神様、その契約、命がけで守ります

俺の反応に、その子供の霊は悲しそうな顔をした。
立ち竦んだまま俺は動けなかった。こいつは怪異。祓わなければいけない存在。シオリを呼ばなきゃ。けど、こいつは――。


『そういう子って、たいてい何か言いたいことがあるんですよね。誰かに気づいてほしくて――』


律先輩の言葉が脳裏に蘇る。
俺は膝を曲げ、中腰になってその子供と目線を合わせた。


「……嫌いになる理由は、ない」
『そっかぁ。よかったぁ』


子供はか細い声で笑い、それからゲホゲホと咳き込む。
病気か、あるいは栄養失調で死んだのか。辛かっただろうな。苦しかっただろうな。それを思うと、いたたまれない。


『お兄ちゃんは、楽しい?』


俺は一瞬、言葉に詰まった。
学校生活は空虚だ。絵に向き合っていてもどこか満たされない。むしろ描けないことに焦りを感じてしまう。
けれど。シオリと出会ってからは、その退屈も少しは紛れた気がする。


「……楽しいよ」


男の子の霊に手を伸ばし、頭を撫でる。
温度はない。ただ、冷たい。


「最近、面白いやつと出会ったんだ。騒がしくて、憎らしくて、鬱陶しいときもあるけど……俺のことを守ってくれて、いざというときは頼りになる、そんなやつ」


そんな言葉がぽんぽん出てきたことに俺自身、驚いていた。
男の子はくしゃりと目を細め、俺の手をそっと握ってくる。


『よかったね。お兄ちゃん……』


ふっとどこからともなく風が吹き、気づけばその男の子の姿は見えなくなっていた。
男の子の素性は何も分からない。なぜ俺に話しかけてきたのか、どうしてここにいたのかも、語らずに消えてしまった。
それでも良かったと思う。あの男の子も、俺にとっても。


「……」


俺は廊下の隅に腰を下ろし、膝の上にノートを広げた。
さっきの男の子の笑顔を思い返しながら、静かに鉛筆を滑らせていく。
何分、何十分経った頃だろうか。
その男の子の顔にペンを入れようとしたその時、騒がしい声が聞こえてきた。


「お主、そんなところにおったのか! 大輝が探しておったぞ!」
「……いま行く!」


ノートを閉じて立ち上がる。
廊下の向こうで呼びかけてくるシオリに手を振り返し、俺はあいつのもとに急いだ。






六月に入った途端、空はずっと機嫌が悪い。
洗濯物は乾かないし、制服の裾は重たいしで、街中が湿った溜め息をついていた。


「あーもう、鬱陶しいのう! 髪がまとまらんのじゃが!」


ぐねぐねとうねってしまっている前髪の毛先をいじりながら、シオリが歯痒そうに声を上げる。
図書室のテーブルに寝そべり、着物の袖や足元を捲った行儀悪い格好のシオリに、大輝が注文をつけた。


「だったらさー、天気を晴れにする魔法でも使えばいいじゃーん」
「それができたらやっとるわ! どれもこれも、現代人の信仰心が薄いせいじゃ! それと魔法じゃなくて神通力!」


俺は水木しげる氏の本を参考に妖怪の絵を描きながら、二人の話に耳を傾けていた。
現代に復活してからのシオリは本来の力の一割も出せていないらしい。
かつては人々に信仰され、神としてそれなりの力を持っていたが、現代では存在も忘れ去られ弱体化してしまったんだとか。
まあ、こいつが本来の力を取り戻したら今以上に好き放題されそうだし、これくらいがちょうどいいけど。


「すっ、すみません皆さん! お待たせしました!」
「遅いぞぶちょー」


野次を飛ばす大輝に空笑いするのは律先輩だ。
今日は「オカルト研究クラブ」の記念すべき第一回の作戦会議。
律先輩から召集された俺たちは、こうして活動拠点である図書室に集まったわけである。


「……先輩、これ」
「わあっ、ありがとう勇次郎くん!」