神は暑さに強いんだろうなって気にも留めてなかったけど、まさかそんな真相があったとは。
「でもさ、シオリが何の目的もなく働くはずないじゃん。どういう風の吹きこぼし?」
「吹き回しな」
「そうそれ」
よく考えたら失礼すぎる大輝の問いかけに、俺も全面同意した。
こいつは可能な限りニート生活を享受するタイプの性格だ。何かしらの裏があるに違いない。
「……仕方あるまい。本当は『さぷらいず』にするつもりじゃったが……」
残念そうに溜め息を吐き、シオリは着物の懐をごそごそとまさぐる。
手渡されたのは一本のシャープペンシルだった。
クラシックな雰囲気の黒色で、見たところ木材と真鍮を使ったデザインだろうか。
「お主はよく絵を描いているからな。色々と使えるシャーペンがいいと思ったのじゃ。それに……ほれ」
俺の手のひらの上でシオリが高級シャーペンをくるっと反対側に回す。
すると金色の刻印で、「愛しのユウちゃん」と掘られているのが見えた。
「いっ、いっ、愛しのユウちゃんって……!」
「笑っちゃダメですよ大輝くん。神様の愛が……ぷふっ」
ヒーヒーと引きつった声で堪えきれない笑いを漏らす二人に、俺は顔中を真っ赤にした。
アホ神め。絶対今度これよりもっと恥ずかしいお返しを押しつけてやるからな。
「それでは改めて……シオリ様と勇次郎くんの勝利に感謝して、乾杯っ!」
俺たち三人と一柱はそれぞれにグラスを掲げ、この特別な勝利を祝うのだった。
*
閉店時間ぎりぎりまで飲み食いしまくり、俺たちは駅前で解散した。
寝静まった大通りの静寂の中を歩きながら、俺は隣を歩くシオリが行き場がなさそうに手をぷらぷらさせているのに気づく。
「……ん」
そっと手を握り、きゅっと指を絡める。
確かに握り返してくれるシオリに、俺は静かに微笑んだ。
「西条正氏の亡霊や烏天狗のように、ワシを狙う怪異はまた現れるかもしれん。それでもお主は……ワシのそばに、いてくれるか?」
不安そうに訊ねてくるシオリに、俺は手を握る力をぐっと強めた。
こいつの文彦との別れの傷は、きっとまだ癒えきっていないのかもしれない。
だけど、それでもいいと俺は思う。
この先の未来、一緒に過ごす時間の中でゆっくりと立ち直ってくれれば、それで。
「当然だ。疑うまでもないよな」
「……その口調はワシの真似か?」
「違う違う」
「嘘をつけ! 嘘を!」
俺たちの生活はまだまだ続いていく。
その近くに怪異がいても、俺や大輝、律先輩で力を合わせればきっと何とかなるだろう。
だから大丈夫だ。もうどんなお化けも幽霊も、怖くない。
*
帰宅した後、俺は床に座って、ベッドの上で寝息を立て始めたシオリを静かに眺めていた。
スケッチブックの一ページを捲り、未完成だったそこにもらったばかりの愛妻シャーペンを走らせていく。
さらさらと流れる前髪。可愛らしい長い睫毛。穏やかに眠るその表情を、そのまま書き留めていく。
「……できた」
鉛筆を置いて、スケッチブックを膝から離す。
前髪の流れ。長い睫毛の角度。眠っているせいで力の抜けた口元。頬の丸み。一本一本の線を引くたびに、ちゃんとそこにいると確かめているみたいだった。
顔が描けなかった頃のことを、不思議と思い出さなかった。ただ手が動いた。見えているものをそのまま写し取るだけだった。モヤがかかっていたあの感覚が、今夜は一度も来なかった。
どうして描けるようになったのか、理屈は分からない。ただ、描きたい顔があった。失いそうになった顔があった。それだけのことだったのかもしれない。
絵を描くのが楽しかったあの頃と、今とで何が違うのか、ずっと分からないままだった。 母さんが褒めてくれたから好きになった。それは本当だ。でも今俺がこの絵を描いたのは、誰かに褒めてもらいたかったからじゃない。ただこの顔を、残しておきたかった。記憶じゃなくて、線として。
それが答えなのかもしれない、とぼんやり思った。
「……むぅ……」
目を擦りながらもぞもぞと身体を起こしかけるシオリ。
ちぇっ。もうちょっと寝顔見ていたかったんだけどな。
そんな俺の内心もいざ知らず、シオリは立ち上がると遠慮無くスケッチブックを覗き込もうとしてきた。
「あっ、待って!」
「……なんじゃ? ワシの絵か?」
俺が隠そうとするよりわずかに早く、シオリがひょいとスケッチブックを取り上げる。
その絵をゆっくりと時間をかけて眺めたシオリは、やがて、にかっと満足げな笑みを浮かべるのだった。
