Counterfeit Hearts

「こんばんわー『C音ちゃんねる』ライブ配信です。今日はすごいこっくりさんをやります。みんなもこっくりさんに聞きたいことがあったら、コメ投げてね。どんどんひろって行っちゃいます」
女の声、何言ってるの…と思いながら礼真は目を覚ました。
「枕…かたい…」
完全には目は覚めていなくて、ぼーっとしたまま、頭の下のごつごつしたものに触っていると、
「ちょっとレイマくすぐったいからやめてぇー」
マキシの声がして、マキシが話すと枕が揺れる。
 だんだんと覚醒してきて、周りが見えてくる。
 仰向けに横になっているマキシは、視界いっぱいのマキシの顔に驚いて、わーっと声を上げた。
 と、同時に自分がマキシに膝枕されていたこともわかって、さらに叫んだ。
「ちょっと、そこっ配信中よ、静かにして!」
詩音の鋭い声が飛んでくる。
 そこで、礼真はさっきの、「こんばんわー」を言っていたのが、詩音だとわかった。
「すみません…」
咄嗟に謝りながら、慌てて体を起こした。
 起きようとする礼真にマキシは、少し残念そうにしながらも、そっと背中に手を添えて起こしてくれる。
「ありがと…」
「どうしたしましてぇ」
さっきよりかなり小声で言い合って、礼真は改めて、自分たちの回りを見た。
 「これって…」
教室の後ろの端。机が、崩れ落ちないのが不思議に思えるほど、絶妙なバランスでく積み上げられていた。
 マキシと礼真はその机に囲まれている場所の内側にいた。
 机の足が牢の鉄格子のように見える。
「これって今どういう状況?」
おそるおそる机に触りながら、礼真が聞いた。
「この教室に集められる浮遊霊の流れに巻き込まれてここまできた。で、浮遊霊じゃないおれらは邪魔ってことで、ここに閉じ込められた。この机はガチガチに結界張られているから、壊れないよ」
「…それはよかったーじゃなくて、この…状…況…」
 机の足の隙間から外を見て、礼真は大きく目を見開いた。
 人は、理解できない場面に遭遇すると、一度固まって、それから笑うものらしい。
 礼真もまた笑っていた。
「なにこれ…でかい…こっくりさん…?」
「そう、最高にイカレてるよねーCちゃん」
マキシが言いながら、C音ちゃんねるを開いた画面を礼真に見せた。
 画面では詩音が話している。
 その声が、スマホからと実物から聞こえてくる。
 そして、詩音の背景はたしかに今いる場所で、礼真は息を飲んだ。
「さて、みんなが知ってるこっくりさんってこんな紙と五円玉でやるよね、けど、そんなの面白くないから、もっと大きなのでやってみたら、どうなると思う?」
詩音が挑発するように、笑う。
 画面では詩音のアップ。
 礼真が机の足の隙間から見ると、黒田澪がカメラを抱えていた。
「すごい、すごい、ガチすごい。最高」
小さく呟きながら、その目はカメラのレンズのようにらんらんと光っている。
「見て見てぇ、まずは黒板、定番の五十音が書かれてまーす。それから、数字ね。」
詩音は黒板を指す。
 配信ではそれぞれがアップになり、また詩音へカメラが戻る。
 詩音は今度は教室の前扉へ向かった。そこにはA4の紙に、「入口」と大きく書かれたものが貼り付けられていた。
 よく見るとひっきりなしに、ドアが少し開いて白ぽいものや黒い影が入って来ている。
「あれって…」
「そっこの教室もう浮遊霊で飽和状態。」
マキシは鬱陶しそうに息を吐いた。
「今日のこっくりさん、『はい』と『いいえ』が発声します」
詩音は、窓側の椅子にすわっている、ひまりと琴羽の横に立った。
 ひまりには『はい』、琴羽には『いいえ』と書かれた貼られている。
「こっくりさん、こっくりさん、教えてください。今日これからおもしろいことは起こりますか?」
詩音が言うと、ひまりが閉じていた目をかっと見開いて、
「はぁ…いぃ」
打ち込まれた文字をそのまま出力したように答えた。
 そこにまったくなんの感情も乗っていない声に、礼真はぞっとする。
「こっくりさんが、おもしろいことが起きるって言ってくれたましたので、みなさん最後までよろー。さて、次はーこっくりさんといえば休憩所だよね。今回はなんとっ『おやつ』用意してみました」
