――――東部への道中
東部へ向かうのは私たちいつもの面子と万智叔母さま、そして中級登山がしたい立候補者たち。
その中には忌面衆や忌面を卒業した鬼たちもいる。
私と鳴砂、一華、万智叔母さま、陸璃くんは馬車に乗せてもらう。
今回は6人乗れる少し広めの馬車である。
紅鳶さんや氷雨さんたちは外で馬に股がっている。
「鬼鳴村へは東部の交易都を通っていく。そこには海塚家もあるから後祭への参加の挨拶をする」
鳴砂が説明してくれる。
「それが作法ってこと?」
「まーな。地方の後祭は忌み鬼の一族が予算を出して管轄しているからそうなる。俺も昔こちらの後祭を見学した時は挨拶に行ったよ」
「それってあの時の……」
「覚えていたのか」
「鎮命山を登った時に」
「そうだったか……」
鳴砂が照れたように頬を赤らめる。
「うん、その時頭痛を和らげる飴をくれたの……覚えてる」
「ああ、あれな。鬼鳴山は村の連中は慣れているとはいえ高低差はかなりある」
中級登山向きだと聞いて驚いたほどである。
「まぁ南部ほどではないでしょうけど」
と一華。
「ああ、南部は泊まりだしな。鬼鳴山は5合目付近までってのもあって日帰りだ」
鳴砂が頷く。泊まりの登山だなんてどれだけ険しい道のりなのだろうか。
「でもまた具合が悪くなったら言うんだぞ。後祭は途中下山できる」
「えと……でも祭主の保一伯父さまからは巫女は必ず出席だからダメだって……」
「それで無理して登って寝込んでいたのか」
「う……うん。あの時はどうしても立っていられなくて。祭の間、巫女は立っていないといけないから」
「いや、無理に山登りまでさせて立たせるってひどいな。さずりに言えば改善してくれるかもしれない」
「え……だけど祭主の言うことは絶対で……」
「いいや、予算出してる海塚家の方が上だよ。それに毎年招かれてるのに妻を無理矢理登らせたり立たせたり……とんでもない話だ」
「鳴砂……」
「私も……」
万智叔母さまが恐る恐る口を開く。
「お義兄さんたちのやり方には疑問を持ってはいたの」
「叔母さま……?」
「恐らくだけど」
万智叔母さまはためらいがちに口を開く。
「本家に女の子が……巫女となれる娘が生まれなかったから……」
「だから嫉妬でこんなことを?とんでもない話だな」
鳴砂がそう吐き捨てる。
「ええ……その上」
「自分たちに娘が生まれないからと弟一家から奪ったと」
「そうね……」
万智叔母さまが悲しそうに瞼を落とす。
しかしあの伯父夫婦の元に……か。桔梗ちゃんが何より心配である。
――――東部・海塚家
海塚家ではすっかり顔色の良くなったさずりさまと鬼たちが出迎えてくれる。
今はもう忌面をつけていないさずりさまは優しげな翡翠の瞳をしている。
「元気そうで何よりだ、さずり」
「こちらこそ。鎮命山ではありがとう、鳴砂。それに……」
さずりさまが私を見る。
「ありがとう、雛さん」
「いえその……私は何もできなくて」
「そんなことないわ。あなたの手が触れた時、とても温かい気持ちになれたの。だから最後まで頑張れたのよ」
「さずりさま……っ」
「だからありがとうね」
さずりさまの優しい抱擁に包まれる。あの時、浄化してあげることは出来なかったけどこんなにも感謝していただけるなんて。
私も鳴砂の後を必死で追い掛けて本当に良かった。
※※※
東都から鬼鳴村まではここからまた半日かかるそうだ。
「今日はもう日暮れだから、鬼鳴村には明日一緒に向かいましょう。泊まり部屋は用意してあるから」
「助かるよ、さずり」
私たちはさずりさまのご厚意に甘え、一晩お世話になることになった。
やはりこちらにも忌面をつけた鬼たちがいる。彼らは彼らで来年もさずりさまと登るのだ。
「明日は彼らも一緒に登ります」
「やはり登山に慣れるため……ですか?」
「ええ。日々の鍛練は何より大切ですから。とは言え私はあまり後祭には参加出来なくて」
