫌われたくないと思う自分に気づいたんだ。
気づきは連鎖反応みたいに起きた。
早い反抗期を迎えた俺を見捨てないでいてくれた両親の存在がありがたくなって、俺は家族を大好きになった。
会うたびに心配してくれる祖父母たちも、母方の親族も、悪くはないなと思えるようになった。父方の親族は、祖父母以外は未だに好きにはなれないけど、適当に受け流すことができるようになった。
そして、朔良と出会い、朔良を好きになって、朔良の家族も特別な存在になって今がある。
殺し殺されも縁だというなら、どうして俺は朔良に魅かれたのだろう。
家系か何かの縁ならば、最初から互いをいけ好かなく思えたほうが楽だ。
病院の最寄り駅で電車に乗り、途中、上野で始発の電車に乗り換える。
着いたばかりの始発だから、簡単にシートの端に座れた。
財布から名刺を取りだし、スマホのアプリでQRコードを読み込む。
友達登録が終わり、最初に何を入力しようか迷ってから、
『こんにちは。奈良でお会いした修学旅行生の藍染明友です』
と、入力して送信した。
伝えたいことがたくさんありすぎて、入力にどれだけ時間がかかるかわからない。
かといって、ここは車内だ。音声通話はまわりの迷惑でしかない。
それに、親しくもないのにいきなり音声通話はハードルが高い。
とにかく、駅につくまで入力出来ることを入力しようと決めた時、いきなりポコッとメッセージが現れた。
蓮顕さんからだ。
メッセージは、『お久しぶりです。こんにんちは。』と、文章の最後にしかり句点があるのが、坊さんらしかった。
どう返そうか悩みながら、『早速でスミマセン。』まで入力して止まっていると、蓮顕さんから次のメッセージが送られてきた。
それを見て、俺は目を見開いた。
内容は、明日の午前一〇時半に、宗也さんが入院している病院の入口で会いませんかというものだ。
まだ病院名を伝えていないのに、どうすればピンポイントで同じ病院を指定出来るんだ?
態々、東京まで出てきてくれるってこと?
それとも、奈良にいたのはたまたま?
考え込んでいると、更にメッセージが届いた。
『お会いした際にご説明いただければと存じます。平日ですので、学校をお休みいただくことになりますがいかがでしょうか。』
俺は即『行きます。よろしくお願いします』とメッセージを返した。
ジーッと画面を見つめていると、またメッセージが送られてきた。
『ありがとうございます。すべてのご説明は明日のお会いしてからで結構です。今日はゆっくりお休みになられますように。明日、お待ちしております。』
本当に明日来てくれるのか。不安はあるけれど、俺はそっと目を閉じた。
相談できる相手がいる。
それだけで、心が少し軽くなる。
けど、相談するだけじゃ足りない。
朔良が大切な人を大切にしたいし、罪を犯して家族を悲しませたくない。
何より、ずっと朔良と一緒にいたい。
死ぬまで。
死んでからも。
朔良といたい。
重すぎる愛だと自分でも思うけど、会った瞬間から願いは変わらない。
翌日。
学校に行く姿でお弁当を持って家を出てから、待ち合わせまでの時間を潰すのに苦労した。
朔也に風邪で休むとメッセージを送り、続けて、朔良宛のメッセージを入力していく。
『朔良へ。風邪を引きました。だから、学校を休みました。朔良に会いけど、会えないんだ。ゴメンね。いつ風邪が治るかわからなくて、明日も会えないかもしれない。朔良に会いたいけど、風邪を移したくないから我慢するね。朔也に一日でも早く会えるように治すから、それまで待っていてね』
それを送信して、朔也に託す。
朔良に嘘をつくのは心苦しかった。
俺の噓を信じて、宗也さんのこともあるのに、俺の心配をしてくれることが簡単に想像出来て、溜め息をつくしかなかった。
朔良を苦しめたくないのに、俺が朔良の心を痛めることになるのが遣る瀬無い。
学校から家へ連絡がないように願いながら、時間を潰すために東京駅構内の休憩スペースに向かい、やることがなくて早弁した。
土産や弁当屋を冷やかしで覗く気も、SNSを観る気も起きない。
結局、待っていられなくて、病院に向かったら予定よりも早くついて、その辺をブラブラして時間を潰す。
昨日は必死だったから、近場の建物の総合案内に尋ねて病室に辿りついたけど、この病院、複数の党が空中回路で繋がってたりするんだよな。
昨日、院内のコンビニに行くためにフロアマップもらったけど、コンビニが三か所もあってビックリしたもんな。
入口って、どの建物の入口だろう。
それ以前に、蓮顕さんが約束通り来るとは限らない。
信じるしかないのに信じきれなくて、不安と焦燥感が体感時間を長くする。
五分前に入口へ着くよう敷地に入ると、遠くに坊さんだろう後ろ姿が見えた。
隣には女性がいて、知り合いのようだ。
大風呂敷を背負った坊さんは、法事でよく見る黒のバッグを右手で持ち、背に大きな風呂敷を背負っている。
隣の女性はスーツケースを引いている。
あれは蓮顕さんだろうか?