詩音は言って、教室の後ろ側に机を6個合わせたところへやってきた。
 礼真とマキシも机の隙間からそれを見て、息を飲んだ。
「バラモンじゃん…」
「一ノ瀬さん」
合わせた机の上に、病衣の上にコートを羽織った乃愛が「おやつ」と書かれた紙を張られて仰向けに横になっていた。
「そして、おやつは『JKがやってみたちゃんねる』のAちゃんでーす。『Aちゃんがこっくりさんのおやつになってみた』って動画アップしたらバズってたかもね。でも、大丈夫、私のちゃんねるの方が登録者数多いから」
詩音は乃愛に近づいた。
 乃愛は目じりが切れそうなほど、大きく目を開き、黒目だけを詩音の方を向ける。まばたきが、途中まで落ちて止まる。閉じきれない。
 その目に視線を合わせて、詩音はにっこり笑うと、
「Aちゃん、こっちに視線お願いしまーす。あっ大変、今日は前髪がきまってないね」
ぐしゃぐしゃになっている乃愛の前髪を整える。
 乃愛の口が、声にならないまま、同じ形を繰り返している。
 乃愛の瞼が痙攣するようにぴくぴくするがそれ以上は、やはり動くことなく、ただ涙が流れる。
 礼真はその光景を息をつめて見つめた。
「どんどん、コメントきてる」
マキシはスマホを見てちっと舌打ちをした。
『おやつのAちゃんやばっ』
『前髪直してあげるC音様の優しさよ』
『AちゃんとC音様の絡みっ尊い』
『Aちゃん、目やばくない?』
『はいはい、真に受けてる人おつーーww』
『これガチじゃね?』
 そのコメントを見て、礼真は顔を歪めて、
「『ガチじゃね?』じゃねーんだよっガチだよ!ふざけんなっ」
声を上げると、自分たちの檻になっている机の足を掴んだ。
「おいっ神崎さん、なにやってんだよ。やめろ」
礼真が叫ぶ。
 詩音はそれを全く無視して、こっくりさんの説明をしている。
「神崎さん!神崎!」
礼真がさらに叫んでいると、澪が近寄ってきて、礼真が掴んでいる辺りの机をガッと蹴った。マキシの言った通り結界を張られている机は壊れない。
 澪はカメラを詩音に向けたまま、目だけ礼真に向けた。評価でも敵意でもない、確認だけの視線だった。
「うるさい、だまれ。詩音ちゃんの配信に変な音声入るだろうが…その表情いい…リアル…ガチ」
澪は撮影しながら、小声で鋭く言ってから、うっとりと呟く。
「黒田さんやめろよ、なに平然と撮影してんだよ」
礼真は呆然としながらも澪に訴える。
「詩音ちゃんも乃愛もすごくいい顔してる…平然となんてしてないよ。こんな素材を前にして平然とできるわけないじゃない、すごく興奮してる。最高よ。だから…」
澪はほとんど音にならない声でひそひそと言って、ばっと礼真の方を向いた。
「邪魔すんな」
小さいが刃のような声とカメラのレンズのような目に睨みつけられて、礼真は思わず後ずさった。
「カメ子はダメだ。完全にこのフィールドの一部になってる…」
マキシがよろけた礼真を後ろから支えて、囁くように言った。カメ子という澪のことらしいが、礼真にそこを突っ込む余裕はなかった。
「さて、じゃあ、そろそろこっくりさんに聞いてみようかな。そうだな、私、C音は志望している大学に合格できますか?」
詩音は教室の中心の椅子に座って言って、ひまりと琴羽を見た。
 琴羽が目を開いた。
「い…い…え」
琴羽の口から音が出た。
 こっくりさんからの返事に、詩音の笑顔が一瞬固まったが、すぐに配信者の顔に戻る。
「あれーやばいなぁ、最近、動画撮って、編集して、動画撮っての生活だったら、勉強全然してなかったもんなー。やばいやばい。これはこっくりさんからの戒めですね」
詩音が軽い口調で話すと、コメントはどっと流れる。
『あらら』
『C音様なら大丈夫すぐにとりもどせるよ』
『諦めたらそこで試合終了ですよ』
『Aちゃんどうなった?』
『俺も大学どうなるか聞いてくれ』
『〇〇〇〇は私が生きてるうちに完結しますか?』
 詩音は流れてくるコメントを楽しそうに眺め、
「ありがとうーなんとか両立するねー。だから諦めてねぇわ。…俺の大学のことは知らん。」
と、コメントに対して軽快に答えていく。
