浴衣の所々が切り裂かれ、肌から血を流していてもなお、シオリはそこに立っていた。
「この程度の傷、すぐに再生できる。喧嘩を売る相手を間違えたのう、馬鹿者」
(その割には回復が遅いようですが? 神といえども所詮は信仰を失った身。長きにわたって力を蓄積してきた私には、勝てない!)
暴風が渦巻き、残っていた枯れ木を無慈悲に薙ぎ倒す。
その攻撃に防御の術を使わせた束の間、畳みかけるように撃ち込まれた羽根の刃が弱った防壁を強引に粉砕する。
「くっ――!?」
防壁を破られたらシオリは無防備だ。
まともに攻撃を食らい、またしても傷を負ってしまう。
このままじゃ同じ状況の繰り返しだ。
俺が烏天狗に拘束されている限り、シオリは攻撃を当てられず防戦一方になるしかない。
何か打開策はないか。何か――。
「うああああああああ!!」
俺は絶叫して手足を激しくバタつかせた。
(何を……!?)
烏天狗が慌てて俺を腕力で押しとどめ、岩肌へと降下していく。
やっぱりこいつが俺を殺せないっていうのは嘘じゃなかった。
だとしたらシオリを助けるには、俺が烏天狗の拘束を抜け出してシオリの側に逃れればいい。そうすればあいつも迂闊に手を出せない。
烏天狗が地面に降り立ち、シオリと正面から向き合う形になる。
俺はシオリに視線を送り、あいつがこっちの狙いを察してくれることを祈った。
「お主の狙いはなんじゃ、天狗」
傷ついた左肩に右の手のひらを当て、回復の術を使いながらシオリが問う。
黙殺しようとする烏天狗だったが、そこにさらにシオリは燃料を投下した。
「まぁ、所詮は怪異の考えることじゃ。聞いたところで神であるワシには理解の及ばないことじゃろうがな」
俺の身体を抱える烏天狗の腕がわなわなと震え、万力のような力で締めあげてくる。
(所詮は、怪異……?)
ひび割れた声が脳内に反響する。
(お前たちはいつの時代も、そうやって我々を見下して――)
燃え上がる憎悪に呼応するように、烏天狗の足元から風が湧きあがる。
暴風が唸りを上げ、砕けた石や砂塵が激しく宙を舞った。
(神、神、神……! 貴様らはいつもそうだ……!)
脳を直接掻きまわすような怒声。
烏天狗の感情が荒れ狂うほどに、風もまた勢いを増していく。
(裁きを下すのは我々だと――その身を以て思い知るがいい!)
大技が来る――そう直感した瞬間だった。
俺の身体を拘束する腕の力が、わずかに緩んだ。
烏天狗の意識は完全にシオリに向いている。
今しかない。
俺はすべての力を振り絞ってもがき、腕の拘束を引き剝がした。
「――ッ!」
岩肌に手をついて転がり、擦りむいた手のひらの痛みも構わず立ち上がる。
跳ねるように地面を蹴った俺は、シオリへと一直線に駆け出した。
倒木の残骸を飛び越える。
突き出た大きな岩に足をすくわれそうになる。
一歩を踏み出すたびにひび割れた膝の骨が軋む。
それでも俺は止まることなく、シオリへと手を伸ばす。
「ユウちゃん――!」
シオリもまた俺の名を呼んで腕を伸ばした、その刹那。
鋭く刺すような殺意を直感して、俺は振り返った。
烏天狗の両翼から黒い羽根の刃が、予備動作なしの一瞬で放たれる。
「――――」
俺は限界まで目を見開いた。
なぜ。あいつは俺を殺さないんじゃなかったのか――。
(神に奪われるくらいなら――ここで死になさい、菅原の子!)
引き延ばされた時間の中で、羽根が空を切る音だけが鮮明に聞こえている。
黒いオーラを帯びた羽根の一枚一枚が迫ってくるのが見える。
何が起こったかは分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
だが、その一瞬。
白い何かが俺の眼前に転がり込んできて、視界を遮る。
「ユウちゃんッ!!!」
シオリだった。俺の前に立って小さな身体で精一杯、両手を広げている。
防壁の展開が間に合っていない。
拡散する白い光と飛来する黒い羽根とがぶつかり合い、無音の衝撃に俺は突き飛ばされる。
「……っ、シオリ!!」
地面に這いつくばりながらも、俺は歯を食いしばって顔を上げた。
光が途切れ、見えてきたのは身体中をずたずたに引き裂かれながらも辛うじて立っている、シオリの姿だった。
「シオ――」
藍色の浴衣が真紅に染まり、足元にはこぼれ出した鮮血が水溜まりを作っている。
人間だったら確実に死んでいる出血量だ。
それでもシオリは倒れずに、こちらを振り向くことなく、今にも消え入りそうな声で呟く。
「……ユウ、ちゃん……」
「この程度の傷、すぐに再生できる。喧嘩を売る相手を間違えたのう、馬鹿者」
(その割には回復が遅いようですが? 神といえども所詮は信仰を失った身。長きにわたって力を蓄積してきた私には、勝てない!)
