そこでふと、律先輩が何かに気づいたように声を上げる。
「もしかして……大輝くん、いなくなった生徒の所属部活をもう一度、洗い出してみてください」
「あ、うん。野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、卓球部、ソフトテニス部、陸上部……こんくらい? 球技が共通点かと思ったけど、陸上があるしなぁ……」
「うちの運動部は他に、水泳部、弓道部、相撲部がありますけど、これらの部活の所属生徒は誰も被害に遭っていないんです。この三つの部活にある共通点は一つ」
律先輩はこれらの部の名前を赤いペンで囲い、その上に一言書き足した。
「『外部施設』を使っていることです。逆に言えば被害生徒たちの所属は学校で活動する部に限られる。運動部全員が使う可能性のある場所――怪異はそこにいる」
少しの間を置いて大輝がパチンと指を鳴らす。ほぼ同時に、俺も答えに思い至った。
「「更衣室」」
部活棟の更衣室は学校を拠点とする部の生徒なら、誰もが使う可能性がある。
男子しか狙われていないのも、怪異が男子更衣室だけを根城にしていると考えれば辻褄が合う。
「決まりだな。すぐに行こう。いまこうしている間にも、シオリは必死に戦ってるかもしれない」
弾かれるように立ち上がった俺に、大輝と律先輩は力強く頷きを返す。
俺たち三人は急ぎ、学校へと走るのであった。
忘れ物をしたという名目で、俺たちは教師の制止を振り切って校内に突入した。
部活棟は静寂に包まれていた。普段なら始業式が終わって騒がしくなってくる時間帯であるが、今日は既にほとんどの生徒たちが帰宅させられている。
電気も消され、窓からの日の光だけが差し込んでいる廊下は、ひんやりとしていた。
俺たちの逸る足音だけがカツカツと、いやに大きく反響する。
「ここだぜ」
この場で唯一の運動部である大輝が、更衣室前まで俺たちを先導する。
固唾を呑んで見守る俺と律先輩の前で、大輝はドアノブに手を伸ばした。
「……開けるぞ」
ノブを回し、ゆっくりと押し開ける。
ぎぃ、と扉を軋ませながら、俺たちは思い切ってその中に足を踏み入れた。
壁際にずらりと並んだ鉄製のロッカー。足元に敷かれた青いスノコ。若干の湿り気と汗の臭い。
どこにでもある更衣室の光景。
俺も律先輩も特に違和感も持たずに眺めているなか、大輝だけが何かに気づいたようで呟きをこぼす。
「……あれ、こんなの置いてあったっけ……?」
それは壁際に立てかけられた鏡だった。
特筆するところのない白い縁取りの姿見。女子更衣室は知らないが、男子更衣室にこういう鏡が置いてあるイメージは全くない。
怪訝に思って俺たちがその鏡を覗き込んだ、その瞬間――。
「えっ……?」
目の前から、ついさっきまであったはずの鏡が消え去っていた。
慌てて周囲を見回してみても、それ以外の部分は何ら変わりない。
ただ鏡だけが、忽然と姿を失っていた。
「何なんだよっ、今の……!?」
「おそらく怪異の領域に入ったんです。大勢の生徒がいなくなって、痕跡すら残っていないのも、怪異が自分の結界か何かに引きずり込んだと考えれば納得がいきます」
狼狽える大輝のそばで、律先輩が冷静に分析する。
だとしたら俺たちは、シオリがいる異空間に入れた?
