忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――突如保成さんがぶっ飛ばされたことで絹子伯母さまが悲鳴を上げる。

「きゃあぁぁっ!」
「さて……」
そして氷雨さんが冷たい目で絹子伯母さまを見据える。

「や、やめなさいよ!じょ……女性に暴力だなんて……っ!」
小さな女の子に暴力をふるっておいて何を言うのか。

「だから?」
しかし動じていない氷雨さんも氷雨さんである。さらに……。

鞘でガシンと絹子伯母さまの手の甲を叩けば、桔梗ちゃんの髪から手が放れ自由になりこてんと地面に転がる。

そして極めつけに。

「ぶふぇっ」
まさか絹子伯母さまの頬まで鞘尻で行くとは。

「まぁ、これは好機ですわ」
「ちょ……一華!?」
桔梗ちゃんの元に走っていく一華を追いかける。

突然のことにきょとんと氷雨さんを見上げている桔梗ちゃんに手を差し伸べる。
「桔梗ちゃん、お姉ちゃんたちと行こうか」
「今のうちに逃げますわよ」

「……」
桔梗ちゃんは私たちとその向こうの万智叔母さまを見る。

「ほら、お母さんのところに帰ろう」
「うん!」
私の手を取ってくれた桔梗ちゃんがすっくと立ち上がりついてきてくれる。
「おい、待て!そいつは本家の……っ」
保成さんが立ち上がろうとするのを2本の切っ先が制している。

「誰がどう見ても違うだろ!」
鳴砂が切っ先を突き付けながら叫ぶ。
「さすがに看過は出来ないだろうね」
もうひとつの切っ先は紅鳶さんのものだ。

「ひいぃ……っ、譲!?何で生きて……っ」
保成さんが脅える。

「ひょっとしてこの顔って使えるのかな」
「威嚇には持ってこいだな、紅鳶」
鳴砂が苦笑する。

その間にも私たちは万智叔母さまと合流する。

「おかあさん!」
「桔梗!」
万智叔母さまが桔梗ちゃんをぎゅっと抱き締め涙を流す。京次叔父さまも涙ぐみながら喜んでいる。お母さんと離れ離れになった桔梗ちゃんがどれだけ心細かったか、これで分からぬはずはない。

「ぐ……っ、私にこんなことをして……っ」
その時、絹子伯母さまが苦しげに呻く。

「そっちは氷雨に任せるよ。適任だろうし」
鳴砂がひとの悪い笑みを浮かべる。

「良く分かってるね」
氷雨さんがスッと刀身を見せれば絹子伯母さまが悲鳴を上げ這いながら後退する。
そして庭での騒動を聞き及んだのか、屋敷から現れたのは……。

「何事だ!」
「保一伯父さま」
「祭主ってことか」
鳴砂たちがキッと伯父さまを睨む。

「あの鬼どもが桔梗を無理矢理……っ」
絹子伯母さまの言葉に伯父さまが万智叔母さまたちを睨み付ける。

「おい!桔梗はうちの養女だぞ!」
「そんなことは許しません」
すたすたと進む気高い姿に氷雨さんもすっと場所を空ける。

「何だ女!」
伯父さまはさずりさまが女鬼であることを非難したいのだろう。確かにこの世の中、女性よりも男性の方が優遇されることはままある。しかし鬼の場合女鬼が少ないこともあり大切にされるのが普通だ。それにさずりさまは……。

「私は海塚さずり。当代忌み鬼として、海塚当主の代理としてここにおります」
「う……海塚の」
途端に伯父さまの顔が青くなる。

「海塚の当主代理として命じます。桔梗ちゃんを祭主一族の養女とすることは許しません。桔梗ちゃんは元通り実のご両親の元で暮らすように」
「そんな……これは祭主一族の当主として決めたことだ!海塚が何だ!」
「従わないのなら今後、後祭への支援金は支給いたしません」
「そんな……っ」
その支援金で贅沢をしてきた伯父さまにとっては死活問題であろう。

「そうなれば後祭ができず鬼側だって困るはずだ!」
「いいえ、後祭ならば他の土地でもできますから。他の土地で支援金を支給し祭を執り行ってもらうまでです」
「そんな……」
伯父さまが力なく崩れ落ちる。

「さ、私たちは戻りましょう。桔梗ちゃんも早くお家に帰りたいはずです」
「あ、ありがとうございます!」
頭を下げる万智叔母さまに対し、京次叔父さまはどこか不安げな表情を晴らしていない。一体どうしたのだろうか?

