忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――九合目では着々と下山の準備が進んでいる。
鳴砂さまやいくらかの鬼たちは忌面を外し、氷雨さんも赤い瞳、一華も淡い水色の瞳を晒している。

「忌面を外していない鬼もいるんだね」
それは紅鳶さんもだ。
「ああ、彼らは来年も同行して穢れを祓わないといけないが、今日祓ったお陰で一年は忌面をすることで鬼として暮らしていける」
「うん、鳴砂さま」
「鳴砂でいい」
「な……鳴砂」
「そうだ」
満足そうにニッと笑うのは忌面をしていたころと変わらない。

「だが紅鳶、お前はもう忌面を外せるだろ?」
「……それは」
紅鳶さんがいい澱む。紅鳶さんはもう浄化が終ったの?

「うん」
紅鳶さんがゆっくりと忌面を外す。そして驚いた。瞳は紅蓮だが、その顔はどうしてかお兄ちゃんの面影があった。

「まぁ風があったら忌面はするが……それ以外は晒してもいいだろ?」
「そうだね……鳴砂」
いや……そんなはずはない。お兄ちゃんは事故で亡くなったはず。凄惨な死に方だなんて聞いたことはない。しかし……骸を見ることはできなかった。
何か関係があるのだろうか?

「それじゃぁ下山するぞ。下山は一気に五合目まで下るんだ」
「そ、そうなんだね」
動揺しながらも鳴砂の言葉に頷く。

「ほら、雛」
「うん」
差し出された手を握る。
周囲を見れば続々と下山が進んでいるようだ。

「その、斎鬼さまは……お兄さんは……」
「陸璃に聞いたのか?しず兄なら俺たちが下山した後に社を閉めて下ってくる。何、鬼塚家で会えるよ」
「う……うん!」
「そのためにもとっとと下山だろ?」
陸璃くんの言葉に私たちも歩を進める。

「そう言えばさずりさまは……」
「五合目までは供のものたちが運んでくれてるよ。俺たちは登りは自分の足で歩かないとならないが儀式が終わればおぶってもらっても抱っこしてもらってもいい」
「鳴砂は大丈夫なの?」
「俺は元気だよ」

「いや、ふらついたら容赦なく担ぐけど」
氷雨さんの言葉に鳴砂が苦そうな表情をする。

「恥ずかしいから嫌だ」
「はいはい」
そう言いつつも氷雨さんの視線は鋭い。氷雨さんも鳴砂のことを心配しているのだ。

「雛、見てみろ。この下山道は雲海を臨めるんだ」
「わぁ、すごい!」
登る時は必死だったのと分岐が違ったのか気が付かなかった。

「ここから一気に雲の下まで下るんだ」
「うん。よくよく考えればすごいことだよね」
「ああ、奇跡みたいだな」
まさに山頂で見たのは奇跡のようだった。

「あ……忘れちゃならない。ほら、行動食」
「うん!」
鳴砂からあめだまをもらって嘗める。

「鳴砂も」
「ああ」
あめだまを差し出せばぱくりと口に含む。

「儀式は終わった。後は無事に帰るだけだ。足元は注意だが、やり遂げた褒美に山を楽しんでもいい」
「うん、帰るんだね」
帰れるんだ。みんなで。
「それに……やっぱり登らないと分からない景色かも」
「だろ?だから苦労して登って良かったって思えるんだ」
「うん、そうだね」
鳴砂はもちろんのこと、みんなの表情も晴れやかだ。
この爽快感は登ってみないと分からない。

そうこうしながら途中冬装備から夏山登山装に着替えながらも五合目に到着した頃には昼を回っていた。

※※※

五合目の山小屋は幾つかあるようで、私たちは南部の鬼たちと一緒のようだ。

山小屋の中は来た時よりも賑わっている。これも儀式が終わった歓びゆえだろうか。

「今日はここに泊まってから帰るから、温泉にも入れるよ」

そう紅鳶さんが教えてくれる。

「は、はい」
「雛?」
「えとその……」

「どうかした?」
「いえその、何でもないんです!」
どうしてもお兄ちゃんと重なってしまうから、うまく受け答えが出来ない。

「紅鳶、俺たちは男湯行くぞ」
「ああ、鳴砂」
紅鳶さんが駆けていく。
お兄ちゃんなはず……ないよね。

「さ、雛さま。私たちも」
「うん、一華」
女湯に向かえば、思ってもみない姿に驚く。

「陸璃くん?どうして……」
ここ、女湯……だよね?

