きらめく光を身に纏った、小柄な少年。一つ結びにしている髪は雪のように真っ白く、丸っこい瞳は透き通った金色だった。あどけなさを残した顔立ちは抜群に整っている。服装は藍染めの和服で、髪や目の色と相まって浮世離れした雰囲気を醸し出していた。
――綺麗だ。
率直に、そう思った。
そんな俺をちらりと一瞥し、その少年は小ぶりな唇を弓なりに曲げる。
「ヒトではない。――ワシは、神じゃ」
瞳をすっと細め、神と名乗ったそいつは手のひらを顔のない学生へと向けた。
それから静かに、中性的な声で告げる。
「汝、ここに在るべからず。言の葉もて縛り、光もて祓わん」
呪文……いや、祝詞ってやつか。
それを唱えた途端に幽霊が白い光に包まれて、その輪郭が薄らいでいく。
足掻くように腕や足をばたつかせ、モヤのような頭部を激しく振る幽霊。
やがてその姿は光に呑まれ、完全に消滅したようだった。
「た、助かった……のか?」
図書室の薄闇が途切れ、窓から夕陽が再び差し込んでくる。
呆然と呟く俺に、白い髪の神様とやらはにやりと笑ってみせた。
「そうじゃ。感謝せい、にんげ――」
ぷつりと糸が切れたかのように、神様はその場に倒れ込んでしまった。
「っ、おっ、おいっ!?」
足が攣っていたのも忘れ、俺は慌てて神様に駆け寄る。
――これが、俺たちふたりの関係の、始まりだった。
「なっ、なんじゃこれは!!?」
翌朝。目覚まし時計に代わって俺を叩き起こしたのは、そんな大声だった。
布団から飛び起きて浴室のほうに目を向ける。
落ち着きなく跳ねる一つ結びの白い髪に、藍色の和装。
一面が水浸しになった廊下であたふたとしているそいつに、俺は唖然とするしかなかった。
「……何やってんの」
「わっ、ワシは何もしとらんぞ! そこの壁に引っ付いてた蛇みたいなものが、急に水を吐き出し始めたのじゃ! ワシは神だというのにっ、不敬極まりないとは思わんか!」
蛇? と俺は一瞬首をかしげてから、すぐに気がついた。
シャワーホースだ。浴室の床で大暴れした形跡を残すそれが、上を向いて廊下まで水を流している。
「こっ、こいつをなんとかしろ!」
「……」
悪びれもせずに言ってくる神様とやらに、俺は無言になった。
ふわぁ。……いけね、欠伸が出た。
「欠伸しとる場合か! 早うせい!」
「わかってる」
自分でやらかしたくせに、面の皮が厚いやつだな。
けど、これ以上水が広がったらワンルームの片隅に置いてある作品にまで被害が及ぶ。俺は蛇口をきゅっと閉め、シャワーヘッドを元の位置に戻した。
「びしょびしょじゃないか、まったく……」
「お、お主」
振り向くと神様は妙にキラキラした目で俺を見つめていた。
「その暴れ龍を自力で鎮めたのか? この一瞬で?」
「蛇じゃなかったの?」
「どちらでもよい。……流石はワシが見込んだ男、菅原の末裔よ」
俺の手をぎゅっと握って神様は言った。
確かに俺の苗字は菅原だけど……そんなことより床、拭いてもらえませんかね。
「ほら、タオル」
「ワシは神じゃぞ? かっ、かっ、神様に手拭いで床を拭けと、本気で言っておるのか!?」
「俺も手伝うから。ほら」
タオルを手渡すと白髪の神様はむすっと口を尖らせた。面倒くさいやつだな。
「ほらじゃない! ワシにはシオリという名があるのじゃ!」
「俺は勇次郎だ」
俺が頑張ってびちゃびちゃの床を拭いているのを他所に、シオリと名乗った自称神様は「服が濡れてしまったではないか」とぶつくさ言っていた。
「はぁ~、こんなことで力を使いたくはないが、仕方ないのう」
気だるげに呟き、手のひらを自分の着物にかざすシオリ。
それから何やら祝詞を唱えると、ぽうっと白い光が身体を包んで、次の瞬間には着物が完全に乾いていた。
――何これ、魔法?
ってか、そんな力があるなら最初からそれで床も乾かしてくれよ。
「……お前、本当に神様なんだな」
「当然じゃ。昨日も見たじゃろう? お主に取り憑こうとしていた怪異を祓ったのは、他でもないこのワシじゃ。……あと『お前』じゃなくて『神様』か『シオリ様』と呼べ」
昨日の放課後、これまで見えたこともなかった幽霊みたいなものが見えて、俺は襲われそうになった。
それが、『怪異』?
