忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――ここは、どこだろう。どうにも薄暗い。洞窟の中だろうか。

「ひ……っ、きゃ……っ」
バシン、バシンと鈍い音と共に女性の悲鳴が洞内に響く。
何事……!?
急いで起き上がろうとすれば手首が後ろで拘束されている。

「雛さま、気が付かれましたか?」
一華の声である。
ゆっくりと起き上がれば一華も同じように手首を後ろで拘束されているようだ。

「うん……それにしても」
この音は……?

「あんなもの、見るもんじゃない」
前方に蛍さんの背中がある。その影からそっと覗けば。

「うう……、ああ……っ」
柱に縛り付けられ鞭を打たれているのは。

「躑躅さん!?どうして……っ」
「この女は自らその身を生け贄に差し出したのだ」
こちらを振り返り告げたのはあの夢で見た祭主の鬼。それから付き従う鬼たち。

「だから……て、聞いてないわ!」
躑躅さんが声を絞り出す。

「今年は誰も……生け贄としてその身を捧げるものは……いなかったはずよ!」
「ようやっとその身を差し出す気になったと思えば……そう言う魂胆か。ハッハッハッ」
祭主が笑う。

「ひとりでは足りなかろう?お前が怨鬼にならなかった場合……忌み鬼さまに捧げる怨鬼がいなくなる」
「何……ですって?」
躑躅さんが驚愕する。

「あの年いなくなったのは……鈴弥だけじゃない」
蛍さんの言葉に躑躅さんの顔が青ざめる。

「それ以外も毎年……誰かがいなくなる。誰も帰ってこない。だが遠塚家でいくらか同じ顔の女鬼を見た」
椿さんはそのひとりだったのだ。

「みんな……村人たちは知らないと言う」
それはまるで掟のように村を呑み込んでいた。

「それがこの儀式だからだ」
祭主が笑う。

「過去を消したい、記憶を忘れて自由になりたい。そんな女たちを再利用するのがここだ」
まるでモノ扱いだ。
北部で女の怨鬼が生まれるのはあのように拷問することで意図的に作っているから。
そのために村を訪れる女性たちがいる。その数が足りなかった時。
椿さん……いや、鈴弥さんのように村から生け贄が選ばれる。

「しかし村長は抵抗した。お前を贄とすることに」
「……私は、村長に守られていた。だからあの年……生け贄がいなかった。そして鈴弥さんは……」
生け贄のひとりに選ばれてしまったのだ。

「躑躅さんはずっと後悔していたの?」
「だからあんたは誰も山を登らなかった今年……その身を差し出すことにしたのか」
蛍さんが苦しげに告げる。

「思い合っていたあなたたちを引き裂いたのは……私だから」
「そんなの違います!」
「雛ちゃん……」
「本当に蛍さんと躑躅さんを引き裂いたのは……」
目の前の祭主と……。

「煩いのよ!」
「雛さま!」
一華が私を押し倒すように庇ってくれたのが分かった。一華が振り返り見つめる視線の先には。

――――鶯。

「本当は女鬼を産み出した方が価値が上がるのだけど」
自分も女鬼だと言うのに、彼女たちをまるでモノのように告げる。

「でも私ってあったまいい!いいことを思い付いたのよ!」
何だと言うのか。

「蛍」
「……何だ」

「あなたが素直に私のものにならないのが悪いのよ」
鶯がニヤリと口角を釣り上げる。

「せっかく邪魔な鈴弥を処分したって言うのに」
「やはり鈴弥を生け贄に選んだのは……っ」
「あなたが悪いのよ。あなたが鈴弥を選ぶから」
「何だと……?俺が誰を選ぶかなんて俺の自由なはずだ!」
「違うわ」
「は?」
「女鬼と言うのはね、優遇されないといけないの」
確かに女鬼は重宝されるけれど。

「だからあなたが私を選ぶことが当然なのよ!」
「何を言っているんだ!」
本当にその通りである。

「何故俺なんだ……恋人のいない男ならいくらでも……」
「何故?顔よ」
「は?」
「こんな山奥で鬼以外でこんなにも美男は早々いないわ。村中の娘たち……いえ周辺の村の娘たちからも憧れを得る……そんなあなたと結婚すれば私は女どもの頂点に立てる!」
「そんなくだらない理由でよくも……っ」
そのために蛍さんは孤独だった。そんな蛍さんの心を埋めてくれた鈴弥さんまで。

「くだらないですって!?」
鶯が蛍さんの顎を持ち上げる。
「だけど……もうすぐ従順になるわ」
ニヤリとほくそ笑む表情は醜悪以外の欠片もない。
「は……?」
蛍さんが唖然とする。
「本当は作るのは女の怨鬼だけなんだけど……今回は特別に男のあなたも怨鬼にしてあげる」
「何を言って……っ」
「怨鬼になって記憶を失えば……きっとあなたは私を愛する」
「そん……な」

