一瞬で相思相愛って怪異すぎるだろ!!

【藍染明友】

 俺の体をほぼ乗っ取った良太が、女を抱きしめながら謝り続ける理由の一つは、結果的に母親を桜木家に置いてきてしまった後悔と後ろめたさだ。
 自分が住んでいたのが日本のどこなのか、良太は知らなかった。
 旅を終えて大店の旦那になった元行商人は、良太が尋ねても教えなかった。
 結果、良太は母親の無事を願い、いつか会えると信じて真面目に働いた。
 好奇な目から良太を守るため、旦那は良太を店頭に立たせず、遣いにも出さなかった。その代わり、屋敷内での自由は奪わず、目利きを養わせ、倉庫の把握や帳簿管理、文の代筆確認を任せ、掃除や料理の手伝いなど進んでやることに口出ししなかった。
 そうして、働き者の良太は店の者に慕われていった。
 台所を任されている女と一六歳で結婚し、子供ができた。目の黒い男の子だった。
 良太はただただ安心した。
 そして、その子供が大店の娘と仲良く読み書きを学ぶようになった時だった。
 薄汚れた旅装束の女が、大店に押し入ってきた。
「青い目の男がここに住んでるって、産婆から聞いてるよ! この盗人行商が‼ ここに良太はいるんだろ。今すぐ出しな‼」
 客がいるのに騒ぎ立てる女は庭へと案内された。
 女は家長の妹の一人だった。
 女は江戸の小間物を扱う店を頼りに良太を探し、ここに辿りついたという。
 良太に掴みかかろうとする女を、若い丁稚が二人掛かりで地面にうつ伏せにさせ、馬乗りになった。
「やらせるしか出来ない男が、いいご身分だね。ここでも尻の穴を使って、男たちを篭絡したかい。あれだろう? アンタ」
 女は遅れて現れた旦那に詰め寄った。
「あの子の尻の具合がよくて、勝手に連れ出したんだろう? どいつもこいつも、目が青けりゃなんだっていいんかねえ」
 他人を不快にすること長けた桜木家らしい言い草に、明友以外のその場にいた全員が白けた顔をした。
「お前は来なっ! アンタのクソ親のせいで、こっちは殺されそうなんだよ」
 憎々し気に良太を睨み上げる女の両目から涙が零れだした。
 良太は目を見開いて固まったが、すぐに弾かれたように女の前に駆け寄って片膝をついた。
「お母さんは無事なんですか」
「死んだよ! 皺だらけになって瘦せ細ってね。価値がなくなったからって取り巻きにくれてやったら、犯されまくってお陀仏さ」
 女は泣きながら勝ち誇った顔をして、ゲラゲラと笑いだした。
 一瞬にして怒りの炎に飲まれた良太は、思い切り女の頭を踏みつけた。
「それで、何しに来た」
 初めて怒りを露わにした良太を止めたのは、後ろから抱きついた妻だった。
「落ち着いてください。私はアナタにすべてを教えていただきました。話に聞いただけでの私でさえ許されません。けれど、あのように汚れ、ボロボロになって着たからには何か事情があるはずです。それを聞きましょう。聞いてから判断しましょう」
 体を張って良太を止めた妻の腕の力強さと温かさに、良太の緊張の糸が切れた。
 良太は崩れるように地面に尻をつけると、空に向かって号泣した。「お母さん、お母さん」と叫びながら、しばらく泣き続けた。
 その後、旦那の特別な計らいで、良太は屈強な用心棒の男を二人と、道案内に縄で縛った女を連れて、母親の墓前へ出かけた。
 用心棒への代金は逃げ出さないように前金を半分、無事に良太が帰った時点で残りを払う契約をした。
 そうして、何日もかけてようやくついた桜木家は、良太の知る下卑た活気がなかった。
 忘れたくても忘れられなった家長の腰巾着だった男はいるものの、家長の弟たちも妹たちもいない。そして、彼らの子供らしき姿もない。
 何人もが物陰から隠れて、恐々と良太たちを眺めている。
 あちらこちらから、「仕返しに気やがった」「俺らも殺されるのか」などとヒソヒソ声がして、ようやく良太は大店に乗り込んできた女の話を信じることができた。
 母親が死んでから、母親の霊を見た人間が死んでいったと。まずは家長が母親の霊を見たと笑って話しだした数日に死んだ。次にその子供が霊を見たと言い、亡くなった。その繰り返しに、最初は偶然と思っていた周囲が騒めきだした。末っ子の女は自分まで殺されるかもと怖くなり、血眼になって良太を探し、辿りついたと……。