「その……言ってなかったけど」
するりと衣を脱ぎされば、そこにはなだらかな丘陵がある。

「り、陸璃ちゃんだったの!?」
てっきり男の子とばかり。陸璃く……いやちゃんは、弟じゃなくて妹。

「ちゃん付けはやめて。くんでいい」
「う……うん?」
そこら辺は好みの問題なのだから陸璃くんの自由でもあるよね。

湯殿に移動すれば、髪と身体を洗い湯船に身体を落ち着ける。

「雛さま、火傷の痕もすっかり治りましたね」
「うん、一華」
火傷の傷は既に癒えている。あとは痕が残らぬように一華が肌にいい薬草を塗ってくれるのだ。
そのお陰で火傷の色も薄くなってきたし湯船に浸かっても問題ない。

それにしてもだが。

「ふぅ……」
一緒に湯船に浸かる陸璃くんは身体つきが華奢だとは思っていたが。

「一応髪も短いから男と間違われるのも慣れてるよ」
「その……そう言う意味で見てたわけじゃ……っ」
「いいよ、別に。昔から女の子らしいものは合わなくて、なず兄の男物のお下がりとかもらってたから」
「うん、似合いそうだよ」
「……変に思わないの?」
「どうして?」
「……全く、そう言うところが」
陸璃くんがぶつぶつと呟いている。

すると反対側から一華がクスクスと微笑む。

「やっぱり登山って不思議ですわね」
「一華?」
「一緒に登ったからこそ育める絆があるのですわ」
「それは違いないかも」
私もクスクスと笑みを返した。

※※※

――――その夜。
すっかりと寝入ってしまった陸璃くんに掛け布団をかけてやりながら、一華の方を振り返る。

「その、一華」
「はい、雛さま」
「あの……話しておきたいことがあって……」
「どうしましたの?」

「その……紅鳶さんのことなんだけど」
「確か……少しお二人の間に戸惑いのようなものがあったように思えますわ」
うう……一華には見抜かれていたか。

「そのね、紅鳶さん、私のお兄ちゃんに似ているの」
「それは……」
「だけどお兄ちゃんには怨鬼になる要因なんてないはずなのに」
「気になりますわね……私も気になったことがございます」
「え……っ」
「紅鳶さまの優しさは生前の私の兄に良く似ていましたから」
「一華の……?」
「そうですわ。けれど『違う』と言うのは分かるのですわ。妹ですから」
「だけど私は……」
どうしてか上手く否定することが出来なくて。

「答えは急ぐ必要はありません。私も兄を探す上で多くの時間や葛藤を抱えて参りました」
「うん」
「その中で諦めなければいつか答えは見付かります。だから恐れずに向き合って見てくださいませ」
「ありがとう、一華」
一華のお陰で少しだけ勇気が出たかもしれない。不安に感じてばかりじゃいられないよね。
明日はいつものように紅鳶さんに挨拶をしようと決めた。

※※※

――――翌朝

「おはよう、鳴砂」
「ああ、おはよう雛」
鳴砂に声をかければ、続いて氷雨さんと紅鳶さんもやってくる。

「氷雨さん、紅鳶さん。おはようございます!」
「ああ……今日は随分と威勢がいい……」
「氷雨さんったら。でも雛、元気が出たようでよかった」
紅鳶さんの優しい手が私の頭を撫でる。何だか懐かしいと思いながらも、迷いを振り切り笑顔を浮かべる。

「さて、朝食はもう準備できてるって」
「はい、紅鳶さん」
山小屋で用意してもらった軽食を腹に流し込み、来た時と同じく馬で麓に向かう。
私は来た時と同じく鳴砂の前に乗る。

「何だか懐かしいような」
「ああ、俺もだよ。ひと山登ると、いつもそう感じる」
「うん」
「今回はだいぶ無理をさせたな」
「それは鳴砂も……」
「俺はこれが役目だからな。それに雛が一緒に来てくれて本当によかった」
「私の方こそ」
鳴砂たちと一緒に登りきることが出来たのだ。

「鬼塚家についたら、ちゃんと紹介するからな」
「う……うん!」
緊張するけれど……でも鳴砂も陸璃くんも味方でいてくれるのだ。私も頑張らなければ。

しかしここ数日の登山の疲れがどっと来たのか、馬車の中ではすっかり寝入ってしまったのだった。