「じゃあ、これ聞いてみよう。こっくりさん、こっくりさん、〇〇〇〇はいつ完結しますか?はい、黒板に注目ー」
詩音の声に、礼真とマキシも黒板の方を見た。澪をスマホを黒板に向けた。
 するとチョークが浮き上がって、1から10の数字が書いてある場所をうろうろし始める。
「あれ…あの女だ…」
「さすが、礼真、目がいいね」
「あんまり嬉しくないけどね」
礼真とマキシの目には、詩音の動画に映り込み、乃愛が錯乱して倒れたとき笑っていたあの女の霊の姿がチョークを持って黒板の前に立つ姿が見えていた。
 が、それを見ているのは礼真とマキシだけのようだった。
 黒板に触れたチョークは薄いよわよわしい動きで、3と4の間を行ったり来たりしている。
「おー3年か4年で終わるってことかなー?」
詩音が声を弾ませる。
 「なんか、ぷるぶるしながら書いてたな、力弱いのかな?」
礼真は女の霊が必死がチョークを握っているように見えた。
「そう。霊体だと、実体のあるものに物理的に影響を与えるのは難しいんだよ。よっぽと力が強くないとね。だからあいつらは人を操ったり、乗り移ったりして、悪さする」
マキシは囁くように答えて、スマホに目を向けた。
「また、閲覧数が増えた。コメントもすごい」
マキシのスマホを礼真も覗き込んだ。
 コメント欄は、ひとつひとつ読んでいられないくらいにどんどん流れていく。
「クソっ俺らはどうすることもできないのかよ…」
礼真はぐっと拳を握って、ガンと目の前の机を殴った。
 机はぴくともしない。
 もう一度、礼真を机を殴ろうとしたが、その手はマキシにそっと握られた。
「痛いから、止めな。ごめんね、俺がミスったから」
マキシが低く静かに言う。
 いつものふざけて軽いマキシではない。マキシがこんな風になるほど、今は深刻な状態なんだと実感して、礼真はぎゅっと眉を寄せた。
「なんか、なんかできないの?」
マキシに向き合った礼真はじっとマキシを見上げた。
 詩音の声がどんどん大きくなって、早口になり、ベラベラと異常なほどに話し続ける声が聞こえる。
「あの霊の仕業なら、あの霊をなんとかすれば、操られている神崎さんを止めることできるんじゃ…」
礼真が詩音の後ろにべったりくっついている霊を見て言うと、マキシは首を振った。
「いや、あれは多分一方的じゃないと思う。礼真だってわかるでしょ?」
マキシは冷ややかに言う。
 礼真は霊と詩音を見てから、俯いた。
「…わかるよ。わかるけど…でもさ、バランスはくずせるんじゃ」
礼真から見ても、詩音が動画の為にあの女の霊を都合よく使っているのはわかる。そして、今日のこの大規模こっくりさんも、女の霊にどんなメリットがあるのがは不明だが、詩音の願望にのったのだろう。
 冷静なマキシとは対象的に、礼真の焦りは大きなる。
「このままずっと生配信見てるだけなのかよ。俺らもこの同時視聴者数の中の一人になってるだけなのすごい嫌なんだけど。もう見んなよっ!」
マキシに言ってもしょうがないとわかっていても言葉が激しくなるのが抑えられない。
「ごめん…切るね」
礼真を怒らせてしまったと思ったのか、マキシはしょぼっとなって、動画のアプリを閉じようと画面をタップした。が、画面は変わらない。
 マキシは、戸惑いながらもう一度、画面を叩くが、やはり変化がない。それどころかスマホを持っている手が、スマホから離れない。
「あれっあれ?」
「マキシ、ふざけてる場合じゃないから」
礼真はマキシを睨むが、マキシに戸惑いの表情が浮かぶ。
「ふざけてないって、これ、手取れないし、電源も切れない…」
「まぢか」
スマホを持ったままで、マキシは電源ボタンを何度も押してみせるが、画面は配信動画を流し続けている。
「待って、礼真は触らないで。もし、礼真の手までくっついたらやばい」
礼真が手を伸ばしてきたが、マキシはさっとスマホを持っている手を引いた。
「あっそっか…」
礼真もすぐに手をひっこめて、マキシの手の中のスマホを覗き込んで、息を飲んだ。
「コメントが…」
 コメントは変わらずどんどん流れているが、その内容が変わってきていた。
『C音様最高ー』
『今日は、神回』
『えっえっちょ…手が…』
