Counterfeit Hearts

「おはようーレイマー」
昨日の朝と同じ場所にマキシが立っていた。
 もしかしてと思って、昨日より早めに来てみた礼真だったが、思ったとおりマキシがそこにいた。
 まさか、昨日別れてからここで待っていたとかないよなっと礼真は怖くなる。
 が、さすがに、それはないだろうと思いながら、聞いた。
「あのさ、まさかと思うけど、昨日バイバイしてから、ずっとここで待ってたとか言わないよね?」
「……レイマ。俺ね、そこまで暇じゃないからね。ずっと待ってるわけないでしょ。これでもいろいろ忙しいんだからねっ」
ちょっと、むっとしたようにマキシが答える。
 いやいや、その忙しい人は、昨日、学校が終わるまでじっと7時間も待ってたんだろ…と、思ったが、突っ込むのは止めた。
 と、同時にほっとした。
 もし待っていたと言われたらどうしようと思っていたのだ。今日は早めに来ていたということらしい。
「あっそうだ、レイマ。俺、理系にするー」
「は?なに?急に」
唐突なマキシに礼真は目を丸くした。
「昨日、次に会うときまで決めておくって約束したから、決めたよ。どっちかわかんなかったら、一通り問題解いてみて決めた」
「一通りって?」
「ネットで見つけた高校一年でやる勉強の範囲を一通り。で、やってみたら、物理とか数学好き。ちゃんと法則があって、それ守って順番にやっていけば答えでるから。けど、国語は好きじゃない。正解はいくつもあるのに、出題者の気分で“正解”が決まるみたいで信用できない、気持ち悪い。」
マキシは腕を組んで、その気持ち悪いという問題を思い出したのか、顔をしかめている。
「うわ…なんかそれ、まぢで理系脳のヤツが言うヤツー」
礼真は大げさに溜息をついて、肩をすくめた。
「まぁまぁ、いいじゃん俺が理系で、礼真が文系でバランスいいよ」
マキシは嬉しそうにこにこにこしている。
 礼真はちょっと目を見開いた。
 理系は理系、文系は文系同士の方が合うと思っていた礼真は、マキシの冗談とも本気とも付かない言葉に、納得していた。
 他の誰かだったらわからないけれど、確かにマキシとはバランスがいい気がする。
「そうかも」
礼真が頷くと、マキシはさらに嬉しそうな顔をして、
「でしょでしょ」
と、頷く。その姿が隣の家の大型犬に重なって見えた。
「よしよし、マックス」
出会ってからいつも子供を相手しているように頭をくしゃくしゃにされている礼真は、逆にマキシの頭を撫でてやった。
「なに?マックスって?俺、マキシだけどー」
「あっごめん、つい。マックスは隣のゴールデンレトリバーだった」
「は?ゴールデンレト…リバ…って犬じゃん!」
声を上げたマキシに、やりすぎたかと礼真は謝ろうとしたが、
「ふわふわで、でかくてかわいいヤツじゃんっ頭も良いよねーなんか嬉しい。礼真って犬派?」
マキシは喜んでいた。
 変わってる。変なヤツ…でも、面白い、楽しい。
 そんな気持ちが礼真の心に湧き上がってきて、満たされていくようだった。
 いつぶりかわからないこの感覚。
 礼真は笑い出していた。
「マキシっ変なヤツ、おもろ」
突然笑いだした礼真にマキシは驚いていたが、丸くした目がふわりと細められる。
 涙まで流して笑っている礼真の姿を、録画でもしてるように静かにマキシは見つめていた。
「あーごめん、笑ったー」
涙をぬぐいながら、笑いの余韻を残したままの礼真がマキシを見た。
「なんで謝るの?レイマが笑うの嬉しいよ」
「えっ…そ…う?」
ふわりした笑みを浮かべたマキシの顔はいつもより静かで、かっこよく見えた。
 真面目な顔をして、黙っていれば本当にイケメンで、思わずじっと見つめてしまった。
 マキシの顔を見て詩音の態度が変わったのも納得できる。
 そんなことを礼真が思っていると、
「そうそう、あれからCちゃんのちゃんねる見てみたんだよ」
マキシはスマホを取り出して礼真に見せた。
 画面には『C音ちゃんねる』が今までアップした動画の一覧が出ている。
