そして、壊れた残骸を踏み越えてガチャリと動き出していたのは、鬼のごとき二本角の兜を被った鎧武者であった。
「ひ、ひっ……!?」
腰を抜かしてしまっている二人が、震えながら壁際へと這い寄る。
その様子を見下ろす鎧武者は握っていた剣を腰の鞘に収め、兜の内側の空洞から言葉を発した。
『子供に用はない。疾く失せよ』
「あ、ああっ……」
完全に動けなくなってしまう二人にはそれ以上何も言わず、鎧武者がこちらを向く。
瞬間――兜の中の暗闇に禍々しい赤色の眼光が灯り、俺を捉えた。
『貴様――菅原の人間か!!』
床を蹴飛ばして一瞬にして間合いを詰め、刀を抜き放とうとする鎧武者の怪異。
やばい死ぬ――そう直感すると同時に展開された光のバリアが、俺をすんでのところで守り抜いた。
「ユウちゃんはやらせん!」
『やはりいたか、神!!』
破鐘のようなひび割れた声。
積年の怨嗟を感じさせるその叫びに俺は圧倒され、一歩も動くことができなかった。
「お主は飢餓城の……!」
『そうだ! 貴様を百幾日待ち続け、そして見放された西条氏正である!』
刀が纏う激情の炎が激しく揺らぎ、シオリの展開する光の壁に徐々に亀裂を刻んでいく。
シオリは俺を一瞥した後、絞り出すような声で告げた。
「ここはワシがなんとかする。お主は逃げるのじゃ。あやつはワシだけでなく、菅原の血を引くお主まで恨んでおる」
「でも……!」
今のシオリは神としての本来の力を失っている。この鎧武者の怪異に勝てるとは思えない。
「いいから行くのじゃ! ワシは神じゃ、死にはせん」
振り返らずに鋭く促してくるシオリに、俺は今度こそわななく足に鞭打って走り出した。
大輝と律先輩はあの場に残ったままだ。でもあの鎧武者は「子供に用はない」と言っていた。今はそのセリフを信じるしかない。
『現世の身体を失おうとも! 貴様への恨みを捨てたことは一度たりともなかった!』
激しい光が迸り、背後から爆音が轟いてくる。
衝撃に建物全体が揺れ、天井からぽろぽろと粉がこぼれ落ちる。
ひたすらに走って出入り口から転がり出た俺は、地面に膝をついて荒く呼吸しながら、天守閣を見上げた。
「シオリ……」
あいつは俺に逃げろと言った。神だから死なないと。
でも、あいつ自身が言ってたじゃないか。今のワシには大した力はないと。
「……嘘つき」
地面に爪を食い込ませ、ぎりぎりと歯噛みする。
俺たちは一心同体じゃなかったのか。お前もそうやって、俺が足手まといになったら突き放すのか。
そんなの――嫌だ。
「ッ……!!」
立ち上がり、もう一度走り出す。
俺自身があいつの隣に、居続けるために。
天井から埃がぱらぱらと落ち、階上からの振動に揺れる階段を駆け上がる。
その先で俺が目にしたのは、光の壁を展開して鎧武者の怪異の猛攻を凌ぐシオリの姿だった。
『貴様を信じて多くの臣下たちが死んでいった! 報われぬ魂たちの怒り、思い知るがいい!』
大太刀が振り下ろされる。
轟音と共に放たれる、赤い斬撃。
光の壁が激しく軋み、衝撃でシオリの足元の床板が砕け散った。
「ぐっ……!?」
押し潰されるような剣圧に、シオリの身体が大きく揺らいだ。
守るばかりで攻めることができない状況を前に、シオリの頬に冷や汗が伝っていた。
「シオリ!!」
「ユウちゃん……!? なんで――」
俺の叫びにシオリが振り返る。
限界まで目を見開き、顔をくしゃくしゃにしてシオリは叫んだ。
「なんで戻ってきたのじゃ!? 逃げろと言ったじゃろ!?」
「お前を置いていけるかよ」
身体中が震えている。それでも俺は歯を食いしばり、拳を固く握って前を見据えた。
力を持たない俺がここにいても、意味はないのかもしれない。
結局ただの足手まといになるだけなのかもしれない。
だとしても、俺は――。
「お前の、隣にいる」
白い一つ結びを揺らし、シオリは再び鎧武者のほうへと向き直った。
「……馬鹿者」
『与太話は終いだ! 菅原の血――貴様も神もろとも、塵芥にしてくれるわ!』
空気をびりびりと震わせるような大音声が響く。
踏み込みと同時にめくれ上がる床板。
直後――鎧武者の巨体が弾丸のような勢いで迫る。
「シオリッ――!」
叫ぶより早く大太刀が振り抜かれる。
真紅の斬撃が空間を切り裂き、柱の一本を両断しながら一直線にこちらへ肉薄した。
「『光の障壁我が前に顕現せよ』!」
