忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――side:鳴砂

力なく崩れ落ちた村長はゆっくりと口を開く。

「社の奥、祭主の子飼いの鬼たちが守る地下への扉の向こう……そこが儀式の場です。どうか……躑躅を」
「言われなくとも!」
あそこには雛や一華も囚われているんだ。

俺たちは社に辿り着く。

「案の定鍵が……」
「任せてくれ!」
紅鳶は氷雨と眼を合わせると、2人で同時に体当たりをして扉をぶち破る。

「目的地は社の奥だったな」

「ええ!でも奥と言っても……」
「分かるよ、三雲さん」
「鳴砂……?」
「鬼の本能が方角を示してくれる」
スッと指を示せば。

「私もです」
「そうだね」
椿さんと紅鳶が示した方角も同じ。

「氷雨、お前もか」
「……まぁ、そうだ」
相変わらず素直じゃないが、これで疑いようもない。

「行くぞ」
「ええ!」
奥へと走れば鬼たちが侵入者を排除しようとするが、紅鳶や氷雨たちがみねうちにしていく。

「コイツらここに転がしておくんでいいの?」
「ああ、氷雨くん。そこら辺は手配が済んでる」
手配って何だよ、完次さん。
そして奥の扉の番をしていた鬼たちが何事かと身構える。

「ここは私が行くわ!女鬼だからってナメられちゃぁ困るのよ!」
三雲さんが刀を抜く。

「では私も」
椿さんは短刀を抜く。

「す……鈴弥」
鬼のひとりがそう呟く。

「申し訳ありませんが……」
椿さんはドゴンと短剣の柄で鬼の頬を殴る。

「あなたのことは覚えておりませんので」
この期に及んでその名を呼んだとて、生け贄になる彼女を扉の向こうに通したのはこの鬼だろう。フラれるのも当然の報いだろうな。

俺たちは地下へと続く扉をぶち破り階段を下る。

「岩の扉……っ」
これは刀では破れないぞ。

「任せて」
氷雨が腕を捲る。そして勢いよく。

「崩れろ!」
ズドオォンッと拳をぶつければ、岩が崩れていく。

「ほんとヤバイねー、氷雨くん。さすがは猛獣が逃げていくだけのことはある」
「それはそうだけど、早く先に進むわよ!完次さん!」
「了解、三雲殿」
こうして俺たちは辿り着いたのだ。忌まわしき儀式の場。雛たちが囚われている場所へ。

※※※

――――side:雛

儀式の場に鳴砂たちが乱入する。既に律華さんの姿はないが、鳴砂たちが来てくれたのなら百人力である。

「さぁ、雛たちを返してもらうぞ!」
「くそ……あれを連れてこい!」
祭主が命じると、鬼のひとりが連れてきたのは。

「花ちゃん!」
「花!」
蛍さんとほぼ同時に悲鳴を上げる。

「このガキがどうなってもいいのか」

「なんてことを!」
三雲さんが憤る。

「子どもを人質にだなんて、ひとの心がないのか!」
鳴砂が叫ぶ。
「ふん……これも村のためだ」
祭主がほくそ笑む……が、その時。
氷雨さんの前にまたふわりと白い髪が舞う。その顔面は穢れに覆われて見えないが。

「な、何だお前は!」
「律華」
脅える祭主に対し、氷雨さんは冷静にその名を呼ぶ。氷雨さんも知っているの……?

「うわあぁぁぁっ!」
その時祭主や花ちゃんを人質に取る鬼たちの肌を、着物を穢れが蛇のように駆け巡る。

「チャンスだ!」
氷雨さんが叫ぶ。
「ああ!」
その隙に鳴砂とお兄ちゃんが鬼を突き飛ばし、三雲さんと椿さんが花ちゃんを取り戻す。
氷雨さんは祭主をぶっ飛ばし、完次さんが素早く取り押さえた。

鎮命山の儀に臨んできた彼らが穢れを恐れるはずなどなかった。

「ちょ……何なのよ!こうなったらアイツらを!」
鶯がこちらに目を向けるが、鶯も穢れに纏われ悲鳴を上げる。

「大人しくしてもらおうか」
「ひ……っ」
鶯の首に氷雨さんの手がかかる。

「完次さん、コイツら取り敢えず縛るぞ!」
「オーケー。縄なら準備万端さ!」
祭主や鬼たちは縛られ鳴砂たちが私たちの縄を解いてくれる。

「無事で良かったわ」
「三雲さま……」
躑躅さんは申し訳なさそうに三雲さんを見る。

「雛、怪我は?」
「大丈夫だよ、鳴砂」

「しかし……お前何でそんな姿なわけ?」
氷雨さんが不機嫌そうに一華を見る。
「私にも原因が……」
その時、律華さんが私の傍らにそっと腰を下ろす。

「そっか……浄化だ」
律華さんはそれを望んでいる。

「律華さん」
律華さんの両頬に手を添えれば、その理由を教えてくれるように肌が白く戻っていく。

「そっか……怨鬼になれなかった魂は、ずっと浄化を望んでいたんだね」
律華さんがこくんと頷く。

「律華さまは怨鬼となり、魂を浄化できぬまま、私たち巫女が封じ長い時間をかけてゆっくりと薄めて来たのです」
「だから似た境遇の彼女たちを助けようと……?」
それを肯定するように律華さんは微笑むと、すうっと姿が一華に溶けていく。
一華はすっかりもとの白い髪に戻っていた。

