俺が右脚を前に出そうとすると、何故だか左脚が出てきてしまう。
車酔いでもした時みたいな気持ち悪さ。
俺は壁に手をつき、顔をしかめた。
「……っ」
でも、この世界にシオリがいるんだ。
ならどうにか前に進んで、あいつを探し出すしかない。
「まーそのうち慣れるって! 気負いすぎず行こうぜ、ゆーじろ」
気をほぐしてくれる大輝の存在がこれほどありがたいこともない。
違和感を抱えながらも、俺たちは意を決して無音の廊下を進み始めた。
部活棟の出口は更衣室を出て左手側にあったはずだ。だから敢えて右へと進もうと意識しつつ、歩いていく。
だが、歩いても歩いても、出口の開き扉に辿り着く気配がない。
視界の先には確かに映っているのに、そこまでの距離が一向に縮まらない。
「なんか……妙に遠い気がするなー……なんて」
五分くらい経った頃、大輝が乾いた笑みを漏らす。
普通なら徒歩一分ほどの距離。明らかに不自然な状況に胸騒ぎを覚えるなか、俺はふと壁に目を向け、瞠目した。
「おい……更衣室前まで、戻ってる」
反転した非常口の表示と、向かいにある更衣室のドア。
ぞわり、と背筋を冷たいものが這い上がった。
「冗談きついぜ、勇次郎くん」
そう茶化しつつ大輝が横目に壁の方を確認する。
だが現実は変わらない。俺たちがついさっき出てきた更衣室が、確かにそこにあった。
律先輩が険しい顔で周囲を見回して言う。
「無限ループ……それが、この空間が持つ特性なのかもしれません」
進んでも進んでも同じ光景の繰り返し。出口へ向かって歩いても、またスタート地点に戻されてしまう。
俺も大輝も絶句するしかなかった。
律先輩は爪を噛み、眉間に皺を寄せる。
「おそらくシオリ様やここに取り込まれた生徒たちも、このループから抜け出せずにいるんだと思います……」
「じゃっ、じゃあ、もし一生ここから出られなかったらおれたちどーなんの!? まさか餓死――」
いや、と俺は大輝の言葉を遮った。
壁掛け時計の針は十一時。さっきからまったく動いていない。
「たぶんここでは時間の流れが現実と違うんだ。ここでは時間が止まっていると仮定するなら、ここで何十年何百年過ごしても、現実では一日も経っていないはず……」
「だとしても一生ここで過ごすなんて嫌だって!」
頭を抱え「うがーッ!」と唸る大輝。
腕まくりした大輝は「全力で走れば届くかもしんねえ!」といきなり走り出し始めた。
しかし十数秒後、走り去っていったはずの大輝が俺たちを後ろから追い抜いていく。
「ダメですね……」
「あーもう! 一体どうすりゃいいんだよー!」
あてもなく動いても無駄に体力を消費するだけだ。
俺は床に腰かけ、停止した時計を睨み上げる。
この廊下に俺たち以外の人間はいない。シオリを含め他に取り込まれたやつらは別の場所に飛ばされたのか。どうすれば他のやつらと接触できる? 何か状況を打開するヒントはないのか。何か――。
「大輝、律先輩、俺に考えが――」
「あークソッ! さっさと出せよ、バカヤロー!!」
俺が言おうとしたその時、苛立ちをあらわに大輝が壁を力任せに殴りつけた。
瞬間――殴られた壁面がぐにゃりと歪む。
驚愕する俺たちの目の前で、ひび割れるように空間が裂けた。
「なっ――!?」
壁だったはずの場所が、水面みたいにどろりと波打つ。
その中心に生まれた黒い穴へ、大輝の腕がずぶりと沈み込んだ。
「うおっ!? な、何だこれ、おい!!」
慌てて引き抜こうとする。
だが、抜けない。
いや、それどころか――穴の奥から、凄まじい力で引っ張られているようだった。
「くっ……!?」
大輝の身体が壁へ叩きつけられるように引き寄せられる。
まるで底なし沼だ。
腕だけだったはずなのに、肩までが、胸までが、ずるずると呑み込まれていく。
「大輝!!」
俺は反射的に駆け出した。
だが、それより早く律先輩が床を蹴る。
「掴まってください!!」
律先輩が大輝の右手を掴んだ。
ぎり、と互いの指が食い込む。
「踏ん張ってください……!」
「む、無茶言うなってこれ……っ!」
大輝の顔が引きつっていた。
吸い込む力はなおも強まっていく。
壁の穴の奥は真っ暗で、何も見えない。
なのに、その暗闇のさらに向こうから、無数の呻き声みたいなものが聞こえてくる。
ぞわり、と鳥肌が立った。
「勇次郎くん! 手を――!」
律先輩が俺へ叫ぶ。
俺も二人へ飛びつこうとした、その瞬間。
びきっ。
