神様、その契約、命がけで守ります

「遅れとるぞ、ユウちゃん! さっさと来んか!」
「はいはい」


ぼそっと呟き、軽く手を挙げて歩くスピードを速める。
カメラなんかに映らなくても、俺の目にはちゃんと見えている。
とりあえずはそれでいいと思った。





雨上がりでまだ微妙な天気のせいか、公園の人気は普段より少なかった。
砂利の道をざくざく踏み締めて歩き、濡れた土と草の匂いが立ち込める広場へと出る。

「今のところ気配は感じませんね……」
「外のお堀にも何もいなかったしなー。意外ともう成仏しちゃってたりして」


周囲を見回しながら律先輩と大輝が言う。
戦国時代からは既に四〇〇年以上が経っている。その可能性は十分あるだろう。


「だと良いのじゃがな。して、お主ら。そろそろおやつにせんか?」
「早くね? まだお城も見てないじゃんか!」
「本丸に向かう前に英気を養っておかねばならんじゃろ! それに、ワシの鼻はバッチリ嗅ぎつけておるぞ? お主らの鞄にパンパンに詰まったお菓子の数々を!」


シオリはくんくんと鼻を鳴らし、金色の瞳をぎらりと光らせる。
そんなシオリに律先輩はおずおずと、非常に申し訳なさそうに打ち明けた。


「いえ、それは戦死者の霊を供養するためのもので……」
「なんじゃと!?」


いくら食いしん坊の神でも流石にそのあたりの良心はあるらしい。
自分の食欲と倫理観とを天秤にかけ、めちゃめちゃ悩んだ挙げ句に相当名残惜しそうな声で「しょうがないのう……」と声を絞り出した。
心配しなくても余った分は後でやるから。


「一通りぐるっと回ってから、お城の建物を見に行きましょうか」
「おけー」


俺たちはひとまず公園内を散策した。
苔むした古い石垣も、藻が張っている小さな池も、その脇にある名前も読めない墓石たちからも、怪異の気配は感じられなかった。


「のう、やはり怪異などおらんのではないか? さっさと引き返して喫茶店にでも……」
「往生際が悪いぞ」


弱腰になるシオリを一蹴し、俺は大輝と律先輩に続いて天守閣に上がり込んだ。
城内の通路にはガラスケースが並び、戦国時代の太刀や巻物などの文化財が展示されている。
それらの解説を熱心に読んでいる大輝や律先輩を他所に、シオリはどんどん先へと行ってしまった。


「ごめん、ちょっと先行く」


大輝に耳打ちし、俺はシオリを追いかけた。
他の観光客もまばらにいる中、狭い順路を足早に抜けて上の階へ上がる。
あいつどこ行った?
周囲に視線を走らせながらまた次の階へと進んでいくと――いた。

「……」


壁に貼られた解説文を見上げ、シオリは佇んでいた。
その傍らに立った俺は、そこで紹介されていた人物の肖像を見て目を見開く。
菅原文彦。
聞いたこともない名前だったが、どうやら大正の時代にこの城を再建した人物らしい。


「すごいよな。この人の働きかけで、城一つがまた建っちまうなんて」


俺が呟くとシオリは肖像画をじっと見つめたまま、口元を微かに緩めた。


「……そうじゃろう? この男は図抜けた才覚を持つ人間じゃった」
「知ってんの?」


静かに頷き、シオリは肖像画から視線を外した。

「城跡が完全に取り壊されるか保全されるか、市民の中でも意見が真っ二つに割れる中、この男――文彦は反対勢力をなんとか説得して、この城を守ってくれたのじゃ」


そう語るシオリのどこか懐かしむような色を宿した瞳を見て、俺は悟った。
シオリにとって、この人は特別な人物だったのだ。
となると、今の俺のように「契約」を結んだ相手だったのだろうか。


「その人とも、契約を結んでいたのか?」
「そうじゃな。お主と違って、文彦はそれはもう信心深い男じゃった。お主と違っての!」


長い時を生きてきた神様なのだから、過去に同様の契約関係があるのは当然だ。
理屈では分かっているけど、なんだかモヤモヤした。
そんな俺の顔を見てシオリはニヤニヤと悪ガキのような笑みを浮かべる。


「なんじゃ、ウンコでも漏れそうか?」
「……はぁー……」


思わず溜め息がこぼれる。こいつは馬鹿だ。馬鹿のためにあれこれ考えるのも馬鹿らしい。


「ウンコではないのか? ならば最上階まで行って外の景色でも見ようぞ。生憎の曇り空じゃがな」
「あ、ああ」


と、応じた瞬間だった。
階下からガラスが割れるような甲高い音と、悲鳴にも似た叫び声。
俺とシオリは視線を交わし合い、一足飛ばしに階段を駆け下りる。


「大輝! 律せんぱ――」


二つ下の階まで駆けつけた俺は、眼前の光景に絶句するしかなかった。
割れたガラスケースの前で尻もちをついている、大輝と律先輩。