神様、その契約、命がけで守ります

「人を好きになる思いは尊ぶべきものじゃ。それ自体は否定はせん。お主の想いが遂げられなかったのは残念じゃが……お主がどう進むかは、お主次第じゃ」


男子生徒の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。

『ありがとうございます……神様』


そう告げた瞬間、世界はぐにゃりと歪み――そして。
男子生徒の怪異の姿が、跡形もなく消えた。
俺はシオリと一緒になって周囲を見回す。
時刻は午後一時。秒針がチクタクと一秒ずつを刻んでいる。

「戻れた……のか?」


本棚に目を向けると、背表紙の文字がちゃんと読める。
呆然と呟く俺の胸にぽすんと背中を預け、シオリはこっちを見上げて破顔した。


「終わったの。お主のおかげじゃ、ユウちゃん!」


あどけなく喜ぶその表情に、俺もまた心からの笑みを浮かべるのだった。





久しぶりに二人で帰宅した俺は、後ろ手にドアを閉めたそばからシオリの身体を引き寄せた。
靴を脱ぐことも忘れて唇を重ねる。
ちょっとだけのつもりだったけど、触れた瞬間、我慢し続けていた衝動が決壊した。


「……ん、ぁ……」


柔らかな吐息が漏れる。
俺は離れていた時間を埋めるように、何度も、何度も唇をむさぼった。


ずっと会いたかった。
声を聞きたかった。
触れたかった。

これまで麻痺していた感情が、キスを引き金に一気に溢れ出してくる。

「ゆ、ユウちゃん……ちょっ、待っ」
「……無理」


着物の首元を緩めさせ、細い首筋に吸い付いて跡を残す。
ほんのりと舌先に感じるしょっぱさに、頭がぼうっと熱くなった。
胸元に手を入れて控えめな突起をまさぐると、狼狽えていたシオリは途端にしおらしくなった。


「っ、あっ……」
「……お前と、したい」


白い耳朶をほんのり赤く染め、シオリはこくりと頷く。
もう一度深い口づけを交わした後。
シャワーも浴びずに俺たちは、ベッドまで直行した。






俺たち以外に真相を知る者もいないまま、『鏡の世界』事件は解決した。
行方不明になっていた生徒たちはその日のうちに学校内で発見され、無事にそれぞれの自宅へ戻ることとなった。
シオリの推測通り死者はゼロ人、怪我人や体調不良者もおらず、地元紙はこれを「奇妙! 神隠し事件」と題して取り上げていた。


「神隠しかぁ。実際はもっとやべーことが起こってたんだけどな」


翌日の夜。
一日ゆっくり休んだ俺たちは、行きつけのファミレスでささやかな祝勝会を開いていた。


「マジであの時は死ぬかと思ったぜ。実際はパソコン室に飛ばされて暇つぶしにゲームしてただけだったけど」
「気づいたら『鏡の世界』から解放されていたわけですから、僕らからしたらちょっと拍子抜けでしたね」


こっちの気も知らないで呑気に語る大輝と律先輩を、俺はジト目で睨んだ。
二人がいなくなった時はガチで泣きそうになったんだからな。
二度と会えないんじゃないかって本気で思ったんだぞ。まあ、言わないけど。


「そういえば……勇次郎はどうやってあのループを抜け出したんだ? シオリが助けたのか?」
「当然じゃ。ワシがなんとかした」
「嘘つけ。お前、俺が来るまで救出待ちだったじゃないか」


平気で嘘をつくシオリの頭をぺちんと叩く。
すると律先輩がきらきらした目で食いつくように俺のことを見つめてきた。
やべ。墓穴掘ったかな。


「じゃあ勇次郎くんがやってくれたんですね! どんなふうに無限ループを攻略したんですか!?」
「いやぁ、あれは……」


あの時は偶然だと思ったけど、男子生徒の怪異と話した今なら分かる。
俺のシオリへの想いを受けて怪異の心が揺らぎ、彼の生み出していた空間にエラーが生じたのだ。
……こんなこと、二人にはとてもじゃないが言えないけど。


「実はワシにもよくわからんのじゃ。まああれだけ広い結界じゃ、どこかに小規模な歪みが発生してもおかしくはあるまい」


ドリンクバーの飲み物を片っ端から混ぜ込んだゲテモノドリンクをぐびぐび飲みながら、シオリが言う。
俺にだけ分かるように目配せしたシオリに頷き、俺は口元を少し緩めた。


「お主ら! 今日はワシのおごりじゃ! 飲め、食え、歌えーっ!」


え、と俺たち三人は固まった。
あの食っちゃ寝神のシオリが、おごり? ってか、こいつ働いてたの??


「実はな、ユウちゃんには内緒でバイトを始めておったのじゃ。ちょうど怪異が見える体質の古本屋の店主がいてな、その者に雇ってもらっていたんじゃよ」
「え、いつから……?」
「七月に入った辺りじゃったかな」


そういえば、暑いのに日中散歩に出かけてる時がちょくちょくあったな。