神様、その契約、命がけで守ります

「おけ! じゃあ今日の夜、校門前に集合な!」


そう張り切って拳を突き上げる大輝。
ごくりと生唾を呑むシオリに、俺はぼそりと釘を刺しておいた。


「……逃げるんじゃないぞ。神だろ?」
「とっ、当然じゃ。舐めるんじゃないわ」


よし。言質は取ったぞ。
こうして、俺たちは「トイレの花子さん」が本当に存在するのか確かめることになるのだった。



そして迎えた夜。
いったん帰宅して腹ごしらえを済ませてきた俺たちは、校門前で大輝と合流した。


「よし、ちゃんと来たな」
「ふぃー……腹一杯で動けんぞ。ちょっと休憩してからにせんか? 喫茶店はまだ開いとるじゃろう?」


でっぷりと膨らんだお腹を擦りながらシオリが言った。
某牛丼チェーンのキング牛丼を一人で平らげたんだから大したもんだ。これから幽霊退治に行くんじゃなければ、俺も素直に賞賛していたかもしれない。


「……見苦しいぞ」
「だってだって! 本当に腹いっぱ……うっぷ」


青ざめた顔で口元を押さえるシオリ。
心配そうにその顔を覗き込む大輝に、俺は言う。


「甘やかすなよ。そうやって何だかんだで逃げ切るつもりだろうからな」
「うわ、勇次郎ママ厳し~っ」


誰がママだ。俺は大輝の横っ腹を小突いた。

「で、校門は閉まってるけど、どうやって入るつもりなんだ?」
「え? よじ登って乗り越えれば良くない?」


何言ってるの? みたいな顔で言ってくる大輝。
疑問に思った俺がおかしいのか?

「神の力で門を破壊することもできるが?」


お前はもう口を開くな。
というわけで、結局俺たちは正門をよじ登って校内に突入した。誰かに見つかるんじゃないかと気が気じゃなかったけど、職員室も完全に消灯していて、校内は無人なようだった。


「玄関の鍵は閉まってるんじゃないか?」
「だいじょーぶ、入れそうな場所はピックアップしてあるよ」


呟く俺に大輝が答える。
向かったのは部室棟の出入り口であった。

「先生には最後に片付けしてから帰るって言って、鍵を借りておいたんだ」


そう言ってポケットから鍵束をじゃらじゃら出し、カチャリと解錠する。
軋みながら開いたドアに身を滑らせる大輝に続いて、シオリ、俺の順で中に入る。


「いいか? おれたちは忘れ物を取りに来た善良な生徒なんだ。だから何も後ろめたく思うことはないぞ」
「なるほど。お主、存外悪知恵が利くのう。気に入ったわ!」
「へへっ、そりゃどうも」


倫理観の欠片もない神様だな。
部室棟の廊下は非常灯の緑色がぼんやりと点いているだけで、ほとんど真っ暗だった。
四月だが夜の空気は冬並みに冷える。もうちょっと厚手の上着を羽織っていくべきだったなと思いつつ、俺は温かそうな着物のシオリを見つめた。


「なんじゃ、ユウちゃん?」
「……いや」
「もしや怖いのか? 手でも繋いでやろうか?」
「まさか」


俺が言うとシオリはフンと鼻を鳴らし、ぐいと俺の手を握った。
突然のことに思わずどきりとした。
やや汗ばんでいて体温の高い、子供みたいに小さな手。
それが俺の指をぎゅっと、不安そうに掴んでいる。


「シオリ……」


目線の少し下で、白色の一つ結びが微かに揺れていた。
俺はごくりと唾を呑み、まっすぐ前を見て一歩踏み出す。

「……ユウちゃん」


掠れた声で俺の名を呟き、シオリもまた、一歩進んだ。


「二人とも遅いぞー。……って、あれ?」


俺たちを他所に一人でどんどん先へ行っていた大輝がこちらを振り返る。
ばばばっ、と俺たちは繋いでいた手を慌てて離した。
小首を傾げる大輝に「何でもない」とだけ言って、俺は足早にあいつを追いかけた。


「まっ、待つのじゃ!」


小走りについてきて俺の隣に収まるシオリ。
俺はスマホのライトで周囲を照らしてみせながら、小声で大輝に訊いた。


「……で、花子さんが出るのってどこのトイレなんだ?」
「部活棟の一階、男子トイレの奥から三番目の個室って話だな」
「噂がある、ってことだけど、実際に花子さんを見たやつはいるのか?」
「あくまでも噂だからなぁー。けど、キャプテンが遅くまで居残って練習してた時に、『他に人がいないはずのトイレで物音を聞いた』……って言ってた」


火のないところに煙は立たない、っていうもんな。
花子さんかはまだ定かじゃないけど、トイレに何かあるのは確定か。

「襲われた人は?」
「縁起でもないことを訊くでない!!」
「シオリは黙ってて」


いきなり大声を出したシオリの口元を俺は無理やり手で塞いだ。
むぐぐ、と悶えるシオリに苦笑いしつつ、大輝が答える。