神様、その契約、命がけで守ります

神とは思えない倫理感の発言も、いつもならツッコんでいるところだったけど、今は安心感が勝った。
大丈夫だ。シオリと俺の関係はきっと、これからも変わらない。
そう言い聞かせてコンビニへと駆け込み、幸いなことに借りれたのでトイレを済ませる。
出すものを出してすっきりした俺は雑にズボンで手を拭きつつ、外に出た。

あれ、シオリは?


そう思った瞬間、視界がふわりと高くなって、俺は言葉を失った。


えっ? はっ? 何これ?

全身を浮遊感に包まれるとともに、街の建物がみるみる遠ざかっていく。
さっきまでいたコンビニももう豆粒みたいだ。
これは夢? それとも幽体離脱か何かか?
だが、顔に当たる冷たい空気はどう考えても本物としか思えなかった。
何かが両肩に食い込んでいて、俺のことを持ち上げている。
俺はおそるおそる、首を後ろに回してみた。
そこで目に入ったのは――


「天、狗……?」


背中から黒い羽毛を生やした、人のような姿。山伏のような恰好をしていて見た目は天狗のようだが、高い鼻があるべき箇所にはカラスのような嘴が生えている。

(心配は無用です、人の子よ。私はお前を殺しはしない)


頭の中に声が響いてくる。なんだこれ? テレパシー?
それにしても殺しはしないなんて、信じられるかよ。どうせ俺を捕まえて餌にでもするつもりなんだろ。
シオリ。俺のことに気づいてくれ。俺を助けに来い。頼む。頼む。お願いだ。
俺は眼下の街並みに目を凝らして、ひたすらに念じた。
それでもシオリらしき影は見当たらない。こちらに近づいてくる気配もない。


(非能力者から念を送ることはできません。どれだけ念じようと無駄ですよ)


俺は小さく舌打ちした。
こっちから念を送ることは出来ない。シオリへ助けも呼べない。念を送るのは送信側からの一方通行? じゃあそうなると、こいつが俺の心を読んでるのはどういう理屈だ?


(図星でしたか)


俺は顔をしかめた。さっきのセリフはブラフかよ。俺が助けを呼ぶことが出来ないと、思い知らせるためだけの。


「悪趣味だな」


烏天狗はそれ以上何も言わず、ゆっくりと高度を落とし始めた。
目指す先は――城址公園のさらに裏にある山か。
山の頂上付近、木々が禿げて岩肌が剝き出しになった場所に降り立ち、烏天狗は地面に敷いてあったゴザの上に俺を放り落した。


「ぐっ!?」


背中から落下した衝撃に呻吟する。
顔を歪めて睨み上げると、烏天狗は感情の読めない真っ黒い瞳で俺を見下ろしていた。


「……お前が何をしようとしてるか知らないけど。この街での悪さは、神様が許しはしない」


あいつは文彦という男を特別に思っていた。そんな人物が守ろうとしたこの街を荒らすのなら、あいつは絶対容赦はしない。

「ほら、見ろ――」


腕を持ち上げ、空を指さす。
星々がきらめく夜空を横切るのは、流星などではなく――真っ白い神の光。


「ワシの契約者に手を出しおって。愚か者が」


稲妻のごとき閃光が走った直後、空中からシオリが静かに降り立つ。
光の粒のようなオーラを全身から放出し、ほどけた髪を揺らしながら冷然とした目で見下ろすシオリの姿は、まさしく神であった。
抑揚のない声で言い放つシオリを前にしてもなお、烏天狗は俺の首根っこを掴んで引っ張り上げる。
首元が締め付けられる。息ができない。それでも喘ぎながら、俺は必死に叫んだ。


「俺に構うなシオリ! こいつは得体が知れない……何かされる前に祓ってくれ!」
「ユウちゃん……!」


手のひらをこちらへと向け、一条の光線を撃ちだすシオリ。
だが光線の軌道は若干右に逸れ、虚空へと吸い込まれるように消えていってしまった。
俺を撃つまいと躊躇したのか。
そう気づいた時にはもう、遅かった。
烏天狗が飛び上がり、翼を大きく羽ばたかせる。瞬間、突風が巻き起こったかと思えば、黒い刃に似た何かがシオリへと飛来していった。


「刃――いや、羽根か!」


シオリは即座に光の防壁を展開する。
だが、弾丸のごとき勢いで降り注いだ羽根の雨がたちまちバリアを破り、その下のシオリへと直撃した。


「シオリッッ!!」


霊力がぶつかり合って生じる爆発。
白煙の向こうに消えたシオリへと手を伸ばし、俺はなりふり構わず叫んだ。


(黙っていなさい。手荒な真似はしたくない)


テレパシーでの警告。シオリがピンチな現状、下手な動きは出来ない。俺は大人しく烏天狗の言うことに従うしかなかった。

(邪魔をする神は排除する)


烏天狗は俺を腕で掴んだまま、淡々とそう宣言した。
白煙が風に流れ、シオリの姿があらわになる。