――――翌朝。
遠塚と鬼塚の登山隊に商人たちが合流する。その中にひとり女性がいた。躑躅さんと言うそうだ。
「私は村の出身ではないけれど、毎年登っているから商人たちに混ぜてもらっているのよ」
と言うことは商人ではないのか。
「躑躅さん……でも」
「いいのよ、蛍くん。私も行きたいから行くの。だけど今回は椿さんも一緒なのね」
村の出身の蛍さんと知り合いなのは不自然ではないのだが、躑躅さんはどうして椿さんを気にしているのだろう?
「椿さんの希望なんです。山登りにも慣れてますし問題ないでしょう」
「そうだけど……」
躑躅さんはどこか寂しげに頷く。
「私のように山岳の出身なのかしら」
一華が呟く。椿さんは鬼になる前、一華のように山岳で暮らしていたのだろうか。
「だがここいらの山じゃない」
商人が告げる。
「ここいらの山で怨鬼に落ちる女はどこの村も知らん」
「ええ、俺たちもそのように聞いています」
と完次さん。では彼女たちは一体何処から来たのだろう?
※※※
鈴がリンリンと鳴る中、目の前に沢が見えてきて笛の音が響き出す。
「ここから沢足袋に履き替えるわよ!」
三雲さんの言葉に私たちは沢足袋を装着する。
「じゃぁ俺たちが縄を張ろう」
「はい、先輩」
完次さんと蛍さんがまず沢に向かう。
「この水量なら……ここがいいですね。浅めでそこまで脚が持って行かれないので」
「さすが地元民だねぇ」
「商人のみなさんも慣れてるので普通にやってのけますよ」
蛍さんの言葉に商人たちが苦笑する。
「さ、まずは女性から」
完次さんたちが通してくれた縄を伝いながら、三雲さんを先頭に私たちが沢を渡る。
「水の流れが、思ったよりも……」
「落ち着いて、ゆっくり。沢足袋なら底の滑りにも強いから」
「はい、三雲さん!」
慎重に渡り終えれば鳴砂たちや商人たちも渡り終える。
「あと2つほど沢を越えたら登山靴に履き替える!それまで頑張ってくれ」
完次さんの言葉にみな慎重に沢を渡っていく。
沢を越え、登山靴に履き替えれば再び山道を進んでいく。
「何か異常があれば遠慮なく言うんだぞ」
「うん、鳴砂」
「あと適度に行動食!」
「うん!」
時折商人さんや三雲さんたちと行動食を交換したりして進んでいく。
「もうすぐ山小屋が見えてきます。そうしたら早めの夕飯を食べて、暗くなったら寝る」
「そうだねぇ。ここには街の明かりもない」
蛍さんの言葉に完次さんが続く。
「ここでは自然に合わせて動くんだ」
「山だからな」
「うん、鳴砂」
相手は大自然。私たちが合わせなければあっという間に呑まれてしまいそうになる。
「氷雨は見張り番をしていてくれ」
「はいはい、獣避けね」
山小屋に辿り着けば、早速食事の準備が始まるが匂いで獣がやってこないよう何人かが交替で見張りにつく。
時折完次さんたちが猟銃を発砲している。
「ひゃっ!?」
「大丈夫か?雛」
「う、うん、鳴砂」
大きい音……いやだからこそ獣避けにもなるのだろうか。
「さて、米も炊けたから順次食べていって」
お兄ちゃんと一華がご飯と乾物を持ってきてくれる。
「はむっ……ん、美味しい!」
「ああ、大自然の中だとまた格別だなぁ」
「うん!」
「椿さんもどうぞ」
「ありがとう、蛍さん」
ふと、2人のやり取りが見える。
「その……椿さんと蛍さんって……」
「やっぱりいい感じですわね」
一華がこっそりと告げてくる。
「……」
その様子を躑躅さんはじっと見つめていたものの、私たちの視線に気が付くとふわりと笑んでくれる。だが躑躅さんがあの2人をまるで優しく見守るように眺めていたのがどうしてか気になった。
その後は山小屋の周りに獣避けを仕掛け、私たちは就寝することとなった。
「……ん?」
夜、魘されているような声に気が付く。
「り……つか、さま」
「一華?」
律華とは誰のことだろう?