 そうだった、こっちがメインだった…と、礼真はその画面を見た。
 見て顔をしかめた。
「これって、心霊スポットめぐり?」
動画のタイトルのほとんどが、近隣で心霊スポットと呼ばれている場所に行ってみたというものばかりだった。
 女子高校生が一人で心霊スポットに行き、実況しているということで、なかなかの閲覧数になっていた。
「『JKがやってみたちゃんねる』より人気あるね」
礼真が言うと、
「けどね…」
と、言って一つの動画をタップして、見たいところあるのか、どんどんとばしていく。
 動画が始まって、5分40秒のところでマキシが再生をタップする。
『特に、なにもないですね…最恐スポットと言われてますがー』
詩音は二つのカメラを持っているらしく、自分の顔と、周囲の画像が同時に映し出されていた。
「ここからよく見てて」
マキシが言う。
 礼真は頷いて画面に目を凝らした。
 2秒後、画面いっぱいに例の女が画面を横切っていた。
「っこれ…」
「そう、多分あいつ。で、コメント見てよ」
マキシがコメント欄を表示させると、
『安定のC音さま、最恐スポットでも通常運転で強すぎて草(ほめてますv)』
『C音さま、すごい、一人で怖くないの?』
の間に、
『今、見えた、やばいの見えた』
『絶対、本物』
『C音ちゃんねる名物キターーーーーー』
という、霊が見えたとは直接的には言ってないが、匂わせるコメントが多数あげられていた。
「こいつがCちゃんの上げてる動画の4本中、1本くらいの割合で映っているってことで、かなり話題になっている」
 マキシの話を聞きながら、礼真はもう一時その部分を再生する。
 一番最初のこっくりさんに出てきたときは、髪の長い女だとかろうじてわかるくらいだったが、今はもっと鮮明になっていた。
 ぱっと見たときは目が大きい人に見えていたのだが、大きく感じたのは、白目までも真っ黒で、目の部分はぽっか穴があいていたからだった
 そして、口はニヤニヤと笑っていて、それが余計に不気味だった。
「マキシ、昨日言ってよね、利用しているのはどっちかって」
礼真が言うと、
「あれ?聞こえてた?」
マキシはとぼけるように答えた。
「聞こえてた。どっちかって、もしかして神崎さんがこの霊を利用してるってこと?そんなことできんの?」
礼真が眉をしかめて聞く。
「できるよぉ、ちゃんとお話できたらね。けど、あいつらと人とはまったく価値観が違うから、たいていまともなお話にはならない」
マキシは溜息をついた。
「だったら…」
キーンコーンカーンコーン。
「礼真っ学校始まるよっ」
学校の始業を告げるチャイムにマキシが声を上げた。
「うわっヤバ。話のつづきチャットでやろう」
礼真は叫ぶように言うと、走って校門に飛び込んで行った。
 その後ろ姿を見送ったマキシは、
「さてと、どこで待つかなぁ。礼真はここで待ってちゃダメって言うから、どうしよう」
ぶつぶつ言いながら、マキシは歩きながら、スマホを操作して耳に当てた。
「あっ所長?人を待つときってどこで待つのが正解?そうっ礼真待つの。いやー昨日、バイバイしたところでずっと待ってたら、それは止めてって言われたから。知らんって…ひどい…。一回帰ってこい?それは嫌か…も…って切れた」
マキシは一方的に切られたスマホをしばらく見つめて、
「…所長命令だもんなぁ…はぁ…帰るかぁ…」
がっくりと肩を落として歩き出した。



 今日は朝、礼真と別れてからも、休み時間や隙間時間にマキシの作ったアプリで、マキシとチャットをしていた。
 最初は、詩音と例の女の霊の話を真面目にしていたが、だんだんと会話があっちこっちに飛び、昼休みになるころには、礼真はかわいがっている妹、真美のことをマキシに話していた。
 小学生の真美は体が弱く、ほとんど学校に行けていないこと。頭が良くて、かわいくて、礼真を慕ってくれているけど、ちょっと大人ぶって生意気なこと言ってくること。
『妹ちゃんて、レイマに似てる?』
『どうかな?似てないかも。真美かわいいし』
『じゃあ、似てるんじゃん』
『なんだよ、それ』
