神様、その契約、命がけで守ります

「簡単なおかゆくらいなら用意できる。……見よう見まねじゃがな」


俺は降参するように身体の力を抜き、再びベッドに倒れ込んだ。
立ち上がって心配そうに俺のことを見つめた後、シオリは静かにキッチンのほうへと向かっていく。
カチッとガスコンロを点火する音。次いで、ガタッと鍋をそこにセットする音。
コトコトとおかゆが煮えていく穏やかな音を、俺はぼーっと聞いていた。
待っている間、シオリは何も言わなかった。
その沈黙が今はありがたかった。


「……できたぞ」


シオリに呼ばれ、俺はベッドから這い出てローテーブルの前にあぐらをかいた。
卵がゆと味噌汁、二人前。湯気の立つそれを卓上に置いて、シオリも俺の脇にちょこんと座った。

「こんなんじゃお前、足りないだろ」
「こんな時でもワシの心配か? 今は自分の身体を労ったらどうじゃ、馬鹿勇次郎」
「……馬鹿は余計だ」


そう返し、俺は卵がゆをスプーンで一杯、口に運んだ。
シンプルで優しい味わいが口内に広がっていく。
俺は目を見開き、率直な感想を言った。


「美味しい。お前にしては」
「お主も一言余計じゃ。……まあ、口に合ったのなら良かった」


くしゃっと笑い、シオリは両手でお椀をちょこんと持って味噌汁を啜った。
俺はおかゆを食べる手を止めて、その横顔を見つめる。

「……なんじゃ、じろじろ見て」
「……いや」


怪訝そうに問われ、俺は思わず目を逸らした。
シオリの顔が綺麗だから見蕩れていました、なんて、言えるわけがない。
止まっていた手をせかせかと動かし、おかゆをポカリ○エットで流し込んでから、テーブルの一点へあてどなく視線を向ける。


「……なぁ、シオリ」
「なんじゃ?」
「……あの、さ。……その」
「歯切れが悪い。はっきり言ったらどうじゃ」


どかっと食べ終えた茶碗をテーブルに置きつつ、シオリがまどろっこしそうに言う。
俺は頭をぼりぼりと掻きながら、意を決して思っていたことを言葉にした。


「……人物画の練習をしたいから、モデルになってくれないか」


は? とシオリが声を漏らした。
あまりにも藪から棒だ。俺だって立場が逆だったら同じリアクションをしただろう。
シオリの顔を直視できないまま、俺は顔を手で覆い隠しながら、もう一回訊いた。


「お前の絵を、描きたいんだ。……ダメ、かな」


少しの間を置いてから、シオリが答える。


「……構わぬ。好きにするが良い」
「ありがとう」


そう呟き、俺はシオリをちらと上目遣いに見つめた。
今度はシオリのほうが目を逸らす。それがなんだかおかしくて、俺はほんの少しだけ、口角を上げるのだった。






次の日、俺は学校を初めて休んだ。
心配した大輝からの電話には「昨日熱中症になったから」と答えておいた。
シオリの看病の甲斐あって、身体は割と回復している。それでもなんとなく、今は学校には行きたくなかった。
スケッチブックを用意して、部屋の真ん中に置いたイーゼルに立て掛ける。
鉛筆を手に取った俺は、ベッドに座ってソワソワとしているシオリにさっそく指示を出した。


「なるべく動かずに、そこに座ってるだけでいい」
「ワシの服は描きにくくないか? 着替えた方が良いかの?」
「……いい。描くのはバストアップだけだから、そこまで手間じゃないと思う」


一瞬よぎった煩悩を振り払って、俺は言った。
まっさらなページの一面を俯瞰して、脳内でイメージを浮かべる。


「本とか読んでいても良いかの?」
「好きにしろ」


鉛筆を握り直し、俺はスケッチブックに筆先を滑らせ始めた。
考えていた設計図通りに、全体のアタリから入って構図を確定させる。
次に身体。着物だから肩から袖のラインは身体に密着させない。首元から鎖骨の辺りまでは、細いV字を描くように開きを作る。皺は少なめ、胸元は布が斜めに流れる程度に。
それから髪の毛。肩の上に垂れる一つ結びの輪郭を、着物の上に重ねる。さらさらとした前髪も目を描く箇所の少し上に流す。
ここまでは順調だった。
けれど。


「筆が止まっておるぞ」


言われなくてもわかっている。
不機嫌そうなシオリの顔を目を細めて凝視しながら、俺は内心で呟いていた。
細くて柔らかい曲線の眉。繊細そうな長い睫毛。透き通った金色の瞳。通った鼻筋、艶やかな小ぶりの唇。仄かに赤らんだ頬。
表情は不機嫌そのものなのに、綺麗すぎて、圧倒されそうになる。
描きたい。この美しさを記憶の中だけじゃなくて、絵として残しておきたい。
そんな衝動は確かにあるのに、いざ形にしようとすると、手が止まってしまう。

「おーい、ユウちゃーん?」