忌み鬼に嫁いで山に登ります


――――ガタガタと馬車が進んでいく。

「その……鬼塚家へ向かうのでしょうか」
恐る恐る正面の鳴砂さまに問う。するとやはり鳴砂さまは一言も発することがない。嫌われているわけじゃ……ないよね?口元は優しく笑んでいる。
そして銀髪の青年が口を開く。

「ああ、鬼塚家に寄っていきたいところなんだが……予定が押していてね。これから向かうのは鬼の宗家……鬼目家だ」
「宗家……っ!?」
やはり鬼と婚約したからだろうか?挨拶に行くと言う意味なのか。

美百合が薙斗と婚約しているとはいえ私のような平凡な子が足を運べるはずもなく。

馬車を降りれば想像通り大きなお屋敷がある。

「花嫁さまもどうぞ」
銀髪の青年が手招きしてくる。

「その、雛で構いません」
「雛……」
銀髪の青年は何か考え込むように反芻する。しかしその憂いを振り払い口元に笑みを浮かべてくる。

「その……そう言えばあなたの名前を……」
まだ聞いていなかった。

「俺は梔子(くちなし)紅鳶(べにとび)と言う。あちらは深奥(しんおう)氷雨(ひさめ)さんだよ」
紅鳶さんが橙の髪の青年を示す。
「紅鳶さんと氷雨さんですね」

「ああ。それから……」
続いてやって来た馬車から忌面をした女性が降りてくる。2、3年上だろうか。白い鬼角、長い白髪。珍しい女性の鬼だ。

山城(やましろ)一華(いちか)と申します。どうぞ一華とお呼びください。中で花嫁さまのお支度をお手伝いします」
「中でって……宗家の中でですか?」
「中では頭領に目通りしますので相応しき格好を」
頭領にって……宗家に来たのだから当然かもしれないが。さすがにこの萎れた着物ではまずいのか。

「ではこちらへ」
紅鳶さんが手招きをする。
すると門が開きずらりと並んだ鬼たちが一斉に礼をする。どう見ても……ただ婚約の報告をするようには見えない。

「……」
気が付けば鳴砂さまが手を差し出している。今は紫色の澱みもない滑らかな肌だ。
「鳴砂さま」
そっと手を重ねれば導かれるように宗家に通される。

「それでは花嫁さまはこちらへ」
「は、はい。一華さん」
「一華でよろしいですよ」
「なら、一華。その……私も雛でいいです」
「では雛さま」
一華と客室に通されれば、一華が衣を広げる。落ち着いた色合いではあるが素材は今着ているものとは段違いだ。

「それではお着替えを」
帯をほどき一華が衣を下ろしたところで思い出した。

「い……っ」
患部と着物の布がピリッと剥がれる痛みに顔をしかめる。

「雛さま!?これは一体……」
忌面をしていても一華が青ざめているのが分かる。

「その……昨日台所で火傷をして……」
こんな火傷じゃ、高級な着物を汚してしまう。やはり私にはあの着物を着る資格は……。

「宗家のものに手当てのための薬と包帯を借りて参ります」
「そんな……宗家なのにっ」
「だからこそですわ。怪我をしたままの雛さまを頭領の前に出すと言うことは、怪我をしたまま雛さまを送り出すと言うこと」
送り出す……?嫁に、と言うことだろうか?

「それは頭領の沽券に関わることですわ」
どうして私のようなしもじもの娘を怪我したまま送り出したら沽券に関わるのだろう?しかし一華の言葉遣いは真剣にそう言っているのだと感じた。

すぐに手当ての薬と包帯が持ち寄られ、腕を手当てしてもらう。そして着物を纏い、客室を出れば鳴砂さまたちが待っていた。

そして鳴砂さまは驚いたように私の腕に手を伸ばす。

「昨日火傷をされたそうで、手当ては済ませましたわ」
一華の言葉に鳴砂さまが頷く。鳴砂さまはまるで私を労るように背に腕を回してくださる。

そんな細やかな優しさが……どうしようもなく嬉しくて。
私は本当に鳴砂さまの花嫁になるのだと言うことが幸せなのだ。
頭領は認めてくださるのだろうか。もし認めてくださらなかったら……不安に感じる心を抑えながらも頭領と相対するのであろう部屋に通される。

しかしこの席は……上座ではなかろうか?
上座に座るのは頭領のはずだと言うのにどうして……?そして私たちが上座に座ることを宗家の鬼たちも止めることないどころか、どこか畏まるように見守ってくる。

鳴砂さまの隣に私が座り、その左右に氷雨さんと紅鳶さん。一華は少し後ろに控えている。

「頭領が参ります」
宗家の鬼が告げれば扉が開き、頭領が姿を現す。薙斗によく似てはいるものの、表情は険しく近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

座礼をして出迎えた方がいいのだろうか。

「雛、そのまま」
迷っていれば紅鳶さんの言葉にきょとんとする。そのままと言うことはこのまま身体を起こしていていいと言うこと?