なら急いで捜さないと。あいつはきっと、今も一人で戦っている。
「待ってください、勇次郎くん!」
更衣室から出ようとした俺の腕を掴んで、律先輩が呼び止めてくる。
「気持ちは分かりますが一人で動いては危険です。一緒に行きましょう」
「おれも行く! ここまで来たら一蓮托生、ってやつだ!」
「……よくそんな難しい言葉知ってるな」
拳を突き上げる大輝に、俺はぼそっと思ったことをそのまま言った。
ばしんと背中を叩かれる。その痛みが俺を、焦りから現実へと引き戻してくれた。
「ああ。行こう」
視線を交わし合った俺たちは更衣室のドアを開け、三人揃って外への一歩を踏み出した。
夏場にもかかわらずひんやりとした温度は変わらない。足音の反響も同じ。
ただ一点、違うのは――見上げた先、緑色のランプに浮かぶ「非常口」の文字と走る人のマークが、左右反転していることだった。
「え……?」
俺たちは息を呑み、足を止めた。
もしかしてと思ってスマホを見ると、これも文字の表記が逆向きになっていた。廊下の壁にかかっている時計の針も、午後一時のはずが午前十一時に見える。
「おいおい……これも怪異の能力?」
「だと思いますね。差し詰め、『鏡の世界』といったところでしょうか……」
ありとあらゆるものが鏡映しになった世界。
「もしかして……大輝くん、いなくなった生徒の所属部活をもう一度、洗い出してみてください」
「あ、うん。野球部、サッカー部、バスケ部、バレー部、卓球部、ソフトテニス部、陸上部……こんくらい? 球技が共通点かと思ったけど、陸上があるしなぁ……」
「うちの運動部は他に、水泳部、弓道部、相撲部がありますけど、これらの部活の所属生徒は誰も被害に遭っていないんです。この三つの部活にある共通点は一つ」
律先輩はこれらの部の名前を赤いペンで囲い、その上に一言書き足した。
「『外部施設』を使っていることです。逆に言えば被害生徒たちの所属は学校で活動する部に限られる。運動部全員が使う可能性のある場所――怪異はそこにいる」
少しの間を置いて大輝がパチンと指を鳴らす。ほぼ同時に、俺も答えに思い至った。
「「更衣室」」
部活棟の更衣室は学校を拠点とする部の生徒なら、誰もが使う可能性がある。
男子しか狙われていないのも、怪異が男子更衣室だけを根城にしていると考えれば辻褄が合う。
「決まりだな。すぐに行こう。いまこうしている間にも、シオリは必死に戦ってるかもしれない」
弾かれるように立ち上がった俺に、大輝と律先輩は力強く頷きを返す。
俺たち三人は急ぎ、学校へと走るのであった。
忘れ物をしたという名目で、俺たちは教師の制止を振り切って校内に突入した。
部活棟は静寂に包まれていた。普段なら始業式が終わって騒がしくなってくる時間帯であるが、今日は既にほとんどの生徒たちが帰宅させられている。
電気も消され、窓からの日の光だけが差し込んでいる廊下は、ひんやりとしていた。
俺たちの逸る足音だけがカツカツと、いやに大きく反響する。
「ここだぜ」
この場で唯一の運動部である大輝が、更衣室前まで俺たちを先導する。
固唾を呑んで見守る俺と律先輩の前で、大輝はドアノブに手を伸ばした。
「……開けるぞ」
ノブを回し、ゆっくりと押し開ける。
ぎぃ、と扉を軋ませながら、俺たちは思い切ってその中に足を踏み入れた。
壁際にずらりと並んだ鉄製のロッカー。足元に敷かれた青いスノコ。若干の湿り気と汗の臭い。
どこにでもある更衣室の光景。
俺も律先輩も特に違和感も持たずに眺めているなか、大輝だけが何かに気づいたようで呟きをこぼす。
「……あれ、こんなの置いてあったっけ……?」
それは壁際に立てかけられた鏡だった。
特筆するところのない白い縁取りの姿見。女子更衣室は知らないが、男子更衣室にこういう鏡が置いてあるイメージは全くない。
怪訝に思って俺たちがその鏡を覗き込んだ、その瞬間――。
「えっ……?」
目の前から、ついさっきまであったはずの鏡が消え去っていた。
慌てて周囲を見回してみても、それ以外の部分は何ら変わりない。
ただ鏡だけが、忽然と姿を失っていた。
「何なんだよっ、今の……!?」
「おそらく怪異の領域に入ったんです。大勢の生徒がいなくなって、痕跡すら残っていないのも、怪異が自分の結界か何かに引きずり込んだと考えれば納得がいきます」
狼狽える大輝のそばで、律先輩が冷静に分析する。
だとしたら俺たちは、シオリがいる異空間に入れた?
なら急いで捜さないと。あいつはきっと、今も一人で戦っている。
「待ってください、勇次郎くん!」
更衣室から出ようとした俺の腕を掴んで、律先輩が呼び止めてくる。
「気持ちは分かりますが一人で動いては危険です。一緒に行きましょう」
「おれも行く! ここまで来たら一蓮托生、ってやつだ!」
「……よくそんな難しい言葉知ってるな」
拳を突き上げる大輝に、俺はぼそっと思ったことをそのまま言った。
ばしんと背中を叩かれる。その痛みが俺を、焦りから現実へと引き戻してくれた。
「ああ。行こう」
視線を交わし合った俺たちは更衣室のドアを開け、三人揃って外への一歩を踏み出した。
夏場にもかかわらずひんやりとした温度は変わらない。足音の反響も同じ。
ただ一点、違うのは――見上げた先、緑色のランプに浮かぶ「非常口」の文字と走る人のマークが、左右反転していることだった。
「え……?」
俺たちは息を呑み、足を止めた。
もしかしてと思ってスマホを見ると、これも文字の表記が逆向きになっていた。廊下の壁にかかっている時計の針も、午後一時のはずが午前十一時に見える。
「おいおい……これも怪異の能力?」
「だと思いますね。差し詰め、『鏡の世界』といったところでしょうか……」
ありとあらゆるものが鏡映しになった世界。
