忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――鳴砂さまたち忌み鬼と紅鳶さんや忌面の鬼たちが斎鬼と共に山頂のいわやへと向かう。

氷雨さんや一華は私たちとここに残る。氷雨さんは既に儀式を完了させ鬼となっているのだ。そして一華は特殊な事情を持つから。

「雛、行こう。ぼくたちは明日の早朝までは山頂に行けないんだ」
陸璃くんが手を引いてくる。

「どうして私たちは……?」
「儀式の決まりなんだ。あのいわやには忌み鬼と穢れを祓ってもらう鬼たちしか入れない。あとは斎鬼」
「斎鬼と言うのは」
「祭主だよ。鬼塚の家は特殊だから、必ずどこかしらに斎鬼と忌み鬼が生まれる。先代は従兄弟だったらしいけど……当代は兄弟だ」
「それじゃぁ鳴砂さまと陸璃くんの……」
「一番上の兄さんだよ。しず兄は一番近くで、一晩も穢れを祓うために苦しむなず兄を見守らなきゃならない。……しず兄が一番辛いんだ」
「……っ」
その場にいてあげられない陸璃くんだって相当辛いであろうに。

「だけど母さんも、ばあちゃんも見届けてきた。花嫁の儀は最初だけだけど、一緒に登れる時は登って来たって」
「私も……私も登るよ」
「……雛」
「私の力で少しでも鳴砂さまの負担を減らしてあげたいから」
最初だけ見れば後は鳴砂さまが帰ってくるのを待つだけなんて辛いもの。
還らぬ兄を待ち続けた日々は辛すぎた。だから一緒にいてあげられるのならいてあげたい。たとえ触れることすらかなわなくても。

「……ぼくもだよ。ぼくは忌み鬼に選ばれなかったから。せめてなず兄の側にいてあげたかった」
「一緒だね」
「……!その……最初ぼくはあんたに散々な態度を取ったろ」
「ええと……それは」
「恐かったんだ。いざ、なず兄の花嫁が来て……なず兄が取られてしまうんじゃないかって」
「分かるよ。私にもお兄ちゃんがいたから」
「いた……って、過去形?」
「うん。もう死んじゃったから」
「その……ごめん」
「いいの。お兄ちゃんはずっと私の味方でいてくれたから」
美百合はお兄ちゃんを欲しがったけど、お兄ちゃんは美百合を選ぶことはなかった。ずっとずっと私の味方でいてくれた。

「鳴砂さまもちゃんと陸璃くんのお兄ちゃんでいてくれるよ」
「……うん」
陸璃くんはどこか恥ずかしそうに頷いた。

「さぁ、鳴砂さまたちが儀式に赴いている間、私たちは社で待ちましょう」
「うん、一華」
一華に導かれるようにして私たちも社の中へ通される。

しかしそれでも気になってしまうのは鳴砂さまである。いわやの中では何が行われているのだろう。鳴砂さまはご無事だろうか。

「明日は日の出前に出発しますから、早めに夕食を取って横になられませ」
「う……うん、一華」
とは言え食事なんて。食欲が湧かないのだ。

「鳴砂さまもちゃんと食べてるのかな」
「食べられるわけないでしょ。忌み鬼は明日の日の出まで何も食べられないし寝ることもできない。穢れを祓うと言うことはそう言うことだ」
「氷雨さん……っ、それじゃぁ」
私たちだけ食べるだなんて。

「俺だって見てきた。穢れが祓われるまでのの鳴砂の苦しみを」
「……っ」
そっか。氷雨さんはかつてあの中に一緒に入ったのだ。

「中にいる鬼たちも忌み鬼と同じ苦しみをと願うから食べないよ。穢れが祓われるまでひたすら斎鬼の祈祷に祈るしかない」
「……それなら私たちは」
どうすればいいのだろう。

「食べな」
「……でも」
「また頭痛で寝込みたいわけ?」
「それは……っ」
「運良く良くなったとは言え再発もする。そうなれば儀式を終えて社を閉める斎鬼と共に下ることになる。俺たちは先に下山をする」
また……置いていかれるなんて。

「俺たちは儀式が終わった後の鳴砂たちを安全に下山させるためにいるんだ」
「……!」
「だからちゃんと食べて体調を崩さないようにしないといけない。俺たちが体調を崩せば満身創痍の鳴砂たちだけで下山させなければならないだろ」
「わ……分かりました」
その言葉には頷くしかない。

「雛さま。少しでも食べやすいように茶漬けにいたしましょう」
一華がお茶碗にほうじ茶を注いでくれる。

「ありがとう、一華」
「いいえ、礼には及びませんわ」
茶漬けにしてもらったご飯は食べやすく、喉を潤した。私たちは鳴砂さまたちを安全に下山させるために。

儀式が終わればまた鳴砂さまの手に触れられるから。

※※※

――――ここは……真っ暗だ。

私はどうして……確か一華や陸璃くんたちと寝たはずでは。

暗闇の中を進めば、誰かが横たわっている。

「鳴砂さま!」
手を伸ばしかけて止める。
肌と言う肌から沸き立つ紫色の澱み。

「けほ……っごほっ」
咳と共に溢れるのは毒々しいものに見える。あんなものをその身のうちに抱え込んでいたなんて……!