連れがいる連絡はなかった。
坊さんも病院を利用するだろし、見舞いに来たりするだろう。
深く考えず歩いていると、坊さんの後ろ姿が近づいてきた。
あと五メートルくらい。
突如、坊さんが振り返った。
蓮顕さんだ。
「明友君、お久しぶりーっ!」
近所の気心知れたオジサンみたいに、足を止めて手を振ってきた。
「お久しぶりです」と言いかけて、俺は固まった。
蓮顕さんの隣にいたのが、桃花さんだったからだ。
会う可能性はあると思っていたけど、蓮顕さんと一緒とは想像もつかなかった。
親しそうに話していたし、二人は知り合いなんだよな。
「あら、明友君学校は? もしかして、お見舞いに来てくれたの? ダメよ。いくら朔良に会えるかもしれないからって、学校を休んじゃ。それに朔良、明友君に会いたいからってついて来なかったのよ」
桃花さんが困ったように頬に片手を添えた。
「いえいえ桜木さん。私が無理を言って、明友君に学校を休んでもらったんです」
蓮顕さんが人好きのする笑みを浮かべた。
それ、絶対に営業スマイルだろ。
それより、桃花さんとはどういう関係?
なんで事前に報告してくれなかったんだよ。
恨みがましく蓮顕さんを睨みつけてしまう。
いけない。相談する相手にしていい態度じゃない。
「よろしければ、桜木さんもご一緒にお話をしませんか? 先ほどのご相談、私なら力になれます。ですから、説明だけでもいかがでしょう。これだけ大きな病院ですから、飲食出来る場所があるでしょう。昼には早いですが、そちらでお茶をいただきましょう」
蓮顕さんは一人で勝手に決めると、歩きだした。
俺は桃花さんと顔を見合わせた。
「俺たちも行きましょう」
戸惑った表情の桃花さんに同情しながら歩きだすと、蓮顕さんが振り返って止まった。
「軽食処はどこにあるのでしょうか? ご存じでしたら、案内していただきたいのですが……」
え?
あんなに意気揚々と歩きだして、そのオチって何?
呆れる俺の耳に、小さく噴きだした桃花さんの声がした。
見れば、軽く上体を丸めて腹に口に手を当てて小刻みに震えている。
これは、完全にツボに入ってるな。
一生懸命笑いを堪えようとする桃花さんに、蓮顕さんは優しい眼差しを向けている。
もしかして、さっきのお茶目な蓮顕さんの発言は、計算したものだったのか?
会うのが二回目の人のことなんて、わからなくて当然だ。
唯一わかるのは、不思議な人。
それだけだった。
院内のカフェに入ると、端のテーブルに案内された。二人用のテーブルが二脚くっついている四人掛けの席だ。
内装は大きな窓が並び、開放感があってシンプルでオシャレ。イメージだけど、代官山とかの大通りにありそうな木材を活かしたカフェって感じだ。
スーツケースがある桃花さんには壁側に座ってもらい、空いている席の下にスーツケースを入れてもらう。
蓮顕さんの風呂敷と黒の鞄は、桃花さんの隣の空いてる席に、俺はリュックを足元に置いた。
桃花さんの前に蓮顕さんが座り、必然的に俺がその隣に座る。
ウェイトレスがすぐにお冷とおしぼりを持ってきた。
ウェイトレスが俺よりの真ん中にお冷とおしぼりを置いた。その数、四人分。
えっ?