『レイマかわいいから?』
『そういうのいいからヽ(`Д´)ノ』
中身はなにもないような、それでいてちゃんと相手の言葉を聞いて、それに返す。温度のある会話をするのはいつぶりだろうと礼真はじっと、会話のログを眺めて思っていた。
 マキシからの返事が来るのを待つ間に、前の会話を読み返す。
 本当にどうでもいいバカみたいな会話が、礼真にはキラキラして見えた。
 楽しい…。
 そう思っていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
『ごめん、昼休み終わった。残りは一限とホームルームだけだから、あと一時間くらいだと思う。昨日のところで待ち合わせな』
礼真がさっとメッセージを送ると、秒で返事がくる。
『りょ』
短い言葉とかわいいゴールデンレトリバーが待てをしているスタンプ。
 朝のやりとりを思い出して、礼真は思わず、ぶっと吹き出していた。
 クラスメイトたちがいっせいに礼真を見た。
「佐藤、授業はじまってるぞ」
礼真のクラスの担任でもある国語教師の原に少し睨まれる。
 体が大きな男性の原を礼真は少し苦手にしていた。
「すみません…」
と礼真が小さくなって謝ると、原はそれ以上はなにも言わずに、授業を始めた。
 クラスの注目を浴びて、顔が赤くなるのを感じながら、それを誤魔化すように、礼真は教科書とノートをバタバタと開いた。
 マキシがこんなスタンプ送ってくるから…と、机の下でもう一度、画面を見た。
 やっぱりにやけてしまう。
 教室の後ろ側の礼真のそんな様子を気付かず、原が授業を進めていく。
「夏の段。読んでもらおうか。今日は…一日だから、一ノ瀬」
と、原は一ノ瀬乃愛を指名した。
 いつもの乃愛ならそこで、「日にちで指名するのやめてくださーい」など、ちょっと反抗するようなこと言って、笑いを取るが、今日は無言で立ち上がった。
「夏は夜、月のころは、さらなり……」
以前の乃愛は違う、力のない小さい声が、ただ淡々と教科書を読む。
 原は特に何も言わずに、
『あはれ=しみじみとした趣』
と、黒板に書いている。
「闇もなほ…やみも…な、やみ…」
ふいに乃愛の声が震えて、朗読が先に進まない。
 眠たそうにした者、ノートに端に落書きしていた者、律儀に本文を指でなぞっている者、そしてスマホをこっそり見ていた礼真も顔を上げて、全員が乃愛を見ていた。
「闇も…なほ…闇がっぁぁ…やみがぁーっやみがぁーーっ!」
「おいっ一ノ瀬っ一ノ瀬どうした?」
バリバリと教科書を破りながら絶叫する乃愛に、原が駆け寄った。
「一ノ瀬っおい」
原が乃愛に手を伸ばしかけた瞬間、乃愛は床に倒れた。
 崩れるようにではなく、棒のようにばったりと後ろに倒れたせいで、床に頭がぶつかったゴツンという乾いた音が派手に響いて、女子たちが悲鳴を上げた。
「一ノ瀬っ」
原が乃愛を抱き起そうとしたが、生徒の一人が、
「先生、頭打ったみたいだから、動かさない方がよくね?」
と声をかける。
「おっおうそうか、保健委員っ保健室に知らせてくれ」
原が言うと、すぐに保健委員が二人で連れだって教室から駆け出した。
 みんな立ち上がっていた。礼真も立ち上がって、呆然と倒れた乃愛を見つめた。
「ふふっ」
そんな中、礼真の耳にその場にそぐわない笑い声が聞こえた。
「っ?」
礼真が声のした方を見ると、あの女の霊が、こちらを見て笑ったまま、廊下を横切っていった。
「あいつ…」
礼真が教室から廊下へ飛び出したが、もう女の姿はなかった。
 礼真はぎゅっとスマホを握りしめた。
『乃愛がいるからバスったんじゃない。私のネタがよかったからよ、そうよ、乃愛がいなくても、乃愛がいない方が…』
昨日の詩音の言葉がよみがえってくる。
「どっちが利用しているか…まさか…」
 詩音が霊を利用しているとしたら、そっちの方が怖い。ぞくっと礼真の背中に悪寒が走った。
 それから、すぐに保健委員に呼ばれた保健の先生がやってきて、救急車の音が近づいてくると、学校は小さなパニック状態になっていた。
