それだけ言って洗面所に向かおうとすると、シオリは「いじわるいじわるー!」と言って足をバタバタし始めた。
下の階に響くからやめろ。もう一回苦情来てんだよ。
「じゃあ行きにコンビニ寄ってくから! それでいいな?」
「仕方ないのう。パンは何個までじゃ?」
「一個」
「ケチ! アホ! ウンコ!」
小学生の悪口か。あと、ケチらないといけない原因は紛れもなくお前だぞ。
そんなこんなで支度を済ませた後、コンビニに寄ってから俺たちは学校へと向かった。
結局パンは三個(うちシオリの分が二個)、飲み物は二本買った。店員のお兄さんからは俺がさぞ大食いの高校生に見えたことだろう。
「あ、勇次郎!」
グラウンドで朝練しているサッカー部たちの中から一人抜け、駆け寄ってきたのは大輝だった。
汗ばんだ顔をユニフォームの袖で拭う大輝に、俺は訊く。
「練習はいいのか?」
「……それがさ、お前たちに相談したいことがあって」
お前「たち」?
俺は一歩後ろに立っているシオリをちらっと見た。
さっき買ったメロンパンにさっそく食らいついていたシオリは顔を上げ、食べかすの付いた口元をにまっと弓なりに曲げる。
「ようやくワシの出番というわけか。良いぞ、話を聞こう」
「ああ、後でな!」
そう元気に言って練習へと戻っていく大輝。
ふんぞり返っていたシオリは出鼻を挫かれ、盛大にずっこけていた。昭和のお笑いか。
「……ふん、まぁ良いわ。ワシは神じゃからな、長く待つことには慣れておる」
その割に「メシはまだか!」とかしょっちゅう言ってる気がするけど。
張り切るシオリに気が気じゃないまま、俺はいつもの教室へと足を運ぶのであった。
*
「遅いわ馬鹿者! ワシを何時間待たせる気じゃ!!」
話の続きができたのは、放課後、サッカー部の練習が終わった後だった。
俺はグラウンドの隅に陣取ってキャンバスを立て掛け、大輝たちが駆け回っている遠景をスケッチしていた。
「めんごめんご~。おっ、今日は何書いてたんだー?」
「……出来が悪いから見るなよ」
「勇次郎にしては珍しく人が描いてある絵だな。どれが俺?」
俺はさっと隠すようにキャンバスを伏せ、専用のケースにしまい込んだ。
人を描くのはどうにも苦手だ。遠目からの光景だったら風景画と同じ感覚でいけるかとも思ったけど、何かしっくりこない。
「何を無駄話しとるのじゃ! このワシの力を求めているから声をかけたのじゃろう!?」
そうだった。授業中ずっとソワソワしてたもんな。
グラウンド脇のコンクリートの段に寝そべっていたシオリを一瞥してから、俺は大輝に向き直った。
大輝は頷き、似つかわしくない真剣な表情で話を切り出す。
「……シオリはさ、『トイレの花子さん』って聞いたことある?」
「何じゃそれは? 芸人か?」
ここ二日間くらい俺んちのテレビでお笑い番組にハマっているシオリには残念だろうが、芸人ではない。
「現代にはそういう怪談があるんだよ」
俺はそう言って、簡単に「花子さん」がどういう怪異なのか説明した。
学校のトイレの三番目の個室をノックして『花子さん、いますか?』と呼ぶと、中から返事があり、扉を開けると幽霊の少女が現れる――というものだ。
「花子さんを見たら最後、トイレの中に引きずり込まれる……って話だ。怖いだろ?」
俺の解説に大輝が結末を添える。
そこでふと思い出し、俺は言った。
「でも、現れるだけで危害を加えないパターンもあるよな? 前にテレビで見たことある」
「ど、どっちなんじゃ。ま、まあ、ワシは神じゃからそんな怪談怖くも何ともないが」
その割に顔が青い気がするけど。
「どっちかは分かんねぇけど、その花子さんが出るらしいんだ。見に行こうぜ、二人とも!」
腕まくりしながら大輝が言う。その「せっかくだから」みたいなノリはなんなんだよ。
「見に行こうぜって……もし本当にいたら」
「そん時はシオリの出番だろ? な、シオリ?」
そう振られてシオリはびくっとした。
「う、うむ! ワシは神じゃからの、そんな花子何某なんぞ怖くないわ! ははは!」
笑い飛ばしてるけど声が震えてるぞ。
けど実際、俺もなんとなく嫌な感じはする。あの時怪異が現れたみたいに、今度もまた噂ではなく本当にいてもおかしくはない。
「なぁ大輝。本気で行くのか?」
「あれあれっ、勇次郎も怖いのー?」
おちょくりやがって、こいつ……。
ニヤニヤする大輝を俺はジト目で見つめた。
俺がビビりだと思われるのも癪だ。面倒だし心底不本意だけど、乗るしかない。
「……わかった。行くぞ」
下の階に響くからやめろ。もう一回苦情来てんだよ。
「じゃあ行きにコンビニ寄ってくから! それでいいな?」
「仕方ないのう。パンは何個までじゃ?」
「一個」
「ケチ! アホ! ウンコ!」
小学生の悪口か。あと、ケチらないといけない原因は紛れもなくお前だぞ。
そんなこんなで支度を済ませた後、コンビニに寄ってから俺たちは学校へと向かった。
結局パンは三個(うちシオリの分が二個)、飲み物は二本買った。店員のお兄さんからは俺がさぞ大食いの高校生に見えたことだろう。
「あ、勇次郎!」
グラウンドで朝練しているサッカー部たちの中から一人抜け、駆け寄ってきたのは大輝だった。
汗ばんだ顔をユニフォームの袖で拭う大輝に、俺は訊く。
「練習はいいのか?」
「……それがさ、お前たちに相談したいことがあって」
お前「たち」?