眼を見開いて固まった。
どう見ても座っているのは三人だ。
ウェイトレスが荷物へと顔を向けた。
「可愛い女の子ですね。お子様にはおしぼりが熱いかもしれません。お気をつけください。メニューが決まりましたら、そちらのボタンを押してください」
笑顔で軽く一礼してウェイトレスが、去っていく。
「あの人、目がおかしいのかしら。三人しかいないわよね」
険しい表情の桃花さんが声を潜め、俺と蓮顕さんを交互に見た。
「いえいえ、見える人には四人ですよ。もっと見える人には五人に見えるかもしれません」
微笑みを絶やさない蓮顕さんが、お冷とおしぼりを配っていく。
最後に残ったのは一人分のお冷とおしぼり。もはや、ホラーだ。
蓮顕さんが残ったおしぼりをビニールから出して広げると、折りたたんでビニールの上に置いた。
「済みませんが明友さん、私には少し遠いので前の席にビニールごとおしぼりとお冷を置いていただけますか?」
俺は顔を引き攣らせたまま、強張る手で言われるまま二つを前の席に置いた。
「怖がる必要はありませんよ。私の家の座敷童がついてきてしまったんです。顎まであるおかっぱで、七五三みたいな赤い着物なのは、オシャレをしたかったのかな? 髪の飾りもキラキラして綺麗ですね」
最後のは感想だ。
余計な緊張が増えた俺は、乾いた口腔に一口分のお冷を含んだ。それを、ゆっくりと飲み込む。
「さあさあ、何を頼みましょうか。頼まずにお話だけするわけにはいきませんからね」
蓮顕さんはメニュー表を手に取ると、開いて桃花さんに向けた。
硬い表情の桃花さんが、黙ってメニューを捲っていく。
隣に座敷童がいるかもと思ったら、緊張するに決まっている。
俺は真正面だ。
顔が上げられず、机の木目を見つめる。
「私はお握りがありますので、水出しアイスコーヒーにします」
桃花さんがサッとメニューを蓮顕さんに向けて押しだした。
「明友さんはどれにしますか?」
蓮顕さんが俺との間にメニューを置いた。
オシャレなメニューが多いけれど品数は思ったより少なく、ドリンクが充実しているが、スタンダードなのとそうでないのとで値段の差が激しい。
病院のカフェって安いイメージがあったけど、さすがは東京の大病院だ。
「私が奢りますので、遠慮なく好きな物を選んでください。フードも大丈夫ですよ。育ち盛りですから、お弁当を食べた後でもいけるでしょう」
サラッと言い当てられて、俺は思いっきり身を引いた。
蓮顕さんって、一体何者⁉
タダの坊さんを通り越して、怖すぎる。
「どうしたの? 明友君」
桃花さんが両腕をテーブルについて、身を乗りだしてきた。
「怖がらせてしまいましたね」
蓮顕さんが両手を合わせて、俺へと軽く頭を下げた。
「言い当てられました」
唇が震える。
「何を?」
桃花さんがチラリと蓮顕さんを見た。
「何も言ってないのに、ついさっき早弁したことを……」
マジックショーならどれだけ安心して驚けただろう。
俺はビビりまくりながらテーブルの端を掴んだ。そうしないと、傾いた体を支えきれない。
「あなたの後ろの守護霊が、早い時間にお弁当を食べていたから帰るまで持たないかもしれないと心配していまして、それが聞こえただけですよ」
笑顔を絶やさない蓮顕さんに、俺はもう何が起きても驚かないように精神を慣れさせようと決めた。
見えているのが当たり前な蓮顕さんに、見えない人間の驚きと恐怖はわかんないだろう。
だからって、蓮顕さんと一緒にいたら驚きの繰り返しで疲れるのはこっちだ。
もう、こういうものだって思おう。
「俺は、牛筋のブラックカレーとアイスティーにします」
「では私は……はいはい、どれにしたんですか?」
蓮顕さんが自分と俺の間に話しかける。
これは……つまり……そこに何かがいるってことだろう。
「イチゴとクリームたっぷりのプリンパフェと、リンゴジュースですね。では、私はフレッシュトマトと茄子のパスタにしましょう」
蓮顕さんはメニュー表を閉じると、呼び出しボタンを押した。
メニューを注文後。
俺は二人の関係を訊いた。
今日、ついさっき、病院の最寄りの駅で、蓮顕さんが桃花さんに病院の場所を尋ねたのが初めましてだったそうだ。目的地は同じだから一緒に行きましょうとなり、坊さんなら怪奇現象に詳しいだろうと桃花さんが相談していたところに俺が現れた。
そして、俺が勝手に勘違いしたというわけだ。