 生徒たちは教室の外に出ることを禁じられ、自習にさせられた。
 礼真たちのクラスは、救急隊の邪魔にならないようにと机が脇に寄せられ、生徒たちも一塊にされていた。
 他の教室は、ざわざわとしていたが、クラスの中心的存在の乃愛が錯乱して倒れ、救急車で運ばれるという事態を目の当たりにして、誰も口を開く者はいなかった。
「先生は、一ノ瀬に付きそうから、みんなは机を元通りにして自習。教室を出るなよ」
原は少し興奮気味に言うと、ストレッチャーに乗せられた乃愛と保健の先生と一緒に教室を出て行った。
 それを見送ると、みんなそれぞれ自分の席を元の場所に戻し始めた。
 礼真も自分の机と椅子を引きずって、自分の場所に戻して、すぐにスマホの画面を開いた。
 マキシにさっき起きた出来事を報告すると、すぐに返事が来た。
『レイマは大丈夫だった?』
その返事を礼真は一瞬ぽかんと見つめた。
 この事件の中心人物である一ノ瀬乃愛が錯乱して倒れて、その直後に乃愛と対立している神崎詩音のそばにいつもいる霊が姿を見せ、乃愛は救急搬送…この一連の出来事を送ったメッセージに対して返ってきた答えが、
『レイマは大丈夫だった?』
である。
 礼真はうぅーとうなりながら、眉間を指で押さえた。
 マキシが礼真のボディガードの立場というのは、わかるが…今それ?もっと言うとこあるだろうと溜息がでた。
『大丈夫じゃなかったら、メッセージ打ててないから。それよりどうする?絶対あいつの仕業だよ』
『それはそうだけど、心配はするでしょー』
文字がマキシの声で再生されて、ふっと力がぬけた。
『ありがと』
『どういたしましてー。あと少しで学校終わるよね。会って話そう』
 こんなときなのにこの少しやり取りも心の端っこの方が楽しいと言っていることに気付いて、礼真は顔をしかめた。
 不謹慎だとは思う。が、心の端っこが跳ねるのは止めることは出来なかった。


 ホームルームは原ではなく、学年主任の先生がやってきた。
「一ノ瀬さんは心配ありません。大丈夫です。」
簡単にそれだけが告げられて、ホームルームは終わった。
 他の生徒たちは興奮冷めやらぬと言った風に、話をしていたが、礼真は走って学校を出て、朝、別れた場所に向かった。
「レイマー」
ひらひらーとマキシが手を振っていた。昨日の放課後と同じ光景。
 礼真がマキシのところまで、来るとガードレールに座っていたマキシが立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
「どこに?」
マキシに促されて、礼真は首を傾げた。
「バラモンのところだよー搬送された病院はちゃんと調べたから」
「バラモン…一ノ瀬さん?」
「そうだよ、錯乱して倒れたのが霊障だったら、残滓残ってるかも。それ分析したら犯人…じゃなくて犯霊がわかるから」
「そういうもんなんだ」
そんなことを話していると、バス停についた。
「中央病院ね」
「中央病院前ってところある。もうすぐ来るよ」
礼真がバスの時刻表見ていると、『中央病院経由』と表示されたバスがやってきた。
 マキシはバスのステップを上がると、ピッ、ピッと二度スマホをかざした。
 財布を出そうとしていた礼真に、
「経費、経費」
と、スマホを振ってみせる。
 男二人で座るにはちょっと窮屈な座席に並んで座って、
「俺の分、本当にいいのかよ」
と、少し心配そうな礼真が聞く。
「えっどうして?俺ら今、仕事してんだよー経費でしょ」
笑うマキシに、それもそうかと礼真は頷いた。
 ……仕事。
 その言葉を噛みしめたとき、胸の奥に小さな違和感が残る。
 これは、マキシにとっては仕事なんだな、と思うと、ほんの少しだけ寂しい。
 礼真はすぐ横のマキシの顔を見た。
 礼真に向ける、あの軽い笑いはどこにもない。
 ちゃんと、この事件を解決しようとしているんだと、実感した。
 自分もバイトとはいえ、雇われている身。役に立たないと…と気を引き締めた。
『次は、中央病院前、中央病院前です。お降りの方はボタンを押してください』