俺は一歩後ろに立っているシオリをちらっと見た。
さっき買ったメロンパンにさっそく食らいついていたシオリは顔を上げ、食べかすの付いた口元をにまっと弓なりに曲げる。
「ようやくワシの出番というわけか。良いぞ、話を聞こう」
「ああ、後でな!」
そう元気に言って練習へと戻っていく大輝。
ふんぞり返っていたシオリは出鼻を挫かれ、盛大にずっこけていた。昭和のお笑いか。
「……ふん、まぁ良いわ。ワシは神じゃからな、長く待つことには慣れておる」
その割に「メシはまだか!」とかしょっちゅう言ってる気がするけど。
張り切るシオリに気が気じゃないまま、俺はいつもの教室へと足を運ぶのであった。
*
「遅いわ馬鹿者! ワシを何時間待たせる気じゃ!!」
話の続きができたのは、放課後、サッカー部の練習が終わった後だった。
俺はグラウンドの隅に陣取ってキャンバスを立て掛け、大輝たちが駆け回っている遠景をスケッチしていた。
「めんごめんご~。おっ、今日は何書いてたんだー?」
「……出来が悪いから見るなよ」
「勇次郎にしては珍しく人が描いてある絵だな。どれが俺?」
俺はさっと隠すようにキャンバスを伏せ、専用のケースにしまい込んだ。
人を描くのはどうにも苦手だ。遠目からの光景だったら風景画と同じ感覚でいけるかとも思ったけど、何かしっくりこない。
「何を無駄話しとるのじゃ! このワシの力を求めているから声をかけたのじゃろう!?」
そうだった。授業中ずっとソワソワしてたもんな。
グラウンド脇のコンクリートの段に寝そべっていたシオリを一瞥してから、俺は大輝に向き直った。
大輝は頷き、似つかわしくない真剣な表情で話を切り出す。
「……シオリはさ、『トイレの花子さん』って聞いたことある?」
「何じゃそれは? 芸人か?」
ここ二日間くらい俺んちのテレビでお笑い番組にハマっているシオリには残念だろうが、芸人ではない。
「現代にはそういう怪談があるんだよ」
俺はそう言って、簡単に「花子さん」がどういう怪異なのか説明した。
学校のトイレの三番目の個室をノックして『花子さん、いますか?』と呼ぶと、中から返事があり、扉を開けると幽霊の少女が現れる――というものだ。
「花子さんを見たら最後、トイレの中に引きずり込まれる……って話だ。怖いだろ?」
俺の解説に大輝が結末を添える。
そこでふと思い出し、俺は言った。
「でも、現れるだけで危害を加えないパターンもあるよな? 前にテレビで見たことある」
「ど、どっちなんじゃ。ま、まあ、ワシは神じゃからそんな怪談怖くも何ともないが」
その割に顔が青い気がするけど。
「どっちかは分かんねぇけど、その花子さんが出るらしいんだ。見に行こうぜ、二人とも!」
腕まくりしながら大輝が言う。その「せっかくだから」みたいなノリはなんなんだよ。
「見に行こうぜって……もし本当にいたら」
「そん時はシオリの出番だろ? な、シオリ?」
そう振られてシオリはびくっとした。
「う、うむ! ワシは神じゃからの、そんな花子何某なんぞ怖くないわ! ははは!」
笑い飛ばしてるけど声が震えてるぞ。
けど実際、俺もなんとなく嫌な感じはする。あの時怪異が現れたみたいに、今度もまた噂ではなく本当にいてもおかしくはない。
「なぁ大輝。本気で行くのか?」
「あれあれっ、勇次郎も怖いのー?」
おちょくりやがって、こいつ……。
ニヤニヤする大輝を俺はジト目で見つめた。
俺がビビりだと思われるのも癪だ。面倒だし心底不本意だけど、乗るしかない。
「……わかった。行くぞ」