桃花さんが電車で来た理由は、入院手続きの書類をもらうときの説明で、専用駐車場の数が少ないことと、駐車料金がかかることを知り、車で来ることを諦めたから。身内が入院しても駐車料金を割り引いてもらえないそうだ。
話が本題に入る前に、さっきとは違うウェイトレスが飲み物とプリンカフェを持ってきた。
蓮顕さんが、「リンゴジュースとプリンカフェはそちらへ」と、指を揃えた手で示した先は、俺の前の席。
ウェイトレスは二品を置くと、蓮顕さんが「水出しアイスがこちらで、アイスティーが彼です」と続けて仕切ってくれた。
すべてを置いたウェイトレスは、荷物しかない椅子を見て、小さく「可愛い」と漏らして去っていった。
俺と桃花さんは顔を見合わせて頷き合った。俺は、深く考えるのはよしましょうという意味で頷いたけど、桃花さんも同じなのかはわからない。
ほどなく料理も揃い、桃花さんには申し訳ないけれど、俺と蓮顕さんは食べるのに集中した。
俺がカレーを食べ終わるより少し早く、桃花さんが移動させたプリンパフェを食べ終わった蓮顕さんが、今度はリンゴジュースを受け取って飲んでいた。
「明友さんも食べ終わりますし、本題に入りたいのですが、その前に明友さんへお願いがあります」
紙ナプキンで口を拭いた俺は、「なんでしょうか」と蓮顕さんに顔を向けた。
「今していらっしゃるコンタクトを外してきていただきたいのです」
爆弾発言を勝手にされた衝撃で、俺は固まった。
ウェイトレスが来て「お下げしましょうか」と皿を手で差し、蓮顕さんが「お願いします」と言う。
そして、皿が回収されていっても、俺は動けずにいた。
「明友君は眼鏡よね。今もかけてるし」
不思議そうな桃花さんに、蓮顕さんが頷いた。
「ええ、彼は眼鏡と一緒にコンタクトを利用しているんです」
「ちょっと待ってください。コンタクトしてるなら眼鏡要りませんよね」
納得できない桃花さんに、蓮顕さんがゆっくりと首を横に振った。
「毘沙門天様がおっしゃっていますから、真実ですよ」
蓮顕さんは一度言葉を切ると、俺に上体を向けた。
「私には毘沙門天様が付き添ってくださっています。必要となれば、その眷属が見聞きした情報が毘沙門天様に伝わるのです。修学旅行での怪談も、桜木家で起きたことも、桜木さんのご主人が静岡に出掛けて事故にあった状況も、すべて伝わっています」
俺は両手の平を力いっぱい握りしめた。
「明友さんは修学旅行中、教師の部屋でコンタクトのつけ外しをされてましたね。顔を洗うのにコンタクトをしたままでは怖いでしょうし、つけっぱなしは目に良くありませんからね。その時、ポケットに護法童子を入れていたでしょう? それに、青い目の幽霊の正体に心当たりがあるんじゃないですか? 半信半疑だったとしても、昨日の一件で確信に変わったんじゃないですか?」
穏やかに淡々と語られては、俺に逃げ場はない。
一番知りたいのは、俺が朔良と一緒にいられる方法じゃない。
朔良とその家族が死なずに済む方法だ。
俺が死んで済むなら、それもありだと思う。朔良のためなら、怖いけど簡単に腹をくくれる。
けど、俺が飛び降り自殺したところで、なんの解決にもならない。
俺は死ねても、俺の家族は殺したくないし、遡れば親戚は大量にいる。
多分、この呪いは因縁なんだと思う。先祖の……血縁の恨みを引き継いだもの。
嘘をついて拒否したら、先に進めない。
「俺がコンタクトを外せば、桜木家は助かるんですか?」
声が嫌でも堅くなる俺に、蓮顕さんが頷いた。
「ええ。今一番のメリットは、桜木さんに正確な状況を伝えられることです。言葉だけと、実際に見ていただくのでは、伝わり方が全然違います。認めたくなくても認めざるを得ないし、色々と桜木さんに協力していただけると思いますよ。この呪いの解決には、アナタと桜木家の協力が不可欠ですから」
そう言われてしまえば、コンタクトを外すしかない。
それで桜木家を守れるなら、簡単なことだ。
俺は足元のリュックを持つと、立ち上がった。
「コンタクトを外してきます」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。それまで、桜木さんとお話していますから」
一度も表情を揺らすことない蓮顕さんの瞳は、どこまでも穏やかだ。
俺は息を吐くと、二人に軽く頭を下げてお手洗いに向かった。