アナウンスが流れた。
 窓側に座っていた礼真は、すぐに横にあったボタンを押した。
ピンポーンと音が響いて、
『次、停車します』
運転手が答えた。
「次だよ」
と、礼真がマキシの方を見ると、マキシが大きく目を見開いていた。
 なにか強い衝撃を受けたようなその表情に、礼真はぎょっとした。
「マキシ?どうし…」
「ひどいっ」
なにがあったのかと礼真が声をかけると同時にマキシが叫んだ。
「ひどいよっレイマっ俺がピンポンしたかった!」
マキシは続けて声を上げる。
 礼真は、一瞬なにを言われているかわからずポカンとした。
「はっ…ピンポンって…これ?」
礼真は光っているバスの降車ボタンを指さした。
「そうっそれ、俺が押したかったのにぃー」
子供のようにぶうっと頬を膨らませているマキシに、礼真は自分の眉間を指で押しつつ、溜息をついた。
 前言撤回、こいつは絶対に真剣にやってないだろ。
 心の中で冷静にツッコミを入れた。そのとき、バスが止まる。
『中央病院前です』
アナウンスが流れて、礼真は慌てて席を立った。
「ほら、いつまでも駄々こねない。兄ちゃんが悪かった。次はピンポンさせてやるから、下りるぞ」
と、まだ文句を言っているマキシを引っ張ってバスを下りた。
「あっ…」
「兄ちゃん?」
礼真は自分の言ったことに固まる。マキシがあまりに子供っぽいことを言ったせいで、ついいつも癖が出てしまった。
マキシがニヤーと笑う。
「レイマ兄ちゃんっ」
「うるさい」
「兄ちゃーんっ、今度は一緒にピンポンしようねー」
「はぁもうダルい、ダルい」
真っ赤になった礼真の顔を覗き込みながら、マキシの笑みは止まらなかった。
 病院の建物に入るまで、二人のじゃれ合いは続いていたが、病院の中に入ると、さすが口をつぐむ。
 マキシの顔からはさっきまでの笑顔はもう消えていた。
「バラモンの入院してるとこってどこかな?あそこで聞いたら教えてくれるかな?」
マキシがロビーの奥の受付を指さして小声で言う。
「どうかな、最近は個人情報とかうるさいし…家族じゃないとか言われるかも…」
「レイマが、バラモンの弟ですって言ってみれば?」
「さすがに、無理があるだろ。一ノ瀬さんの家族が来てて問い合わせされたいらアウトだろ」
「そっかぁ…世知辛い、世の中だよねぇ、前はもっとおおらかだったよ」
マキシははぁと肩を竦めた。
「なにそれ、年寄りかよ」
マキシの言葉と仕草に礼真が突っ込むと、マキシは一瞬、目を見開いてから、すぐに笑みを作って、
「俺が年寄りだったら、お兄ちゃんもっと年寄りじゃーん」
と、礼真に寄りかかってくる。
「もういいからっ」
そんなやりとりをしていると、込み合ってはいるが、静かなロビーに女性の声が響いた。
「乃愛、乃愛。あのっすみません、娘っ娘が…高校生の女の子がここ通りませんでしたか?さっきまで部屋にいたのに、いなくて」
その場にそぐわない大きな声に、ロビーの全員が、受付のカウンターにしがみつくようにしている中年の女性に注目していた。
「乃愛って…あれ、一ノ瀬さんのお母さん」
礼真とマキシが顔を見合わせていると、看護師がバタバタとやってきた。
「一ノ瀬さん、落ち着いてください。今、みんなで探してますから。大丈夫ですよ」
看護師は乃愛の母に声をかけながら、肩を抱くようにして、連れて行く。
「あの子、あんな体で…」
「そうですね、だから、病院の中にいるかもしれません。探してますから」
そんなやりとりをしながら、二人は去って行った。
「行方不明ってこと?」
礼真は不安気にマキシを見た。
「そうみたいだね…じゃあ、俺らは防犯カメラの見に行こうか」
と、マキシはロビーの入口の天井についているカメラをちらっと見た。
「えっけど、こんなの見せてもらないだろ」
「俺、霊力使えばたいがいの電子機器ハッキングできるよー」
マキシがピースを作ってこともなげに言いながら、カメラの真下に立つ。
「霊力とハッキング……それ、レイヤー違いすぎて怖いわ」
