――――2日目も、山登りである。
村の人たちにお礼を言って私たちは出発した。
「ここから結構斜面の上下が激しくなる」
「うん、確かに」
鳴砂の言う通りである。
「こう言う時の注意点だが……出来るだけ焦らず小股で登る」
「小股で、小股で」
「俺に合わせてもいいし、一華でもいいぞ」
「雛さま、真似をしてくださいませ」
「うん、一華」
しかしこれで距離が開いてしまわないかと思ったのだが……先を行く千里さんたちと離れることはない。
「千里さんたちも慣れてるからな。心得てるんだ」
「慣れてるからこそ……」
「そうそう。それに一緒に登る仲間と合わせるのも大事。だからこそ基本に忠実に。余裕があってもひとりで先に行かない。これは遭難対策でもあるぞ」
「うん!そうだよね!」
山に付き物なのが遭難。だからこそ周囲の仲間を気にすることも必要か。
「次はちょっと下るぞ。斜面が急だからのけ反らないように」
「分かった」
こう言うのは斜面に垂直に……を心がけるんだよね。
「そうそう、上手い上手い」
「ありがとう。でも鳴砂たちに比べたらまだまだで……」
「初心は大事だからな。今のところは経験者の俺らに任せときな」
「う……うん。でもその」
「どうした?」
「私もいつか胸を張って鳴砂の隣を歩きたいから」
「そうだな。雛が一緒に登ってくれるだけで俺は元気が湧いてくるんだ」
「また来年の鎮命山でも……」
「ああ、もちろんだ」
そのためにも、着実に、確実に。山登りに挑まなきゃ。歩幅に注意しながら斜面を登っていく。
「雛」
「うん?」
「鎮命山に登るのも常に目標のひとつだけどさ」
「どうしたの?」
「ほら、もうすぐ着くぞ」
その先では千里さんたちが止まって待っている。
「2日目の村までの間にある山頂のひとつだよ」
「わぁ……すごい!」
そこには山を登ることでしか見えない景色がある。
「こんなに青々としていて……」
「まさに秘境だろ?」
「うん……!そのね、こう言うのを楽しみにしても……いいの?」
「もちろんだ。むしろそのために登ると言ってもいい。鎮命山もさ、儀式以外では景色を見ることも楽しみのひとつなんだ」
「そう言えば雲海とかきれいだった」
「だろ?雲が晴れていればまた別の景色が見られる。だからどんなに辛くても登るんだ。儀式の時はみんなの思いも背負って登るんだ」
「うん……!」
そこに登ることでしか得られないものがあるから。
「さて、そろそろ出発だ!天候が崩れないうちにふたつめの村まで急ぐぞ」
千里さんの言葉に私たちは再び歩き出す。
ふたつめの村では、村の周りにテントが張られているのが分かる。
「商人たちだな。こっちの山岳地帯だと一応ここが終点だからな」
と鳴砂。南部は山が多く多くの登山道や村がある。私たちが向かう山城跡山道だとここまでなのだ。
ここでも村人たちに歓迎され、テントはご自由にと勧めてもらえた。
私たちはテントを設置しさらに夕飯の準備も始める。
「もうすぐお米が炊けるそうですわ」
一華が知らせてくれる。こちらでもお米を用意してもらえるとは。
「普通の登山客でもそうなの?」
「いやまさか」
鳴砂が苦笑する。
「南部の忌み鬼が自ら巡業に来るからこそだよ。さらに村人たちは普段食べられない咖哩を食えるし子どもたちは菓子をもらえる。普通は村人たちがもてなすものだが千里さんは義理堅いから」
「咖哩やお菓子をお礼にしてるんだね」
「そう言うこと」
あちらでは蜜柑さんたちが子どもたちにお菓子を配っている。
「鳴砂、商人たちも食べたいって言ってるんだけど」
「紅鳶?ああ、もちろんだ」
鳴砂が千里さんに伝えに行けば千里さんももちろんだと笑う。
「今日忌み鬼さまの巡業に遭遇できるとは運がいい」
「ありがたいものだ」
商人たちも飴山の時と同じく忌み鬼をありがたがっている。商人たちは人間も鬼もいるが同様にだ。
「以前はこの先に深奥の村があったんだがね」
商人のひとりが呟く。
「鎮め巫女さまも途絶えてしまったんだよな」
他の商人が残念そうに呟く。
その鎮め巫女って……。
「私が最後のひとりで、もう封じるものもありませんから」
一華が悲しそうに告げる。
律華さんは一華に封印されるのではなく……同化したのだから。でもどうしてなのだろうか……?そんな疑問を抱きつつも、私たちは咖哩を頬張る。
「おや、あんた」
その時ひとりの商人が氷雨さんを見る。
「深奥の村の兄ちゃんにちょっと似てるな」
「……別人だと思うけど」
「ははっ。まぁ種族が違うからなぁ。でも懐かしいよ。その兄ちゃんは鎮め巫女の妹のためにこの辺りじゃ珍しい甘芋を買ってった。時期的に……多分その子が最後の鎮め巫女だったんじゃないかな」
「さて、俺は知らないね」
氷雨さんはあっさりしすぎな気もするが。
そう言えばあの商人……年は重ねているが夢で見た商人と似ているかも……?