暴風が渦巻き、残っていた枯れ木を無慈悲に薙ぎ倒す。
その攻撃に防御の術を使わせた束の間、畳みかけるように撃ち込まれた羽根の刃が弱った防壁を強引に粉砕する。
「くっ――!?」
防壁を破られたらシオリは無防備だ。
まともに攻撃を食らい、またしても傷を負ってしまう。
このままじゃ同じ状況の繰り返しだ。
俺が烏天狗に拘束されている限り、シオリは攻撃を当てられず防戦一方になるしかない。
何か打開策はないか。何か――。
「うああああああああ!!」
俺は絶叫して手足を激しくバタつかせた。
(何を……!?)
烏天狗が慌てて俺を腕力で押しとどめ、岩肌へと降下していく。
やっぱりこいつが俺を殺せないっていうのは嘘じゃなかった。
だとしたらシオリを助けるには、俺が烏天狗の拘束を抜け出してシオリの側に逃れればいい。そうすればあいつも迂闊に手を出せない。
烏天狗が地面に降り立ち、シオリと正面から向き合う形になる。
俺はシオリに視線を送り、あいつがこっちの狙いを察してくれることを祈った。
「お主の狙いはなんじゃ、天狗」
傷ついた左肩に右の手のひらを当て、回復の術を使いながらシオリが問う。
黙殺しようとする烏天狗だったが、そこにさらにシオリは燃料を投下した。
「まぁ、所詮は怪異の考えることじゃ。聞いたところで神であるワシには理解の及ばないことじゃろうがな」
俺の身体を抱える烏天狗の腕がわなわなと震え、万力のような力で締めあげてくる。
(所詮は、怪異……?)
ひび割れた声が脳内に反響する。
(お前たちはいつの時代も、そうやって我々を見下して――)
燃え上がる憎悪に呼応するように、烏天狗の足元から風が湧きあがる。
暴風が唸りを上げ、砕けた石や砂塵が激しく宙を舞った。
(神、神、神……! 貴様らはいつもそうだ……!)
脳を直接掻きまわすような怒声。
烏天狗の感情が荒れ狂うほどに、風もまた勢いを増していく。
(裁きを下すのは我々だと――その身を以て思い知るがいい!)
大技が来る――そう直感した瞬間だった。
俺の身体を拘束する腕の力が、わずかに緩んだ。
烏天狗の意識は完全にシオリに向いている。
今しかない。
俺はすべての力を振り絞ってもがき、腕の拘束を引き剝がした。
「――ッ!」
岩肌に手をついて転がり、擦りむいた手のひらの痛みも構わず立ち上がる。
跳ねるように地面を蹴った俺は、シオリへと一直線に駆け出した。
倒木の残骸を飛び越える。
突き出た大きな岩に足をすくわれそうになる。
一歩を踏み出すたびにひび割れた膝の骨が軋む。
それでも俺は止まることなく、シオリへと手を伸ばす。
「ユウちゃん――!」
シオリもまた俺の名を呼んで腕を伸ばした、その刹那。
鋭く刺すような殺意を直感して、俺は振り返った。
烏天狗の両翼から黒い羽根の刃が、予備動作なしの一瞬で放たれる。
「――――」
俺は限界まで目を見開いた。
なぜ。あいつは俺を殺さないんじゃなかったのか――。
(神に奪われるくらいなら――ここで死になさい、菅原の子!)
引き延ばされた時間の中で、羽根が空を切る音だけが鮮明に聞こえている。
黒いオーラを帯びた羽根の一枚一枚が迫ってくるのが見える。
何が起こったかは分かっているのに、身体が言うことを聞かない。
だが、その一瞬。
白い何かが俺の眼前に転がり込んできて、視界を遮る。
「ユウちゃんッ!!!」
シオリだった。俺の前に立って小さな身体で精一杯、両手を広げている。
防壁の展開が間に合っていない。
拡散する白い光と飛来する黒い羽根とがぶつかり合い、無音の衝撃に俺は突き飛ばされる。
「……っ、シオリ!!」
地面に這いつくばりながらも、俺は歯を食いしばって顔を上げた。
光が途切れ、見えてきたのは身体中をずたずたに引き裂かれながらも辛うじて立っている、シオリの姿だった。
「シオ――」
藍色の浴衣が真紅に染まり、足元にはこぼれ出した鮮血が水溜まりを作っている。
人間だったら確実に死んでいる出血量だ。
それでもシオリは倒れずに、こちらを振り向くことなく、今にも消え入りそうな声で呟く。
「……ユウ、ちゃん……」