「おーすごい、レイマわかってるね。レイヤーだよ。違う階層のものだけど、俺はそれを重ねて…ちょっと集中するねー」
マキシはちょっと手を上げると、目を閉じた。
 眉と瞼がかすかにぴくぴくと動いているマキシの顔を礼真は見つめながら、その場で棒立ち状態のマキシが不審に見えないように、立ち話をしている風を装った。
「ここからは出てないな」
はぁ…と息をついてマキシは目を開いた。
「通用口とか、夜間受付の入口もあるよ」
礼真は館内表示を見つけて指さした。
「全部、回ろう」
マキシは次の防犯カメラへ向かった。
 結果、通用口でも、夜間受付でもなく、職員通用口から出ていく乃愛の姿を見つけることができた。
「だっはぁー」
マキシは大きく息をついて、バス停のベンチに座った。
「大丈夫か?なんか飲み物買って来ようか?」
基本余裕のある表情を崩さないマキシの聞いたこともない大きな溜息に礼真は、心配そうに声をかける。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。さて、次のカメラ探そう、こっちの方向に歩いてたから、どこかカメラないかな?」
マキシは立ち上がると、自動販売機に向かおうとしていた礼真を止めて、周囲を見まわす。
 礼真も、きょろきょろとまわりを見渡して、緑と赤とオレンジと7の看板を見つけた。
「マキシ、あそこっコンビニあるっ!」
「おっナイスっレイマ」
疲れているように見えたが、いつも通りのマキシの声に、礼真はほっとしつつ、二人はコンビニに向かった。
 それから、マキシが監視カメラの画像を確認している間に、礼真が周辺のカメラを探すという、役割分担がだんだん出来上がってくる。
 二人は何度も、乃愛の姿を見失いかけて、やっと彼女が入った建物を突き止めた。
「いやーこういうオチになるとは…」
「俺は途中からそんな気がしてたけどね」
へらっするマキシとがっくりと溜息つく礼真。
 二人は、礼真の通う高校の前に立っていた。
「しっかし…すごいね…」
「うん…すごい」
学校を見上げて、二人は声を上げた。
 夕闇迫る学校というものは、だいたいどこの学校でも、誰でも不気味に感じるものだ。
 が、礼真とマキシが見ているものはそんなものではなかった。
「なんかどんどん集まってきてる」
白っぽいもの、影のようなものが、空から、地上からどんどん学校へ入っていくのが礼真の目ははっきりと見えていた。
「これ結界張ってるわ」
マキシは学校全体を見ながら呟いた。
「えっ入れないの?」
校門から入ろうとしていた直前で足を止めた。
 礼真の後ろからついてきていたマキシは、
「入れるよぉ」
と、そのまま礼真の横を通って校門をくぐった。
「あっ入れるんだ」
何事もなく学校の敷地に入ってマキシを見て、礼真も続いて、
「結界があるなんて言うから、入ろうとしたらなんかあるのかと…」
無事に学校の敷地に入って、礼真はほっと息をついた。
「入れるけど、一回入ったら出られないよ」
「は?」
「だから、一回入ったら出られない」
「なんてぇ?」
礼真は声を上げて、マキシが来ているパーカーのフードを引っ張った。
「ぐぇっ」
マキシが声を上げて、首をさすりながら、
「なぁに、ひどいよっレイマぁ」
へにゃっとした顔を礼真に向ける。
「ひどいのはどっちだよ、一回入ったら出られないって!」
マキシの抗議は無視して礼真は声を上げた。
「それは、大丈夫。結界を作っている媒体を壊せば、この空間は元に戻るから。それよりもっと困ったことがあるんだけど」
最初は笑顔だったマキシの顔が、最後には礼真の反応を伺うような上目になっていて、そんな表情のマキシは初めてで、嫌な予感しかない。
「すごく聞きたくないんだけど、なに?」
「今の俺、レイマ並みに使い物になりません、ごめんねっ」
マキシもまた初めて聞く礼真の低い声に、わざとらしく手を合わせて、ちょっと首を傾げて見せた。
「その言い方っ俺に失礼だろ!」
「あっそっち?」
「…そっち!…も…だけど、それより、どういうことだよ。今からいろいろ本番だろっボディガードが使い物にならなくてどうすんだよっ」
