忌み鬼に嫁いで山に登ります



北部から戻ってきて数日。すっかり身体を休めた私と鳴砂は喫茶店に来ていた。

「えくれあって……初めて聞くけれどどんなお菓子なんだろう」
「ああ、実際に見せるのが楽しみだな」
鳴砂が屈託のない笑みを浮かべてくる。

「緊張しているのか?」
「う、うん」
うう……だけど緊張しているのはえくれあにだけではなく……鳴砂と一緒だから。

暫くすると珈琲とえくれあが運ばれている。

「さ、どうぞ」
「う、うん!」
恐る恐る口にすれば。生地も中のクリームも美味しい!

「気に入ったか?」
「うん!とっても美味しいよ」

「そうか、なら俺も。ん……旨いな」
「来て良かったな」
「だね」
何よりこれが鳴砂とのでぇと……でいいんだよね?その事実が何よりも嬉しい。

※※※

――――side:一華

一華は紅鳶と向き合っていた。

「今日は書生風にしてくださいませ」
「え……?」

「今日は雛さまと鳴砂さまの喫茶店でぇとでございますのよ」
「それはそうだけど……俺は普通の護衛として」
「そんな刀なんて帯刀していたら目立ちます」
「目立たないように影から……」
「不埒な男が喫茶店にいないとも限りませんわ」
「それもそうだけど」
「私も本日はどこにでもいる女学生風にしてみましたの」
「え……あ……」
「何ですの?その顔は。私には似合わないとでも?」
「いや……その、似合ってる。でもその……」
「はい」
「一華も憧れたり……するのかい?」
「女学生に……ですの?」
「……う、うん」
「まぁそんな時期もありましたけど……もうそんな夢を見る年でもありませんわ」
「だけど……」
手を伸ばしかける紅鳶を止めるように一華は首を横に振る。

「今は雛さまにお仕えできることが何よりですもの。私は雛さまを見守りたいのです」
「それは俺もだ」
「まぁ、気が合いますのね。それでは早速着替えてきてくださいませ」
「分かったよ」
紅鳶は諦めたように苦笑する。

※※※

――――喫茶店

一華と紅鳶は雛と鳴砂の様子が臨める少し離れた席を取っていた。

「なかなかいい雰囲気ですわね」
「そうだね」

「しかし雛さまったら、初々しいですわね。そしてその雛さまをリードしようとがんばる鳴砂さまも萌えますわ」
「萌え……何?」
「最近の若い女性の流行りですわ」
「ああ……そうなんだ。それより一華」
「はい……?」

「せっかくだし珈琲だけじゃなくて、一華もえくれあを頼むかい?」
「それは……その、私は諜報任務で来ているわけで」
「でも若い女性が喫茶店に来てるのに珈琲だけというのは怪しまれない?」
「……ううっ、でもきっとそのうち甘いものを好む男性だって出てくるはず。お兄さまも……あっ」
「好きだったの?」
「……甘芋はお好きでしたのよ。貴重なものでしたが……でも私が喜ぶからといつも我慢をして私に……」
「そっか……今では全くその気は……ごめん。言うべきじゃなかった」
「よろしいのです。それで。それでも私が兄を探すことは変わりませんわ」
「……一華」

――――そして一華がえくれあを注文し、届いた頃。

「んんっ、美味しいですわね」
「そりゃぁ良かった」
「ええ……お兄さまにも食べさせて……いえ、そのお兄さまはいないのでしたわ」
「一華」

「ごめんなさい……こんな話。私はバカみたいですわね。これでも未だ、お兄さまを探し続けている」
「それは……」
「あの……紅鳶さま」
「どうしたの?」

「記憶が戻る前と戻った後で食べ物の好みは変わるのでしょうか」
「……そうだね。俺は元々食べ物に執着してなかったから。雛が喜んでくれればそれで良かったんだよ」
「……雛さまが喜んでくれれば……」
「そう。それは鳴砂でも一華でも同じだよ」
「紅鳶さま」
「だからきっと氷雨さんも……」
一華の手がピタリと止まる。

