――――寺に到着すれば聞き覚えのある怒号が飛んでくる。
「ここに譲の墓があることは分かってるんだ!掘り起こさせろ!」
「困ります。そちらは雛さまが契約されたもの」
「俺は父親だぞ!」
「我が子の墓すら建てぬ父親が親を語るなど笑止千万、お引き取りを」
怒号を響かせる父親に住職が毅然と告げる。そして私たちの姿に気が付いたのか父親が私に向かってくる。
「おい、譲の墓はどこだ!」
「……ひっ」
私が怯んだことで鳴砂が瞬時に庇ってくれる。
「どけ!鬼め!それは私の娘だ!」
「今は俺の妻だ。近付くな」
「妻……?まさかお前忌み鬼!?何故忌面をしていない!不吉な!」
忌面をしているから不吉なわけではない。それなのにこの人は。
「だったら去れば?暴れるならここで分からせてもいいんだけど」
氷雨さんが刀に手をかける。
「う……うるさい!とにかく譲の墓を……」
「お兄ちゃんのお墓を知ったところでどうする気なの?」
「決まってる!お前が金目のものを隠したかもしれない!」
ば、バレてる。いや、金目のものなんてないけれど、お墓に隠したことは察知されていた。
「そんなもの、ありません」
「何なら掘り起こして確かめて見ますかな?」
住職が告げる。
「雛さま、よろしいか」
「住職さま……」
しかし掘り起こす?
「掘り起こすのでしたら……」
「ではこちらへ」
住職が案内したのは墓地の一郭の無縁墓である。その一郭を父親が一心不乱に掘り起こすものの土しか出てこない。
「何故……何故ないんだ!」
「お兄ちゃんは遺体すらなかったからでしょ」
「その通り。ですからここには名前だけを登録しております」
住職の言葉に父親はチッと舌打ちをする。
「この役立たずが!」
父親はそう怒鳴り付け逃げていく。
「……埋めてあげなくちゃ」
スコップを手に取り土を戻そうとすれば。
「ここはこれから建てる予定だったのでこのままで大丈夫ですよ」
「へ?」
「むしろ手間が省けました」
「住職さまったら……っ」
完全に住職さまにしてやられたわけである。
「雛……ここには何もないと言うことはお前の兄さんは……」
「ここにはいないよ」
「え……ここには?」
「そう。それはここじゃなくて……」
「ご案内します」
住職が案内してくれたのは納骨堂だ。
「そう言えばさっき納骨堂って……」
陸璃くんの言う通りである。
「まぁ、やられましたわね」
一華がハッとする。
「この一郭に」
住職が取り出してくれた箱に納骨壺に骨は入っていない。代わりに帯が入っていた。
「これは男物の帯?」
「うん、鳴砂」
帯をそっと掬い上げる。
「お兄ちゃんが大切に持っていてくれって私に預けたの。男物だし古いものだったから美百合に取られることもなくて。でも美百合の弟の水面に取られたら困るからここに納めてもらったの。私はたいしたお金も預けられなかったのに」
それでも受け入れてくれた住職には感謝しかない。
「いえいえ、お話をお聞きすれば少しだけでも力になりたいと言うもの」
「ここに置いてくださりありがとうございました。嫁ぎ先なら安心して置いておけますからこれは引き取ります」
「では箱だけはこちらで保管いたしましょう」
「でも……」
「お兄さまも妹御が忘れないでいてくれることをきっと喜んでくださいますよ」
「あ……ありがとうございます!」
「あと、うちからも管理費を出すよ」
「でも……鳴砂」
「妻の大切な兄弟なんだ。当然だろ?」
「う……うん!」
鳴砂の心遣いに改めて感謝である。
大切な帯を抱き締めながら帰宅すれば紅鳶さんも帰ってきていた。
「雛、それは?」
「私の亡くなったお兄ちゃんの形見で……」
するすると帯をいじっていれば違和感に気が付く。
「何か入ってる?」
帯の中に何か紙が入っていた。
それを広げると驚くべきものが入っていた。
「鬼鳴村社の土地権利書……?何でこんなものが……」
「もしかして雛の母ちゃんが残したものか?」
と鳴砂。
「可能性はあるかもしれないけどどうして……?」
鬼鳴村の叔父夫妻に聞けば何か分かるだろうか?しかしながら……。
「どうして半分だけなのだろう?」
「それも謎だな」
「うん。鬼鳴村の叔父さまたちに聞いてみた方がいいかも」
「確か祭りはこれからだったな。行ってみるか」
「いいの?」
「もちろん。だがあそこも山を登るからな。まずは飴山登山で脚を鍛える!」
「う……うん!」
思えば毎年へとへとになりながら登っていたことを思い出す。
登山をして鍛練すれば少しはましになるだろうか。
※※※
――――そして飴山登山の日。
登山装に身を包んだ私と鳴砂。氷雨さん、紅鳶さん、一華、陸璃くんも一緒で、忌面の鬼や鎮命山も一緒に登った他の鬼たちも来てくれた。
「まずは入山料を支払い入山者記帳をする」
入山料は麓の社で鳴砂がまとめて支払ってくれて、記帳は紅鳶さんがささっと書いてくれる。
今日集まったのは20人ほどで、みんなで早速登山である。
「傾斜も緩やかで歩きやすいだろう?雛」
「うん。登山道も歩きやすいね」
「そうそう。おやつを食べながらゆっくり登っても昼までには充分間に合う」
「そう言えばお昼ごはんを持ってきてないけど……」
「それは登ってからのお楽しみだ」
「……?」
一体何が待っているのだろうか?
