忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――宿屋のご夫婦……蛍さんのご両親に出迎えられ、私たちは宿の部屋に通された。

用意してもらった大広間では登山用品の整理が行われていた。
そんな時。

「蛍お兄ちゃん!」
「花!?どうして……っ」
花と呼ばれた黒髪に焦の瞳の12歳ほどの少女が駆け寄ってくる。

「どうしてって、4年も村に帰ってこなかったんだから来るでしょ!」
「都での訓練があったんだ」
「でも三雲お姉ちゃんたちと鎮命山は登ってたんでしょ?私、毎年聞いてるんだから!」
「あれは訓練だ。全く」
どうやら都で新兵の訓練の傍ら毎年登っていたようだ。やはり地元の忌み鬼三雲さんのためだろうか。

「ほら、花ちゃん。こっちいらっしゃい」
三雲さんの手招きに花ちゃんが驚いたように固まっている。

鈴弥(すずや)お姉ちゃん……?」
え……?驚いて見れば、三雲さんや完次さんの顔が何となく固い。

「花、その人は椿さんだ」
蛍さんが告げる。
「でも……」
「いいから」
もしかして……と思うが、蛍さんが妹さんに真っ先に会いに行かなかったのは椿さんを会わせないため……?だがどうして椿さんを会わせてはいけないのだろう。それもこれも花ちゃんが椿さんを違う名前で呼んだことに含まれている気がしたのだ。

「世の中には3人似たひとがいると言うわ」
その瞬間には三雲さんは元の優しい表情に戻っていた。

「椿はそのうちのひとりなのね」
「……」
「これも何かの縁だわ。椿、鳴砂たちからもらった都の行動食、残ってる?」
そう言えば交換などもしたのだった。

「はい、こちらを。きゃらめる、と言うそうですよ」
「……いらない」
「花ちゃん」
三雲さんはどこか寂しげである。
「女鬼なんて嫌い!」
そう言うと駆けて行ってしまう。

「すみません、三雲さま!」
「いいのよ、蛍くん。昔は懐いてくれたんだけどなぁ……。少し悲しいけれど、それでも元気そうで良かったわ」
「……三雲さま」
少し残念そうに微笑む三雲さんに蛍さんは申し訳ないという気持ちを隠せないようだ。

「まあまあ、それよりも!荷解きもしないとね!」
「そ、そうですよね!」
私も頷く。
そしめせっかくだからと私と一華、躑躅さんは宿のおかみさんを手伝うことにした。

躑躅さんと一華がそれぞれ仕込みをしている間、手順を教えてくれていたおかみさんがぼそりと呟く。

「……あなた、雛ちゃんと言ったわね。都の忌み鬼さまの花嫁だと」
「は、はい。そうですが」
「鬼さまの花嫁……まさかそんなことはないと思うけれど。きっと今年も躑躅ちゃんは……」
躑躅さんがどうかしたのだろうか?

「あんたは人間だ。可能な限り、ひとりになるんじゃないよ」
「それはどういう……」
「さて……そろそろ料理を運ぶから蛍を呼んできておくれ」
「は……はい」
どうやらその先は教えてはくれないようだ。

大広間に戻れば鳴砂の姿を見付ける。
「配膳なら俺たちも手伝うよ」
そう告げれば忌面衆やお兄ちゃんたちが向かう。

「それから蛍さんは」
「さっき玄関の方に……一緒に呼んでこよう」
「うん」
「私も行くわ。私が手伝うとみんな遠慮しちゃうから」
三雲さんも加わり廊下を進みながら、そう言えば先ほど聞いた話をと思い起こす。

「……ひとりにならないように?」
「うん」

「村には何年も来てるけど、そんな話は初めてだわ。村の治安は祭主一族が仕切っているから保たれているし、他の村々も祭主一族がまとめてくれているのよ」
ここらの祭主一族は随分と規模が大きいようだ。

「考えられるとしたら野生動物……だけどひとのいない時間に出歩かなければ獣避けもあるし大丈夫だと思うけど……」
ではおかみさんは何を警戒していたのだろう?

暫く歩けば、玄関の方から男女のいさかいが響いてくる。

ひとりは蛍さんだ。

「どうしてなのよ!どうして私じゃダメなの!?」
灰色の角に青磁色の髪と瞳の女鬼である。

「どうしてって言ったって……(うぐいす)
俺はお前とは」
「祭主の娘である私と結婚すれば祭主一族に入れるのよ。何が不満なの!?」
鶯さんは祭主の……っ!?祭主一族は鬼だったのか。そんな方に言い寄られている蛍さんだが、その表情は厳しいものだ。

「不満も何も俺は憲兵だ。婿養子になんて入るわけがない」
「あの女!?」
「……」
「鈴弥に似たあの女なの!?」
「彼女は三雲さまの侍女として仕えている……別人だ」
「だったら……っ」
「もう帰ってくれ。俺は憲兵を辞める予定はない」
「……後悔することになるわよ!」
「……」
鶯さんの脅しにも蛍さんは毅然と見据えるだけだ。

