神様、その契約、命がけで守ります

「しっ、仕方なかろう! は、腹が減っては神としての力も出ん……」


ぐう、と俺の腹も同時に鳴った。

「じゃ、このへんでメシにしようぜ」


大輝がそう言った瞬間、俺は嫌な予感がして鞄の中をごそごそした。
……ない。朝ドタバタし過ぎて、弁当を用意するの忘れてた。
早く早く、ときらきらした目で急かしてくるシオリに対し、俺は視線をあさっての方向に向けるしかなかった。


「あれ、勇次郎持ってきてねぇの?」
「……まぁ、そう」
「じゃ、おれのサンドイッチ分けてやるよ! もちろんシオリにもな!」


ぎっちりポテトサラダの詰まったサンドイッチを手渡してくれる大輝。
こいつこそ本物の神様だな。
そんなふうに思いながら、俺たちはシオリを交えた三人で大輝の手作りサンドイッチを味わうのだった。





放課後。
サッカー部の練習があるという大輝と校門前で別れた俺は、シオリと一緒に――傍目には一人に見えるわけだが――帰路に就いた。

「そういえば……他の人たちにはシオリの姿は見えていないんだろ? だったら何で、俺や大輝には見えるんだよ」


俺は周囲の人に聞こえないくらいの小声で訊いた。
道路沿いに停められている車を興味深げに眺めながら、シオリは答える。


「霊的な感受性が高い人間には、ワシら神や怪異の姿が見えるのじゃ。お主は菅原の血を引く人間……霊的な能力が備わっていても、何らおかしくはあるまい?」
「菅原の血?」
「菅原道真、という名を聞いたことはないか? おそらくお主はあの者の末裔なのじゃ」


それくらいは俺も知っている。学問の神様として有名な平安時代の貴族。
でも、俺がそんな人物の子孫だなんていまいちピンと来ない。


「信じてないという顔をしておるな? このワシが太鼓判を押しているというのに」


お前だからだよ。
と言いかけそうになり、俺は咳払いしてごまかした。


「で、それが本当だとして、大輝にも見えるのは何でなんだ? あいつも今まで、怪異が見えたなんて話してなかったけど」
「それは知らん。じゃが、お主の霊感が目覚めたのに呼応して、あやつも目覚めたのかもしれんな」
「目覚め……」


今まで見えていなかったものが、いきなり見えるようになった。
なんか普通に受け入れちゃってたけど、改めて考えてみると不思議だ。

「大輝はそれでいいとして、俺が目覚めたのはどうしてなんだ?」


俺が訊くと、シオリはふと足を止めて学校のほうを振り返った。


「図書室が『旧書庫』と呼ばれていた時代から、ワシはあの場所で眠っておった。お主が近づいたことでワシの眠りが覚め、お主の霊感も開花した……そのような相互作用があったと考えるのが妥当じゃ」


なるほど。
ってか、普段アホっぽい言動のくせにいきなり真面目な口調になると頭バグるな。


「旧書庫? あの学校、そんなに歴史があったの?」
「いや、学校自体はそうでもないはずじゃ。ワシが眠りに就いたのは大正の時代……その頃にはまだ、学校は建っておらんかった」


大正時代となると百年以上も昔だ。そりゃ現代文明も知らないよな。

「そんな長い間、どうして眠っていたんだ?」


と、問いかけたその時。


「ママー、あの人ずっと一人で喋ってるよー?」
「しーっ。見ちゃいけません!」


前から歩いてきた親子連れの会話が耳に入り、俺はさっと踵を返した。


「おい、そっちは反対方向じゃぞ!」


……わかってるし。
顔中を真っ赤にしながら方向転換し、足早にその場を後にする。
絶対変な人だと思われたな、俺……。今度から外での会話は気をつけよう。





同居が始まってからの一週間で、嫌というほど思い知らされたことがある。
それはシオリがあまりにも非常識で、遠慮知らずで、自己中心的なやつだということだった。
腹が減れば勝手に冷蔵庫を漁るし、風呂は一時間以上も占領するし、挙げ句の果てにはトイレを流さずに放置する。「ワシの時代は汲み取り式じゃったから」などと言い訳するが、知ったこっちゃない。人のウンコを流すこっちの身にもなってみろってんだ。


「ユウちゃーん、メシー」
「俺はメシじゃないし、お前が昨日食い尽くしたから朝のパンはないぞ」


月曜日の朝、先にローテーブルの前にあぐらをかいて待機していたシオリに、俺はお腹をぼりぼり掻きながら答えた。

「はて……ワシは神じゃぞ? お供えものの一つや二つ、あって当然じゃと思うが??」
「何の神だよ。悪食の神か?」
「違うわ馬鹿者! 早うお供え物を持ってこんか!」
「だから無いんだって」