――――鬼鳴村
出迎えてくれた村長たちはどうしてか皆万智叔母さまの姿に目が潤んでいるように見える。
「万智、よくぞ帰ってきてくれた。まずは京次に顔を見せてやってくれ。京次はもう山を降りてきている」
「京次さんが……!無事に山を降りられたのね」
「ああ……お前が出立して何日か経ってからな」
「それはその……」
「保一が京次に万智を追い掛けられないように仕向けたのだ」
「それは……まさか」
全員の血の気が引く。それは村人たちもだった。
「保一と絹子は桔梗が母の元に帰りたがらないよう、お前が旅の途中で絶えることを謀っていた」
「そんな……」
「だが京次だけは祭の準備をさせるために生かさなければならないから生かされた。お前が決して遂行出来ぬ旅に出されたことを知らされ悲嘆に暮れた」
「京次さん……っ」
叔母さまが涙ぐむ。
「当初は確実にお前を……と保一は命じたんだ。祭主と言う立場を利用してな」
「でも私は狙われることもなかった」
「もうみんな、あんなことはごめんだったんだよ」
あんなことって……何だろう?
「社に、行ってやりなさい」
「え……ええ」
「それと雛ちゃんは社に泊めるのか」
「はい。雛ちゃんとその旦那さまの御一行で」
「鬼さまたちの数が多いと思ったら……もう嫁いでいたのか。いずれにせよ、あのような家は出て正解だ。譲くんのためにもな」
村長の言葉には私が実家で受けていた仕打ち以外のものが隠されているような気がしてしまう。
※※※
向かう先、階段を登った先に社が建っている。
「一年ぶりだけど……何だか寂しいような」
「そうね……私も数日ぶりだけれど何だか物寂しいわ」
万智叔母さまが頷く。カラカラと社の居住区の引戸を開ければ私たちにどうぞと招いてくれる。
「京次さんはどこにいるかしら……本殿かもしれないわね。荷物はひとまずこちらに置いてくださいな」
万智叔母さまが広めの畳の部屋を示してくれる。
私たちは荷物を置き、万智叔母さまと京次叔父さまを探しに向かう。
「それにしても……ここって社なのに祭主一家は住んでないんだ」
「そうだね、陸璃くん。祭主一家は下の大きなお屋敷に住んでいるから」
「……そこも昔は村長一家の屋敷だったのだけど」
「えっ」
万智叔母さまの言葉に驚く。
「お義姉さん……雛ちゃんのお母さんが嫁いだ時、保一お義兄さんはその見返りにと先代村長から屋敷を奪ったのよ」
「そんな……っ」
お母さまが嫁いだのは先代の村長が借金をしたからとは聞いたけど……。
「先代の村長一家は泣く泣く屋敷を手放し、跡取りのいなかった宿屋を引き継いで暮らしているの」
村長なのだから村でも広い屋敷に暮らすものだと思っていた。あそこはひとも泊まれると思っていたが宿屋だったのか。
「その頃には雛ちゃんのおじいさまは病気で病に臥していたけど、保一お義兄さんの行動には怒っていたわ。だけど村での祭主の立場を利用して押し通したのよ」
「そんなことがあったんだ」
おじいさまが病床ではなく、祭主の地位を維持していれば今頃村は祭主の好き勝手にされることはなかったのだろうか。
本殿に辿り着けば、扉が開いた音に驚いて振り返る男性がいる。
「京次さん!」
「ま……万智?本物か?生きていたのか!?」
「ええ、生きて帰って来られたのよ」
「ああ……万智」
万智叔母さまと京次叔父さまが抱き合い涙を流していた。
※※※
改めて万智叔母さまの帰還と私たちが社に逗留することについて叔父さまに説明することとなった。しかしながら叔父さまもまず驚いたのが……。
「一瞬譲くんと見間違えた」
やはり角と見た目の色が違うだけでそっくりなのだ。
「しかし雛ちゃんは良き家に嫁げたようで安心した」
「ありがとうございます、叔父さま」
「社には大部屋や布団もあるから好きに使ってくれて構わない」
