忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――立ち上る禍々しい光。儀式の場へと向かえば大篝火の準備がされている。その向こうからへろへろと出てきた姿に叔父さまが叫ぶ。

「兄さん!そこで何をしている!まさか……五合目より上に登ったのか!?」
「はは……はははっ!この村の祭主は俺だぞぉっ!俺が好きにして何が悪い!さぁ俺の言うことを聞かないやつらはひとり残らず神罰をおおぉっ!」
何を言っているの!?あの禍々しい光は……。

「怨鬼の纏う穢れにそっくりだ」
「なら私たちで鎮めるしかありません」
鳴砂とさずりさまが告げる。

「でもどうやって……」
叔父さまがたじろぐ。
「この大篝火、灯せるか」
「え……ええ!」
叔父さまが火をくべれば大篝火が立ち上る。

「出来るだけ祭の儀式に近い形を維持するんだ」
「あなたが祭主として」
「は、はい!さずりさま!」

「待て!祭主は俺だぞ!」
叫ぶ伯さまを紅鳶さんや鬼たちが拘束する。

「くそ……くそ!その面ムカつくんだよ!譲みたいな顔をしやがって!この死に損ないが!」
そんな言い方……っ。

「あんまりうるさいなら気絶させておけ」
氷雨さんの言葉に鬼たちが伯父さまを昏倒させる。

儀式のことは叔父さまが知ってる。叔父さまが祈りの言葉を唱える。

しかしその時、炎がうねり叔父さまに襲い掛かる。鳴砂もさずりさまも鎮めのために集中している!ここは私が……っ。

「危ない!」
「雛!」
叔父さまを庇おうとした私の身体を紅鳶さんが遮る。

「紅鳶さん!」
「……」
炎は紅鳶さんの前で止まり、どうしてか紅鳶さんの頬に涙がつたう。紅鳶さんは炎の先に何を見たのだろう?

そして身体が光るように輝く。これ……鎮命山で使った力だ。

「大丈夫」
紅鳶さんの身体を後ろから抱き締める。

「あなたの悲しみや苦しみは忌み鬼が鎮命山で鎮めてくれたから」
巫女の祈りはどれだけ届くか分からない。だが私の持った力はそのために備わったのだから。

「だから……もう」
炎を囲うように立つ巫女姿の女性たちの幻影は、祈りを捧げてきた姿なのだろう。

その中心に向かうひとりの巫女が鳴砂とさずりさまの前に傅くように膝をつく。

『ありがとうございます。鬼鳴山に来てくれて……私たちを救ってくれて』
一瞬、彼女に寄り添う鬼を見た気がする。

私たち巫女の浄化の光と忌み鬼たちの鎮めの儀に答えるように鬼が鳴く。

ゴオゴオと燃え立ち上る炎と共に天に昇っていく。

「くすぶっていた悲しみはこれで浄化された」
「そのようだ。魂だけの穢れと言うのは浄化が難しいんだが……巫女たちの思いが助けてくれたな」
鬼鳴山では大篝火がパチパチと立ち上る中、登ってきた村人たちが祈りを捧げる。

「この祭は今後、どうなっていくのでしょうか」
「あんたはどうしたいんだ?」
鳴砂の問いに叔父さまは少し考え込むように俯く。

「この世界にはまだ怨鬼が鳴いているのなら、私たち祭主一族の罪と共に祈りを捧げとうございます」
「ならばあなたが祭主として祭を取り仕切ってください」
「さずりさま」
「禁を犯した保一は生涯村で幽閉し管理なさい。さすれば私たちはこれまで通り後祭を支援いたしましょう」
「……ありがとうございます」
叔父さまはさずりさまに深く一礼した。

※※※

――――私たちが村に戻ってきた頃には憲兵たちが到着していた。

「おら、とっとと歩け!」
「この人でなし!」
伯母さま以上に保成が乱暴に連行されていく。あれで……いいのだ。したことがしたことだもの。

そして村長宅は村長一家に返され保一伯父さまはその地下牢に幽閉されることとなった。

一方で私たちは村を去る前に叔父さま叔母さまにあるものを手渡していた。

「これは……?」
叔父さまが驚いたように見るのは社の土地権利書だった。

「父が兄に盗られないようにと姉さんに託したのか」
「それと、紅鳶」
鳴砂が告げれば紅鳶さんが腰から刀を鞘ごと抜き取り、鞘がカチッと鳴ったかと思えばもう一枚紙が出てくる。
それを広げれば。

「ピッタリ合った……これを持っていると言うことは君は」
叔父さまがじっと紅鳶さんを見つめる。

「俺は鳴砂の従者の紅鳶ですから」
「……そうか」
叔父さまが少し寂しそうに答える。

「だがこれを私たちが持っていていいのかい?」
「これは……奥方への礼です」
「……分かったよ。君が雛ちゃんの近くにいてくれるのなら私たちも安心だ。それから……雛ちゃん」

「……叔父さま?」
「これを」
叔父さまが差し出してきたのは手鏡だった。

「これは……?」
「万智に実家から取ってきてもらった」

「絹子お義姉さんに盗られないよう、実家に隠しておいたの。雛ちゃんのお母さんが私の嫁入り祝いにとくれたものよ」
「そんな大事なものを……」
「だからこそもらって欲しいの。いいえ……これは雛ちゃんに託すべきものだから」
「……あ、ありがとうございます!」
お母さまの形見など、受け取るのは初めてだ。全て奪われてしまったから。それでも万智叔母さまは必死で隠してくれたのだ。

「あの……来年もまた来ます」
「いいの?」
「もちろんです!その時はその、叔母さまたちの足の大きさを教えてください。桔梗ちゃんも靴があった方が登りやすいはずですから」
「そうだな。それがいい」
鳴砂も頷いてくれる。

「こちらこそありがとう」
万智叔母さまたちにお礼を言われ、見送られながら私たちは都に向けて帰路に発つ。

その中継でまたさずりさまの屋敷に立ち寄らせていただいたのだが。
「雛?」
「紅鳶さん?」
紅鳶さんに呼び止められたのだ。

「あの炎が目の前に迫った時」
あの時?