「そうそう、疲れたら速さを落としても構わない。少しずつでも動けば疲れにくくなる」
「少しずつでも……か。鬼鳴山では結構休んじゃったから」
「なら課題はゆっくり歩く……だな」
「けど村のひとたちに迷惑がかかっちゃうんじゃ……」
「村のやつらは慣れてるんだから速いのは当たり前だ。俺たちはよそ者なんだからその分早く出ればいいだけだ」
「それなら……!叔父さまたちにも相談してみる」
「ああ、それでいこう」
登りながらお菓子をつまみ、鳴砂が渡してきたのは。
「きゃらめる!」
「あともうひとふんばりだからな」
「うん。陸璃くんもどうぞ」
「わぁ、きゃらめる!旨いんだよね、これ。なず兄ったら大盤振る舞い」
「たまにはいいだろ?」
鳴砂がニカッと笑えば。
「俺たちも食べる?」
「みんなにも分けましょう」
氷雨さんや一華たちが仲間に配っているようだ。
「紅鳶さんは初めて?」
「うん……そうだね。あまり食べたことはないかも。だけど……」
「……紅鳶さん?」
「どうしてかこう言う美味しい菓子を誰かに食べさせたかった気がするんだ」
それって氷雨さんの言っていた記憶ってものだろうか。紅鳶さんにはそんな大切な存在がいた。お兄ちゃんとそっくりだからこそ、その記憶の力になってあげたいと思ってしまうのだ。
「ほら、山頂が見えた」
鳴砂が指を指せば拓かれた場所が見えてくる。街が一望できる展望台には椅子や長卓の他にもお店があり何かいい匂いがする。
「よっしゃ!飴山名物食うぞ!」
注文した料理を受け取り席に着く。
「これ……何?」
「咖喱だよ」
「咖喱?」
「食べてみな。旨いぞ」
「それじゃぁ……いただきます」
はむっと口に含めば独特の香辛料と米の絶妙な美味しさに感動を覚える。
「んんっ、美味しい!」
「だろ?」
周囲を見れば一緒に登った仲間たちも美味しそうに頬張っている。そんな中、忌面の鬼が他の登山者を連れてくる。
「忌み鬼さまにお会いできるとは」
「ああ、ありがたや」
鳴砂が鬼たちにありがたがられており、鳴砂は笑顔で応じている。
やはり鬼たちにとって忌み鬼と言うのは特別な存在であることは間違いないようだ。
楽しい飴山登山を終えて邸に戻れば、私宛ての訪問者を知らされる。
「今度は誰だろう?」
「ああ、客間で待っているようだ」
鳴砂たちと向かえば、そこに待っていた女性に思わず駆け寄る。
「万智叔母さま!?まさかひとりで東部から!?」
女性ひとりで来るだなんて相当大変だったはずだ。特に馬でもなければ……。
「雛ちゃん!その……道半ばで見かねた商隊の方々に助けられて……柊木家に向かったら雛ちゃんは既にここに嫁いだって」
「うん。私の夫の鳴砂と……」
紅鳶さんや一華たちを紹介しようとすれば叔母さまの表情が固まる。
「譲くん……?」
「あ……あの、似てるけど、紅鳶さんは鳴砂の従者なの」
「そ……そうよね。鬼さまだもの。取り乱してしまってごめんなさい」
「いいの。だけど叔母さま、ここに来たのはもしかして……」
「ええ、今年も雛ちゃんに祭に来てほしくて」
「うん。もちろん。今年は鳴砂たちも一緒にって思うんだけど」
「そうね……女2人じゃやっぱり難しいだろうし……泊まる場所は社にたくさんあるわ。雛ちゃんの旦那さまの御一行なら主人も歓迎するわ」
「ありがとう、叔母さま。私桔梗ちゃんに会えるのも楽しみ。桔梗ちゃんは叔父さまと待っているの?」
しかしそれならどうして叔父さまではなく叔母さまが来たのだろう?叔父さまの方が馬に乗れるはずだが。
「主人は……祭の準備で山に籠っているわ」
どうしてか叔母さまの表情が暗い。
「それなら桔梗ちゃんは……」
ひとりになってしまうのでは?
「……もう私たちの娘じゃないの」
「どう言うこと……?」
「お義兄さんたちの養女になったの……」
「そんな……まだ6歳くらいでは?」
「それでも巫女の系譜だから本家で育てるべきだと」
叔母さまが涙を流す。今までも伯父一家のやることは常軌を逸していたが……さすがに今回は。
みな、叔母さまの涙に私と同じように例えようのない怒りや悲しみを抱いたことは代わりないようだ。

