忌み鬼に嫁いで山に登ります




――――鳥居がある。鳥居は村では最も大切なものだった。

『鎮め巫女は鳥居を潜ればもう二度と外に出ることはかなわない。奥殿が閉じられればもう二度と出られない』
青年の声。優しい声。誰かの声に似ているが、語調が違う。


そして奥殿への扉が閉ざされようとする時。

『兄さま』
一華……?彼女は一華だ。
あの時の少女とは別人だ。しかしあの時の少女もまた、見覚えがある。

『兄さま』

『どうか息災で。長生きしてくださいませね』
一華は大切そうに何かを抱き締めていた。
どうしよう……どうしてか一華が遠くに行ってしまいそうな予感がする。

だが扉が閉まる直前、少女はそれを落っことしてしまう。涙が震えるものを、その目に映してしまったから。

「行かないで、一華!」

※※※

――――朝だ。

「……一華?」
隣の寝袋を確認する。

「一華?」
「雛……どうした?」
陸璃くんが眠たげに眼を擦る。
「陸璃くん、一華がいなくて」
「故郷だし、外でも見てるんじゃない?ぼくたちも行こうよ」
「う、うん」
すぐに仕度をして外に出れば、千里さんたちが既に起きて準備をしていた。

「お、どうした?雛ちゃんたちは村跡に行くんだろ?俺たちは山城跡に行くからこの時間だが……雛ちゃんたちはもう少し寝ていていいんだぞ」
「は、はい、千里さん。でも一華を探していて」
「一華ちゃん?中にいないのか」
「ええ」

「この周辺を探してみるか……」
「そうね、土地勘があるとはいえ心配だわ」
蜜柑さんも頷く。

「おい、どうかしたのか?」
暫くすると鳴砂たちも起きてきた。

「あの、一華がいなくて」
「鳴砂、大変だ!氷雨もいない!」
お兄ちゃんが叫ぶ。

「はぁ……!?それじゃぁ探しようが……」
やっぱりそれって氷雨さんにとっての一華が……。だからこそ氷雨さんがいれば一華の行く方が分かったのだが。

「2人していないとは……2人が一緒にいる可能性もあるが。今日は2人を探すぞ!」
千里さんが告げる。

「蜜柑たち数人は行き違いになったら困るから山小屋で待っていてくれ」
「分かったわ、千里さん。私がここにいれば千里さんが迷うことはないもの」
「ははっ。確かにそれもあるな!」
蜜柑さんは千里さんの花嫁だもんね。

「まさか山城跡までは行っていないと願いたいが……俺たちは山城跡周辺を捜索しながら廻る」
「分かった。千里さん。俺たちは村周辺を探すよ」
「だな、鳴砂。俺たちも深奥の村には立ち寄っているが、村跡になってからはお前たちの方が知っている」
そっか……千里さんたちは元々この深奥の村に泊まって山城跡まで行っていたのか。

「あの、千里さん!」
「どうした?雛ちゃん」
「鎮め巫女になるって……どう言うことなんでしょうか」
「鎮め巫女は……怨鬼のまま魂となった『律華』を代々の巫女たちが身体に封じ浄化する巫女のことだ」
「その……奥殿に入ったら……」
「……よく知ってるな。奥殿に入ったら巫女はもう出られない。俺たちは巫女を鎮命山に連れていこうとしたがダメだった。奥殿からはどうあっても出られない」
じゃぁあの先に消えていった少女は?一華は?

「鎮め巫女は奥殿に入るその直前……扉が閉まる直前に何を見るんですか?」
「……それは俺たちも知らないが、何でそんなことを知りたいんだ?」
「その……夢を見て」
「夢を?」
「はい、一華によく似た少女と、一華が奥殿の向こうに閉じられる夢。2人は……何かを見たはずなんです。それが関わっているように思えて」

「うーん、確か雛ちゃんの家系も巫女か?」
「巫女の見る夢には意味がある」
鳴砂が告げる。

「千里さん。俺たちは村跡に向かって探ってみる」
「そうだな。それがいい、鳴砂」
千里さんが頷く。

「雛、一華たちを探しに行こう」
「うん」
私は鳴砂の手を取る。そして村跡に向けて歩き出す。

※※※

大きな鳥居がある。

「あれ、夢で見た。あの鳥居、入ったら出られなくなる?」
「いや、そんなことはない。俺たちは毎年あの鳥居を潜り、社に詣でて鳥居を出る」
じゃぁあの声は何だったのだろう?
そして村跡は完全に土砂に潰されているのに境内だけはそのまま続いている。しかし社は。