「思い出したんだ」
「思い出したって……」
「人間だった……譲だった頃の記憶だ」
「え……でもお兄ちゃんは」
「そこまで大切だったんだ。俺にとって魂に刻まれたのは雛だったから」
優しい抱擁は覚えている。その匂いも、声も、全部。

「……お兄ちゃん……お兄ちゃんっ」
「雛。俺は一度死んでいる」
「……うん」
その死がどう言うものだったかは分からない。きっとお兄ちゃんは教えてくれないのだろう。

「鳴砂に拾われて、鎮命山に登った。もう、譲には戻れない」
「……うん」
「だけど雛のお兄ちゃんでいてもいいだろうか」
「もちろんだよ」
人間でなくなったとしても、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから。だけどどうしてお兄ちゃんは記憶を思い出したのか?鬼鳴山が、巫女たちの祈りが奇跡をくれたのか。そうとしか思えなかった。

――――その翌日、私たちは鬼塚家に帰邸した。

※※※

――――side:鳴砂

鬼塚家でひと祓いをした一室に客が訪れる。
「鳴砂、話がある」
「ああ、入れ。紅鳶」

「鳴砂、鳴砂の思う通り、俺は生前柊木譲と言った」
「雛の兄貴か」
「そうだ。あの祭の炎が記憶を蘇らせた」
「初めての事例だな」
「ああ。だが雛には話せない。けれど鳴砂には知っておいて欲しい」
「ああ、聞こう」
改めて居ずまいを正す。

「譲を殺したのは……指示を出したのは柊木家当主だ」
「……実の父親か」
「親とも思っていない。雛も譲も、俺もだ」
「俺たちが鬼鳴山に行っている最中も両親に結納金をたかっていたようだがな」
「本当に恥ずかしい。あの男は、鬼鳴村の連中に譲を拷問させようとした。しかし祭主一族の末裔を手にかけるのを嫌がり村の連中は逃げ出した」
「村人たちの中にはそいつらがいたから脅えていたのか」

「ああ。そして村の連中に逃げられたあの男はごろつきを雇い譲を拷問して殺した……が俺は怨鬼として蘇ってしまった」
「そう言うことだったか」
「たくさん殺した。母さんがじいちゃんからもらったこの、嫁入り道具で」
「だろうな。刀には大量の血が染み込んでいた」
「俺は……譲に戻っちゃいけない」
紅鳶の頬から涙が流れる。

「譲の罪にしてはいけない。譲は罪なき雛の兄であって欲しい。だけど同時に紅鳶としての俺も雛の兄であることを求め続けている。氷雨さんの言う通りこれは……呪いだ」

「そうだな。ある意味消えない鬼の呪いだ。だがそれもこれも全部背負うのがお前を拾った俺の役目だ」
「鳴砂」
「それにな、お前が紅鳶であり続けるとは言え雛の兄には復帰したいのだろう?」
「それは……その。そうだ……」

「ならいい。だからな、受け取って欲しいものがある」
「え……?」

※※※

――――side:雛

私は鳴砂とお兄ちゃんと一緒にお義母さまとお義父さまに呼ばれていた。

「さ、ここに」
お義父さまに促されるまま腰掛ければ、お義父さまがお兄ちゃんの前に金貨の入った箱をスッと差し出す。

「えと……これは」
お兄ちゃんが戸惑う。

「結納金だ」
「えっ」
「大切な妹の雛ちゃんを嫁にもらうんだ。なら雛ちゃんの大事な家族に渡すのが筋ってもんだ」
「ですけど俺はもらったところで……」

「なら、嫁入り道具でも用意してやったらどうだ?結納金ってのは本来嫁ぐための準備金だ」
「嫁入り道具……ですか」
「いい刀匠がいてねぇ。私のこれも山登りにも役に立ってるからさ」
お義母さまが見せてくれたのは帯に挿していた短刀だ。

「わ……分かりました!それじゃぁ……」
「今度氷雨に連れていってもらいな」
「はい……!」
すぐ側にいるのに嫁入り道具をもらうのは少し変な感じだが、それでもどこか楽しみと言うか嬉しいのだ。

しかしそんな時、鬼塚家に押し掛けてきた男がいると報せが入る。

急いで玄関に向かえば。

「おい!結納金はまだか!とっとと寄越せ!」
お父さまだった。

「結納金ならもうもらうべきものに渡したが」
とお義父さま。

「は……?」
お父さまがポカンと口を開ける。

「ほら、行ってやれ。紅鳶」
鳴砂が告げればお兄ちゃんがお義父さまの隣に並ぶ。その瞬間お父さまの顔が青ざめひくつく。

「何故殺した?」
氷点下な問い。そして手を刀の柄にかければ。
「出たあぁぁぁ――――――っ!!!」
そう言って一目散に逃げていく姿に一同苦笑が漏れ出、鳴砂がしてやったりとばかりにニッと笑んだのだった。