忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――宴から帰宅した私たちは寝支度を整え寝室に向かう。

「その、雛」
「鳴砂?」
「ええと……そのだな、明日は街に行かないか?」
「街に……っ!」
「ああ。儀式も宴も終わったからな。気晴らしにいいと思ってな」
「うん、行ってみたい」
「それじゃぁ決まりだな」
鳴砂がにこりと笑う。私も心なしか楽しみな気持ちが湧いてきて……うーん、わくわくしすぎて寝られなくなったらどうしようか?

※※※

――――side:美百合
その頃、柊木家。

美百合は鬼目家を追い出され仕方がなく柊木家に帰ってきた。

「もうっ!私は次期頭領夫人なのに!この私になんてことを!」
「美百合……お前」
そんな美百合を出迎えたのは父親だった。

「お父さま!」
美百合は自分を追い出した鬼目家への腹いせに着物でもおねだりしようとしたのだが。

「どの面下げて戻ってきた!このバカ娘がぁっ!」
「へぶっ」
美百合は父親に頬をぶたれてぶっ飛んだ。

「よくも御堂の娘に手を出してくれた!」
「御堂……?」
「鬼目の次男の花嫁だ!」
「ああ、あの生意気な小娘?それが何?私は次期頭領夫人。私の方が偉いのよ」
「バカものが!あの家は……あの家は次期頭領夫人の座をうちが手にしただけでも面白くなかったのを鬼目の長男が選んだのだからと煮え湯を飲んで受け入れた……だがお前が手を出して来たからうちの商売を全部潰してきたのだ!」
「は……?」
「お前のせいでうちは借金まみれ!火の車だ!」
「はぁ……?なら鬼目家からお金をもらえばいいじゃない!」
「鬼目は完全に御堂の味方をした。うちは見限られたんだ!」
「私は薙斗さまの花嫁よ!それなのに何で……」
「全部お前のせいだ!出ていけ!」
「きゃっ!?」
美百合は呆然と家から締め出される。

「ど……どうしてよ……そんな……私は薙斗さまの花嫁なのに」
とぼとぼと宛もなく夜の道を進んでいれば、見知らぬ男が話し掛けてくる。

「え……?お金、もらえるの?」
「ああ、一晩男と寝るだけでいい。君ならすぐに大金を稼げるよ」
「やったわ!それなら喜んでやるわ!」
自分が金を貢がれて当然と思っている美百合は目を輝かせてこくんと頷いた。

※※※

――――side:雛
翌朝。

ぱちりと目を開ける。

「朝だ」
いつの間にか寝てしまったらしい。

むくりと身体を起こせば鳴砂もうーんと伸びをしている。

「今日は街歩きだな」
「うん……!」
今からでも楽しみである。

朝の着替えでは街歩きの予定を知ってか一華たちがノリノリである。
「せっかくですから流行りものにいたしましょうか」
「その……鮮やかすぎない?」
「夏なのですから今しかできないおしゃれをしてこそですわ!」
「う……うん」
言われるがまま夏色の着物に歩きやすい袴を合わせてもらう。

「でえとの際はわたくしたちも陰ながら見守っておりますから楽しんでくださいませね」
「……でえと?」
その言葉に思わず反芻する。

「でえとでございましょう?」
「いやいやその、単なる街歩きで……」
「夫婦で街歩きをするならでえとでございましょう?」
「へっ!?」
そう言う……ものなの?しかしながらただの街歩きからでえとに変換されてしまえば思わず頬が熱くなると言うもの。

「ふふっ。若いですわねえ」
「いや、一華だって……」
そんなに年齢は変わらないのに。私はまだお酒は飲めないけど。

「まあいろいろと、経験してきてますから」
「……」
同じくらいの年頃と言っても、一華と私では体験してきたものも違うのだろう。一華にはそれくらいの大人びた部分がある。

「さ、行きましょう」
「う、うん」
朝食へ向かいつつも一華の『でえと』と言う言葉が耳を離れない。

「雛、顔が赤くないか?」
「き……気のせい、だよ」
鳴砂の言葉にそう返すのがやっとだった。鳴砂は平気そうなのに私ばかり意識して……。
でもその、今日はでえとなんだよね……?

