神様、その契約、命がけで守ります

「『お前』じゃない! それにワシは神じゃ。怪異とは似て非なるもの。負の存在たる怪異に対して、ワシら神は人間の正の感情によって顕現する」


ふぅん。まぁなんとなくはわかった。
俺は雑巾で仕上げのから拭きを済ませながら、シオリの解説に相槌を打った。


「……本当にわかっとるのか? しかし、お主も面の皮が厚いの。ワシの存在を知覚してもビビらんとは」


面の皮が厚いのはお前だ。あと、それを言うなら「肝が据わってる」だ。神にしては頭が悪くないか、こいつ?


「別に……」


呟いた瞬間――ピピピピッ、とアラームがけたたましく鳴る。

「なんじゃ、敵襲か!?」
「違うよ、俺のスマホ」


腰を低くして臨戦態勢になるシオリをスルーして、俺はベッドへと駆け寄った。
時刻は八時過ぎ。今からなら全力ダッシュすればぎりぎり間に合うはずだ。
俺はパジャマから制服へパパッと着替え、シオリを一瞥する。


「お前、今から走れるか?」
「……は?」
「走れるよな?」
「…………」






「このっ、不届き者ぉ~~ッ! か、神であるワシをっ……ぜぇぜぇ、はっ、走らせるとは……!」


数メートル後ろでギブアップ寸前のシオリを振り返り、俺は立ち止まった。
神様だけど空を飛んだりはできないらしい。走りづらそうな和服で、汗だくになっているこいつを見つめつつ、俺は少し考えた。
家に残したらまた何かしでかすかもしれないから連れてきたけど、学校にこいつが現れたら、それこそ大騒ぎにならないだろうか。


「……お主、今ワシを置いていこうとか思ったな」
「思ってない」
「嘘つけ! 感情がこもってないんじゃ、感情が! お主の顔は能面か!」
「……たまに言われる」


小さい頃から感情表現はいまいち得意じゃない。親は絵があるからいいじゃないかと言ってくれるが、俺自身、ちょっと気にしているところだ。


「置いていこうとしてもそうはいかんぞ。ワシとお主は既に契約で結ばれておるからな」
「……は?」


何それ。初耳なんだけど。


「お主がワシに住処を与え、その対価としてワシがお主を怪異から守ってやる。どうじゃ? 悪くないと思うがの」
「いや、ちょっと待ってよ。俺は別にOK出してな――」
「怪異からお主の命を救ったのはワシじゃ。それを忘れたとは言わせんぞ?」


そう言われると返す言葉もない。


「これでワシらは一心同体じゃ。よろしく頼むぞ、ユウちゃん?」
「ゆ、ユウちゃん……?」


いきなりあだ名を付けられて、思わずぽかんとしてしまう。
そんな俺にシオリはにししっといたずらっ子のように笑うのだった。


「して、ユウちゃんよ。急がなくても良いのか?」
「え? ……あぁー」


遅刻確定じゃないか。元はといえばこいつのせいだけど。

「……ま、ゆっくり行くよ」
「走らないのか?」
「五分遅れも十分遅れも一緒だからな」
「そういうものなのか?」
「まぁ、うん」


こういう時は開き直るに限るね。
道端の花でも眺めながら、俺はのんびりと歩き出すのだった。





結局学校に着いたのは一時間目が終わる頃だった。
原因は紛れもなくシオリである。
道を歩いては「あれは何じゃ!?」といちいち聞いてきたり、お店を食い入るように見つめてなかなか離れなかったりした。
神様にとっては現代社会のすべてが新鮮らしかった。……まぁ、シャワーも知らなかったしな。


「なんだ菅原。また遅刻か?」


下駄箱のところで体育教師の田中に鉢合わせ、俺は一歩後ろに立つシオリを一瞥した。
遅刻はともかく、問題はこいつだ。
どう言い訳しようか必死に頭を巡らせていると、田中が怪訝そうな顔で言ってくる。


「何をちらちら見てるんだ? 背後霊でもいるのかー?」

俺はつい言葉に詰まった。
あれ、見えてない? 確かに街中でもシオリを見て何か言ってくる人はいなかったけど……。


「おいおい、冗談だって」
「そ、そうですよね……」


じゃ、じゃあ俺が登校がてらシオリにあれこれ解説してたのは、全部俺の一人芝居に見えてたってこと?
う、うわーーーーーー!!


「耳まで赤くなっておるぞ。かわいいやつめ」


くすくす笑うシオリに俺は何も言い返せないまま、この場を足早に後にするのだった。





その日の授業中はまったくと言っていいほど集中できなかった。
シオリが俺の真横に立ってあれこれ訊いてきたり、勝手に教科書のページをめくったり、周りに認識されてないのをいいことにしょうもないダジャレを言ってきたりと、とにかく落ち着かなかった。
こいつ、ホントに神なのか?