『はーい、サクラおつー』
『サクラじゃねーわ。お前の手はどうなんだよ』
『今、まぢの心霊現象体験してヤバい、あがる?』
『電源も落とせないんだが』
『もうやめて』
配信を見ている視聴者たちも同じ現象が起きていることが伝わってくる。
 礼真はそれをじっと見て、それから机の隙間から教室を見渡して、マキシに向き直った。
「なぁこっくりさんって5円玉使うよな」
「うん、そこにみんなで指置くよね」
「指を置くことで参加者になる…じゃあ、今やってるこっくりさんの5円玉は?」
「…ない…ね」
礼真の言葉にマキシも教室の中を確認するが、それの代わりになっているものない。
「それってさ、もしかして、スマホなんじゃないかな?」
礼真はマキシの手の中のスマホ、詩音が持ってるいるスマホ、澪が撮影しているスマホを見た。
「マキシさ前に電波が繋がっていたら、結界はってても、霊的にはゼロ距離って言ってたじゃん。今、それが起きてるんじゃねぇの?でさ、霊だけじゃなく、これ見てる奴らのなんていうか…悪意…みたいな?そういうのも逆にこっち影響与えてるんじゃないか?」
礼真は頭の中にある考えを説明した。
 マキシがポカンとしている。言葉もなく礼真の顔をじっと見つめていて、そのマキシの沈黙に不安になってくる。
 もしかして、すごく的外れなことを言ったかもしれない。
「あの…ごめん、素人が余計な口を出し過ぎました」
沈黙に耐えらずに礼真はぽそっ言って俯くと、マキシの手でガシッと礼真の肩を掴んで揺さぶった。
「レイマっ天才かよっ!」
マキシが興奮気味に叫んだ。
「えっ…え?」
マキシのテンションに礼真の方が戸惑っていると、マキシは余裕たっぷりで冗談ばかり言ってるいつも表情になっていた。
「そういうことになると、なんとかできるかも」
「まぢか!」
マキシのなんとかできるいう言葉の強さに礼真の声も弾む。
「俺がスマホから霊力入れて、このライブ配信の回線遮断する」
「えっでも、霊力残ってないって」
「格ゲーの体力ゲージで言ったら、赤のところに入ったくらいのところだから」
顔をしかめた礼真に、大丈夫、大丈夫と軽くひらひらと手を振るマキシ。
「それってけっこうギリじゃん」
そっからの消費が早いんだよ…と礼真はさらに顔をしかめた。
「大丈夫、大丈夫、物理で礼真を守るより楽だから」
「なんか俺を守るのそんなに重いんだ…」
「違う違う。物理攻撃とかそうのうのから守るのが大変なだけでぇ」
「うっごめ…」
「そういう意味じゃ…」
二人で言い合っていると、詩音の声が響いた。
 明るくて楽しそうな中に、ギリギリに張りつめたものを感じる声だった。
「じゃあそろそろ、こっくりさんにおやつ食べてもらいましょー」
言いながら、詩音が乃愛に近づく。
「やばい、バラモンが食べられる。ごめん、本当は俺がやんないとなんだけど、間に合わないから礼真にも働いてもらうね」
「全然いいよ、なにすればいいの?」
礼真はぐっと表情を引き締めと同時に、こんな状況なのに、マキシから頼られるが嬉しく感じていた。
 マキシは申し訳なさそうに、ポケットに手を入れると、小さい紙切れを取り出して礼真に見せた。
「もしものとき用で所長がくれた護符。これ握った手で触ったら、この机動かせるから。ガチやばくなったときに脱出用にしようと思ってたんだけどねぇ」
ぐにゃぐにゃと読めない文字と模様が書かれている紙…護符をマキシは礼真に渡した。
 文字通り切り札を隠していたマキシに文句の一つも言いたがったが、今はそれどろではない。
 それに、今ここで、この状況をなんとかするために出してくれたということは、「みんな無事にする」という約束を実行しようしてくれているからだろう。
「いや、いいよ。今使わないでいつ使うってヤツじゃん」
礼真は受け取った護符を握って、こういう状況でありがちの台詞を笑って言って見せた。
 マキシがちょっと目を見開くと、
「あーそれ俺が言いたかったわー」
ありがち台詞にしっかり反応してくれる。
 こんな状況なのに、バカやってるよな…俺ら…と思いながら、それができている自分とマキシを心強く思った。