「防犯カメラハッキングするのにけっこう霊力使っちゃってぇ。あっでも…」
軽い調子で言って、礼真に一歩近づいたマキシは、
「安心して、礼真を守る分は残してあるから」
と、そっと礼真の頭に手を乗せて、くしゃっと撫でた。
 最初に会ったときも、マキシは礼真が不安そうにしていると頭を撫でてくれた。
 どこかズレたところはあるが、マキシは礼真のことを本当に守ろうとしてくれているし、安心させようとしてくれているのがわかる。
 けれど、それをわかってはいけない気がした。
 今、その力を礼真を守るためだめに使うのは違う。
 ここで頷くわけにはいかなかった。
 礼真はマキシの顔を正面から見つめると、マキシは嬉しそうに見返してくる。
 きれいな緑色の目が、そこに礼真を映すことを喜んでいるように見えた。
 優しいその目に流されそうになるのを堪えて、もう一度マキシとしっかり目を合わせた。
「俺を守るだけじゃだめだろ。一ノ瀬さんも神崎さんももしかしたら他の人もいるかもしれない。全員、守らないと。」
礼真が言い切ると、マキシは目を見開いたまま、ぴくっと眉を上げた。
「どうして?バラモンもCちゃんも自業自得じゃん。俺の仕事は最初のこっくりさんを見た人に起きている怪異を鎮めることと、レイマを守ることだよ」
「それはっ…そうかもだけど…。けど…」
逆にもっとはっきり言い切られて、礼真は口ごもった。
 確かに、マキシが花子に命じられたことはそれだけだ。それに、マキシは正直に自分の力がどのくらい使えるのか、できること、できないを話してくれている。
 それに対して、自分ではなにもできない。
 それなのに、全てを助けたいと言うのは、自分は、わがままで無力だと、礼真は思った。
 なにもできないのは…俺だ…礼真は眉根を寄せて、下唇の内側を歯で押しながら俯いた。
 礼真の顔を下から覗き込むようにしたマキシは、礼真のその表情を見て、目を少し細めるとふっと口元を緩めた。
「それは…レイマが嫌?」
柔らかくマキシが問う。
「えっ?」
さっきばっさり切るような話し方をしたときは、まったく違う甘い問いかけに、礼真は顔を上げた。
「俺が全員守らないと、レイマが嫌?」
そのままトーンでもう一度聞かれる。
「嫌っていうか…全員が無事でいてほしい…って…ごめん、俺のわがまま…」
最後の言葉はほとんど消えそうになっていた礼真に、またポンと頭に手を置いてくしゃっとしたマキシはふっと笑うと、
「そっか、そっか、レイマの嫌なことはしないって約束したからしない。全員無事にするね。じゃあ、急いだほうがいい、行こ。」
さっきまでのやりとりが嘘のようにあっさり言って、歩き出した。
「マキシっ!」
礼真が前を行くマキシのフードを引っ張った。
「ぐえっもうなに?そこひっぱらないでぇ」
「マキシ、その全員の中にはお前も入っているんだからな」
文句を言いながらもへらっとしているマキシに礼真は確認するように言った。マキシの片側の眉の端だぴくっと動く。
「えっとぉ…それは、難しいこと言うね、レイマは」
「できないのかよ?」
「…レイマさぁ煽ってくれるねぇ。でも、いいねーそういうの。できるよ…ってかやるよ。レイマのお願いだからね」
ニヤっと笑ったマキシは礼真の横に並ん歩き出す。
「なぁ…最初に会ったときもそうだったけど、どうして俺のこと特別みたいに言ってくれるの?」
「それは、好きだからだよぉ」
歌うように軽くマキシが答えた。
「は?へ?けど…俺…あっ」
告白にしてはあまり軽い。今まで告白などされたことがない礼真はただただ焦ったが、「俺、男だけど」という言葉は飲み込んだ。好きに、性別は関係ないと思ったからだ。
「えっと、まだ会ったばかりじゃん」
「時間関係ある?長い間一緒にいても気に食わないヤツはいるし、一瞬で好きなることもあるでしょ」
口調は軽いが、マキシの言葉には迷いがなく、納得させられてしまう。
「それは…そうかも」
「ねっ、俺は初めて会ったとき、礼真のこといいなって思ったの」
