忌み鬼に嫁いで山に登ります


居間では鳴砂が手紙の整理をしていたようだ。

「雛、鬼目家から招待状が来た」
「招待状?」

「儀式が無事終わったことを慰労するための宴。鬼の宗家としては忌み明けを告げる行事でもある」
「そんな宴があるんだ」
「そう。儀式に臨んだ俺たちを慰労するものだから、俺も雛と夫婦で招待された」
夫婦で……!その言葉に改めてドキリとする。儀式を終えて私は花嫁として認められた……んだよね。

「一緒に来てくれるか?」
「それは……っ」
鳴砂と一緒に行きたい。付いていきたい。だが脳裏を過るのは。

「ひょっとして……薙斗とその花嫁のことを気にしているのか」
「……それはっ」
どうして……。

「さすがに登山前日のあれを見れば調べもする」
「……っ!」
「鬼は18歳になれば花嫁を迎えられる」
逆に言えば18歳未満なら花嫁に迎えてはならない。これは花嫁を守るために鬼の宗家が命じていることだ。そのため美百合は薙斗の花嫁になることが決まっているが、美百合がどんなにせがんでも花嫁にはなれないのだ。

「本来なら一年山登りに慣れてもらうことも考えたが……一刻も早くあの家から離すべきだと思った」
そっか。鬼塚家に嫁ぐためには鎮命山の儀式を果たさなくてはならない。あの段階で迎えてくれなければ輿入れが翌年になっていた。

「無理をさせて済まなかったな」
「ううん。ありがとう。そうまでして迎えてくれて。鳴砂が迎えに来てくれて嬉しかった」
「雛……」
「だからどんなに辛くても登りきることができたの」
鳴砂に置いていかれたくなくて。鳴砂の花嫁になりたくて。

「ああ、雛」
鳴砂の優しい抱擁が私を包み込む。

「私、それでも行くから」
「……雛」
鳴砂が抱擁をほどき、じっと見つめてくる。

「山登りの大変さに比べたらどうってことない」
「ああ。鎮命山に比べたらどうってことない」
「うん」
「それじゃ、夜は参加で決まりだな。夕方くらいにはしず兄もこちらに到着すると思う」
「静那さんが……」
「普段は山の社で勤めてるが宴の時は儀式の無事の終了を伝えるために一緒に行くんだ。その時改めて紹介するよ」
「うん、分かった」
静那さんとは山頂以来である。鬼塚家に嫁入りしたこと、受け入れてくださるかどうか少しだけ不安に感じてしまう。

※※※

――――side:鬼目家

鬼目家の一廓では怒号が響いていた。

「ちょっと、これはどう言うことなの?」
美百合が衣を投げ付けながら女中たちに食ってかかる。彼女たちも宗家の鬼の誰かの花嫁のため人間である。

「私は薙斗さまの花嫁なのよ」
しかし宗家の若君の花嫁と言う事実が美百合をこの場にいるどんな花嫁よりも上であると認識させる。

「その私に対してこれは何?昨日と同じ着物じゃない!新しい着物を持って着なさい!」
「いえ、これしかございません」
「なら買ってきなさいよ!」
「それは薙斗さまに……」

「もう、使えないわね!」
ぷんすかと怒りながら衣を放り投げると、美百合は女中のひとりを突き飛ばす。
「きゃ……っ」
「邪魔よ」
そして部屋を飛び出した美百合は薙斗の元へと向かう。

「薙斗さまぁ」
「ああ、美百合。朝の支度がまだのようだが……」
「だって昨日と同じ衣だったんだもの。ねぇ、新しい着物を買ってよ」
「この間買ってやっただろ。それですら……その、鎮命山の儀の最中だったから……その、父上に叱られてしまった。当分予算は出ないんだ。我慢しておくれ」
「何よそれ!知らないわ、そんな儀式!私はおしゃれがしたいの!」
「いや、ダメなんだ。儀式の間はよほどのことがない限り大きな買い物や贅沢をしたらいけない決まりになっている」
それでも薙斗は美百合のためにこっそりと新しい衣を新調したのだが、父親である頭領にバレたことで買い物を禁じられていた。