そして一瞬、一華が黒髪の少女に見えた気がしたのだ。
「一華」
しかし手を握ってあげれば、少し落ち着いた……?魘されているようにも見えない。
もう、大丈夫なようだ。
私も一華の隣で再び横になった。
※※※
――――山小屋で一泊して、翌朝。朝陽が昇るのと共に、私たちは出発した。
「何とか野生動物には会わないで済んだな」
「会わない方がいいの?」
「もちろんだ。俺たちは狩りに来たわけでも彼らに会いに来たわけでもない。彼らの領域にお邪魔して人間の居住区に向かっているに過ぎない」
「そっか……そうだよね。私たちは動物たちの生活域を通ってる」
「そうだ……この見事な草原だって野生動物たちの餌場だ」
こんなに素敵な風景。ずっと見ていたいとも思ってしまうが、ここは彼らの場所でもあるのだ。
「どうやら野生動物はいないようだ。今のうちに抜けよう」
完次さんが告げる。長居はいけないのだろう。
「よく知らない観光客は山で野生動物に会うことを喜ぶ。だがそ時と場合によっては命取りだ」
「相手は襲ってくるかもしれない……?」
「ああ。俺たちだって家に知らないやつが侵入したら追い出すだろ?それと同じ」
「そう考えればその通りかも」
「そうだ。ただし野生動物たちは人間や鬼を『異質なもの』『恐いもの』そう認識しているから、俺たちの存在を周りに知らせれば不用意に近付いてこない」
シャンシャンと絶えず鳴る鈴の音もそれを知らせ続けてくれている。
「長い間山あいの村に暮らしてきた人々がその基礎を作ってくれた。だから俺たちはそれを崩しちゃならない。それが崩れた時、村はなくなる」
「……っ!それじゃぁそんな危険がありながらどうして山あいの村で暮らすの?」
「そこが故郷と言ってしまえばそれで終わりなんだが」
「北部の民は元々よその土地から連れてこられた開拓者の子孫だ」
と、蛍さん。
「罪を背負ったものもいる。元の土地で暮らせなかったものもいる。住むしかなかったんだ」
「そう……だったんですね。ごめんなさい」
「謝ることじゃない。真実だから」
蛍さんの表情はどこか割りきっているようにも見えた。
開拓者たちが切り開いた村は草原地帯を越えた先に山々に守られるように鎮座していた。
「……鳴砂」
「ん?」
「私たち以外にも登山隊がいるのかな?」
「どうしてだ?」
「何となく……向こうに気配を感じて」
「獣だったら困る。早く村に入ろう」
その時完次さんが急かすように手招きしてくる。確かめる必要はないのだろうか……?完次さんの対応に少し疑問を呈しながらも私たちは村に出迎えられた。
※※※
「ようこそ雌峰村へ、三雲さま」
「歓迎感謝いたします、村長」
出迎えてくれた村長はまだ30代後半と言った感じでまだ若いようだ。
村長一行に続き私たちは村に足を踏み入れようとする。しかしその時、村長が酷く驚いた顔をする。いや、村人たちもだ。
その視線の先には椿さんがいる。
「蛍……お前どうしてっ」
村長は蛍さんを睨む。
「何のことです。俺は忌み鬼さま方を案内してきただけです」
「そう……だったな。早くみなさまを、宿に案内してやりなさい」
村長は急に充電が切れたかのようにそっぽを向く。
「だが……躑躅」
「蒼吾お義兄さん」
え……?お義兄さん?
「まだそう呼ぶのか。お前はまだ灯吾のことを忘れられないのだろうが……」
「それじゃぁお義兄さんは」
「我々は実の兄弟だからだ。でもお前は違うだろう」
「……たとえ血の繋がりがなくたって」
「それでもお前はまだ若い。灯吾のことを忘れて他の男と幸せになる道だってある」
「……」
「村に来るのはこれで最後にしなさい」
「でも……それでも私は……っ」
躑躅さんはぐっと言葉を呑み込む。
「ごめんなさい」
躑躅さんがそう言い顔を背ければ村長は悔しげに俯く。
すたすたと先を行けば私たちも後を追う。
「宿は俺の実家なんです」
「ここ2年くらいは滞在したが蛍さんには会わなかったな」
と鳴砂。
「その期間なら俺はずっと都にいたので。でも鎮命山には都にいる間も三雲さまに同行してます」
「俺たち北部分隊もね」
と完次さん。
「そうね。女ばかりってのもあるから、男手が多い方がいいのだけど。だからか夫婦も多いわよ」
と三雲さん。思えば三雲さんも……それから椿さんも、なのかな……?
「鳴砂」
その時、お兄ちゃんが鳴砂と私にしか聞こえない声で囁いてくる。
「どうした?」
「村人たちの反応、似てないか。鬼鳴村で俺を見た時の村人たちと」
「そう言えば……」
「でもお兄ちゃん、それならどうして……」
村を訪れていたはずの三雲さんや完次さん、生まれ育った蛍さんは何も語らないのだろうか……?