病院を後にした俺は、速足で駅に向かいながら、真っ先に家へ電話をかけた。
すぐに電話は繋がり、母さんに事情を話して遅れると伝える。
『わかった。帰ったら、お父さんに餃子の皮包みを代わってもらったお礼を言いなさいよ。アンタの唯一のお友達んちのことだし、毎週タダでご飯を食べさせてもらってるんだから、僅かでも恩を返せて良かったじゃない』
呆気ないほど簡単に母さんから許しをもらった。
メッセージアプリには、アルバイトに出掛けている兄ちゃんから二回の送信があり、確認する。
一つ目。
『毎日毎日、飽きずに同じとこ通ってご苦労。すっかり忘れてたけど、母さん知らなかったヤツ、わかった。桜木。お前の友達と同じ苗字だな。そっちで似た話聞いたなら、同じ人物かも。親戚でも他人だ。気にするな』
二つ目。
『追伸。今日、東京で親戚が事故起こした。人を轢き殺しかけた。タイヤがパンクして、轢かずに済んだらしい。相手は軽く怪我。名前、わからん。さすがに桜木じゃないだろう。こっちは大騒ぎだ』
俺は短めに、『ありがとう。助かり。今帰るとこ。今日の餃子は親父が巻いてる』と入力して送信。
朔良たちは被害者の血縁。
俺は加害者の血縁。
逃れられない事実を確認して、俺は行き場のない縁への憤りを握る拳に集中させた。
イジメが起きた時、俺は先祖を憎んだ。
イジメの原因が、先祖の特徴を受け継いでしまったからだった。
いわゆる先祖返りだ。
母方の家系は定期的に先祖返りがあり、そのたびにつらい思いをしてきたため、家族の絆はもちろん、親戚の結びつきが強い。
あの頃は、祖父母の家に遊びに行っても仏壇に手を合わせなかったし、墓参りに強制参加されせられた時は手を一秒合わせて終わりで、掃除すら手伝わなかった。
仏師になりたいと言いながら、子孫を不幸にする先祖なんて碌でもないと思っていた。
親戚んちで、坊さんから先祖の業は子孫が引き継ぐと聞いた時、俺の先祖返りは業なのかと腹が立ち、スクッと立ち上がって「こんなに俺を苦しめる先祖なんか死んじまえ!」と支離滅裂なことを怒鳴って逃げたこともある。
大きく変わったのは、引っ越してからだった。
イジメられなくなって、ようやく俺の心に余裕が生まれだした。
そしたら、先祖はともかく、何かと気遣ってくれる兄ちゃんに嫌われたくないと思う自分に気づいたんだ。
気づきは連鎖反応みたいに起きた。
早い反抗期を迎えた俺を見捨てないでいてくれた両親の存在がありがたくなって、俺は家族を大好きになった。
会うたびに心配してくれる祖父母たちも、母方の親族も、悪くはないなと思えるようになった。父方の親族は、祖父母以外は未だに好きにはなれないけど、適当に受け流すことができるようになった。
そして、朔良と出会い、朔良を好きになって、朔良の家族も特別な存在になって今がある。
殺し殺されも縁だというなら、どうして俺は朔良に魅かれたのだろう。
家系か何かの縁ならば、最初から互いをいけ好かなく思えたほうが楽だ。
病院の最寄り駅で電車に乗り、途中、上野で始発の電車に乗り換える。
着いたばかりの始発だから、簡単にシートの端に座れた。
財布から名刺を取りだし、スマホのアプリでQRコードを読み込む。
友達登録が終わり、最初に何を入力しようか迷ってから、
『こんにちは。奈良でお会いした修学旅行生の藍染明友です』
と、入力して送信した。
伝えたいことがたくさんありすぎて、入力にどれだけ時間がかかるかわからない。
かといって、ここは車内だ。音声通話はまわりの迷惑でしかない。
それに、親しくもないのにいきなり音声通話はハードルが高い。
とにかく、駅につくまで入力出来ることを入力しようと決めた時、いきなりポコッとメッセージが現れた。
蓮顕さんからだ。
メッセージは、『お久しぶりです。こんにんちは。』と、文章の最後にしかり句点があるのが、坊さんらしかった。
どう返そうか悩みながら、『早速でスミマセン。』まで入力して止まっていると、蓮顕さんから次のメッセージが送られてきた。
それを見て、俺は目を見開いた。
内容は、明日の午前一〇時半に、宗也さんが入院している病院の入口で会いませんかというものだ。
まだ病院名を伝えていないのに、どうすればピンポイントで同じ病院を指定出来るんだ?
態々、東京まで出てきてくれるってこと?
それとも、奈良にいたのはたまたま?