「律華さまにも同調するものがあったのでしょうね」
だからこそ身を呈して私たちを助けてくれたのか。

「まるで奇跡のようだ」
「そうんじゃないかしら、完次さん」
「三雲殿……」
そして2人の視線はもうひとつの奇跡に注がれる。

「椿さん」
「蛍さま」
椿さんは膝を付くとゆっくりと蛍さんを抱き締めた。

「椿……さん」
蛍さんが驚きながら呟く。
「蛍さま。私には記憶がありません。蛍さまが大切に思っていた鈴弥さまの記憶が」
涙ながらに告げるその言葉は震えている。
「……それは」
「だけれど覚えている。あなたが何より大切だったことを、私は覚えてる」
椿さんは蛍さんの首筋に深く、深く涙をうずめる。

「ああ……俺もだよ。忘れることなんて出来ないんだ」
蛍さんはそっと抱擁を解くと優しく微笑む。

「たとえこの世から鈴弥が消えたとしても……俺はまた、椿さんに……椿に恋をする」

「ええ……ええ。私もです。記憶を失っても、怨鬼となったって、何度だって……何度だって」
2人は再び固く抱き締め合う。そんな光景に花ちゃんは涙を流し、お兄ちゃんがあやしてやっている。

「そんな……そんな嘘よ……記憶を失えば、鈴弥のことなんて……」
鶯がわなわなと震える。

「忘れねえよ。忘れるはずなんてねえんだよ」
鳴砂が語調を強める。
「俺たちはそれを……何度も見送ってきた」
「そうよ。そうして何度も、何度だって愛するの」
鳴砂と三雲さん……2人の忌み鬼の言葉に鶯が崩れ落ちる。

「私は間違っていたのね」
躑躅さんが項垂れる。
「私も……記憶を忘れても何度だってもうこの世にいない夫に恋をし続ける」
「躑躅さま」
椿さんが躑躅さんの前に立つ。

「まだあなたに大切な方の記憶があるのなら。どうか忘れないであげてください」
「椿さん……あなたから記憶を奪ってしまったのは私よ!」
「躑躅さまのせいではありません。それでも自身に責任を感じるのなら、どうか忘れないで。あなたが忘れてしまったら、あなたの大切な方はきっと悲しむから。私は記憶を失っても蛍さまが覚えていてくださったから……だからとても幸せなのですよ」
「うう……ああ……ごめんなさい……ごめんなさい」
躑躅さんは椿さんに抱き締められながら涙を大粒のように溢した。

「お前も……」
「氷雨さま?」
一華が氷雨さんを見上げる。
「忘れたくはないのか」
「ええ、大切なお兄さまの記憶ですもの」
「愚かしい……本当に愚かしい」
「それでも私はあなたがいるから生きていくのです。この記憶を持って生きていくのです」
そう……みんな、生きていかねばならない。

※※※

夜が白む中、軍服の集団が鬼たちを連行していく。その中には商人に見た顔がいた気がするのだが。

「完次さん、いつの間に潜入させていたんだよ」
鳴砂が苦笑する。もしかして完次さんはこの近辺に待機させていたのだろうか?そうなれば……完次さんって本当にただの憲兵なのかと言う疑問が過るが。それに後ろ楯のない蛍さんを憲兵隊にまで推挙した……?
うーん……何だかそれ以上の側面を持っているとも考えられてしまう。

「私たちはもう、怨鬼を無理矢理作ることはいたしません」
村長が頭を下げる。

「我々が間違っていたことを後世にも伝えていく予定です」
「ええ、そうしてちょうだい」
三雲さんが頷く。
花ちゃんや花ちゃんの両親にも度々感謝され、三雲さんはまた来年も来ると手を振っていた。

そうして私たちは村を後にし、山を越えまた北部の街に戻ってきた。

「そうだ、帰ったら手合わせしなさいよ。氷雨」
「はぁ?まだやる気?」
「当然よ」
街で少し休息をとる間、氷雨さんは三雲さんと手合わせをし、私たちはお茶を差し入れる。

「三雲さん、強いなぁ」
「ええ。だからこそ北部の女鬼たちも強いのですね」
一華が感心したように告げる。思えば椿さんも。

ふと見れば、仲良さげに微笑み合う椿さんと蛍さんの姿を見る。

「2人が幸せになれるといいな」
「ええ。今回の件、ご両親も荷担したとはいえ花ちゃんを人質にとられてのこと。ほかの村人たちも祭主一族に逆らえなかったのでしょう」
「でもこれからは……」
「悪は去った……そう見なしていいでしょう」
村を離れる際、泣いていたのは蛍さんのご両親だけではなかった。
そのひとたちは何となく、椿さんに面立ちが似ていた。

「私はここにお世話になることになって」
そう語ったのは躑躅さんだ。
「三雲さまに誘われて……。来年は私も鎮命山に同行しようと思ってる」
「はい。私たちも登ります。だからまた会いましょう」
「ええ、雛ちゃん。一華ちゃん」
そうしてひとときの休息を終えれば三雲さんたちに別れを告げ、都に戻った。

――――そして暫くすると蛍さんと椿さんが結婚すると言う知らせが届き、鳴砂たちと喜んだのは言うまでもない。