「何なのよ、そんな決まりなんて知らないわ!」
美百合は怒って逆方向に走り出す。
「美百合!」
しかし美百合は止まらず、ひとりの人間の少女とぶつかる。

「邪魔よ!あれ……?」
その時美百合は気が付いた。

「その着物、見たこともないレースだわ!私に寄越しなさいよ!」
「きゃっ!?」
美百合がいきなり掴みかかったことで少女は悲鳴を上げる。
「私は薙斗さまの花嫁なのよ!?いずれこの家は私のものになるの!だから大人しく差し出しなさい!」
「や、やめて……くださっ、これはお父さまが買ってくださった……」
「はぁ!?この家で着てるなら私のものよ!」
「そんな……っ」
美百合はニヤリと笑うと強引に袷を引っ張り脱がせようとする。

「きゃあぁぁっ!」
「うるさいわね!とっとと寄越しなさ……」
「何をしている!」
その時青年の怒号と共に美百合が勢いよく突き飛ばされ壁にぶつかる。

「きゃ……っ!?い、痛い!何をするの!?」
「それはこちらの台詞だ!俺の花嫁に何をする!」

「は……?あんたの?」
美百合は青年を見てハッとする。

「あんたは次男。つまり薙斗さまより下じゃない」
花嫁を庇った青年、直斗(すぐと)を見て美百合は鼻で笑う。

「ならその花嫁も私の下。つまりその衣を私に渡すべきなのよ」
「何を訳のわからないことをっ!ふざけるな!」

「はぁ?薙斗さまの弟のくせに生意気よ!」
「兄さんが何だと言うんだ。自分の花嫁を守るのは当然のことだろう!さ、もう行こう。織姫(おりひめ)
「はい、直斗さま」

「ちょ……待ちなさいよ!」
美百合が手を伸ばすが、それを止める手がある。

「やめるんだ美百合!」
「な、薙斗さま!薙斗さま聞いて!直斗が生意気なの!自分の花嫁だからってあの着物を私に渡さないのよ!直斗の花嫁の着物なら全部私のものになるはずでしょ!?」
「は……?何を言ってるんだ」
薙斗が呆然とする。

「兄さん」
「す……直斗」
「失望したよ」
そう言うと直斗は自身の花嫁・織姫を連れて去っていく。薙斗はわんわん泣きわめく美百合を抑えながらも呆然と見送るしかなかった。

※※※

――――side:雛

『お帰りなさいませ』
多くの家人たちに出迎えられながら門を潜ったのは山頂で出会った美しい斎鬼・静那さんだ。

「お帰り、しず兄」
「やっと来た!」
静那さんを出迎える鳴砂と静那さんに抱き付く陸璃くん。微笑ましそうに見守るお義父さんとお義母さん。

「しず兄、後手後手になってしまったが……俺の妻の雛だ」
「よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。山頂ではあまり話も出来なかったが、これからよろしくお願いね」
「は、はい!えと……静那さん」
「お義兄さまでいいよ」
「お……おにぃ……さま」
お兄ちゃん以外に兄と呼ぶひとが出来るだなんて。

「ああ、それでいい」
喜んでもらえたのは何よりだが、やはり思い出してしまう。山で迷いを振り切ると決めたのに。

「雛、大丈夫か?」
「う……うん」
鳴砂の手を取ると少し気持ちが落ち着く。

「さ、支度を整えて向かおうか」
「分かった。鳴砂」
こうして私は準備に取り掛かり、鳴砂、静那さんと共に宗家に向かう。氷雨さんと紅鳶さん、一華も一緒である。

宗家に到着すれば、出迎えてくれた青年に覚えがある。

「鳴砂!待っていた」
「ああ、直斗」
鳴砂が笑顔で直斗さまの名前を呼ぶ。

「声を聞いたのはいつぶりか。とにかく無事に戻ってきてくれて良かった」
「こちらこそだ。それに今日は改めて紹介するよ。妻の雛だ」
「よろしくお願いします!」
「……あ、ああ」
えっとその……何だか直斗さまの反応が優れない。

「それと……直斗の許嫁はどうした?忌み明けなのだから連れてきているとばかり……」
「ああ、それなんだが……取り敢えず、中で話そう」
「分かった」
鳴砂と再会した直斗さまは嬉しそうであったのに何故か今は気分が優れなさそうだ。
それに何だか……歓迎されていないような。それは何故なのだろうか。