「なあ、その怪異って何なんだ? 幽霊みたいなもんなのか?」
「厳密には幽霊とは違う。いうなれば、人間の負の感情の残滓……というところじゃな。学校のような人が多く関わる場所は、特にそれが発生しやすい」
「へぇ。じゃあお前も似たようなもんなの?」
――綺麗だ。
率直に、そう思った。
そんな俺をちらりと一瞥し、その少年は小ぶりな唇を弓なりに曲げる。
「ヒトではない。――ワシは、神じゃ」
瞳をすっと細め、神と名乗ったそいつは手のひらを顔のない学生へと向けた。
それから静かに、中性的な声で告げる。
「汝、ここに在るべからず。言の葉もて縛り、光もて祓わん」
呪文……いや、祝詞ってやつか。
それを唱えた途端に幽霊が白い光に包まれて、その輪郭が薄らいでいく。
足掻くように腕や足をばたつかせ、モヤのような頭部を激しく振る幽霊。
やがてその姿は光に呑まれ、完全に消滅したようだった。
「た、助かった……のか?」
図書室の薄闇が途切れ、窓から夕陽が再び差し込んでくる。
呆然と呟く俺に、白い髪の神様とやらはにやりと笑ってみせた。
「そうじゃ。感謝せい、にんげ――」
ぷつりと糸が切れたかのように、神様はその場に倒れ込んでしまった。
「っ、おっ、おいっ!?」
足が攣っていたのも忘れ、俺は慌てて神様に駆け寄る。
――これが、俺たちふたりの関係の、始まりだった。
「なっ、なんじゃこれは!!?」
翌朝。目覚まし時計に代わって俺を叩き起こしたのは、そんな大声だった。
布団から飛び起きて浴室のほうに目を向ける。
落ち着きなく跳ねる一つ結びの白い髪に、藍色の和装。
一面が水浸しになった廊下であたふたとしているそいつに、俺は唖然とするしかなかった。
「……何やってんの」
「わっ、ワシは何もしとらんぞ! そこの壁に引っ付いてた蛇みたいなものが、急に水を吐き出し始めたのじゃ! ワシは神だというのにっ、不敬極まりないとは思わんか!」
蛇? と俺は一瞬首をかしげてから、すぐに気がついた。
シャワーホースだ。浴室の床で大暴れした形跡を残すそれが、上を向いて廊下まで水を流している。
「こっ、こいつをなんとかしろ!」
「……」
悪びれもせずに言ってくる神様とやらに、俺は無言になった。
ふわぁ。……いけね、欠伸が出た。
「欠伸しとる場合か! 早うせい!」
「わかってる」
自分でやらかしたくせに、面の皮が厚いやつだな。
けど、これ以上水が広がったらワンルームの片隅に置いてある作品にまで被害が及ぶ。俺は蛇口をきゅっと閉め、シャワーヘッドを元の位置に戻した。
「びしょびしょじゃないか、まったく……」
「お、お主」
振り向くと神様は妙にキラキラした目で俺を見つめていた。
「その暴れ龍を自力で鎮めたのか? この一瞬で?」
「蛇じゃなかったの?」
「どちらでもよい。……流石はワシが見込んだ男、菅原の末裔よ」
俺の手をぎゅっと握って神様は言った。
確かに俺の苗字は菅原だけど……そんなことより床、拭いてもらえませんかね。
「ほら、タオル」
「ワシは神じゃぞ? かっ、かっ、神様に手拭いで床を拭けと、本気で言っておるのか!?」
「俺も手伝うから。ほら」
タオルを手渡すと白髪の神様はむすっと口を尖らせた。面倒くさいやつだな。
「ほらじゃない! ワシにはシオリという名があるのじゃ!」
「俺は勇次郎だ」
俺が頑張ってびちゃびちゃの床を拭いているのを他所に、シオリと名乗った自称神様は「服が濡れてしまったではないか」とぶつくさ言っていた。
「はぁ~、こんなことで力を使いたくはないが、仕方ないのう」
気だるげに呟き、手のひらを自分の着物にかざすシオリ。
それから何やら祝詞を唱えると、ぽうっと白い光が身体を包んで、次の瞬間には着物が完全に乾いていた。
――何これ、魔法?
ってか、そんな力があるなら最初からそれで床も乾かしてくれよ。
「……お前、本当に神様なんだな」
「当然じゃ。昨日も見たじゃろう? お主に取り憑こうとしていた怪異を祓ったのは、他でもないこのワシじゃ。……あと『お前』じゃなくて『神様』か『シオリ様』と呼べ」
昨日の放課後、これまで見えたこともなかった幽霊みたいなものが見えて、俺は襲われそうになった。
それが、『怪異』?
「なあ、その怪異って何なんだ? 幽霊みたいなもんなのか?」
「厳密には幽霊とは違う。いうなれば、人間の負の感情の残滓……というところじゃな。学校のような人が多く関わる場所は、特にそれが発生しやすい」
「へぇ。じゃあお前も似たようなもんなの?」
