――――鬼塚家では女性陣がちょこれいとを囲って盛り上がっていた。
「やっぱり分かってるわねぇ。我が息子よ」
お義母さまがニコニコしながらちょこれいとに手を伸ばしつつ、鳴砂が多めに買ってきた分は使用人の女性たちにと渡していた。彼女たちは鬼塚に仕える鬼たちの花嫁である。
皆喜んでいるようで微笑ましい。
「ん……甘いのにしてよかった」
陸璃くんも上機嫌でちょこれいとを口に放り込む。私もドキドキしながら口にすれば。
「少し苦いけど、甘くて美味しい」
「でしょう?クセになるのよねぇ」
お義母さまがニコニコと頷く。
「はい!ついつい食べ過ぎちゃいそうで……ああでも」
パタパタとお兄ちゃんのもとへと向かう。
「雛?」
「はい、あーん」
「えっ」
「お兄ちゃんはいつも飴をくれたから、お返し」
「そう言うことなら」
お兄ちゃんがちょこれいとをはむっと受け取る。
「うん、美味しいね」
「でしょ?」
お兄ちゃんに喜んでもらい上機嫌で卓に戻ろうとすれば視線を感じる。
「鳴砂?」
「いや……別に兄妹水入らずの雰囲気に文句があるわけじゃない」
「……へ?」
「ぷはっ、あんたはもう。お父さんそっくりよ!」
お義母さまが笑う。
「ちょ……どういう意味だよ」
鳴砂が戸惑うが。ええーと……。
「雛さま、ここは鳴砂さまにも」
一華に言われてハッとする。ひょっとして……嫉妬?何だかかわいいと言うか。意外な一面。
「鳴砂も」
「雛」
「あーん」
「はむっ」
意外と素直に口に含んでくれたことに安堵する。
「ん、旨い」
「うん。登山で大変な時もこれで力が出そう」
「だな。だが芳醇過ぎて獣が寄ってきてもなぁ」
「じゃぁ帰ってきてからのご褒美?」
「そうなるな。山登りを終えたら今度は喫茶店で菓子でも食いに行くか。えくれあとか」
「えくれあ!」
陸璃くんが反応する。
「まぁお前はお留守番させるってのもあるし帰ってきたら一緒に行くか?」
「そんな雰囲気ある場所に割り込むほど野暮じゃないよ。いい。氷雨に連れていってもらう」
「え?それはいいが……チョイスが氷雨?」
お兄ちゃんや一華でもいいと思うのだが。
「別にいいでしょ?虫除けにもなるし」
「ああ、それは言えてる。猛獣避けにもなるしな」
いや……猛獣避けって……?一方で氷雨さんはと言えば。
「はい、氷雨さまもどうぞ」
一華がちょこれいとを差し入れていた。
「俺は別にいい」
「もう、陸璃さまを連れていくのに甘味の味も分かってないのは喫茶店に失礼ですわよ」
「何でもう決まってんの」
そう言いながらもちょこれいとを口にしてくれるのは、連れていってくれるってことかな。相変わらず冷たいようで優しい鬼である。
そんな微笑ましい様子を見ながらも北部に向けた準備を終えた私たちは出立の日を迎える。
「それじゃ、気を付けるんだよ」
「ああ、母さん」
お義母さま、お義父さま、陸璃くんたち鬼塚家の
みんなに手を振って、私たちは出発する。
――――北部までの道中は馬車と馬で1泊2日。三雲さまが待つ北部の街までもそれくらいかかるのだ。
やっとのことで大きな屋敷に辿り着けば、門のところで腕を振る女性が目に入る。白髪に黒い瞳、銀色の角、格好は道着のようにも見える。
「よく来たわね、鳴砂」
「ああ、三雲さん」
彼女が北部の忌み鬼!女性だったんだ!
「早速だけど氷雨、手合わせいいかしら!」
そう告げる彼女の腰には太刀が提げられている。
「ええ?嫌だけど」
馬から降りた氷雨さんが遠塚家の家人に馬を預けながら一蹴する。
「そんなぁっ!」
「まぁまぁ、三雲殿」
そんな彼女を慰めたのは遠塚家から出てきた3人の男女のひとり。ダークグレーの髪に茶色の瞳、黒い角の男性だ。
「彼らは旅の疲れもあるし、明日は山登りなんだから。そう言うのは無事に帰ってきてからでもね」
「確かに完次さんの言う通りだわ!」
「それじゃ、そう言うわけで中にどうぞ」
完次さんが中に招いてくれる。しかしながら……完次さんの格好って憲兵だろうか?
