――――秋も深まるある日のこと。
「さて、今年の秋も南部へ行くぞ!」
鳴砂が告げる。
「今回はぼくも行っていい?」
「ああ、陸璃。去年も一緒に行ったもんな」
「うん」
「南部では基本千里さんに世話になることになってる」
「まぁ、懐かしいですわね。氷雨さま」
「夏にも会ったろ」
一華の言葉に氷雨さんはぶっきらぼうに答える。
「南部に帰るのが懐かしいのです」
「別に俺は記憶があるわけじゃない。毎年登っているだけだ」
「それも大事な思い出ですわ」
「……まぁ、確かに」
氷雨さんは何処か考え込むように外を見る。
「雛は初めてだね」
「うん。お兄ちゃん。南部はどんなところなの?」
「簡単に言うと山が多いよ」
「……」
本当に簡単である。
「あそこは秘境が多いからな。地図を見てもほとんどが山だろう?」
鳴砂が地図を見せてくれる。東部と比べれば確かに。土地の半分は山である。
「太古の山城があったり、山奥の村に住むものもいるが、大体は神聖な森だからいたずらに切り開かれることもない」
「神聖な森……」
「私の暮らしていた村もそうでしたわ。もう村があった跡しかありませんが」
「一華……」
「いいのです。毎年、村の跡にも行かせていただいてますし。私はそれだけで満足なのです」
「そうだな。今年も一華の住んでいた村の跡には行こうか」
「はい。鳴砂さま。今はもう鳥居くらいしか残っておりませんが……今年もそこに詣でます」
「ああ、そうだな」
※※※
――――side:美百合
雛たちが南部行きの準備をしていた頃。
美百合は相変わらず粗末な長屋にいた。そこで彼女が見付けた抵抗。
「おい、美百合!何を……」
その時薙斗が長屋の異変を察知し開けば。
「誰だその男は!」
「ひいぃっ!鬼いぃっ」
美百合に覆い被さっていた人間の男は慌てて逃げていく。
「ちょっと……せっかく良いところだったのに!」
「良いところってなんだ!お前……私以外の男と……っ!」
「薙斗が私にお金をくれないから自分で稼いでいるんじゃない!」
「それは反省の意味を込めて……っ」
「嫌ぁっ!嫌よ!こんなところでこんな生活!」
「ええい、分かった!」
「薙斗?」
美百合は期待に顔を輝かせるが次の瞬間絶望を浮かべる。
「お前は実家に戻るんだ」
「いや……嫌よあんな家!」
しかし抵抗虚しく実家へと引きずられるように連れてこられる。そしてそこでは。
「出ていけ!」
美百合の父親が、母親と弟の水面を突き飛ばして追い出していた。その視線の先には……明らかに水面にそっくりな男。
「ひいぃ……ぼくはただ金が足りなくて……」
「知らないわよ!知らないわよこんな男!」
「一緒に寝た仲じゃないか!それにお前の生んだ娘がぼくとの子ならお金が手に入る!」
「ふざけるな!無一文のお前なんかに……っ」
その時、美百合の母と男がこちらを見る。
「美百合!お金を……私にお金を」
「あれがぼくの娘!お金を、お金を」
「お姉ちゃん帰ってきたの!?ぼくもうお腹が空いて……着るものもこんなにボロボロで……」
「知らないわよ!」
美百合は踵を返し走り出す。
「待て、美百合!」
薙斗が美百合を追い掛ければ、美百合は鬼塚家の門を叩く。
「開けなさいよ!開けなさいよ、雛!私がこんな思いをしているのだから、金を寄越しなさい!お屋敷を与えなさい!高級な着物と、それからご馳走と……っ」
「やめるんだ、美百合!」
「いやぁーっ!放してよ!私は……私はっ」
「薙斗」
その時厳かな声が彼を呼ぶ。
「ち……父上」
「花嫁を鬼目家に戻しなさい」
「やっと私のお屋敷に帰れるのね!」
美百合は顔を輝かせる。
――――しかし。
ガコン。頑丈な鍵がかけられ、視界の全てを暗闇が支配する。
「は……?何よ、これ……出して、出してよおおぉっ!」
しかし美百合の叫びに答えるものはいなかった。
――――side:鳴砂
一方その頃。
「外の騒ぎは?」