 用心棒の二人が、道案内させた女を捕まえ、その首に刃物を突きつけた。
 主屋から出てきたのは、気弱そうな男だった。
 そこには良太の知る桜木家らしさは全然感じられなかった。逆らえずに捨て駒として使われて、死んでいくタイプに見えた。
「私がここの責任者となります」
「私の夫だよ」
 突然、女がつんけんと答えた。
「下僕に最適だからこち使ってやってたら、孕んじまってね。孕めば情が湧くもんだろう。今、そいつとの間に三人子供がいて、そいつらにこの家をやる予定さ。で、生きていた四女の和子はどうしたの? ……まさか、死んじまったのかい!!」
 黙る男に、女が血相を変えて叫んだ。
「キミが帰ってくるまでに、残っていた子供五人も順番に死んでいった」
 男が俯くと、女は気が狂ったように笑いだした。
「だから責任者と名乗ったのかい。読み書きも出来ない男が、じゃあ今の責任者は私だね。和子の旦那も死んだかい?」
「死にたくないと逃げだしました」
「そりゃあ、最高だ」
 女は一頻りケタケタ笑うと、飽きたように笑うのをやめた。
「こいつらを青い目の売女を埋めたとこに案内して。私、どこに誰が埋められてるのか知らないのよ。アンタがわかんないなら、今すぐ知ってるヤツを連れてきて。一度息子に合わせれば、よくやったってなって私は殺されなくて済む。もしかしたら、私の子供たちも死ななくて済むかもしれない。そしたら、この家も土地も安心して私の物になる。苦労した甲斐があるというものだわ」
 女は刃物も用心棒も見えてないかのように、隠れている人たちに向かって叫んだ。
「お茶持ってきて‼ 今すぐ風呂の用意も。ご飯もなんでもいいから持ってきて、この際、贅沢は言わないわ。腹ペコなのよっ」
 女の命令に、覗き見ていた人々が消えていく。
「呪われたくないから、ちゃんと帰してあげるわよ。だから、とっととこの縄を外しなさいよ!」
 女が良太に命令し、良太は桜木家の血筋はどこまでも桜木家だと肩を落としてそれに従った。
 その後、良太たちは一人の男に案内されて、主屋の裏にまわり、森に二歩入った何もない場所に案内された。
 良太は近場から墓石になりそうな石をさがすと、そこに置き、次に野花を積んだ。
 用心棒たちも大きな体で小さな野花を詰み、石のまわりに散らした。今の妻が外に出掛けた時に、お土産としてくれた野花の花冠を意識したものだった。
 良太は長い時間、そこで手を合わせた。
 良太の記憶はここで止まった。
 だが、体の自由は利かない。
 母親と良太は一頻りなくと、互いの顔を見つめながら話せるほどの間を作った。けれど、離れたくない気持ちは一緒なのか、背中に回していた手で互いの両腕は掴んでいた。
 蓮顕さんの唱える呪文が聞こえてくる。
 それにつれて、感情の同化が弱まっていく。
 二人は俺の先祖だと、確信した。
 母方から伝わる先祖の話と一致していたからだ。
 青い目だけでなく、時には金髪の子が生まれたり、両方併せ持った子が生まれることがあり、不義の子ではないかと疑われたり、仲間外れの対象となりやすかったという。戦時中は、家族が外国人と繋がっていると思われないようにと自殺した子がいたと聞いている。
 そうした問題が起きた時に、抱え込まず、助け合えるようにと親戚の繋がりが強いと教えられている。
 それに、江戸にある大店の娘と結婚した話や、手がけているものは幅広く、良質の茶器や食器に箪笥などを扱っていたことから骨董商になったそうで、兄ちゃんがアルバイトしている先こそ、親戚が営む骨董商関係の支店だ。
 良太は母方の本家の家系図にのっているだろう。
 けれど、奴隷のままだった母親には家系と言う縛りがなかった。良太を生んでも、良太ごと家系図には加えられなかった。
 だから、血の繋がりだけで体を乗っ取り、呪いを遂行することが出来たのだろう。
「『お母さん、見捨ててごめんなさい』」
 俺の唇が勝手に言葉を紡ぐ。
『見捨てなかったじゃない。手を合わせに来てくれて、お母さんはとっても嬉しかったの』
 母親の表情は慈愛に満ちていた。
 この表情のどこに恨みや憎しみがあるのだろうか。
 もしかして、もうこれで呪いはとけたのだろうか?