「鳴砂さま!」
やっぱりこのままただ見ているだけなんて!

しかしその時、私の目の前を遮った顔を見て驚愕する。

「お兄……ちゃん?どうして……」
「こっちに来たらダメだ」
「でも……鳴砂さまが……」
「雛はこっちに来たらダメだ。その代わり……俺たちがいるから」
「え……?」
気が付けば鳴砂さまの周囲には忌面の鬼たちが集まっている。

そして先ほどまでいたはずのお兄ちゃんはどこにもいない。

遠ざかっていく。鳴砂さまが忌面の鬼たちと共に……。

※※※

ハッとして目を開く。まだ外は暗いようだけど。

「お目覚めですか、雛さま。どうぞご準備を」
「一華?準備って……」
「これからみなで山頂に向かうのです」
「そうだ……鳴砂さまを……」
「ええ。無事にお役目を終えられた鳴砂さまを迎えに行きましょう」
「うん……!」
社内は暖を取っているから暖かいとはいえ、本格的な冬装備を身に付けていることからも山頂の日の出前の冷え込みの凄まじさが伝わってくる。

「さ、行くよ」
「はい、氷雨さん!」
私は一華や陸璃くん、供の鬼のみなさんと山頂に向かって脚を進める。
周囲には他地域の忌み鬼の一行もいるようだ。

しかしながら日の出前と言うこともあって周囲は真っ暗だ。それでも登山道をランタンが照らしているから道が分かる。

「山には不思議な力が宿る」
「氷雨さん……?確か5合目でもその話を……」
「そうだよ。鎮命山に限った話じゃない。だからこそか、どうしてか。怨鬼も山で見付かることが多い」
「山で……」
「そうだね。だから俺たちも山やそこの地名に因んだ苗字をもらうことが多い」
「じゃぁ氷雨さんも?」
「……そうだね」
つまり深奥と言う……あれ?その地名を以前聞いたことがなかったか。

「私も事情は少し違いますが、故郷では苗字がなかったので保護された南部で苗字をもらいました」
「一華も?」
「ええ。山城跡の近くの村で保護されたから山城、と」
「そうだったんだ」
では紅鳶さんの苗字もそう言う由来があるのかな?

「山頂のいわやが見えてきたよ」
陸璃くんが指を指す。そしてみなその近くに荷物や敷物を用意している。

「座っていてもいいよ。一応地面が冷たくないように敷物を敷いているから」
「はい、氷雨さん」
陸璃くんや一華と共に腰を下ろせば、ゆっくりと空が白むのが分かる。

「雛さまにとっては鳴砂さまの初めての素顔を見られるのですわね」
「うん……でもどうしてか知っている気もするの」
何故だろうか。でもそんな気がするのだ。

「忌面ごしでも……感じるものはありますものね」
「一華……?」
「私はずっと亡くなった兄を探しておりました。亡くなった兄が鬼になって還って来ないかと」
「亡くなったひとが、鬼に……?」
「怨鬼と言うのは死んだ人間がなるものなのです。鬼となれば子孫を紡げるようになりますが、一度死んだ身。その代わり生前の記憶を失ってしまうのです」
「そうだったんだ。でも全ての人間がってわけじゃ……」
「ええ。怨鬼となるのは生前に凄惨な死に方をし現世に強い思いがあるもの……そう言われています。村を襲ったのが兄の怨鬼としての怨みならば……もしかしたら会えるかもと」
それなら一華のお兄さんは怨鬼になるだけのことをされたと言うことだ。

「登山に同行しているのにはそれもあるのですよ」
「……そうだったんだ。辛いことを……」
「いいえ。本当に辛いのは忌み鬼の方なのです。だから雛さま。どうか鳴砂さまを」
「うん」
朝陽が山肌を照らし出す。
「ご来光だ……」
その瞬間息を呑む。

いわやから紫色の靄のようなものが立ち上がったかと思えば、陽光に浄化されるようにかききえる。

そして朝陽が、ご来光が山頂を包み込んだ時、いわやの中から斎鬼が現れる。

「儀式は成功でございます」
そう告げればいわやから忌み鬼たちや忌面の鬼たちが現れる。

その中に。

拭うように忌面を外した下からあの日見た水色の瞳が現れる。
風に吹かれて忌面が吹き飛ぶのも構わずにまっすぐに走った。

「鳴砂さま!」
ふわりとその身体を抱き締めれば温かい腕が背中を包み込む。

「お帰りなさい」
「ああ、雛。ただいま」
美しいご来光を全身に浴びながら、やっと終わったのだと言う安堵にただただ、身を委ねた。