礼真に歩調を合わせるマキシ、二人の手の甲が触れる。
 礼真がわずかに手を引こうとすると、マキシから絡めとられるように手を握られた。
 突然の接触に礼真は驚いたが、その手を振り払う気にはなれなかった。
「あ…ありがとう…俺は…」
「あーいいの、いいの、返事とかそういうの今はいいから。ほら、もう楽しくおしゃべりする時間は終わりだよ。今からは俺と手を繋いでてね」
「えっ…?このまま?」
礼真の自分の顔が熱くなるのを感じていた。
 告白されて、手をつないで、返事はいいって言われたけど、そのまま手はつなぐってどういうこと…と、思わずいろいろ考えしまう。
「俺に触っていたら、俺の霊力の内側にいることになって、あいつらは礼真をヒトとして感知しないから」
「あっ…そういうこと…」
一段ギアを上げたようなマキシの説明に、礼真は肩をすぼめた。
 変な風に意識していた自分を反省する。
 そして、握られている手をぎゅと握り返した。
 マキシは一瞬だけ目を落とし、繋がったままの手を見る。繋いだ指先に、ひどく小さな手の感触が、一瞬だけ重なって消えた。
 マキシはそれを追うことはせず、
「じゃあ、進もう」
礼真の手を引いた。


 礼真とマキシは靴箱が並ぶいつも礼真が使っている入口から入った。
「この時間なら、まだ職員室に先生はいるかも」
「行ってみよう」
二人はひそひそと言い合って、廊下を進む。
 その二人の横を、風船のように膨らんだ顔の女がさっと通り過ぎいく。その横を人の形をした黒い影が集団でなにかを探しているように歩きまわっている。
「礼真、怖くない?」
マキシが小さく声をかける。
「あっああいう人たち?」
礼真はうようよしている霊たちに目を向けた。
「見るだけなら、けっこういつも見えるし。なにもしてこなかったら怖くない」
「レイマっ、意外につよつよだねー」
「褒めてる?」
「褒めてる」
周りは異常なくらい霊だらけ、今まで感じたこともない重苦しい空気、そんな中でも、こんな風に軽口が言い合えるのは相手がマキシだからだと礼真は思った。
 それに、高校生男子としては情けないかもしれないが、手を繋いでいると安心する。
「ここだよ、失礼します…開かない」
「どれ?」
職員室に着いた。礼真が繋いでない方の手を引き戸に手をかけたが、びくともしない。マキシも横から手を出して一緒に開けようとするがやはり動かない。
「これは、結界だね」
マキシは引き戸から手を放した。
「また結界か…中に人は…」
礼真は窓から中を覗き込む。
「あ…いた、先生たち何人かいるけど、みんな寝てるっぽいな」
「寝てるというか、眠らされてるというか、生気を吸い取られているというか」
「それ、最悪じゃん」
「まぁまぁ、多分、がっつりじゃなくて、邪魔しないように気絶するくらいに吸い取られるだけだと思うから…っ!」
マキシははっとして、後ろを振り向くと、繋いでいた手を引いて、礼真を抱き寄せた。
「ちょっなに?」
いきなり抱きしめられて、礼真が声を上げるが、その耳にマキシが鋭く囁く。
「黙って、このままで」
今までとは違うマキシの口調に、礼真は息を飲んで、ぐっと口をつぐんだ。
 マキシは礼真の体を包むように腕の中に抱き込む。
「なにか、でかいがくる」
「でかいの…」
ごぉぉおおおおと、何台もの列車が走っているように音が近づいてくる。
 それと一緒に空気も振動している。
 甘いような苦いような腐臭と、重く湿った風に包まれる。
「やばっ」
マキシが焦った声を上げた。
 質量を持ったような強い風がどんどん強くなり、マキシと礼真の体が浮き上がった。
「俺のせいで…浮遊霊に混ぜられたっ、レイマ…離れて」
マキシが抱きしめた腕を解こうとするが、逆に礼真はかじりつくようにマキシに抱きついた。
「俺守るっなら、離れるとかないだろ!」
「レイマ…本当につよつよ…うわっ」
「うっ…あ」
二人は竜巻に飲み込まれた物体のように、巻き上げる。
 そして、そのまま大量の浮遊霊たちの作った激流に飲み込まれた。