「ふふん。……悪くないな!」
「でもさ、シオリが何の目的もなく働くはずないじゃん。どういう風の吹きこぼし?」
「吹き回しな」
「そうそれ」
よく考えたら失礼すぎる大輝の問いかけに、俺も全面同意した。
こいつは可能な限りニート生活を享受するタイプの性格だ。何かしらの裏があるに違いない。
「……仕方あるまい。本当は『さぷらいず』にするつもりじゃったが……」
残念そうに溜め息を吐き、シオリは着物の懐をごそごそとまさぐる。
手渡されたのは一本のシャープペンシルだった。
クラシックな雰囲気の黒色で、見たところ木材と真鍮を使ったデザインだろうか。
「お主はよく絵を描いているからな。色々と使えるシャーペンがいいと思ったのじゃ。それに……ほれ」
俺の手のひらの上でシオリが高級シャーペンをくるっと反対側に回す。
すると金色の刻印で、「愛しのユウちゃん」と掘られているのが見えた。
「いっ、いっ、愛しのユウちゃんって……!」
「笑っちゃダメですよ大輝くん。神様の愛が……ぷふっ」
ヒーヒーと引きつった声で堪えきれない笑いを漏らす二人に、俺は顔中を真っ赤にした。
アホ神め。絶対今度これよりもっと恥ずかしいお返しを押しつけてやるからな。
「それでは改めて……シオリ様と勇次郎くんの勝利に感謝して、乾杯っ!」
俺たち三人と一柱はそれぞれにグラスを掲げ、この特別な勝利を祝うのだった。
*
閉店時間ぎりぎりまで飲み食いしまくり、俺たちは駅前で解散した。
寝静まった大通りの静寂の中を歩きながら、俺は隣を歩くシオリが行き場がなさそうに手をぷらぷらさせているのに気づく。
「……ん」
そっと手を握り、きゅっと指を絡める。
確かに握り返してくれるシオリに、俺は静かに微笑んだ。
「西条正氏の亡霊や烏天狗のように、ワシを狙う怪異はまた現れるかもしれん。それでもお主は……ワシのそばに、いてくれるか?」
不安そうに訊ねてくるシオリに、俺は手を握る力をぐっと強めた。
こいつの文彦との別れの傷は、きっとまだ癒えきっていないのかもしれない。
だけど、それでもいいと俺は思う。
この先の未来、一緒に過ごす時間の中でゆっくりと立ち直ってくれれば、それで。
「当然だ。疑うまでもないよな」
「……その口調はワシの真似か?」
「違う違う」
「嘘をつけ! 嘘を!」
俺たちの生活はまだまだ続いていく。
その近くに怪異がいても、俺や大輝、律先輩で力を合わせればきっと何とかなるだろう。
だから大丈夫だ。もうどんなお化けも幽霊も、怖くない。
*
帰宅した後、俺は床に座って、ベッドの上で寝息を立て始めたシオリを静かに眺めていた。
スケッチブックの一ページを捲り、未完成だったそこにもらったばかりの愛妻シャーペンを走らせていく。
さらさらと流れる前髪。可愛らしい長い睫毛。穏やかに眠るその表情を、そのまま書き留めていく。
「……できた」
鉛筆を置いて、スケッチブックを膝から離す。
前髪の流れ。長い睫毛の角度。眠っているせいで力の抜けた口元。頬の丸み。一本一本の線を引くたびに、ちゃんとそこにいると確かめているみたいだった。
顔が描けなかった頃のことを、不思議と思い出さなかった。ただ手が動いた。見えているものをそのまま写し取るだけだった。モヤがかかっていたあの感覚が、今夜は一度も来なかった。
どうして描けるようになったのか、理屈は分からない。ただ、描きたい顔があった。失いそうになった顔があった。それだけのことだったのかもしれない。
絵を描くのが楽しかったあの頃と、今とで何が違うのか、ずっと分からないままだった。 母さんが褒めてくれたから好きになった。それは本当だ。でも今俺がこの絵を描いたのは、誰かに褒めてもらいたかったからじゃない。ただこの顔を、残しておきたかった。記憶じゃなくて、線として。
それが答えなのかもしれない、とぼんやり思った。
「……むぅ……」
目を擦りながらもぞもぞと身体を起こしかけるシオリ。
ちぇっ。もうちょっと寝顔見ていたかったんだけどな。
そんな俺の内心もいざ知らず、シオリは立ち上がると遠慮無くスケッチブックを覗き込もうとしてきた。
「あっ、待って!」
「……なんじゃ? ワシの絵か?」
俺が隠そうとするよりわずかに早く、シオリがひょいとスケッチブックを取り上げる。
その絵をゆっくりと時間をかけて眺めたシオリは、やがて、にかっと満足げな笑みを浮かべるのだった。
「ふふん。……悪くないな!」
