――――南部、山塚家に辿り着いたのは昼過ぎのことである。
「よく来たなぁ!鳴砂、雛ちゃん!お前さんらも!」
出迎えてくれたのは千里さんほんにんであった。
「いらっしゃい。雛ちゃんは初めてになるわよね。千里の妻の蜜柑よ」
「よ、よろしくお願いします!」
蜜柑さんは鶸色の髪に灰色の瞳を持つ美人である。そして私と同じ鬼に嫁いだ人間である。
「さぁて、明日から山登りだが……ひとまず宴会にするぞ!」
「え、今からですか!?」
「山登りの出発は早いからな。その分夕飯も早まる」
鳴砂の言うことも尤もなのだが。
「このひとはもう。ただ飲みたいだけなのよ。南部って酒豪が多いのよ」
蜜柑さんが微笑む。そう言えば氷雨さんもお酒、強かったっけ。
「氷雨!お前も飲むだろ?飲み比べしようぜ」
「あ゛?面倒くさいからごめんだよ。俺は好きに飲む」
「ええー、そりゃないぜ」
そう言いつつも千里さんも氷雨さんも仲は……悪くはないんだよね?
「南部だといつも賑やかですわね」
「一華……一華はここで」
「一時期保護していただきました。村はなくなってしまいましたし、行く宛もありませんでしたから」
「その……」
「ふふっ。辛い思い出ではありませんわ。山奥の村は……深奥の村は静かでしたから」
一華はどこか懐かしむようにそう告げたのだった。
※※※
南部での宴はまだ陽の入り前から始まる。私たちは先にお風呂をいただき、そして宴会場にやって来た。
「美味しい南部のお料理、たくさんあるわよ」
「は、はい!蜜柑さん」
こちらでの宴は御膳ではなく長卓にいろんな料理が並び、みなで取り分ける仕組みのようだ。
「南部と言えば山の幸だよな」
鳴砂が満足げに煮物を口にする。
「うん、美味しい!」
煮物やおつゆ、炒め物までたくさんある。
「ふふっ。どこか懐かしく感じますわね」
一華は山菜炒めを食べながら微笑む。
「思えば一華の故郷か」
「ええ、陸璃さま。こちらも美味しいですわよ」
「んっ、美味しい!」
みんな思い思いに楽しんでいる。一方でお兄ちゃんと氷雨さんは……?
氷雨さんは卓の端で静かにひとりで飲んでいるようだ。
「おうおう、紅鳶は飲むのか?どうだ!」
「いやあの、千里さん。俺はそんなに得意では……」
「代わりに飲みますか?」
あ……お兄ちゃんは忌面衆に助けてもらっていた。
「そうだ雛」
「どうしたの?鳴砂」
「これ、蜜芋のお菓子だってさ」
「わぁ、美味しそう!」
「まぁ、私も好物ですの!」
「え、ぼくも食べる」
蜜芋のお菓子は女性陣に大人気のようだ。それもそのはず。
「ん……甘くて美味しい!」
「ふふっ、こちらで採れる甘ーいお芋を使っておりますのよ」
「じゃがいもとはまた違うんだね」
「ええ。村にいた頃はあまり手に入らなかったのですが……巫女入りする時に兄さまが貯金で買ってくださいましたの」
「ひょっとして思い出の味?」
「ええ、そうですわ」
一華が懐かしそうに頷く。
「なら明日は干し芋も持っていきましょ」
蜜柑さんが試しにと食べさせてくれた干し芋も……甘くてとっても美味しかった。
山塚の家の鬼たちや蜜柑さんたちと楽しい夕食を終えた私たちは明日の山登りに備え、早めに床に入ることになった。
※※※
ここは……どこ?山の中……の、村?
「ああ、ぼくはこれを探していたんだ」
「しかし兄さん、高くつくよ」
「いいんです、いいんです。妹のためですから」
彼のことを知らないのに。どうしてかその後ろ姿には見覚えがある。
そっと足を踏み出そうとすれば、誰かに手を掴まれる。
「……律華さん?」
白き美しい鬼は、静かに涙を流していた。
※※※
――――今朝の夢、どう言うことなのだろうか。夕飯の話を聞いて見た偶然?