「『迎えに行けなくてごめんなさい』」
『もう会えないって覚悟していたわ。それでよかったの。お母さんの幸せは、アナタが幸せになることだから。あそこから出ていかなきゃ、幸せになれる可能性はなかったの。ねえ、アナタは幸せになれたの? 教えて?』
 母親の手が掴むから添えるに変わった。
「『幸せになれたよ。とても優しい旦那様に仕えることができて、気立てのいい妻と結婚して、一人息子が生まれて……。國明という名前なんだけど、旦那の娘さんと結婚して、孫が生まれて……』」
 俺の手が労わるように母親の腕を擦った。
『それはよかったわ。お母さん、それを聞けただけで幸せよ。アナタがお墓を作ってくれるまで、桜木家が憎くて憎くて仕方がなかったの。だから呪ったわ。アナタが私に、桜木家のことは忘れて極楽で幸せになってほしいって願ってくれるまで、感情が止められなかったの』
「『わかるよ。あれは人間の所業じゃなかった。ただの地獄だった』」
『アナタの願いは叶えなきゃって、頑張って気持ちを抑えたわ。アナタが置いてくれた石が亡くなってからの私の拠り所だった。なのに……なのに……』
「倒れた木が原因で、石が割れてしまった」
 フッと体の自由が戻り、俺は母親を抱きしめたまま蓮顕さんを見遣った。
 蓮顕さんは呪文を唱えながら、軽く微笑んだ。
 それだけで、俺は安心できた。
 母親に触れている感覚が薄くなっていく。
『ええ。唯一の心の支えが……私の宝物が……我慢しても碌なことがないって腹が立って……』
「そして、また呪ったの?」
 母親は弾かれたように俺を見た。
『違う。あれは私であって私じゃない! ここに残った私は……割れてもこの石を手放せなかった。私の唯一の宝物。アナタが私にくれたもの。守り続けたかった』
『もういいんだよ』
 俺の横で良太の声がした。
 慌てて首を動かすが、そこには何もいない。
 けれど、母親は驚いたように俺の横を見ていた。
『あれ? 良太、いつの間にそこへ。この人は誰?』
 母親が慌てて俺から離れ、良太と俺を交互に見遣る。
『母さんと俺の子孫だよ。とても頭がよくて、将来は神仏に役立つ仏師という仕事がしたいんだって。木を彫ったりして、神様や仏様を形にする仕事なんだよ。きっと、割れてしまった石より素晴らしい物を、この子はお母さんに与えてくれる。さあ、行こう。今度こそ、俺はここから母さんを救いたいんだ』
 母親には良太の姿が見えているのだろう。
 母親が俺の横へと両腕を伸ばして、両手で手を握るようなポーズをする。
『体が軽い』
 母親が静かに涙を流した。
『母さんに是非見てほしいんだ。俺が幸せに生きていた姿は見せられないけど、俺たちの子孫が幸せに暮らしているのを。そしたらきっと、ここから離れて呪いにいった残りの魂も安らげると思うんだ。ねっ、いいよね』
 良太の声が問いかけてきた。
 一瞬、なんて返していいのかわからなくなり、頭が真っ白になる。
 蓮顕さんを見遣ると頷かれたので、俺は戸惑いつつも「いいです」と返した。
「では、そのまま明友さんの守護霊である良太さんと手を繋いで立ち上がってください」
 やっと、蓮顕さんが俺のわかる言葉を喋った。
 母親が立ちあがる姿が透けていき、ついに見えなくなった。
「はい終了です。立ちあがって大丈夫ですよ」
 蓮顕さんが満面の笑みを浮かべて、俺の頭をポンポンと叩いた。
「あの、今のって一体……」
「霊が感情の違いで分裂したんですね。今、明友さんの後ろで楽し気に息子さんとお話してますよ」
「あの……俺がここに座り込んでかなり立ってますよね」
「体感で二〇分くらいでしょうか?」
「それだけ?」
 思わず声を上げた俺は、腕時計を見た。
 本当だ。
 数時間は過ぎてると思ってたよ。
「答えられたらいいんですけど、俺の守護霊って結構います?」
「そうですねえ。私が尊敬する仏師と、今いらした良太さんと……他の方々から、自分たちのことは言わなくていいと慌てられましたので、確実に三人はいるということで、それと仮の守護霊として良太さんのお母様が増えたところですね」
 俺は振り返ると軽く頭を下げた。
「先祖供養をしっかりやります」
 低姿勢な俺に、蓮顕さんが笑った。
 仏師になりたい俺としては、蓮顕さんの言う尊敬する仏師が気になるが、後でいいや。
 今はただただお腹が空いてツラい。
「見てください。タクシーが来たようですから、急いで乗り込みましょう。早くしないとヒトカタの力が切れてしまいます」
 サクサク歩きだした蓮顕さんに、俺は慌てて駆けて追いついた。
 律儀に言いつけを守ったヤマネさんの車が、タクシーと入れ違いに遠ざかっていく。
「タクシーの運転手は大丈夫なんですか?」
「毘沙門天様が今、護りに向かいましたらか車内は快適ですよ。もし、運転手が体調を崩していたとしても、良くなっているんじゃないでしょうか。今朝、薬師如来様を拝んできましたから」
 神仏の力で急速回復ってヤツだろうか。
「駅につきましたら、約束通りお蕎麦を食べましょうね。」
 ウキウキする蓮顕さんが、緊張が解けた俺は噴きだしてしまった。
 ヤマネが車から降ろしていった俺のリュックを拾い、空を仰ぐ。
 やはり、晴れているのに暗く淀んで見えた。