神様、その契約、命がけで守ります

顔を上げ、間の抜けた声を漏らすシオリに、俺は静かに首を横に振ってみせた。
今までずっと、この感情を正しく理解できていなかった。
だけど今なら分かる。
暗闇で手を握られてどきっとしたことも。シオリの絵を描きたいと衝動的に筆を執ったことも。浴室で見たシオリの身体が目に焼き付いて離れなかったことも。
この気持ち全部が、そう――。


「だって――俺も、お前のことが好きだから」


好きだ。
食い意地悪くてすぐお供え物欲しがるところも、神様のくせにすぐ拗ねちゃうところも、普段ふざけてるのに戦いになるとカッコよくなるところも、仲良くなってきて俺にベタベタくっついてくれるようになった可愛いところも。
全部、全部、全部、大好きだ。
だから――。


「……んっ……」


俺はシオリの背中に手を回して抱き寄せ、そして、その小ぶりな唇にそっとキスをした。
一瞬びくっと身体を固くしたシオリだったけど、やがて肩の力を抜いて俺に身を委ねてくれる。
触れ合った唇は、驚くほど柔らかかった。
甘いとか気持ちいいとか、そんなことを考える余裕なんてない。
ただ、ようやく触れられた、と思った。


「……っ、ぅ……」


小さく漏れた吐息が唇越しに震える。
抱き締めた身体は温かくて、ちゃんとここにいるのだと実感できた瞬間、胸の奥で張り詰めていたものが一気にほどけそうになった。
失いたくなかった。怖かった。もう二度と会えないんじゃないかって、ずっと――。
気づけば俺は、縋るようにシオリを抱き寄せる腕へ力を込めていた。


「ん……ぅ、ゆ、うちゃ……」


掠れた声が、熱に溶ける。
シオリの指がぎこちなく俺の制服を掴み返してきた。
それだけで胸がいっぱいになって、俺はもう一度、確かめるみたいに唇を重ねた。


「……んっ、ん……」


唇を離した瞬間、シオリが真っ赤になった顔を隠すように俺の胸に額を押し付けてきた。

「……い、いきなり何をするのじゃ、お主は……」
「……もう、離さないからな」


両腕でシオリの身体をぎゅっと抱き締め、俺はその耳元で囁いた。


「別に構わぬ。好きにせい」


言葉はツンとしているが、口調はいつもより甘ったるいシオリだった。
俺たちはしばらくそうしていた。
やがてどちらからともなく身体を離し、隣同士で立つ。

「……出てきたらどうじゃ。ずっと見ていたんじゃろう?」


シオリが呼びかけると、俺たちが見据える先――図書室の本棚の隙間から、一人の人影が姿を現した。
大人しそうな顔の男子生徒だった。俺たちの学校の制服と似たブレザーを着ているけど、デザインがちょっと古臭く見える。


「お主が男子生徒らを結界に引きずり込んだ張本人じゃな? なぜこんなことをしたのじゃ?」


男子生徒はばつが悪そうに視線を下向けた。
こいつが、怪異? 何だか人畜無害そうな顔してるけど……。

『……ぼくは、ずっと……学生時代を、やり直したかったんだ。だから、ここにもう一つの学校を作って……生徒がいなかったから、現世から呼び寄せたりもした』


ぽつぽつと男子生徒は語り始めた。
どこか寂しそうな顔の彼の話に、相手が怪異であることも忘れて、俺は耳を傾けていた。


『好きなやつがいたんだ……気持ちを伝える前に、ぼくのほうが死んでしまったんだけどね。ずっと……諦められなかった。あいつと結ばれることが叶わなくても、ここであいつに似た誰かに出会えればいいなって、思ってた……』


あいつ、というのが男同士であると、俺は気づいた。だから男子生徒だけが狙われたんだ。


『でも……君たちを見て、目が覚めたよ。本当に愛している人同士じゃないと、恋は実らないんだって。ぼくの片思いはずっと……叶わない、ままなんだって』


泣き出しそうな声で男子生徒が自嘲の笑みを浮かべる。
そんな彼に、シオリは静かな声音で言った。


「お主の行為は傍迷惑なことじゃった。じゃが幸いなことに死者は出ていない。取り込んだ生徒たちはまだ生きている。そうじゃな?」
『……はい』
「ならばすぐに全員解放してやれ。そうすればワシも、お主の魂まで奪いはしない」


シオリの言葉に男子生徒は目を見張った。


『なんで……ぼくは、とんでもないことを……』
「神様が許してくれるんだ。言うこと聞いとけよ。じゃないと、気まぐれで消されるかもしれないぞ」
「ワシがそんな横暴な神に見えるか!?」


シオリにバシッと背中を叩かれ、俺は思わず笑みを漏らした。
げふんとシオリは咳払いしてから、穏やかな顔で言う。