「それは……?」
「いつも儀式の後に疲弊してしまうので普段は一族の鬼たちが代理で参加してくれるのです」
「それなら今年は大丈夫なんですか?」
「どうしてかいつもよりは調子がいいのです。雛さんの力のお陰かもしれませんね」
「そんな……私なんてまだまだ……」
「それでもあの時の気持ちはとても嬉しかったのです。だからそう言うことにしてくださいませ」
「それなら……っ」
改めてこんなにも感謝してもらえるなんて。来年もまた鳴砂やさずりさまのお役に立てるだろうか。
「それでは今晩はゆっくりお休みくださいませ」
「はい、ありがとうございます!」
毎年祭には参加しているが、こんなにも心強いと思えたのは今年が初めてかもしれない。
鳴砂たちも一緒だし、それにさずりさまたちも。桔梗ちゃんや叔父さまたちもきっと大丈夫だよね。そう、心に念じながら床についたのだった。
※※※
――――翌朝
私たちは鬼鳴村に向けて出発した。私たちが乗る馬車にはさずりさまも招き6人で乗車する。
紅鳶さんたちは来た時と同じく馬で並走してくれているようだ。
「前回行ったのは随分前だからな。色々と変わっているだろうな」
と鳴砂。
「ええ、私も忌み鬼のお役目を引き受ける前に訪問したので……」
さずりさまも頷く。
「村自体はのどかなところだよ。その、私たちは社に滞在する予定だけど……さずりさまたちは……」
「村長に滞在する客間を用意してもらう予定です」
「それなら安心ですね。でも……」
「雛、どうした?」
鳴砂が心配そうに顔を覗いてくる。
「祭主一家には気を付けた方がいいかと」
「それって雛の伯父一家か?」
「……うん」
私の頷きに万智叔母さまも表情に陰りを見せる。
「そうね……あまり村では大きな声では言えないけれど。祭主の保一お義兄さんは私の夫の京次さんに祭の準備を全て押し付けて自分は皆の前で目立つ場面でしか働かないわ」
そう言えば祭の準備は不思議と京次叔父さまが務めていた。
「まぁ……祭主だと言うのに怠慢ですわね。儀式に忠実すぎるのもどうかとは思いますけれど」
一華も祭祀に携わってきたからこその意見だろうか。
「その妻絹子は祭主の妻であることをいいことに好き放題」
「うん。都から登山靴や装備を持っていくと絹子伯母さまが全部盗ってしまうから私もお兄ちゃんも古びた装備で行くしかなかったの。靴だってお母さまが苦労してお金を用立てて買ってくださったのに」
「想像以上だな」
鳴砂が溜め息をつく。
「あと……」
叔母さまがためらいがちに私を見る。
「その、保成さんって言う長男がいるんだよ」
私が告げれば叔母さまも頷いてくれる。
「お義兄さんとお義姉さんにとてもよく似てしまったから……」
「相当クズってことか」
鳴砂が吐き捨てる。
「何か嫌な感じ」
と陸璃くん。
「桔梗はまだ幼いから大丈夫だと思うけど」
叔母さまの表情は暗い。
「う……うん」
私の幼い頃はお兄ちゃんが守ってくれたけど。
「出来ることならばその桔梗ちゃんをどうにか元の家に戻してあげたいところですね」
「出来るのですか!?さずりさま」
叔母さまがさずりさまに祈るような視線を向ける。
「村についたら、私からも村長に相談してみましょう」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
叔母さまはさずりさまに何度も頭を下げていた。
鬼鳴村に到着した私たちは村長の家を訪れた。出迎えたのは村長一家と村人たちだが、みな驚愕している。
「そんな……譲くん?それに万智、生きていたのか!」
村長が震える声で告げる。
「あの、この方は紅鳶さんでお兄ちゃんではありません」
「雛ちゃん……万智が無事に連れてきたと言うことか。しかし……何と言うことだ」
どうしてかみんな涙ぐんでいる。それにお兄ちゃんだけではなく万智叔母さまの帰還を涙ぐんで迎えるとは一体どう言うことだろうか……?

