忌み鬼に嫁いで山に登ります



私たちは三雲さんと椿さんの元へと向かった。
広間では食事の準備が進むものの、三雲さんたちは邪魔にならぬよう隅で待っていたようだ。

私たちが連れてきた花ちゃんに三雲さんの目が向く。私たちの目的を三雲さんは瞬時に察してくれたのか。

「あら、花ちゃん?どうしたの?」
「……」

「ほら、三雲さんは怒ってないよ」
花ちゃんの背中を押してあげる。
「……本当?」
「当然よ。怒る理由なんてないわ」

「……女鬼なんて嫌いって言った」
「何か理由があったんでしょう?それとも女鬼の誰かにいじめられた?それならお姉ちゃんが怒ってあげるから言ってちょうだい!」
「……!」
「ほらな?三雲さんはこう言うひとなんだよ」
鳴砂が笑う。

「……うん」
花ちゃんがゆっくりと歩み寄る。

「三雲お姉ちゃん」
「ん?」
「鈴弥お姉ちゃんのこと……覚えてる?」
「……」
三雲さんがハッとする。

三雲さんは何とも言えないような表情を浮かべると花ちゃんを優しく抱き締めた。

「もちろんよ」
「鈴弥お姉ちゃん、いなくなっちゃったの。誰も知らないって。お兄ちゃんも名前を呼ぶなって」
「何があったの?」
「お兄ちゃんと鈴弥お姉ちゃんは結婚するはずだったのに、うぐいすと、祭主さまがダメだって。それで鈴弥お姉ちゃんはいなくなっちゃった」
「そう……辛かったわね。だけど……私たちも彼女を捜しているのよ」
「え……っ」
花ちゃんが驚いてい顔を上げる。

「三雲殿、その話は……っ」
完次さんがやってきて慌てて制そうとするのだが。

「お黙り」
「……っ」

「この村の誰もが知らないと言うのなら、この村のみなには関係のない話だわ。それでも唯一知っていると言う子がいるのなら、その子と話すのは当然のことよ。それにみなが反対すると言うのならそれこそ……じゃない?」
「まぁ……確かに三雲殿の言う通りかな」
「先輩!」
蛍さんが続いて駆けてくる。

「だってこの村のみなは知らぬ話なのだろう?それに異を唱えるのならその理由を吐かせるまでだよ」
「ですけど」
「まあまあ」
完次さんが蛍さんを制し、花ちゃんの前で目線を合わせる。

「だけどこれは秘密の任務なんだ」
「秘密……?」
「そ。だからお兄さんたちとの秘密だよ」
「……」
花ちゃんが三雲さんを見る。
「そうね。見付けるための作戦なの」
「三雲お姉ちゃんが……そう言うなら。分かった」
「よーし、花ちゃんのためにも頑張らないとね!」
うんうんと頷く三雲さんの傍ら、椿さんは何とも言えない表情を浮かべる。

「鈴弥さま。私にそっくりなお方でしたのよね……」
三雲さんも蛍さんも鈴弥さんを知っていて椿さんの同行を了承した。やはり偶然だとは思えないよね。

「さて、そろそろご飯ね」
三雲さんに招かれ席に着く。

「……?」
しかし一瞬厳しい視線を感じて振り返る。しかしそこには黙々と食事をする商人たちしかいない。

「雛、どうした?」
「何でもないよ、鳴砂」
私もご飯をいただくことにした。しかしながら……何かを隠している村や三雲さんのこと、おかみさんの言葉。何もかも気になりすぎる。

※※※

――――その夜。
私は一華一緒の部屋で床についていた。

これは……夢だろうか。
髪の長い女性が鬼たちに連れられながら歩いている。

お社の中へ、そこから扉の奥の地下へと進む。

『よくぞその身を差し出す覚悟を決めた』
告げた男鬼は灰色の角に青磁色の髪と瞳をしていた。

『はい、祭主さま』
女性が告げる。あれが祭主!確かに鶯と似ている。

それにさっきの声。

『もう村長も反対できまい。お前こそ、贄に相応しい……躑躅』
躑躅さん!?
その瞬間視界がぐるりと回り女性の正面を映す。顔を上げたのは。

「躑躅さん!」
飛び起きたそこは客室に戻っていた。

「どうしたよう……本当に躑躅さん?そうだ……一華」
「ううん、雛さま?」
むくりと起き上がったその姿に驚愕する。

「一華」
「……はい?」
「角がない」
「え……っ」
すぐに鏡台の前に一華を連れていけば一華もまた絶句していた。
そこには山小屋で一瞬見たような黒髪に黒目の人間の少女がいたのだから。

「一体どうなって……」
「その、それに躑躅さんが」
一華に事情を話せば。

「すぐに躑躅さまのお部屋を確かめましょう」
「うん」
その時脳裏におかみさんの言葉が蘇る。『ひとりになるな』。いやしかし、一華も一緒なのだからひとりではないよね。

