そんな二人を守るように立ち止まり、両手を広げた俺は、声を振り絞ってシオリの名を呼んだ。
「シオリ! やるんだ!!」
「ユウちゃん――」
立ち上がったシオリの背後からは純白の光が溢れ出し、廊下に佇む花子さんの姿を輝きのもとに暴き出す。
「『汝、ここに在るべからず。言の葉もて縛り、光もて祓わん』――!!」
突き出した手のひらを怪異へと向け、シオリは高らかに祝詞を詠み上げる。
束の間――花子さんの全身が白い光に包まれ、四肢の先端からみるみるうちに消滅していった。
『ワタシノ、ワタシノォ……!』
その言葉を最後に。
花子さんは完全に消え去って、死んでいたはずの照明や非常灯が何事もなかったかのように復活した。
「……これで、終わった……?」
呆然と周囲を見回して俺は言う。
「終わったの。……ひとまず、花子さんとかいう怪異は祓えたのじゃ」
顔をしかめ、荒く呼吸しながらシオリが答えた。
大輝も、偽花子も、そして俺自身も死なずに窮地を乗り越えることができた。
それはひとえにシオリのおかげだ。
「……また、命を救われたな」
「それが契約じゃ。勘違いするでないぞ」
つっけんどんに言うシオリに、俺は小さく苦笑いした。
と、その時――部室棟の出入り口が勢いよく開いて、警備のおじさんの怒鳴り声が飛んでくる。
「こら、君たち! こんなところで何をしているんだね!?」
トイレの花子さん事件はこうして無事、解決となった。
その代償が教師からの説教と原稿用紙二枚の反省文なら、安すぎるくらいだろう。
花子さん事件から二日後。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、俺がいつものようにシオリや大輝と一緒に屋上へ向かおうとした時だった。
教室のドア付近に見覚えのある紫髪が見えて、俺は足を止めた。
「あれっ、花子くんじゃん」
大輝に呼びかけられ、紫髪のそいつは長い前髪で目を隠すようにうつむいた。
「そ、その呼び方はちょっと……あ、あんなこと二度としないから……」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「ぼ、僕は二年A組の水無瀬律といいます。律、と呼んでください」
俺と大輝は無言で顔を見合わせた。
若干の間を置いた後、大輝だけが「ええーっ!?」と大声を上げる。
「と、年上だったの!? ……ですか!?」
「そんな、敬語はいいですよ」
正直、俺も完全に同い年だと思っていた。片目の隠れた前髪や線の細い顔立ち、何よりおどおどした振る舞いが、無意識に先輩である可能性を排除していたのだ。
「年が一つ違うだけで大袈裟じゃのう。人間という生き物の、なんと『すけーる』の小さいことよ」
最近覚えた単語を使いつつ、肩を竦めてみせるシオリ。
そのへんの時間の感覚は神と人とで結構違う部分だ。
「……で、先輩はどうしてここに?」
早く弁当が食べたくてソワソワしているシオリを横目に、俺は訊ねた。
「君たちにちゃんとお詫びが言いたかったんです。それに、訊きたいこともあって……」
じゃあ場所を変えるべきだな。
俺たちは律先輩も加え、予定通り屋上へと移動するのだった。
*
「あ、あの時は、すみませんでした。僕の興味本位の行動で、皆さんに迷惑をかけてしまって……」
来て早々、深々と頭を下げる律先輩。
そんな彼に対し、屋上のフェンスに上ってあぐらをかくシオリは、ぷりぷりと頬を膨らせて怒る。
「そうじゃ! 今回の件はお主が全面的に悪い! おかげでワシらは死ぬかもしれんかったんじゃぞ!」
「返す言葉もございません……」
うなだれたまま消え入るような声で律先輩が言う。
俺は大輝と顔を見合わせた。肩を竦める大輝に頷きを返し、追い打ちの言葉をかけようとしているシオリを、手を挙げて制する。
「でも、俺たちは全員生き残った。この件はそれで決着でいいだろう?」
「じゃ、じゃが……」
「それに、どのみち本物の花子さんはあそこにいたんだ。律先輩が行動を起こさなくても、いずれは向き合わなきゃいけない事態だった」
反論しようとするシオリだったが、上手い言い分が思いつかないのか口ごもった。
そこで大輝がぱんぱんと手を叩き、底抜けに明るい声音で言う。
「はいはーい、この話は終わり! 腹減ったし、みんなでメシにしようぜ!」
「え……でも」
それでも決まりが悪そうにする律先輩に、俺は何と声をかけるべきか迷った。
こういうのは苦手だ。けど、何か言わなきゃ。
「……付き合ってください。お願いします」
きょとんとした表情になる律先輩。