嫌な音がした。
「え――」
車酔いでもした時みたいな気持ち悪さ。
俺は壁に手をつき、顔をしかめた。
「……っ」
でも、この世界にシオリがいるんだ。
ならどうにか前に進んで、あいつを探し出すしかない。
「まーそのうち慣れるって! 気負いすぎず行こうぜ、ゆーじろ」
気をほぐしてくれる大輝の存在がこれほどありがたいこともない。
違和感を抱えながらも、俺たちは意を決して無音の廊下を進み始めた。
部活棟の出口は更衣室を出て左手側にあったはずだ。だから敢えて右へと進もうと意識しつつ、歩いていく。
だが、歩いても歩いても、出口の開き扉に辿り着く気配がない。
視界の先には確かに映っているのに、そこまでの距離が一向に縮まらない。
「なんか……妙に遠い気がするなー……なんて」
五分くらい経った頃、大輝が乾いた笑みを漏らす。
普通なら徒歩一分ほどの距離。明らかに不自然な状況に胸騒ぎを覚えるなか、俺はふと壁に目を向け、瞠目した。
「おい……更衣室前まで、戻ってる」
反転した非常口の表示と、向かいにある更衣室のドア。
ぞわり、と背筋を冷たいものが這い上がった。
「冗談きついぜ、勇次郎くん」
そう茶化しつつ大輝が横目に壁の方を確認する。
だが現実は変わらない。俺たちがついさっき出てきた更衣室が、確かにそこにあった。
律先輩が険しい顔で周囲を見回して言う。
「無限ループ……それが、この空間が持つ特性なのかもしれません」
進んでも進んでも同じ光景の繰り返し。出口へ向かって歩いても、またスタート地点に戻されてしまう。
俺も大輝も絶句するしかなかった。
律先輩は爪を噛み、眉間に皺を寄せる。
「おそらくシオリ様やここに取り込まれた生徒たちも、このループから抜け出せずにいるんだと思います……」
「じゃっ、じゃあ、もし一生ここから出られなかったらおれたちどーなんの!? まさか餓死――」
いや、と俺は大輝の言葉を遮った。
壁掛け時計の針は十一時。さっきからまったく動いていない。
「たぶんここでは時間の流れが現実と違うんだ。ここでは時間が止まっていると仮定するなら、ここで何十年何百年過ごしても、現実では一日も経っていないはず……」
「だとしても一生ここで過ごすなんて嫌だって!」
頭を抱え「うがーッ!」と唸る大輝。
腕まくりした大輝は「全力で走れば届くかもしんねえ!」といきなり走り出し始めた。
しかし十数秒後、走り去っていったはずの大輝が俺たちを後ろから追い抜いていく。
「ダメですね……」
「あーもう! 一体どうすりゃいいんだよー!」
あてもなく動いても無駄に体力を消費するだけだ。
俺は床に腰かけ、停止した時計を睨み上げる。
この廊下に俺たち以外の人間はいない。シオリを含め他に取り込まれたやつらは別の場所に飛ばされたのか。どうすれば他のやつらと接触できる? 何か状況を打開するヒントはないのか。何か――。
「大輝、律先輩、俺に考えが――」
「あークソッ! さっさと出せよ、バカヤロー!!」
俺が言おうとしたその時、苛立ちをあらわに大輝が壁を力任せに殴りつけた。
瞬間――殴られた壁面がぐにゃりと歪む。
驚愕する俺たちの目の前で、ひび割れるように空間が裂けた。
「なっ――!?」
壁だったはずの場所が、水面みたいにどろりと波打つ。
その中心に生まれた黒い穴へ、大輝の腕がずぶりと沈み込んだ。
「うおっ!? な、何だこれ、おい!!」
慌てて引き抜こうとする。
だが、抜けない。
いや、それどころか――穴の奥から、凄まじい力で引っ張られているようだった。
「くっ……!?」
大輝の身体が壁へ叩きつけられるように引き寄せられる。
まるで底なし沼だ。
腕だけだったはずなのに、肩までが、胸までが、ずるずると呑み込まれていく。
「大輝!!」
俺は反射的に駆け出した。
だが、それより早く律先輩が床を蹴る。
「掴まってください!!」
律先輩が大輝の右手を掴んだ。
ぎり、と互いの指が食い込む。
「踏ん張ってください……!」
「む、無茶言うなってこれ……っ!」
大輝の顔が引きつっていた。
吸い込む力はなおも強まっていく。
壁の穴の奥は真っ暗で、何も見えない。
なのに、その暗闇のさらに向こうから、無数の呻き声みたいなものが聞こえてくる。
ぞわり、と鳥肌が立った。
「勇次郎くん! 手を――!」
律先輩が俺へ叫ぶ。
俺も二人へ飛びつこうとした、その瞬間。
びきっ。
嫌な音がした。
「え――」