ひんやりとした廊下に繰り出しすぐに躑躅さんの部屋に向かう。

その、扉を開けば。

扉の向こうには畳まれた布団。がらんとした室内。

「……いない」
「古来巫女の見る夢には意味があると言いますわ」
「それじゃぁ……まさか」
「ええ……あり得ぬ話ではないかと」
「早く鳴砂たちに」
「ええ」

「そこで何をしている」
その声に驚いて振り返れば。

「蛍さん」
「ああ……」
蛍さんは私を見、次に一華を見て驚く。

「誰だ……?」
「一華だよ。一華は元は人間だから……どうしてか姿が戻ってしまったの」
「そんな……バカな。とにかく村の連中に知られたら困る。今すぐに……」
どうして困るのだろう?しかし蛍さんが振り返ったその瞬間、取り囲まれていることに気が付いた。

「むぐっ」
叫ぶまでもなく口を塞がれる。

「んっ」
声を出そうとすれば後頭部に強い衝撃がかかる。

「すまない……蛍」
「うう……っ」
遠くからすすり泣く男女の声は何処かで……いや宿で聞いたばかりではないか。

どう……して。
そうして世界は暗転した。

※※※

――――side:鳴砂

鬼の本能がこんなにも警鐘を鳴らすことなどあったろうか。

「……っ!」
がばりと起き上がれば、同じく紅鳶が起き上がっている。

「早く支度を」
そう告げた氷雨は既に着替えている。俺たちも支度をしながら装備を整える。

「氷雨、どうして……」
「不味いことになったようだ。それに……」

「起きていたか」
部屋に飛び込んできたのは完次さん、三雲さんに椿さんだ。

「そちらはどうして……」
「椿が……蛍くんが遠くに向かっていると」
三雲さんが告げる。

「雛も同じだ」
「多分一華もだ」
氷雨が告げる。だから氷雨も起きていたのか。

「警戒はしていたのだけどね……宿もグルだとは」
完次さんが告げたのも無理はない。
宿の玄関に向かえば多くの村人たちが待ち構えていた。

「ここからは通せん」
そう告げる村人たちの側に縮こまるのは宿の主人とおかみさんだ。
彼らも村で暮らすためには我慢しなければならないと……?
だが俺たちは。

「そこを通してもらおう」
刀の柄に手をかければ、村人たちが緊張しながらも棍棒を構えるのが分かる。

「忌み鬼の花嫁に手を出すことの意味を分からないとは言わせん」
「しょ……庶民に手を出すつもりか!」
ひとりの村人が叫ぶ。先に手を出したのはそちらだと言うのに。

「御託はいい」
その時氷点下よりも低い声が地を這うように彼らを震わせる。

するりと抜きさられた刃は止めるのも速く村人たちの棍棒を簡単に斬り落とす。
氷雨はニヤリと冷淡な笑みを浮かべてすごむ。

「俺は貴人でも位の高い鬼でもない。村ひとつ滅ぼしたただの怨鬼の成れの果て。主の道を妨げるのならもう一度、村ごと滅ぼすことも造作もない」
猛獣すらも避けて通る鬼とはまさにこのような鬼を言うのだろう。

三雲さんや完次さんすら息をのむ。村人たちがふるふると震え、脅え出す。
人間よりも恐ろしい存在に出くわすと言うのはこう言うことだ。

ずしり……。

氷雨が前に足を踏み出せば、空気が重くなる。

「ひ……ひいいいぃっ!!!」
ひとりの村人が転がるように後ずさる。

「さぁどきな!どかねえなら俺は……止めねぇぞ」
鬼をナメるのも大概にしてもらおうか。

村人たちが脅えたように走り出す。俺たちを塞き止めていた村人たちは方々に逃げていく。その一方で。

「申し訳ありません……申し訳……」
宿の主人とおかみさんが床に額を付けて平伏している。

「ご主人、おかみさん。顔を上げて」
三雲さんが優しく彼らに寄り添う。

「お願い。教えて欲しいの。雛ちゃんや一華ちゃん……蛍くんは何処に連れられていったの?」
「……」
宿の主人は躊躇いがちに口を開く。

「恐らく……社の奥の、儀式の場へ」
儀式……だと?

「躑躅殿もそこにいるでしょう」
躑躅さんまで……?

「それから……花が」
「花ちゃん!?宿にいるのではないの?」
「いいえ……いいえ……花は……祭主一族は儀式のためならば何だってする」
三雲さんの顔が青くなる。

だからこそ2人も村人たちを止めることができなかったのだ。

「任せてちょうだい。花ちゃんを見付けたら絶対に保護するわ」
「三雲さま……私たちはとんでもないことをしたと言うのに」
「それでも花ちゃんには罪はないから」
三雲さんの言葉に主人とおかみさんは何度も頭を下げていた。

子どもまで人質に……なんて。祭主一族は一体何を考えているんだ。