言葉選びを間違えたかな。俺って昔からそういうところあるから……と、反省していると。
「シオリ! やるんだ!!」
「ユウちゃん――」
立ち上がったシオリの背後からは純白の光が溢れ出し、廊下に佇む花子さんの姿を輝きのもとに暴き出す。
「『汝、ここに在るべからず。言の葉もて縛り、光もて祓わん』――!!」
突き出した手のひらを怪異へと向け、シオリは高らかに祝詞を詠み上げる。
束の間――花子さんの全身が白い光に包まれ、四肢の先端からみるみるうちに消滅していった。
『ワタシノ、ワタシノォ……!』
その言葉を最後に。
花子さんは完全に消え去って、死んでいたはずの照明や非常灯が何事もなかったかのように復活した。
「……これで、終わった……?」
呆然と周囲を見回して俺は言う。
「終わったの。……ひとまず、花子さんとかいう怪異は祓えたのじゃ」
顔をしかめ、荒く呼吸しながらシオリが答えた。
大輝も、偽花子も、そして俺自身も死なずに窮地を乗り越えることができた。
それはひとえにシオリのおかげだ。
「……また、命を救われたな」
「それが契約じゃ。勘違いするでないぞ」
つっけんどんに言うシオリに、俺は小さく苦笑いした。
と、その時――部室棟の出入り口が勢いよく開いて、警備のおじさんの怒鳴り声が飛んでくる。
「こら、君たち! こんなところで何をしているんだね!?」
トイレの花子さん事件はこうして無事、解決となった。
その代償が教師からの説教と原稿用紙二枚の反省文なら、安すぎるくらいだろう。
花子さん事件から二日後。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、俺がいつものようにシオリや大輝と一緒に屋上へ向かおうとした時だった。
教室のドア付近に見覚えのある紫髪が見えて、俺は足を止めた。
「あれっ、花子くんじゃん」
大輝に呼びかけられ、紫髪のそいつは長い前髪で目を隠すようにうつむいた。
「そ、その呼び方はちょっと……あ、あんなこと二度としないから……」
「じゃあ何て呼べばいい?」
「ぼ、僕は二年A組の水無瀬律といいます。律、と呼んでください」
俺と大輝は無言で顔を見合わせた。
若干の間を置いた後、大輝だけが「ええーっ!?」と大声を上げる。
「と、年上だったの!? ……ですか!?」
「そんな、敬語はいいですよ」
正直、俺も完全に同い年だと思っていた。片目の隠れた前髪や線の細い顔立ち、何よりおどおどした振る舞いが、無意識に先輩である可能性を排除していたのだ。
「年が一つ違うだけで大袈裟じゃのう。人間という生き物の、なんと『すけーる』の小さいことよ」
最近覚えた単語を使いつつ、肩を竦めてみせるシオリ。
そのへんの時間の感覚は神と人とで結構違う部分だ。
「……で、先輩はどうしてここに?」
早く弁当が食べたくてソワソワしているシオリを横目に、俺は訊ねた。
「君たちにちゃんとお詫びが言いたかったんです。それに、訊きたいこともあって……」
じゃあ場所を変えるべきだな。
俺たちは律先輩も加え、予定通り屋上へと移動するのだった。
*
「あ、あの時は、すみませんでした。僕の興味本位の行動で、皆さんに迷惑をかけてしまって……」
来て早々、深々と頭を下げる律先輩。
そんな彼に対し、屋上のフェンスに上ってあぐらをかくシオリは、ぷりぷりと頬を膨らせて怒る。
「そうじゃ! 今回の件はお主が全面的に悪い! おかげでワシらは死ぬかもしれんかったんじゃぞ!」
「返す言葉もございません……」
うなだれたまま消え入るような声で律先輩が言う。
俺は大輝と顔を見合わせた。肩を竦める大輝に頷きを返し、追い打ちの言葉をかけようとしているシオリを、手を挙げて制する。
「でも、俺たちは全員生き残った。この件はそれで決着でいいだろう?」
「じゃ、じゃが……」
「それに、どのみち本物の花子さんはあそこにいたんだ。律先輩が行動を起こさなくても、いずれは向き合わなきゃいけない事態だった」
反論しようとするシオリだったが、上手い言い分が思いつかないのか口ごもった。
そこで大輝がぱんぱんと手を叩き、底抜けに明るい声音で言う。
「はいはーい、この話は終わり! 腹減ったし、みんなでメシにしようぜ!」
「え……でも」
それでも決まりが悪そうにする律先輩に、俺は何と声をかけるべきか迷った。
こういうのは苦手だ。けど、何か言わなきゃ。
「……付き合ってください。お願いします」
きょとんとした表情になる律先輩。
言葉選びを間違えたかな。俺って昔からそういうところあるから……と、反省していると。