「は、はい!それとその、お世話になるので馬車に食材も積んで来たんです。もし良かったらお料理を手伝えればと……」
「それはありがたい。竈は自由に使ってくれて構わない。とは言え私も万智がいなくなってあそこは手付かずだが」
「では早速片付けをしなくては」
万智叔母さまが立ち上がる。
「まだ着いたばかりだろう?休んでいても……」
「京次さん……」
「その、俺たちも荷解きをしますし」
鳴砂が告げれば、一華も頷く。
「私たちもお手伝いしますから、それまでお休みいただいた方がよろしいかと。旅疲れが出ているように思えます」
「分かったわ。ご厚意に甘えるわね」
万智叔母さまは微笑みながらも顔には疲れが見て取れる。むしろこちらとしては休んでいて欲しいと言う思いとせっかく京次叔父さまと再会できたのだから離れ離れにしたくないと思ってしまうのだ。
私たちは社の大広間を使わせていただき、みんなで荷解きをしたり布団を敷いたりと準備を始めていく。
「女子用に隣にも部屋を用意してもらいましたので、私たちはそちらを使いましょうか」
「うん、一華」
隣の部屋には私と一華、陸璃くんの布団を広げる。
そうこうしていれば、京次叔父さまが呼びに来る。
「その、鳴砂くんだったかい?」
「どうしました?」
鳴砂が立ち上がり叔父さまのもとへ向かう。私たちも何だろうと集まれば。
「表に村長と……それから海塚の御一行が来られているよ」
「さずりですね。すぐ向かいます」
私たちいつもの面子は早速玄関口に向かう。
玄関口では村長とさずりさま、お付きの鬼たちが揃っていた。
「鳴砂、村長と話をつけました。こちらの娘さんである桔梗ちゃんの処遇について、これから祭主一家と話し合いに参ります」
「桔梗を……!」
「海塚の鬼さまが協力してくださるのか!?」
万智叔母さまだけではなく京次叔父さまも驚いている。
「よし、さすがはさずりだな」
鳴砂が笑顔で頷く。
「それじゃ、万智さんと京次さんも来てくれ。ご両親がすぐ側にいた方が子どもも心強いだろう」
「ありがとうございます!」
鳴砂の言葉に万智叔母さまと京次叔父さまが涙ぐみながら頭を下げる。
「では早速祭主一家の屋敷に向かいましょう!」
「おう!」
「はい、さずりさま!」
私たちもさずりさま一行と一緒に祭主一家の屋敷に赴いた。
※※※
祭主一家の屋敷に向かえば、既に異様さが漂ってくる。
「子どもの叫び声?」
鳴砂が眉をひそめる。
「桔梗の声です!」
万智叔母さまが息を呑む。
「庭の方ですか……こちらへ」
村長も子どもの頃はここに住んでいたのだろう。瞬時に私たちを案内してくれる。
「やだ!おうちかえる!」
泣き叫んでいる女の子は間違いなく去年も社に泊まった際遊んだ桔梗ちゃんだ。
その手を引っ張っているのは。
「桔梗ちゃんに絹子伯母さまだよ」
「祭主夫人か」
鳴砂が絹子伯母さまをキッと睨む。
「桔梗!」
目の前で泣き叫ぶ桔梗ちゃんを万智叔母さまが悲痛そうに呼ぶ。
「おかあさん!」
桔梗ちゃんが万智叔母さまに気が付きこちらに走ってこようとするものの、絹子伯母さまが今度は桔梗ちゃんの髪を乱暴に掴む。
「あなたのお母さまはこっちでしょ!」
「いやぁーっ」
「桔梗!やめて、桔梗にそんなことを!」
「そうだ!こんな小さな子に暴力なんて……っ」
万智叔母さまと京次叔父さまが近付こうとすれば、屋敷の中からもうひとり青年が出てくる。
「おい、うちの庭に勝手に入るな!」
「誰だありゃぁ」
鳴砂が呟く。
「いとこの保成さんだよ」
つまりは祭主一家の長男だ。
「庭に入る入らないの問題じゃないだろう!」
鳴砂が前に飛び出す前に私たちの横をすたすたと過ぎ去る姿に驚く。
「氷雨さん!?」
そして……剣を腰から鞘ごと抜いたと思えば。
ゴッ。
「ぶほっ」
鞘尻で保成さんの頬を思いっきりぶっ飛ばしたのだ。