息継ぎ無しで紡がれた祝詞が光の防護壁を再展開し、重ねがけする。
激突。
「ひ、ひっ……!?」
腰を抜かしてしまっている二人が、震えながら壁際へと這い寄る。
その様子を見下ろす鎧武者は握っていた剣を腰の鞘に収め、兜の内側の空洞から言葉を発した。
『子供に用はない。疾く失せよ』
「あ、ああっ……」
完全に動けなくなってしまう二人にはそれ以上何も言わず、鎧武者がこちらを向く。
瞬間――兜の中の暗闇に禍々しい赤色の眼光が灯り、俺を捉えた。
『貴様――菅原の人間か!!』
床を蹴飛ばして一瞬にして間合いを詰め、刀を抜き放とうとする鎧武者の怪異。
やばい死ぬ――そう直感すると同時に展開された光のバリアが、俺をすんでのところで守り抜いた。
「ユウちゃんはやらせん!」
『やはりいたか、神!!』
破鐘のようなひび割れた声。
積年の怨嗟を感じさせるその叫びに俺は圧倒され、一歩も動くことができなかった。
「お主は飢餓城の……!」
『そうだ! 貴様を百幾日待ち続け、そして見放された西条氏正である!』
刀が纏う激情の炎が激しく揺らぎ、シオリの展開する光の壁に徐々に亀裂を刻んでいく。
シオリは俺を一瞥した後、絞り出すような声で告げた。
「ここはワシがなんとかする。お主は逃げるのじゃ。あやつはワシだけでなく、菅原の血を引くお主まで恨んでおる」
「でも……!」
今のシオリは神としての本来の力を失っている。この鎧武者の怪異に勝てるとは思えない。
「いいから行くのじゃ! ワシは神じゃ、死にはせん」
振り返らずに鋭く促してくるシオリに、俺は今度こそわななく足に鞭打って走り出した。
大輝と律先輩はあの場に残ったままだ。でもあの鎧武者は「子供に用はない」と言っていた。今はそのセリフを信じるしかない。
『現世の身体を失おうとも! 貴様への恨みを捨てたことは一度たりともなかった!』
激しい光が迸り、背後から爆音が轟いてくる。
衝撃に建物全体が揺れ、天井からぽろぽろと粉がこぼれ落ちる。
ひたすらに走って出入り口から転がり出た俺は、地面に膝をついて荒く呼吸しながら、天守閣を見上げた。
「シオリ……」
あいつは俺に逃げろと言った。神だから死なないと。
でも、あいつ自身が言ってたじゃないか。今のワシには大した力はないと。
「……嘘つき」
地面に爪を食い込ませ、ぎりぎりと歯噛みする。
俺たちは一心同体じゃなかったのか。お前もそうやって、俺が足手まといになったら突き放すのか。
そんなの――嫌だ。
「ッ……!!」
立ち上がり、もう一度走り出す。
俺自身があいつの隣に、居続けるために。
天井から埃がぱらぱらと落ち、階上からの振動に揺れる階段を駆け上がる。
その先で俺が目にしたのは、光の壁を展開して鎧武者の怪異の猛攻を凌ぐシオリの姿だった。
『貴様を信じて多くの臣下たちが死んでいった! 報われぬ魂たちの怒り、思い知るがいい!』
大太刀が振り下ろされる。
轟音と共に放たれる、赤い斬撃。
光の壁が激しく軋み、衝撃でシオリの足元の床板が砕け散った。
「ぐっ……!?」
押し潰されるような剣圧に、シオリの身体が大きく揺らいだ。
守るばかりで攻めることができない状況を前に、シオリの頬に冷や汗が伝っていた。
「シオリ!!」
「ユウちゃん……!? なんで――」
俺の叫びにシオリが振り返る。
限界まで目を見開き、顔をくしゃくしゃにしてシオリは叫んだ。
「なんで戻ってきたのじゃ!? 逃げろと言ったじゃろ!?」
「お前を置いていけるかよ」
身体中が震えている。それでも俺は歯を食いしばり、拳を固く握って前を見据えた。
力を持たない俺がここにいても、意味はないのかもしれない。
結局ただの足手まといになるだけなのかもしれない。
だとしても、俺は――。
「お前の、隣にいる」
白い一つ結びを揺らし、シオリは再び鎧武者のほうへと向き直った。
「……馬鹿者」
『与太話は終いだ! 菅原の血――貴様も神もろとも、塵芥にしてくれるわ!』
空気をびりびりと震わせるような大音声が響く。
踏み込みと同時にめくれ上がる床板。
直後――鎧武者の巨体が弾丸のような勢いで迫る。
「シオリッ――!」
叫ぶより早く大太刀が振り抜かれる。
真紅の斬撃が空間を切り裂き、柱の一本を両断しながら一直線にこちらへ肉薄した。
「『光の障壁我が前に顕現せよ』!」
息継ぎ無しで紡がれた祝詞が光の防護壁を再展開し、重ねがけする。
激突。