「違います……きっと、違……」
「そんなことない」
紅鳶が一華の手を握る。

「あの人、結構頑固だから」
「……」
「でも面倒見は相変わらずいいからさ」
「そう言われてみれば」

「だろう?陸璃と喫茶店に行く時も、甘い味のえくれあのある店を選んでた」
「まぁ……あの方ったら」
一華がくすりと笑む。

「ふふっ。その方がずっといい」
「紅鳶さまったら」
喫茶店の一郭で、くすくすと微笑ましい時間が流れていく。

※※※

――――side:雛

えくれあを楽しみつつ、鳴砂が小さめの声で呼び掛けてくる。

「なぁ……気が付いてるか?あそこの奥の席」
「うん、お兄ちゃんと一華だよね」

「ああ」
「護衛……かな?」

「それも兼ねているんだろうがどうにもアイツら……」
「そうだよね?」
私が感じたことを鳴砂も感じているようだった。

「いい雰囲気じゃないか?」
「う……うん。だけど……」
気に掛かるのは。

「どうした?」
「一華と氷雨さんは?」
私としては一華と氷雨さんの関係も気になるところだ。

「氷雨?ああ、ないない」
「へ!?」
どうしてそうもキッパリ否定するんだろう。

「氷雨……アイツ、頑固と言うか、本音を隠すからな」
確かにそこは私も感じていた。

「でもさ、多分……だけど。アイツは一華に幸せになって欲しいんだよ」
「……自分と、じゃなくて?」
「違うと思う」
「……」
氷雨さんは冷たそうで優しいひとだと思う。だからこそ身を引く……と言うことなのだろうか。

「一華が兄貴を探してること、聞いてるか?」
「うん、南部の村で離れ離れになったんだよね」
そして怨鬼になったのなら千里さんの元で浄化されているかもしれない。

「氷雨はそんなことを忘れて、諦めて……幸せになって欲しいと考えてる」
「……」
「雛は紅鳶とは反対か?」
「ううん、そんなこと!私もお兄ちゃんには幸せになって欲しいもん!」
「だよなぁ……」
鳴砂は意味深に珈琲を啜る。

「これからの季節、南部の山も登山客が増えるし、結構歩きやすい道なりだ」
「今度は南部の山を登るの?」
「ああ。その予定だ。毎年南部には行っているが……」
「あっちには一華の故郷があったんだよね」
「ああ。あの旅は本当に……南部を断ち切りたい氷雨と兄を探したい一華の鬩ぎ合いだから」
思えば氷雨さんも南部にルーツがある……のか?

「でもどうしてあの2人……」
思い合っているのではないのだろうか。むしろ鳴砂は別のひと……お兄ちゃんとの雰囲気を良いと思っている。

「色々とあるんだよなぁ。ま、見守ってやってくれ」
「そ……そうだね」
私たちに出来ることはそのくらいである。

喫茶店でのでぇとを終えれば、2人で市場に寄って菓子を仕入れる。

「さて、そろそろ帰……」
鳴砂が言いかけたその時だった。

「きゃっ」
誰かに思いっきりぶつかられ、咄嗟に鳴砂が受け止めてくれる。

「な、何すんのよ!」
その声には聞き覚えがあった。

「美百合」
「雛……」
互いに驚愕しつつも美百合がガッつくように叫ぶ。

「あんた……何なのよその着物!私がこんな惨めな思いをしているのに自分だけ……!」
見れば美百合は髪も痛んでいるようだし、着ているものも薄汚れている。
彼女は実家で暮らしていると思っていたが、これはどうなっているのだろう?

「美百合!こんなところに!」
続いてやって来たのは薙斗である。

「お前たち、何故ここに」
「都に住んでいるのだから当然だろう。気に入らないのならお前たちが出ていったらどうだ?見た感じ……ろくな暮らしも出来ていないようだからな」
鳴砂の言葉に薙斗が顔を青くする。

「何なのよアンタ!生意気よ!」
「はぁ?俺は雛の夫だ。妻を守るのは当然だろう」

「何よ何よ何よ!雛は忌み鬼に嫁いだんでしょう?と言うことはアンタ、忌み鬼だったのね」
「それが何だよ」
「忌み鬼か何だか知らないけど結局は呪われた鬼じゃない!」

「そんなことない!」
「雛?」
「呪われてなんかいない。忌み鬼はみんなの願いを背負って毎年修験を積むの。だから鬼は鬼として生きられるの。あなたも鬼と結婚するのなら忌み鬼を知らないといけない!」

「な……ぁ……雛のくせに生意気よ!」
美百合がこちらに向かってこようとしたところで、誰かが割って入る。この背中は。

「雛に手を出すな」
「ひ……っ、アンタ……アンタ死んだはずしゃ……いやあぁぁっ!」
「待って美百合!」
脱兎のごとく逃げていく美百合を薙斗は慌てて追い掛ける。

「まぁ、たいしたことないですわね」
「言えてる」
いつの間にか追い付いた一華とお兄ちゃんはクスクスと笑い合い、私たちも自然と笑みが溢れたのだった。