※※※

社に戻れば、村長はひとあし先に村長宅に戻っていく。桔梗ちゃんは万智叔母さまにべったりで、お茶は私や一華がと用意をし、居間で一旦小休憩となった。

「海塚の忌み鬼さま」
京次叔父さまがためらいがちに口を開く。

「はい」
「兄の無礼をお許しください」
「いえ、そんな。あなたは被害者でしょう?謝罪は必要ありません」
「ですがその……この村で鬼鳴祭が出来なくなることは村の消滅を意味します」

「え……叔父さま、それってどういう……」
そんなこと、初めて知った。

「雛ちゃんが知らないのも無理はない。直系にのみ伝わる話だ」
「直系にって……叔父さまは次男では」
普通なら保一伯父さまが継承するはずだ。

「兄があのように育った時点で先代……雛ちゃんのおじいさまは私にそれを託したんだ」
「おじいさまが……」
お会いしたことはないが、母が嫁がされた時には怒ってくれたと聞く。

「だからこの話も直系のみに……と言う縛りも既に外れている。真実を話そう」
「真実……?」
「そうだ。村人たちが祭で五合目までしか登らないのもその理由だ。私たちは普段からその上に登ることを許されてはいないんだよ」
そう言えば何故なのだろう……?去年までの私ならそこまで登るのに精一杯でその理由まで気が回らなかった。

「その昔、祭主の娘である巫女と村の男が恋に落ちた。しかし祭主はそれを認めず娘を豪商の嫁として嫁がせようとした」
何のために……それはまだ海塚家の援助をもらっていない時代に多額の結納金を得ようとしたからだろう。

「ゆえに2人は駆け落ちをしようとしたが祭主の手の者に見付かり、男はその場で咎人として処刑されてしまった。祭主は娘を強引に嫁がせようとしたところ、娘は自ら命を……」
「そんな……っ」

「そして娘と結ばれることが出来なかった男は怨鬼となり蘇った。村人たちは巫女の亡骸を捧げたが、その姿に鬼は嘆き悲しんだ。その隙に……祭主の命で鬼を討ったのだ」
「怨鬼を……?」
「ああ、もちろん相手は怨鬼。多数の犠牲の元に怨鬼は倒されたが怨念は残り続けた。ゆえに山の上に封印を置き代々の巫女たちが祈祷を捧げてきた。それが鬼鳴祭であり、巫女の浄化の力に繋がっている」
「鬼鳴祭にはそんな意味があったんだ……」
「思えば鬼鳴村か」
鳴砂が呟く。

「鬼が鳴く村……そう呼ばれるようになったのはその戒めであり、我々祭主一族は罪を背負っている」
「だが当の祭主は……」
「ええ、兄さんはその罪をも忘れただ支援金で贅沢をするばかり。村長の屋敷まで奪い私たちの娘まで……」
叔父さまが悔しそうに顔を歪める。

「毎年、祭は滞りなく行われているお陰か、村は平穏な一年を送れている。しかし……浄化が完全になされているかも分からない。だからこそ毎年巫女の子孫の女性や女児が参加していたんだ」
それでお母さまや私が呼ばれていたのか。

「五合目以上の調査をすると言ったら可能なのだろうか?」
そこで鳴砂が口を開く。

「……代々祭主にしか明かされていない山道があります」
「そこで真実を確かめることは?」
「……祭の後でしたら。祭主は祭が無事終わると祭に使用した祭具を奉納しに行きますから」
「それなら」
鳴砂とさずりさまが互いに顔を見合わせ頷く。

「とにかく、祭は明日だ」
「はい。準備は私が全て終えていますから明日山を登るだけですよ」
やはり叔父さまに全てを押し付けていたんだ。

「それでは明日、また」
さずりさまたち御一行を見送り、私たちは明日に備えた夕食の準備に入る。

「万智叔母さま、お手伝いします」
「私もお手伝いしますわ」
私と一華は万智叔母さまと厨房に入ったのだが。

「今は夕食の支度中だから危ないぞ」
「でも、おかあさん」
厨房を覗くのは陸璃くんと桔梗ちゃんである。

「あらあら、どうしましょう」
万智叔母さまもどうしようか考えているようだ。忌面衆も手伝ってくれるし、私たちだけで用意してもいいのだが。

「久々のお母さんの料理だぞ」
「……!」
やはり恋しかったのだろうな。桔梗ちゃんはその言葉にこくんと頷く。

「料理が出来るまで、社の中を見て歩く?久しぶりに帰ってきたんだろう?」
「うん、お兄ちゃん!」
「おに……まぁいいや」
陸璃くんが苦笑する。しかしながら2人の相性はいいようで安心する。

暫くすれば夕食の支度が完了し、忌面衆たちも配膳を手伝ってくれる。

「雛ちゃん、桔梗たちを呼んで来てくれる?私はこちらにいた方がいいと思うから」
確かに社のものの場所などは叔母さまがいないと分からないものね。

「分かりました。呼んで来ます」
桔梗ちゃんと陸璃くんは何処だろうか?

「庭の方を探してみよう」
とたとたと回廊を進んでいれば予想通り庭を眺めている2人を見付ける。

しかしその時、庭の草が奇妙に動くのを見る。その瞬間ひとりでに足が動いていた。

庭から突如飛び出した影に陸璃くんが咄嗟に桔梗ちゃんを庇うが力強い男の力で飛ばされてしまう。

「うわっ!」
「陸璃くん!」

「見付けたぞ!桔梗!」
「ひ……っ」
脅え立ち竦む桔梗ちゃんに覆い被さるように立つのは……。

「やめてください!保成さん!」
従兄の保成から桔梗ちゃんを守るように抱き締める。

「どけ!雛!邪魔な女め!」
保成さんの強い力で引っ張られる。着物が引っ張られ着崩れるのが分かる。だが……放してたまるものか……!