「で、ここからなんだけど、ここから出たら、礼真は礼真の直感でなにを壊せばこれが終わるか決めて」
マキシは真顔に戻ると、がしっと礼真の肩を掴んだ。
「俺が?いいのかよ」
「それが、最適解」
確信がこもったマキシと目に礼真は頷いた。
 正直、怖い。けれどマキシが自分を信じてくれるなら、自分も自分を信じることにする。
「わかった…」
「じゃあ」
お互いに握った拳をコツンとぶつけて、二人は横に並んだ。
「「行こう」」


「さぁお待たせAちゃん。おいしく食べてもらおうねぇ」
詩音が乃愛が横になっている机の傍に椅子を持ってきて座った。
 閉じることを制限されている乃愛の眼球は涙を流しながらも乾ききっていた。
 その中で黒目が、恐怖でぐるぐると動きまわる。
「いい顔してるー」
その乃愛を澪がうっとりと撮影している。
 配信画像は乃愛のアップになり、
「たっ食べて…たっべって」
乃愛がずっと呟いていた音声を拾う。乃愛はずっとその言葉、自分の役割を言い続けていたのだ。
 詩音が配信されている画面を見ながら、
「そうよ、あんたなんか、ただの甘いだけの餌なんだからぁ、みんな大好きAちゃん」
詩音は乃愛に顔を近づけると、つめたく囁いた。
 乃愛の頬かせびくびくと痙攣して、白目が充血して真っ赤になっていく。
 それを眺めながら、詩音は少し顔を上げて、
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおやつを食べてください」
この空間のどこかにいるこっくりさんに言った。
 すると、「いいえ」の紙を張られている琴羽が口を開いた。
「…いいえ」
「…え?こっくりさん、こっくりさん、どうぞ遠慮しないで、食べて」
こっくりさんの言葉を代弁する琴羽に詩音は戸惑って、さらに続けたが、
「いいえ」
と、また琴羽が答える。
「どうしてよ、せっかく用意したのよ、食べてっ食べろよ」
「いいえ、いいえ」
「なんなのよっなんなら食べるのよ!」
思い通りにならないこっくりさんの答えに、詩音が苛立った声を張り上げた。
 と、カタっと浮かんだチョークが、一瞬だけ、考えるように動きを止めてすぐに動き出す。
 上の方に触れたと思った瞬間、細い音を立てて、すうっと下へ。
 途中でわずかに揺れ、カーブを描きながら右へ上がり。ゆっくりと最後の払いが上へ抜けてて、「し」の文字。
 チョークはまた少しだけ浮き直し、「お」の文字。
 それを見た詩音がガタガタと震え始めた。
「なによ、なによ…嘘よ…」
その瞬間、教室内の空気が変わった。
 少しだけ、呼吸が楽になるようにそんな感覚。
「だぁー遮断完了ー」
マキシは声を上げて、その場に座り込んだ。
 マキシが、動画が配信されている回線を通じて、霊力を送り込み、ライブ配信の回線を強制的に遮断することに成功していた。
 そのせいで、回線を通じて入り込んでいた霊たちと、閲覧者からの負の感情の流れが断たれた。
 礼真はそれを見て、護符を握り締めたその手で、ぐっと自分たちを檻のように囲っている机を押した。
 今まで、奇跡としか思えないバランスで積みあがっていた机はあっけなく崩れた。
「なによ、どうしたの?いいところなのに、どうしてよ」
澪が機能しなくなったスマホの電源を何度も押している。
 礼真は澪に近づくと、その手からスマホを取り上げた。
「ちょっ…」
「ごめん」
礼真は言うと、スマホを床に落として、そのまま足で踏みつけた。
 澪の目が信じられないものを見ているというよに大きく見開かたかと思うと、彼女はその場に崩れるように気を失って倒れた。
 礼真は黒板のチョークの動きをただ見てるだけの詩音に向かった。
 礼真の目には、詩音の前で大きく口を開けて、いまにも彼女を飲み込みそうな肉の塊のようなものが見えていた。
 詩音には見えてしない。
 ボタっと彼女の頭にソレが垂らしたよだれが落ちたが、それも詩音には見えないようだった。
 詩音の目は黒板のチョークの動きに釘付けになっていた。
 黒板では最後の文字が書かれようとしている。
「どうして、私なのよ、いつも選ばれていたのは乃愛じゃない。どうして、私なのよ、嫌よ。食べられるなんて嫌よぉ」