そして最後の鎮め巫女のお兄さんなら。
「一華」
「……兄さま」
一華はどこか寂しそうに呟いた。
※※※
――――その晩。
『兄さま』
『兄さま』
『……華は巫女としてこの奥殿に入ります』
幼い頃の一華……?いや、だけどどこか可笑しいような。
全体的に建物の装飾、着物が古い……ような?
『どうか……お元気で』
扉が閉ざされる。閉ざされるその瞬間、少女が目を見開き、言葉を失った。
※※※
――――今の、夢は?
「雛さま?汗がぐっしょりですわよ」
「……一華?」
「一度汗を拭きましょう。もし調子が悪ければ、私も村に残って鳴砂さまたちの帰りを待ちますわ」
「その……大丈夫。大丈夫だから」
一華は故郷に詣でたがっている。だからこそ行かせてあげたいのだ。夢で見た少女のためにもどうしてか……そうしなければならない気がした。
※※※
――――翌朝早朝、私たちは終点のその先の山小屋に向かって出発する。
今朝の夢のことは気になるけれど。足を止めるわけには行かない。もしかしたら登った先に答えがあるかもしれないから。
ふと、周囲を見れば氷雨さんが黙々と登っていることに気が付く。
「……」
「雛、どうした?」
「その……鳴砂。ええと。氷雨さんは南部の景色に興味がないのかなって」
「さてなぁ。毎年ああだから」
「……氷雨さんにもあるのかな。魂に刻まれた大切な誰かが」
「……いるとしても、アイツは反発するよ」
「それってどういう……?」
「どうしてかなぁ。ほんと、そうでもしないとアイツはどこか……壊れてしまう気がする」
あんなに強くて、優しい氷雨さんが……?しかしながら鳴砂からそのような表現を聞くのは二度目だ。
「雛は氷雨さんが心配?」
「……お兄ちゃん」
「大丈夫。みんな同じ気持ちだから」
うん、そうだよね。仲間だもん。だけどふと、一華の顔を見れば。
どうしてか泣き出しそうな顔をぐっと堪えていた。
やがて山小屋が見えてくれば、まずは山小屋の掃除をして山小屋で簡易な食事を作りお腹を満たす。
ご飯を食べ終えたその頃には、一華はすっかりにこやかに笑っていた。
「ねぇ、雛」
「陸璃くん?」
「ほんとあの2人って……距離感が分からない」
「氷雨さんと一華のこと?」
「うん。同じ南部の生まれで、最後の鎮め巫女と深奥の姓を持つ氷雨。あの2人……赤の他人とは思えないよ」
「……それってっ、でも一華はずっとお兄さんを探しているって……」
「雛もそうだったろ?」
「……それは……そうだ」
私も……記憶のなかった紅鳶さんを他人だと思おうとした。それでもお兄ちゃんは魂が覚えていた私を大切に思ってくれていたけど。
「あの2人、頑固なところまで似てるんじゃないの?」
「……」
それは……唯一見付けた2人を結び付けるものだった。