「託し、見送るのは頭領の役目。鳴砂さまはそれを受ける。伴侶となる雛もそのように」
託し……見送る?頭領は何を見送るのだろうか。

そして頭領が私たちの目の前に腰掛ける。

「今年もあなたを見送ることしか出来ないこと、心苦しく思う」
薙斗とはまるで違う、厳かな声。鬼の頭領など雲の上の存在。だと言うのに威圧ではなくどこか哀愁を覚えるのは気のせいだろうか。

「どうか我らが同胞たちを鎮命山(しずめやま)へお導きください」
鎮命山……?
それって確か街からも見える鬼たちの神聖な霊山ではなかったか。

そして私たちの目の前で頭領が頭を下げたのだ。

「……?」
どう言うこと?

「主はこれより役目を果たすため鎮命山に赴く」
氷雨さんが口を開く。役目とはどう言うこと?

「心得た」
頭領が頭を上げじっと鳴砂さまを見る。鳴砂さまはこくりと頷くと立ち上がり私にも立ち上がるよう促してくる。

頭領がサッと道を開ければ氷雨さんと紅鳶さんが先導する中部屋を後にするのだが。

「みんな……どうして?」
頭領のみならず宗家の鬼たちが平伏しながら私たちを見送るのだ。

廊下に出れば、廊下の左右に並ぶ鬼やその花嫁と見られる人間の女性もまた頭を垂れる。

その最中、立ち上がった鬼がいる。金髪に赤い瞳、銀色の角。
薙斗に少しにているが引き締まった表情は頭領に近い。

「鳴砂」
「……」
彼の呼び掛けに鳴砂さまは無言で答える。

「お前を見送ることしかできないのが歯がゆい」
その言葉に鳴砂さまは首を横に振る。まるで待っていてくれと言わんばかりに鳴砂さまは口元に笑みを浮かべる。その表情に彼は涙を潤ませた。

「門先まで見送ろう」
その言葉に鳴砂さまはこくんと頷き、彼も鳴砂さまと共に歩む。

宗家の門が開き、彼ともお別れと言う時だった。

「ちょっと、どうして雛がここにいるのよ!」
聞きたくなかった、その声。
門の外にはちょうど帰ってきたのか、美百合が薙斗と腕を組んで立っていた。

「それに何なの?その忌面ども!あんたが嫁いだ忌まわしき忌み鬼がどうして薙斗さまと私のお家にいるのよ!」
まだ嫁いでいないのだからあなたの家ではないでしょうに。

「嫌よ、穢らわしい!とっとと追い出してよ、薙斗さま!」
美百合はいつものように薙斗に縋る。
「いや……しかし」
だがどうにも薙斗の様子がおかしい。いつもなら美百合の言うことなら何でも聞き傲慢さを見せ付けてくると言うのに。

「薙斗さま、早くしてよ!」
そんな美百合の我が儘を遮ったのは意外にも薙斗によく似た彼だった。

「いい加減にしてくれ、薙斗兄さん!」
兄さん……って、彼はやっぱり。

「す……直斗(すぐと)
薙斗が彼の名を呼ぶ。宗家の次男、直斗さまだ。

「今日は鳴砂が鎮命山に登るのを見送る日だ!それがどんな日か、兄さんだって知っているはずだろう!なのに何でそんな女を連れてきた!」
「それは……その」
しどろもどろになる薙斗に反して目を吊り上げたのは美百合である。

「そんな女ですって!?私は薙斗さまに選ばれた次期頭領夫人なのよ!?薙斗さまの弟だからって目をかけてやったのに、生意気よ!」
「……」
しかし美百合に怒鳴られながらも直斗さまは揺るがぬ怒気を美百合に向ける。

「薙斗」
そこに重々しい声が響く。頭領も門のところまでやって来ていたのだ。

「すぐにその女を連れて退きなさい」
その言葉は怒気をはらんでいるように感じる。

「は、はい!父上。美百合、行くぞ!」
薙斗は焦ったように美百合を引っ張る。
「ちょっと、まだ話は……」
「いいから来るんだ!」
美百合が薙斗に連れていかれ、ようやっと静寂が戻る。

「お見苦しいものをお見せした」
「……」
鳴砂さまは首を横に振り、私たちを連れ門を出る。
宗家の内側では頭領、直斗さま、鬼たちが頭を垂れながら……バタン、と門が閉じられる。

「さて、急ごう。鎮命山の麓では準備が完了しているはずだ」
「準備って……紅鳶さん。私は……」
「雛も登るんだ」
「へ……?」
登るって……山に?いきなり登山!?

「それが忌み鬼に嫁ぐ花嫁の役目でもあるからね」
忌み鬼に嫁ぐ花嫁の……役目?何から何まで分からないことだらけだ。

そもそも忌み鬼とは。
宗家での頭領やみなの様子を見れば、人間たちの忌み鬼の認識と明らかな違いを感じるのだ。