詩音が叫ぶ。
 礼真とマキシだけが見える女はニヤニヤ笑いながら、「ん」の文字を書いていく。
 礼真は狂ったように叫ぶ詩音の手から、スマホをもぎ取った。
 それを見た女の霊の顔から、笑いが消えた。
 ぐわっと詩音を飲み込もうと伸びあがった、肉の塊もその動きをピタリと止めた。
 礼真は、詩音のスマホを床に置くと、その前に片膝をつき、護符を握った拳をそのままスマホに叩きつけた。
 女の霊と詩音が同時にスマホに手を伸ばしてくる。
 礼真はかまわずヒビが入った画面を殴りつけた。
 ガラスは放射状にひび割れ、細かく砕け、中央は陥没し、フレームが浮き上がり、ずれた場所からスマホの中味が覗いていた。
「私のスマホー」
詩音は叫ぶと礼真を付き飛ばすようにして、スマホだったものを腕の中に抱きしめて、電源をボタンだったものを押す。
 ひび割れた画面はなにも映さない。
「私が…私の…わた…みん…な…見て…るぅ…?わ…わわ…たた」
もう残骸になっているスマホに詩音は話かけ続けている。
 友達と繋がり、自分の価値を発信し、どこのだれともわからない不特定多数から声を賞賛として受け取って、自分の欲求を満たすための道具であり、命に次に大事だと思っていたスマホは、詩音になにも語りかけることはなかった。
「ねぇ…みんな…いいね…いいねを…わた」
壊れたように話続ける詩音に、礼真はかける言葉もなく、ただ見下ろすしかできなかった。
「礼真っまだ終わってないよ」
マキシの声が飛んできた。
「えっ」
「これこっくりさんだから、手順終わらせないと」
マキシがふらつきながら立ち上がる。
「あっそうか。出口か」
礼真はマキシの言葉を理解する。
 この教室はこっくりさんの儀式のフィールドになっている。
 いろいろぶち壊したが、こっくりさんに出口から帰ってもらえれば、それで終わりだ。
 礼真は教室を見まわした。が、入口はあるが、出口はない。
「出口…出口…」
呟きながら、回りを見まわす礼真の目が、壊れた澪のスマホに止まった。
「出口!」
礼真は自分のスマホを取り出すと、検索欄に「出口」と打ち込んだ。
 教室のドアの入口はあくまで周囲の浮遊霊を集めるためのもの。けれど、この封じられたフィールドの中で唯一外部と繋がっていたのは、スマホだった。
 いつの間に横に来ていたマキシが、
「おっ天才か」
と、礼真のスマホを見て呟いた。
 礼真は検索をタップして、画像を選ぶ。
緑色のEXITの画像や、ドアの画像が表示された。
「こっくりさん、こっくりさん、ここからお帰りください」
礼真は画面を見せるようにスマホをかざした。
 次の瞬間、ごぉぉーーっという音と風が礼真に向かってきて、その全てが礼真のスマホに吸い込まれて行った。
「はぁ…終わった…?」
礼真がかすれた声で聞いた。
「終わったよ」
マキシが答えた瞬間、がくっと礼真が倒れた。
「うわっ礼真っ」
マキシは抱き留めて、
「あの量の浮遊霊を帰したんだ、こうなるか…」
気を失った礼真に小さく言って、抱き上げた。



「う…ーん…」
礼真は寝返りをうとうと体を動かそうとして、動きを止めた。
 背中に感じるのはいつもペラい布団とは違う、ふわんわりした感触。その違和感に礼真は目を開いた。
「あっ起きた」
「うわっ」
目を開けると、緑色の瞳が二つじっと自分を覗き込んでいた。その距離の近さに驚いて思わず声が出た。
「気分はどう?あれだけ量の浮遊霊が通る出口を持ってたから、毒気にあてられちゃったねー」
マキシが言う。
 礼真はゆっくりと体を起こしながら、はぁ…と息を吐いた。
 少しだるさはあるが、体に異常はない。
「大丈夫、それよりここどこ?いやっそれよりっみんなどうなった?」
頭がはっきりしてきて、礼真は声を上げた。
 マキシが、後ろを振り向いた。
「ここは私の事務所だ」
田中花子が事務机に座っていた。
「事務所…ってなんにもない…けど」
行儀悪いなぁ…と思いながら、礼真はんっと首を傾げた。
 事務所と言いながら、その部屋の中には自分が横になっていたソファと、花子が座っている事務机しかない。
「あーまだ、ちゃんと引っ越しできてないの。荷物は後日届くことになってるから」