「……っ」
鶯さんは観念したのかぷいっと顔を背け宿を飛び出していく。そこで蛍さんは私たちに気が付いたらしい。

「すまない。騒がしくしたな」
「いえその、ここは蛍さんの実家なわけですし」
「ああ。だが祭主の娘とは会ったことはあるが……その、蛍さんとは随分と……」

「……鶯は外のひと前ではいいお姫さまの顔をしている」
「ふうん。意外な一面だ」
鳴砂が苦笑いを浮かべる。

「幼い頃から、アイツはことあるごとに俺に絡んでくる。村の子どもらと遊んでいてもアイツが介入してくるから……俺はいつも爪弾きもので、宿に泊まりにくる旅人や商人たちが唯一の話し相手だった」
蛍さんはこの村で孤独な幼少期を過ごしていた。

「商人たちは頭がいいから。鶯が嫉妬してきても珍しい商品で釣ってくれた。本当に上手いよ、あの人たちは」
そして蛍さんの孤独をいち早く気付いて話し相手になってくれたのだ。

「でも……成長すれば村の娘が話しかけてくるようになった」
うーん……やっぱり蛍さんの見た目が整っているからだろうか……?

「しかし話せば鶯は村の娘に嫌がらせをする」
「嫉妬ってことか」
鳴砂が呆れたように呟く。

「でもどうしてか……宿に泊まりに来る女性には嫉妬をしなかった。彼女たちは俺や花の話し相手になってくれた」
「女性……?商人ってことか?」
「商人と来ることもあるが、ほとんどは女性の一団やひとり旅」
「妙じゃないか……?こんなところに女性が……しかもひとり旅ならリスクもある」
「俺もそう思った。だけど誰もその理由を教えてはくれなかった」
どうして……?登山が趣味ならそう言えばいいと思うし、村に他に目的があるのなら隠してもすぐに広まりそうなものだが。

「母さんに聞いても『もう聞くな』と」
「何故なんだ……?」
「分からない。だがこの村には俺すらも知らない何かがある」
それは事実なんだろう。おかみさんも、村長も……きっと何かを隠している。

「……それでも鶯や村のものの目を盗んで鈴弥は会いに来てくれた」
この村で度々耳にする名だ。

「だから鈴弥にも聞いたが……鈴弥も知らないようだった」
けれど村長は多分知っている。
おかみさんも何かに勘づいている。

「その……鶯は鈴弥と言う女性に随分と嫉妬しているようだが。彼女は……」
「……鈴弥は、死んだ」
蛍さんはそう言うとすたすたと広間に向かってしまう。

「その、鳴砂」
「ああ……俺も鈴弥と言う女性については知らない。だが彼女によく似た椿さん」
「偶然だとは……」
「思いづらいよな」
何故なら私たちは直近でよく似た事例を知っているのだから。

「それにしても鶯がまさかあんなに逆上している姿を見るとはな」
「今までは違ったんだね」
「ま、忌み鬼を出迎える側だ。礼儀正しくはあったよ」
だがそれは所詮は外面だったのか。

「……うぐいすなんて嫌い」
「え……?」
突然の声に振り返れば、そこにいたのは花ちゃんだった。
鳴砂はゆっくりと腰を低くし、花ちゃんと視線を合わせる。

「花ちゃん。花ちゃんは鴬が嫌いなのか?」
「……」
「どうして嫌いなんだ?お兄ちゃんたちに教えてくれないか?」
「……から」
「うん?」
「うぐいすがお兄ちゃんと鈴弥お姉ちゃんのこと、邪魔したの」
と言うことは蛍さんと鈴弥さんは……。

「鈴弥お姉ちゃんが私のお姉ちゃんになるはずだったの」
つまり結婚するはずだった……?

「だけどうぐいすがダメだって言って、祭主も許さないって。鈴弥お姉ちゃん、いなくなっちゃった」
「いなく……?」
「何処にもいないの。お母さんもお父さんも鈴弥お姉ちゃんのお母さんお父さんも……知らないって。お兄ちゃんも……もうお姉ちゃんの話はするなって」
鈴弥さんは謎の失踪をして、誰もがその存在を消した……?

「お兄ちゃんも……出ていっちゃった」
今回は地元民として一緒には来たのだが。

「花ちゃんは悲しかったんだね」
花ちゃんの髪を優しく撫でればうっすらと涙を浮かべる。

「女鬼が嫌いって言ったのも、だからか?」
「……」
「三雲お姉ちゃんのことも嫌いか?」
「……女鬼だもん」
「だが鴬とは違う。むしろ鈴弥さんのことを知ったら怒るはずだ。花ちゃんのお兄ちゃんが嫌がってるのなら力になってくれるはずだ」
「……」
「花ちゃんはお兄ちゃんを取られたくないだけだろう?」
「え……」
「俺にも妹がいるからな」
「お兄ちゃんにも……?」
「そうそう。最初は嫉妬するくせに、段々お義姉ちゃんの方に懐きやがる」
それって陸璃くんのこと言ってる……?うーん、私もお兄ちゃんが結婚するとなったら嫉妬するのだろうか?分からないが。

「花ちゃんは鈴弥さんを忘れたくないだけだろう?」
「……うん」
「なら三雲お姉ちゃんに話しに行こう。あの人はみんなのお姉ちゃんみたいなものだからな。もちろん花ちゃんにとっても」
「みんなの……お姉ちゃん」
「花ちゃんも知ってるはずじゃないのか?」
「ほら、花ちゃん」
「……うん」
花ちゃんはゆっくりと私たちの手を取る。
三雲さんの言う通り昔は花ちゃんも三雲さんに懐いていたのだろうな。