「美百合と薙斗の2人だよ、鳴砂」
門の外で騒ぐ声に紅鳶が答える。
「雛の様子は?」
紅鳶が心配そうに問う。
「一華がさりげなく屋敷の奥に連れていったよ」
「それなら良かった。だがあれ、どうしようか?」
「すぐに頭領が来るそうだ」
「頭領自ら……?」
「そう。それが最終判決ってこと」
「ま、自業自得だね。それに……」
「どうした?」
「柊木家は借金地獄で潰れ、後妻は愛人と息子と共に追い出されたそうだ」
「ふぅん?これでお前の無念も果たせたか?」
「まぁね」
やがて門の外に静寂が訪れる。
「さ、明日の最終点検でもしようか」
「そうだね。明日はいよいよ南部への出発だ」
※※※
――――side:雛
私たちはいよいよ南部への出立の日を迎えた。お義父さまお義母さまたちに見送られながらいつもの仲間と忌面衆たちである。
「さて、いよいよ出発だ」
「うん……!」
南部では果たしてどんな景色が、山が待っているのだろうか。さらには千里さんたちに再会するのも楽しみである。
都では秋が深まるものの、南部では緑が青々としている。
「途中に茶屋なんかもあるんだぞ」
「わぁ、楽しみ」
馬車には鳴砂、一華、陸璃くんたちと乗り込みながら、お兄ちゃんたちは相変わらず馬での同行である。
南部も野生動物が多く、その方がすぐに対処できるんだとか。
休憩がてら寄った茶屋ではお団子とお茶をいただく。
「ん、美味しい」
「だろ?それも南部の雄大な自然の中だとさらに気持ちいい」
「分かるかも」
「いい雰囲気ですわね」
「うん、兄冥利に尽きるね」
あちらでは一華とお兄ちゃんも雑談をしている。その時一瞬視線を感じて振り向けば……そこには休憩中の氷雨さんが茶を飲んでいるだけである。
「おーい、氷雨。氷雨の分の団子」
陸璃くんが氷雨さんにも団子を持ってきたらしい。
「俺は別に……」
「山登りでは栄養大事だろ?」
「まだ登ってないけど……でもま、南部の陽射しは体力削るよね」
「なら食べる」
「はいはい」
渋々団子を食べ始める氷雨さんに陸璃くんは満足げである。
「そう言えば氷雨さんって南部の……」
「ああ、アイツが怨鬼に堕ちて南部で暴れていたのを、千里さんに頼まれて迎えに行ったのが俺だよ」
「その……千里さんだけじゃダメだったの?」
「足りなかったんだ。千里さんの力だけじゃ。だから忌み鬼の中でも力の強い俺が増援に駆け付けた。それでも足りなきゃ他の忌み鬼たちを呼ぶところだったな」
忌み鬼は怨鬼たちの穢れを背負って鎮命山の儀に登るだけじゃない。登るまでの間は当然、穢れを封じなければならないのだ。
「その縁で氷雨は俺についてくることを選んだ」
「鳴砂を……」
「ああ……アイツは誰かに固執でもしなけりゃすぐに自分を見失ってしまうほど酷い状況だったから」
今の氷雨さんからすると全く想像もつかないのだが。
「あとは封印が弱まった時は俺が何とかするためにってのもある。都にいれば最悪、北部から三雲さんに駆け付けてもらえばいい。三雲さんは毎年女鬼を封じてきた実力の持ち主だ」
これからはそう言った事例も少なくなるだろうが……それでもやっぱり三雲さんってすごい鬼なんだ。武道も強いし。
「そんなわけで忌面から解放されたアイツは、相変わらず俺といる」
「そうだったんだね」
道中、改めて聞く氷雨さんとの話。南部は記憶がなくてもやはり氷雨さんの故郷であるように思える。
当のほんにんは気にもしてないと振る舞うが、時折南部の山々を遠く見つめていたのは印象的だった。
そして私たちは南部に向かうため、途中宿に宿泊した。その夜は女性同士で同室で床についたのだが。
『……兄さま』
誰か、少女が兄を呼ぶ。
『兄さま、どこにいるのですか』
『兄さま、どこに行かれてしまったのですか』
思わず少女に手を伸ばそうとすれば白い髪がふわりと眼前を舞う。
そして白を纏う鬼は少女を抱き締め……溶けていく。