「社は潰れてる」
「ああ、俺たちが行けるのは賽銭箱までだ。行こうか」
「うん」
みんなで鳥居を潜り、中に足を踏み入れる。

「……っ」
目の前を白い髪が遮った気がした。

「え……?社が」
目の前に聳えている。

「それよりも雛、後ろを見てみろ」
鳴砂の声に振り返れば、後ろにはさっきまでいたはずのお兄ちゃんたちがいない。灯籠には灯りが灯っており、ずらりと境内に並べられている。

「どう言うこと?」
「どうもこうも、現実とは捉えがたい。現にさっきまで朝だった」
「……!今、夜だ」
「そう」
「でもどうしよう」
「……進んでみるべきだと思う。雛が見たのは奥殿の扉だ」
「そっか……それなら中に行くしかないんだね」
「ああ」
鳴砂と共に社の中へと足を踏み入れれば、長い回廊の先に幾つもの扉と座敷が繰り返されている。

そして外へと続く扉から少女を先頭に巫女たちが入ってくる。

「半透明だ」
「ああ、俺たちの姿は見えていないようだ」
「うん……だけどあの子」
「知っているのか?」
「その……どことなく見たことがあるような」
「とにかく、追ってみよう」
「うん」
ゆっくりと巫女行列に付いていく。

「雛」
「鳴砂?」
「忌み鬼の誕生の起源は誰も知らないと言うことを話したことがあったな」
「うん」
「けれど今考えられている有力候補がある」
「え……それって……」
「山だよ」
「山?」
「山には人知を越えた何かがある。怨鬼が忌み鬼と鎮命山に登り穢れを祓い鬼になる。その不思議な力も山がもたらすもの」
「思えばそうかも」
その奇跡はどこから来ているのだろう?

「雛の浄化の力も、山が関わっている」
「……!」
「一華が律華と同化したのもこの山。いやそもそも代々の巫女たちが怨鬼の魂を封じ浄化する力も山が授けたとしたら」
「全てが繋がる?」
「そうだ。山々が古くから信仰の対象だったことも裏付けになる。山には俺たちが、俺自身の根源すら覆す何があるとしたら」
「その先にあるものにも関わってくる?」
「可能性はある」
やがて少女を先頭に、巫女たちが後ろに立つ。他の扉とは違う明らかな異質な扉。

その前に槍を携えた神主たちと共にひとりの青年がやって来る。どことなくそれは氷雨さんに似ているような気がした。

彼の到着と共にやがて巫女が口を開く。

『山神さま、山神さま。これより山を鎮める鎮め巫女を送りませう。これより巫女は奥殿から出ることなく、生涯を山神さまに捧げませう』

『兄さま』
少女が口を開く。
『兄さま』
夢と同じだ。
『律華は巫女としてこの奥殿に入ります』
りつ……か?律華さん!?

「鎮め巫女は元々山神さまへの……?」
「ああ、生け贄の儀式だ」

『どうか……お元気で』
扉が閉ざされる。閉ざされるその瞬間、律華が目を見開き、言葉を失った。

――――当然だ。

神主たちが槍で律華の兄を串刺しにしたのだ。

『……っ!』
律華は手を伸ばす。

『巫女が現世に未練を残してはならぬ』
神主が告げる。そのために律華の兄を……殺した?

『――――ぁ、イヤァ、嫌ぁ、兄さまアァァッ』
律華は巫女たちの腕を掻い潜り奥殿から出てしまう。

『ならぬ!』
『儀式は失敗だ!』
『巫女は穢れた』

『処分せよ』
律華の胸を……神主の槍が貫いた。

『巫女に捧げるためには身寄りのない孤児を。兄弟がいたことがやはり儀式の失敗か。次を。次は殺してから連れてこ……』
神主が言いかけたその時、律華の髪は白く鬼の角が伸びる。

『怨鬼だ!』
『殺せ』
『殺せ』
『殺せ』
肉体が滅び行く。それでも怨鬼の穢れは収まらず神主たちは絶命する。

『ごめんなさい……ごめんなさい……律華。あなたの代わりに私があなたを……』
その巫女だけは善意の象徴だったのだろう。巫女は身体中の肌を穢れに覆われながら、閉ざされた奥殿へと消えていった。