考え込んでいると、更にメッセージが届いた。
『お会いした際にご説明いただければと存じます。平日ですので、学校をお休みいただくことになりますがいかがでしょうか。』
俺は即『行きます。よろしくお願いします』とメッセージを返した。
ジーッと画面を見つめていると、またメッセージが送られてきた。
『ありがとうございます。すべてのご説明は明日のお会いしてからで結構です。今日はゆっくりお休みになられますように。明日、お待ちしております。』
本当に明日来てくれるのか。不安はあるけれど、俺はそっと目を閉じた。
相談できる相手がいる。
それだけで、心が少し軽くなる。
けど、相談するだけじゃ足りない。
朔良が大切な人を大切にしたいし、罪を犯して家族を悲しませたくない。
何より、ずっと朔良と一緒にいたい。
死ぬまで。
死んでからも。
朔良といたい。
重すぎる愛だと自分でも思うけど、会った瞬間から願いは変わらない。
翌日。
学校に行く姿でお弁当を持って家を出てから、待ち合わせまでの時間を潰すのに苦労した。
朔也に風邪で休むとメッセージを送り、続けて、朔良宛のメッセージを入力していく。
『朔良へ。風邪を引きました。だから、学校を休みました。朔良に会いけど、会えないんだ。ゴメンね。いつ風邪が治るかわからなくて、明日も会えないかもしれない。朔良に会いたいけど、風邪を移したくないから我慢するね。朔也に一日でも早く会えるように治すから、それまで待っていてね』
それを送信して、朔也に託す。
朔良に嘘をつくのは心苦しかった。
俺の噓を信じて、宗也さんのこともあるのに、俺の心配をしてくれることが簡単に想像出来て、溜め息をつくしかなかった。
朔良を苦しめたくないのに、俺が朔良の心を痛めることになるのが遣る瀬無い。
学校から家へ連絡がないように願いながら、時間を潰すために東京駅構内の休憩スペースに向かい、やることがなくて早弁した。
土産や弁当屋を冷やかしで覗く気も、SNSを観る気も起きない。
結局、待っていられなくて、病院に向かったら予定よりも早くついて、その辺をブラブラして時間を潰す。
昨日は必死だったから、近場の建物の総合案内に尋ねて病室に辿りついたけど、この病院、複数の党が空中回路で繋がってたりするんだよな。
昨日、院内のコンビニに行くためにフロアマップもらったけど、コンビニが三か所もあってビックリしたもんな。
入口って、どの建物の入口だろう。
それ以前に、蓮顕さんが約束通り来るとは限らない。
信じるしかないのに信じきれなくて、不安と焦燥感が体感時間を長くする。
五分前に入口へ着くよう敷地に入ると、遠くに坊さんだろう後ろ姿が見えた。
隣には女性がいて、知り合いのようだ。
大風呂敷を背負った坊さんは、法事でよく見る黒のバッグを右手で持ち、背に大きな風呂敷を背負っている。
隣の女性はスーツケースを引いている。
あれは蓮顕さんだろうか?
連れがいる連絡はなかった。
坊さんも病院を利用するだろし、見舞いに来たりするだろう。
深く考えず歩いていると、坊さんの後ろ姿が近づいてきた。
あと五メートルくらい。
突如、坊さんが振り返った。
蓮顕さんだ。
「明友君、お久しぶりーっ!」
近所の気心知れたオジサンみたいに、足を止めて手を振ってきた。
「お久しぶりです」と言いかけて、俺は固まった。
蓮顕さんの隣にいたのが、桃花さんだったからだ。
会う可能性はあると思っていたけど、蓮顕さんと一緒とは想像もつかなかった。
親しそうに話していたし、二人は知り合いなんだよな。
「あら、明友君学校は? もしかして、お見舞いに来てくれたの? ダメよ。いくら朔良に会えるかもしれないからって、学校を休んじゃ。それに朔良、明友君に会いたいからってついて来なかったのよ」
桃花さんが困ったように頬に片手を添えた。
「いえいえ桜木さん。私が無理を言って、明友君に学校を休んでもらったんです」
蓮顕さんが人好きのする笑みを浮かべた。
それ、絶対に営業スマイルだろ。
それより、桃花さんとはどういう関係?
なんで事前に報告してくれなかったんだよ。
恨みがましく蓮顕さんを睨みつけてしまう。
いけない。相談する相手にしていい態度じゃない。
「よろしければ、桜木さんもご一緒にお話をしませんか? 先ほどのご相談、私なら力になれます。ですから、説明だけでもいかがでしょう。これだけ大きな病院ですから、飲食出来る場所があるでしょう。昼には早いですが、そちらでお茶をいただきましょう」
蓮顕さんは一人で勝手に決めると、歩きだした。
俺は桃花さんと顔を見合わせた。
「俺たちも行きましょう」
戸惑った表情の桃花さんに同情しながら歩きだすと、蓮顕さんが振り返って止まった。
「軽食処はどこにあるのでしょうか? ご存じでしたら、案内していただきたいのですが……」
え?
あんなに意気揚々と歩きだして、そのオチって何?
呆れる俺の耳に、小さく噴きだした桃花さんの声がした。
見れば、軽く上体を丸めて腹に口に手を当てて小刻みに震えている。
これは、完全にツボに入ってるな。
一生懸命笑いを堪えようとする桃花さんに、蓮顕さんは優しい眼差しを向けている。
もしかして、さっきのお茶目な蓮顕さんの発言は、計算したものだったのか?
会うのが二回目の人のことなんて、わからなくて当然だ。
唯一わかるのは、不思議な人。
それだけだった。
院内のカフェに入ると、端のテーブルに案内された。二人用のテーブルが二脚くっついている四人掛けの席だ。
内装は大きな窓が並び、開放感があってシンプルでオシャレ。イメージだけど、代官山とかの大通りにありそうな木材を活かしたカフェって感じだ。
スーツケースがある桃花さんには壁側に座ってもらい、空いている席の下にスーツケースを入れてもらう。
蓮顕さんの風呂敷と黒の鞄は、桃花さんの隣の空いてる席に、俺はリュックを足元に置いた。
桃花さんの前に蓮顕さんが座り、必然的に俺がその隣に座る。
ウェイトレスがすぐにお冷とおしぼりを持ってきた。
ウェイトレスが俺よりの真ん中にお冷とおしぼりを置いた。その数、四人分。
えっ?