いや……それにしてはリアルだったような。
「雛さま、どういたしましたの?」
「な、何でもないよ。一華!」
私も早速登山装に着替える。この装備もすっかり馴染んだな。
「雛、調子はどうだ?」
「鳴砂!大丈夫だよ。元気いっぱい」
「それなら良かった」
2人で微笑み合っていれば千里さんが高らかに告げる。
「おっしゃぁお前ら!出発すんぞー!」
『おおおおお――――っ!』
す……すごい迫力。
同行する鬼たち、山塚の忌面衆に蜜柑さんまで。
山道に向かいながら鳴砂が口を開く。
「改めて今回の登山のおさらいだが。山間の村を伝いながら向かう山城跡山道だな」
「うん」
「昔はひとつめ、ふたつめ、みっつめの深奥の村に宿泊し山城跡を訪問しまた来た道を戻るんだが」
「深奥の村はなくなってしまいましたので」
一華が申し訳なさそうに告げる。
「大丈夫だって。その代わり村と山塚家が協力して山小屋を建てたんだ」
「ええ。ありがたいですわ」
「そんなわけで、3日目は山小屋泊。俺たち都組は深奥の村跡、千里さんたちは山城跡を往復してまた宿泊しながら帰る道順だ」
「うん、ちゃんと頭にいれたよ」
「よし、それじゃぁ登山を楽しむぞ」
「そうだね!」
最初は大変だった山登り。東部では毎年息が上がっていたものの、幾つか山を登っていれば自然と体力もつくし山の知識も増えてきた。
鳴砂たちに比べればまだまだだけれど。
「雛、干し芋食うか?」
「うん、鳴砂」
蜜柑さんが食べやすいように細く切っておいてくれたものだ。
「ん、美味しい」
「地元で食べるからこそ美味しいってあるよね」
陸璃くんがうんうん、と頷く。
「氷雨も食べる?」
「塩飴あるからいい」
あれ……好みではなかったのだろうか。
「お兄ちゃんは食べる?」
「うん、雛。んん、美味しいね。氷雨さんは辛党だからかな」
「ええ~~、ちょこれいとは食べたのになぁ」
陸璃くんが残念そうである。
「そうだ、みなさんも」
鬼塚の忌面衆のみなさんにも干し芋をお勧めすれば、喜んで食べてもらえた。
「そうだ、蜜柑さんたち。きゃらめる食べるかな」
「いいですわね!お裾分けしましょ」
干し芋のお礼にとお裾分けすればとても喜んでくれた。
「都での噂、聞いたことがあるわ。これがきゃらめるね」
「ええ。都でも大人気なんです」
「いいわね。あ、そう言えば鳴砂くん」
「はい、蜜柑さん?」
「ちょこれいとの差し入れはないのかしら。三雲ちゃんだけずるいわ」
何故もう知っているのだろう。
「……今度買って持っていきます」
「うふふ、楽しみね!」
どうやらちょこれいとは各地で人気なようだ。うーん、私は来年は万智叔母さまに差し入れてみようかな?桔梗ちゃんが食べられそうなちょこれいとがあれば桔梗ちゃんにも。
みんなで和気藹々と山道を進んでいれば一日目の宿泊先の村が見えてくる。
村の公民館にお邪魔させていただき寝袋を敷いて宿泊の準備をする。
外では炊事をやっているそうなので私も陸璃くんと一華と手伝うことにした。
「これ咖哩では?」
かつて山頂で食べたのを思い出す。
「おうよ!山といやぁ咖哩だろ?」
千里さんが笑う。
「ご飯は村が用意してくれるからな。これは俺らなりの礼だ」
鳴砂の言う通り、お米を炊いてくれた村人たちが集まってくる。これもお世話になるお礼ってことか。
「ねぇねぇお姉ちゃんたち」
話し掛けてきたのは村の子どもたちである。
『お菓子ちょーだい!』
「まあまあ。もちろんですわよ」
一華が都で購入した色とりどりの飴や干菓子を見せれば子どもたちが目を輝かせる。
「ここら辺ではなかなか手に入りませんから」
「美味しい!」
「あまーい!」
「ふふっ。でも食べすぎたら咖哩が入らなくなりますわよ」
そう言いつつも微笑ましそうに見守る一華。自身はもっと山奥の村で育ったからこそ、村の子どもたちが都のお菓子に憧れる気持ちも理解しているのだ。
そうして咖哩の盛り付けが終われば、みなおのおの出来立ての美味しい咖哩を堪能したのであった。