「そうなんだ、あっすみません。俺がソファ占領しちゃって」
マキシの説明に頷いていた礼真は、行儀悪いと思ったことを心の中で、謝りながら、慌てて立ち上がった。
 この部屋で唯一の椅子を礼真が占領していたから、花子は机に座ることなっていたのだ。
「かまわん、私は座れれぱどこでもいい。ところで、さっきの質問だが、心配は無用だ。JKたちは全員、救急車で運ばれたが命に別状はないだろう。学校内に閉じ込められていた他の連中も問題はない」
「あっついでに、ライブ配信見てた人たちも、体調的には問題なかったよ」
マキシが付け加える。
 礼真は安堵の息をつくと、
「そうか…よかった、マキシ…ありがとう」
目の前に立つマキシに頭を下げた。
「なにが?」
「約束、守ってくれてたから」
礼真が言うと、マキシは慌ててぶんぶんと手を振った。
「いやいや、お礼とかやめて。俺、ボディガードの仕事もちゃんとできてなかったからね」
「そんなことない!マキシ、俺のこともみんなのことも守ってくれたじゃん。マキシがいなかったら、どうなってたわからなかったよ。俺一人じゃないんもできなかった…と思うし」
「そんなこと…」
「いや、そんなことあるから」
二人が言い合っていると、いつまでやってんだと、と舌打ちした花子が声をかけてきた。
「サトウレイマ、ちょっと来い」
ちょいちょいと人差し指曲げて呼ばれる。
 ペットでも呼んでいるような軽さだが、逆らえる気がしない。礼真はおとなしく花子のところへ言った。
 目の前まできた礼真に、花子は椅子代わりにしていた机から封筒を出して、礼真に渡した。
「えっなんですか?」
「今回のバイト代だ。明細を確認して、問題なればここに受領のサインしろ」
と、花子が机に受領書と書かれた紙を置いた。
 「金97,380円」、「霊的業務遂行に伴う謝礼として」、「たしかに受領しました」の言葉の下に氏名を書く欄があいていた。
 礼真は封筒を開けつつ、受領書の金額を見て声を上げた。
「うっええぇーーっなっこの金額っ?」
礼真の声に、マキシが寄ってきて、
「ちょっとぉ所長ー少なすぎてびっくりしてるんじないのぉ」
と、その手元を覗き込む。
「いやいや、多い多い、これ時給にしたらやばいから。こんな金額分働いてないからっ俺」
97,380円の現金が入った封筒を机に返して礼真はふるふると首を振る。
「なーんだ、多いならいいじゃん」
「いや、良くないよ、多いです」
へらというマキシを少し睨んでから、礼真は封筒を花子へ戻す。
 花子はどんな感情かわからない顔で、じっと礼真を見つめてから、少しだけ口の端を上げた。
「これが、私たちの仕事の相場だ。覚えておけ。ここ、早く署名しろ。マキシ、もう遅いからお前、こいつ送って行ってやれ。」
花子は帰された封筒を礼真の胸のポケットに入れると、受領書の署名欄をトントンと指で叩いて、
「ヤニ切れた、コンビニ行ってくる」
と、出て行ってしまった。
「あっ…ありがとうございます!」
礼真はその後ろ姿に礼を言って、受領書に名前を書いた。
 マキシはそれをじっと眺めていた。
 それから、二人は花子の事務所を出た。
「だいたい、今、何時なの?」
花子には遅いと言われたが、事務所に時計がなかったので、時間を確認できていなかった。礼真はスマホを出して時間を見た。
 22時を少し過ぎているりのを見て、礼真は声を上げて、
「やばい…遅くなるの、連絡してなかった…」。
がっくりと肩を落とした。
「どうしたの?門限ある?怒られちゃう?俺、一緒に行って謝るよーバイトで残業になりましたーって」
マキシがおろおろと礼真の顔を覗き込む。
 マキシは顔に「心配」と書いてあるような表情になっていて、礼真はちょっと笑ってしまった。
「いや、大丈夫だよ。うち門限はないから。けど、妹に遅くなるって言ってなかったから心配してるだろうなって思っただけ、ありがとう」
「あぁ、かわいい妹ちゃんね」
「そうそう、かわいい妹。だけど、今日は怖いかも」
礼真が笑う。マキシもその笑顔にほっとしながら横を歩く。
 と、少し先に24時間営業のスーパーの看板が見えてきた。