眼を見開いて固まった。
どう見ても座っているのは三人だ。
ウェイトレスが荷物へと顔を向けた。
「可愛い女の子ですね。お子様にはおしぼりが熱いかもしれません。お気をつけください。メニューが決まりましたら、そちらのボタンを押してください」
笑顔で軽く一礼してウェイトレスが、去っていく。
「あの人、目がおかしいのかしら。三人しかいないわよね」
険しい表情の桃花さんが声を潜め、俺と蓮顕さんを交互に見た。
「いえいえ、見える人には四人ですよ。もっと見える人には五人に見えるかもしれません」
微笑みを絶やさない蓮顕さんが、お冷とおしぼりを配っていく。
最後に残ったのは一人分のお冷とおしぼり。もはや、ホラーだ。
蓮顕さんが残ったおしぼりをビニールから出して広げると、折りたたんでビニールの上に置いた。
「済みませんが明友さん、私には少し遠いので前の席にビニールごとおしぼりとお冷を置いていただけますか?」
俺は顔を引き攣らせたまま、強張る手で言われるまま二つを前の席に置いた。
「怖がる必要はありませんよ。私の家の座敷童がついてきてしまったんです。顎まであるおかっぱで、七五三みたいな赤い着物なのは、オシャレをしたかったのかな? 髪の飾りもキラキラして綺麗ですね」
最後のは感想だ。
余計な緊張が増えた俺は、乾いた口腔に一口分のお冷を含んだ。それを、ゆっくりと飲み込む。
「さあさあ、何を頼みましょうか。頼まずにお話だけするわけにはいきませんからね」
蓮顕さんはメニュー表を手に取ると、開いて桃花さんに向けた。
硬い表情の桃花さんが、黙ってメニューを捲っていく。
隣に座敷童がいるかもと思ったら、緊張するに決まっている。
俺は真正面だ。
顔が上げられず、机の木目を見つめる。
「私はお握りがありますので、水出しアイスコーヒーにします」
桃花さんがサッとメニューを蓮顕さんに向けて押しだした。
「明友さんはどれにしますか?」
蓮顕さんが俺との間にメニューを置いた。
オシャレなメニューが多いけれど品数は思ったより少なく、ドリンクが充実しているが、スタンダードなのとそうでないのとで値段の差が激しい。
病院のカフェって安いイメージがあったけど、さすがは東京の大病院だ。
「私が奢りますので、遠慮なく好きな物を選んでください。フードも大丈夫ですよ。育ち盛りですから、お弁当を食べた後でもいけるでしょう」
サラッと言い当てられて、俺は思いっきり身を引いた。
蓮顕さんって、一体何者⁉
タダの坊さんを通り越して、怖すぎる。
「どうしたの? 明友君」
桃花さんが両腕をテーブルについて、身を乗りだしてきた。
「怖がらせてしまいましたね」
蓮顕さんが両手を合わせて、俺へと軽く頭を下げた。
「言い当てられました」
唇が震える。
「何を?」
桃花さんがチラリと蓮顕さんを見た。
「何も言ってないのに、ついさっき早弁したことを……」
マジックショーならどれだけ安心して驚けただろう。
俺はビビりまくりながらテーブルの端を掴んだ。そうしないと、傾いた体を支えきれない。
「あなたの後ろの守護霊が、早い時間にお弁当を食べていたから帰るまで持たないかもしれないと心配していまして、それが聞こえただけですよ」
笑顔を絶やさない蓮顕さんに、俺はもう何が起きても驚かないように精神を慣れさせようと決めた。
見えているのが当たり前な蓮顕さんに、見えない人間の驚きと恐怖はわかんないだろう。
だからって、蓮顕さんと一緒にいたら驚きの繰り返しで疲れるのはこっちだ。
もう、こういうものだって思おう。
「俺は、牛筋のブラックカレーとアイスティーにします」
「では私は……はいはい、どれにしたんですか?」
蓮顕さんが自分と俺の間に話しかける。
これは……つまり……そこに何かがいるってことだろう。
「イチゴとクリームたっぷりのプリンパフェと、リンゴジュースですね。では、私はフレッシュトマトと茄子のパスタにしましょう」
蓮顕さんはメニュー表を閉じると、呼び出しボタンを押した。
メニューを注文後。
俺は二人の関係を訊いた。
今日、ついさっき、病院の最寄りの駅で、蓮顕さんが桃花さんに病院の場所を尋ねたのが初めましてだったそうだ。目的地は同じだから一緒に行きましょうとなり、坊さんなら怪奇現象に詳しいだろうと桃花さんが相談していたところに俺が現れた。
そして、俺が勝手に勘違いしたというわけだ。