「違います!それは間違ってます!」
「は?何よアンタ」
鶯が嘲笑するように私を見る。

「怨鬼は覚えています。生前最も大切だったひとの顔を……。記憶は失っても魂が覚えているんです!」
お兄ちゃんもそうだった。氷雨さんも覚えているのだと言っていた。

「だから……蛍さんはたとえ記憶は失っても鈴弥さんのことを……っ」
椿さんのことを……。

「おだまり!」
「うっ」
頬に鈍い痛みが走る。
「雛さま!」
一華が悲鳴を上げる。

「アンタもこれから怨鬼になるのよ。それならまずはアンタから怨鬼にしてあげる……!それでも覚えていられるのならたいしたものよ」
「覚えてる。きっと覚えてる」

「は……?」
「鳴砂のことを忘れるはずなんてない」
共に鎮命山を登った。鬼鳴山を登った。そこで出会った数々の奇跡と記憶。
それが鳴砂を繋ぎ止めてくれる。魂が覚えていてくれるのから。

――――どうしてか、そう、分かるの。

「だから……私は何も恐くない」
「な……何なのよ、アンタ!もっと恐怖で震え上がりなさいよ!」
「どうして?」

「そうですわ」
「一華……?」
「私も何も恐くはありません。全てを忘れても、今度は氷雨さまが私を覚えていてくださいますから」
どうして……氷雨さん?

「やりたいのならまず私からおやりなさい」
「一華……」
「な……何なのよアンタたち!もっと脅えて恐怖しなさいよ!鈴弥のように!」
鈴弥さんは恐かったろう。苦しかったろう。それでも彼女は今、蛍さんの側にいる。その意味が分からないはずがない。

「そんなに怨鬼にされたいのなら2人まとめてやってやる!」
鶯が鞭を振り上げる。

「やめろ!」
「やめて!」
蛍さんと躑躅さんの悲鳴が上がる。しかし……その時。

ふわりと舞う白髪はまるで見慣れたもののようだ。しかし着物から覗く手は、あの時鎮命山で見た穢れのように変色している。

「ひいぃっ、化け物!」
鶯が尻餅をついて後ずさる。その白い頬に伸びたものは彼女の手を覆うものと同じもの。

律華(りつか)さま……助けてくださったのですか?」
え……一華の知り合い?

そして同時に外からドタドタと足音が響いてくる。

岩の扉がまるで砕かれるように崩れていく。
そこから現れたのは……氷雨さん!

「雛!無事か!」
「蛍さま!」
続いて鳴砂や椿さん、三雲さんたちも乗り込んでくる。

「どうなっている!外の警備のものは……っ」
祭主が叫ぶ。

「んなもん片付けたに決まってんだろ。さて……次はお前らだ!」
鳴砂たちの切っ先が同時に祭主たちに突き付けられた。

※※※

――――side:鳴砂

遡ること少し前。

「行かれるおつもりですか」
俺たちの前に現れたのは村長だった。

「当たり前だろ!俺の花嫁も拐われた!」
「蛍さまも」
「……一華もだ」
椿さんと氷雨が頷く。

「けれど躑躅は……」
「躑躅さんが何だ。まさか彼女まで!?」
「あの子は弟のことを忘れられない。そして鈴弥のことも」
その名に椿さんがハッとなる。

「だからあの子は悔恨のために毎年村を訪れた。だからもう……忘れさせてやりたいのです」
「バカな」
「……え?」
「忘れられるわけ、ないだろう……?」
「しかし怨鬼になれば……っ」

「村長、アンタは知っていたんだな」
「……」
「この村は怨鬼を作っている」
「……元は躑躅のように深い悲しみのために全てを忘れ鬼に重宝される女鬼を産み出すための儀式でした。全てを忘れ、必要とされる場所に身を捧げる……崇高な儀式だったのです」
「何が崇高だ!そんな馬鹿げた話があるか!」
「その通りよ」
三雲さんが頷く。

「全てを忘れるなんて出来るわけないじゃない」
「え……?」

「みんな忘れられないの。記憶はないのに覚えてる。一番大事な顔を。記憶にないそのひとのことを思いながら一生を過ごすのよ」
「それじゃぁ……」
村長が椿さんを見る。

「私も……私も覚えております。記憶はないけれど。とても大切だった……その顔を」
だからこそ椿さんはついてきたのだ。

そして村長は崩れ落ちる。

「躑躅さんにとってアンタの弟が大事な存在なら……躑躅さんはその顔をわすれることはないんだ」
記憶はないのに思い続ける。ずっと……。
俺たちはそれを一番近くで見てきたからこそ、この村の所業は許せない。