そしてもうひとり憲兵がいる。こちらは人間で黒髪に焦の瞳のまだ若い青年だ。
「十六夜蛍と言います。今回の登山に先輩と同行します」
「彼は雌峰村の出身なんだ」
と完次さん。
「だから頼りにしてるよ」
「任せてください。それから……」
「今回は私もご一緒します」
白髪に赤い瞳、銀色の角の女性である。
「今年の鎮命山でも一緒に登ったの。椿よ。よろしくね」
「ああ、三雲さん」
どうやら北部の面子は少数精鋭のようだ。
「本当ならこちらの鬼たちも山登りには慣れさせたいのだが、巫女岳は遠いし渡渉があるからね。慣れたものたちと、それから村に向かう商人たちで行くよ」
完次さんに三雲さんが頷く。
「そうね。うちって忌面衆も女鬼が多いのよ」
「どうして……ですか?」
私の疑問に三雲さんはまずは座ってと客間に招いてくれる。
「北部には毎年のように女性の怨鬼が発生する。だけど儀式を終えて鬼となった後も彼女たちはここに残りたがる」
「都や各地の鬼たちから縁談は多いんだけどね」
と完次さん。
「残りたがるのってやっぱり……」
「同行して、見てるからな」
鳴砂が頷く。
「忌面衆は一番近くで忌み鬼の修験を見届けるからこそ」
「鬼になった後も側で仕えたいと願うものよ」
三雲さんが頷く。
「だからこちらの男鬼や人間の男と婚姻する。婚姻したのが人間の男だと次代人間が生まれる確率も上がっちゃうんだけど……それでも大事なのは彼女たち同士の気持ちよ」
「そうだねぇ。俺たちは鬼同士だけど、俺は自分が人間でも君に婚姻を申し込んだだろう」
と言うことは完次さんは三雲さんの夫!?
「や、やだもう!」
三雲さんが恥ずかしそうに照れる。
「そ、それよりよ!登山の必要道具も用意してるから確認してちょうだい」
「分かったよ、三雲さん」
鳴砂が頷く。三雲さんが隣の部屋を開けると、人数分道具が並べられているようだ。
「まずは鈴」
三雲さんが持ち上げたのは三連になった鈴で持ち上げるだけでも甲高い音が鳴る。
「これは必ず背負い鞄に身に付ける!」
私たちは指示通り背負い鞄に取り付ける。
「続いては笛よ!これは首から提げていつでも吹けるようにする。基本は鈴があるけれど、沢の周辺や風が強い時には定期的に吹くこと」
「は……はい!けれどどうして?」
「北部の山には多くの猛獣が生息しているの。彼らに遭遇しないため、人間がここにいるから近付くなと言うことを知らせるためよ」
「猛獣が……」
「そう。だけれど私たちは互いに適切な距離さえ取れれば争わずに済むわ。それでも遭遇してしまった時に使うのがこれよ」
三雲さんが持ち上げたのは握り拳くらいの球である。
「これは癇癪玉。遭遇してしまった時はこれを投げて追い払うこと。これはひとり5個は持ってすぐに取り出せるように背負い鞄に吊り下げること」
「こんな感じでな」
鳴砂が手本を見せてくれたようにやってみる。
「だけど氷雨がいるから大体は大丈夫よ」
「氷雨さんがいると……?」
「氷雨がいると猛獣の方から逃げてく」
「ふん」
鳴砂の言葉に氷雨さんがぷいっと顔を背ける。
「どうしてなんだろう?」
「さぁ、何でだろうなぁ?」
鳴砂にも分からないらしい。
「猛獣よりも危険な猛獣だからでは?」
「一華ったら……!」
「別にそれでいい」
それでいいって……本当は優しいのに。
「まぁでももしものことがあるから、癇癪玉は必要だ。俺たちも猟銃を持っていくから」
「はい、先輩」
猟銃を!?やはりそこまで危険な山なのだろうか。いや、でも鳴砂たちがついているから大丈夫だよね?
「あ、そう言えば鳴砂」
「何?三雲さん」
「ちょこれいとは?」
「ああ、それ。ほら」
鳴砂が取り出せば三雲さんが嬉しそうに受け取る。
「やっと念願のちょこれいと!」
「そんなに食べたかったのか?」
「そうよ、それもこれも……」
三雲さんが完次さんを睨む。
「今年の春、蛍くんが都の訓練を終えてこっちに赴任したんだけど、その時に椿と私にちょこれいとを買ってきてくれたの!」
「はい。入隊するため村から都に向かう道中、泊めていただいたのでお世話になった礼にと」
「そうなのよ。な、の、に……!」
「その……先に椿さんに差し入れて三雲さまにと思ったら……」
「完次さんが横からひょいっと摘まんで口に……」
「いやぁだって、2つしかないとは思わなくて」
「田舎出の新兵の給料なんてたかが知れてるんだからそれくらいしか買えなかったんですよ!まぁ完次さんの推薦でこっちの憲兵隊には入れましたけど……でも旅費もあるし!」
「だからごめんって」
完次さんがハハハと笑うが。
「それは全面的に完次さんが悪いな。三雲さん、存分に味わってくれ」
「ありがと~~!ふふっ、椿もひとついいわよ」
「で……では!」
三雲さんと椿さんがぱくりとちょこれいとを口に含めば。
「ん~~、美味しい!」
「はい、三雲さま」
「これ、みんなにも配っていらっしゃい。女の子ならみんな好きだわ!」
「ええ、そうして参ります」
椿さんが屋敷のみなに配りに向かう。
「俺の分はないのか?」
と呟く完次さんは……全く懲りてなかった。
「んもう、先輩!」
「完次さんはおあずけよ!」
蛍さんと三雲さんに責められ完次さんが苦笑いする。