※※※

一華に小ぶりな肩掛け鞄を持たされ玄関へ向かえば、既に鳴砂と氷雨さんが待っていてくれた。

「あれ……紅鳶さんは?」
いつものように一緒だと思ったのだが。

「あー……紅鳶は父さんの使いで鍛冶屋に行ってるから。今日は氷雨だけだ」
「そうだったんだ。それにしても鍛冶屋に……」
目につくのは氷雨さんの腰にも挿された刀である。

「ま、注文品とか点検とか色々とね」
と氷雨さん。

「しかし紅鳶の刀も不思議な刀なんだよねぇ」
「あー……そう言えば。鞘に仕込んであったものな」
「何の話?」
氷雨さんと鳴砂の話に首を傾げながらも一行は街に出発する。

「紅鳶の刀は拾った時に持っていたものでな。銘は東部のものだったが、拾ったのは都近郊の梔子山。出自を示すものがあればと思ったが東部のさずりに確認したが確証を示すものはなかった」
「東部の……」
それなのに都近郊で拾われたのなら東部から移動して来たと言うことかな。

「だけど鞘に入っていたものがあってな」
「鞘に……?」
「ああ。何かの紙片のようだが、その片方がない。それさえ見付かればと思ったんだがな」
紅鳶さんの出自が明らかになる。お兄ちゃんにそっくり……って言うのもあるから何だか気になってしまう。

そうこう話していると段々と周囲が賑わってくる。鳴砂が手を握ってくれて、一華と氷雨さんは後ろから着いてきてくれているようだ。

「ほら、雛。菓子がたくさんある」
「わぁ、飴もある」
「いろんな味や色がある。山歩きにもいいから良く買うんだ」
「山歩き……また登るの?」
「もちろん。山は登らないとどんどん感覚が鈍くなるし山登りの筋力も弱くなるからな」
「登って鍛える……ってこと?」
「そうそう、そう言うことだ。この近辺だと飴山ってのがある。家族連れでも簡単に登れる山だよ」
「それなら無理なく登れそう」
「ああ、その時になめるように幾つか買っていこうぜ」
「うん」
一緒に登るみんなの分も多めに購入し、他の店にも立ち寄る。

「雛、見てごらん」
「……これは……」
「きゃらめるってやつだ」
「聞いたことはある」
美百合が薙斗に買ってもらったと自慢していたっけ。

「これも買って行こうか」
「だけど高いのでは……?」
高級品だから私には手が出ない。

「平気平気」
鳴砂がささっと会計を済ませ、きゃらめるをひとつ私の手に乗せる。

「食べてみな」
「う……うん」
口に含んでみれば甘い汁と共に独特の食感を覚える。

「旨いだろ」
「う……うん!」
「これ、山登りにもいいかと思ってな」
「確かに。食べごたえがあるもんね」
難点は高いところなのだが。
「一生懸命登るご褒美にいいだろ?」
「そっか、ご褒美なら」
山登りの楽しみにもいいかもしれない。

「あとはあられやましゅまろとか色々と買っていこうか」
「う、うん!」
買ったものは一華や氷雨さんが持ってくれているのだが。

「結構買ったね」
「みんなで分けて持つから平気だ。食べたら重量や質量も減るしな」
「うん。だけどどのくらいで行くの?」
「いつもの俺たちと予定の空いてるやつらを誘っていくよ。来年登るやつも着いてきてくれるやつも空いていればな」
そっか、あの時の一行とまた一緒に登れるのは楽しみでもある。

「まぁ気楽に構えていてくれ」
「分かった」
何だか雰囲気としては楽しそうな印象である。鎮命山の儀式の時とは打って変わっている。やはり大きな山を越えたからでもあるのだろう。

「さて、そろそろ帰るとしよう」
「うん!」
こうして一緒に買い物と言うのは楽しいものである。

いや……でえと、と言うべきか。
「ああ、あとこれ」
鳴砂が差し出してきたのはかわいらしい簪である。

「これ……いつの間に?」
「さっき偶然見かけていいかもと思ってな」
「あ、ありがとう!」
今度これをつけて出掛ければ、鳴砂が喜んでくれるだろうか。簪を大事に鞄にしまい鬼塚邸に向かっていた時だった。

「おーい、なず兄、雛!」
「陸璃?」
「陸璃くん!?」

「雛に客人が来てるよ」
「私に……?」

急いで鬼塚邸に向かえばそこにいたのは僧侶の服装をした青年だった。

「あなたが柊木……いえ、鬼塚雛さまで」
「ええ……そうですが」
「実はあなたさまが契約した納骨堂の区画についてなのですが」
「何かあったのですか?」
それってお兄ちゃんの……だよね?

「その……柊木家当主と名乗る男性が中を見せろと迫っておりまして。住職は契約したのは雛さまですので呼んでくるようにと」
「い……行きます!」
「ああ、荷物を置いてすぐに向かおう」
鳴砂も頷いてくれて、私たちは寺へと向かった。