「あのスーパーからなら道わかる。俺、買い物して帰るから、もうここでいいよ。マキシも疲れてるだろ。」
礼真は言うと、マキシがなにか言うより早く、じゃっと手を振って走って行った。
「うん、またねっレイマ」
と、マキシも手を振ってその後ろ姿を見送った。
「所長、ありがとう」
マキシはぽつり呟くように言った。
 マキシの後ろに花子が立っていた。
「気持ちわりぃな、なんの礼だ」
 マキシは振り向くと、ふっと目を細めて、
「たまにはね、感謝をしてみようかと…それより」
と、真顔になった。
 煙草に火をつけようしていた花子が動きを止めた。
「今回のこっくりさん、あの女の霊が力を貸していたとしても、素人のJKがやるには無理があったよ」
マキシの言葉を聞きながら、煙草に火をつけていた花子はふぅ…と紫煙を吐くと、
「そりゃ、もっと別のヤツがいるのかもしれねぇな…」
独り言のように呟いて、流れる煙を見つめた。



「ただいま…」
礼真は小さく言って、なるべく音を立てないように家のドアを締めた。
 そっと廊下を歩いていると、怒りで顔を真っ赤にした礼真の父が立っていた。
「礼真っお前っ今までどこに行ってたんだっ」
父親が礼真の胸倉を掴む。
 背は高いが細身の礼真と違って、大柄な父はそのまま礼真を持ち上げると、ダンっと礼真の体を壁に叩きつける。
「ご…ごめんなさい…父さん…その…バイトで…」
激しく背中を打ち付けられて、痛みに呻きながら、弱弱しく礼真は父に謝ったが。
「言い訳するなっ!」
父親は手を振り上げると、平手で礼真の頬を殴りつけた。
 礼真の体は吹き飛ばされるように、壁に当たって、その場に崩れた。
 口の中に鉄臭い味が広がる。口の中が切れていた。
 父親は覆いかぶさるように礼真に近づいてきた。
 居間の照明を背にしているせいで、逆光になっている父がどんな表情をしてるのかわからないのが、礼真には恐ろしく。体がこわばってしまう。
 また、父の手が振り上げられた。今度は拳になっていた。
 俯いた礼真は、自分の胸のポケットの封筒に気づいた。
 バイト代!咄嗟にそれを父に差し出した。
「バイト代、もらったんだ」
礼真が言うと、父はそれをひったくるように取って、中味を見て、表情を緩めた。
「そうかぁ、しっかりバイトしてたのか、えらいぞ、礼真。父さん出かけてくるからな」
さっきまでの形相が嘘のように、金額を見た瞬間、手の力が抜けて表情が変わった父はまだ座り込んでいる礼真の頭をぐりぐりと撫でて、出て行った。
 バタンと玄関のドアが締まる音が聞こえて、礼真は詰めていた息を吐いた。
「お兄ちゃん…大丈夫?」
礼真が口元をぬぐってくると、ととっと軽い足音がして、妹の真美が駆け寄ってきた。
 パジャマ姿の真美に礼真は笑顔を作った。
「大丈夫だよ、今日は一回しか叩かれてないから。それより、まだ起きてたのか」
礼真の前にペタンと座った真美の頭を撫でながら、礼真が言うと、真美は俯いた。
「だって、お兄ちゃん帰ってこないから」
「ごめんな、バイトでいろいろあって。そうだ、お土産」
礼真は言うと、スーパーのビニール袋を真美に見せた。
「開けていい?」
ぱっと笑顔になる真美に、礼真は頷く。
「うわっイチゴだぁ」
真美が声を上げる。
「食べるのは明日な、もう寝な」
「わかってる、お兄ちゃんもっもう寝な」
真美が礼真の口調を真似るのを笑顔で受けながら、礼真は真美を部屋まで連れて行って、布団に寝かしつけた。
「おやすみ、真美」
「おやすみなさい、お兄ちゃん」
真美の声を聞いて、礼真は自分の部屋に入って、敷きっぱなし布団に倒れ込んだ。
 今更のよう父に殴られた頬が痛む。
 信じられないような、恐ろしい体験をした今日の出来事を思い出す。
 怖かったけれど、怖くなかった。
 マキシが横にいてくたから…それが今は夢のように感じる。
 礼真はスマホを取り出した。
 横になったまま、スマホの画面を見ると、四角いアイコン中にひとつだけ丸いアイコン…マキシホットラインのアプリがあった。
「マキシ…」
それをタップしたい思ったが、ぐっと伸ばしかけた指を握り込んで、礼真はぎゅと目を閉じた。