桃花さんが電車で来た理由は、入院手続きの書類をもらうときの説明で、専用駐車場の数が少ないことと、駐車料金がかかることを知り、車で来ることを諦めたから。身内が入院しても駐車料金を割り引いてもらえないそうだ。
話が本題に入る前に、さっきとは違うウェイトレスが飲み物とプリンカフェを持ってきた。
蓮顕さんが、「リンゴジュースとプリンカフェはそちらへ」と、指を揃えた手で示した先は、俺の前の席。
ウェイトレスは二品を置くと、蓮顕さんが「水出しアイスがこちらで、アイスティーが彼です」と続けて仕切ってくれた。
すべてを置いたウェイトレスは、荷物しかない椅子を見て、小さく「可愛い」と漏らして去っていった。
俺と桃花さんは顔を見合わせて頷き合った。俺は、深く考えるのはよしましょうという意味で頷いたけど、桃花さんも同じなのかはわからない。
ほどなく料理も揃い、桃花さんには申し訳ないけれど、俺と蓮顕さんは食べるのに集中した。
俺がカレーを食べ終わるより少し早く、桃花さんが移動させたプリンパフェを食べ終わった蓮顕さんが、今度はリンゴジュースを受け取って飲んでいた。
「明友さんも食べ終わりますし、本題に入りたいのですが、その前に明友さんへお願いがあります」
紙ナプキンで口を拭いた俺は、「なんでしょうか」と蓮顕さんに顔を向けた。
「今していらっしゃるコンタクトを外してきていただきたいのです」
爆弾発言を勝手にされた衝撃で、俺は固まった。
ウェイトレスが来て「お下げしましょうか」と皿を手で差し、蓮顕さんが「お願いします」と言う。
そして、皿が回収されていっても、俺は動けずにいた。
「明友君は眼鏡よね。今もかけてるし」
不思議そうな桃花さんに、蓮顕さんが頷いた。
「ええ、彼は眼鏡と一緒にコンタクトを利用しているんです」
「ちょっと待ってください。コンタクトしてるなら眼鏡要りませんよね」
納得できない桃花さんに、蓮顕さんがゆっくりと首を横に振った。
「毘沙門天様がおっしゃっていますから、真実ですよ」
蓮顕さんは一度言葉を切ると、俺に上体を向けた。
「私には毘沙門天様が付き添ってくださっています。必要となれば、その眷属が見聞きした情報が毘沙門天様に伝わるのです。修学旅行での怪談も、桜木家で起きたことも、桜木さんのご主人が静岡に出掛けて事故にあった状況も、すべて伝わっています」
俺は両手の平を力いっぱい握りしめた。
「明友さんは修学旅行中、教師の部屋でコンタクトのつけ外しをされてましたね。顔を洗うのにコンタクトをしたままでは怖いでしょうし、つけっぱなしは目に良くありませんからね。その時、ポケットに護法童子を入れていたでしょう? それに、青い目の幽霊の正体に心当たりがあるんじゃないですか? 半信半疑だったとしても、昨日の一件で確信に変わったんじゃないですか?」
穏やかに淡々と語られては、俺に逃げ場はない。
一番知りたいのは、俺が朔良と一緒にいられる方法じゃない。
朔良とその家族が死なずに済む方法だ。
俺が死んで済むなら、それもありだと思う。朔良のためなら、怖いけど簡単に腹をくくれる。
けど、俺が飛び降り自殺したところで、なんの解決にもならない。
俺は死ねても、俺の家族は殺したくないし、遡れば親戚は大量にいる。
多分、この呪いは因縁なんだと思う。先祖の……血縁の恨みを引き継いだもの。
嘘をついて拒否したら、先に進めない。
「俺がコンタクトを外せば、桜木家は助かるんですか?」
声が嫌でも堅くなる俺に、蓮顕さんが頷いた。
「ええ。今一番のメリットは、桜木さんに正確な状況を伝えられることです。言葉だけと、実際に見ていただくのでは、伝わり方が全然違います。認めたくなくても認めざるを得ないし、色々と桜木さんに協力していただけると思いますよ。この呪いの解決には、アナタと桜木家の協力が不可欠ですから」
そう言われてしまえば、コンタクトを外すしかない。
それで桜木家を守れるなら、簡単なことだ。
俺は足元のリュックを持つと、立ち上がった。
「コンタクトを外してきます」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。それまで、桜木さんとお話していますから」
一度も表情を揺らすことない蓮顕さんの瞳は、どこまでも穏やかだ。
俺は息を吐くと、二人に軽く頭を下げてお手洗いに向かった。
