忌み鬼に嫁いで山に登ります



――――鬼目家客間

客間でお茶を出してもらいつつ落ち着けば直斗さまはどこか疲れたような表情を見せる。

「それで直斗、何があった?」
「ああ……鳴砂。実は薙斗兄さんの花嫁がうちの花嫁に乱暴を働いた」
「ええ……美百合が!?」
ついつい驚いて声が出てしまう。

「いや……日常茶飯事か」
「そこで落ち着くな、雛」
「でもどうせほかの花嫁さまの着物が欲しいとか簪が欲しいとかそう言うのなのでは?」
「いやいや、そんなガキじゃあるまいし」
鳴砂が笑顔で手をパタパタさせるが……直斗さまが沈黙する。

「マジなのか」
「……ああ。うちの花嫁の着物を強引に剥ごうとした」
「追い剥ぎかよ」
「私もお母さまの着物をずいぶん剥ぎ取られたし、遺品も取られちゃったから」
「それは初耳なんだが!?」
鳴砂がびっくりしたように顔を向けてくる。

「それは後々取り返さないとな」
「ああ、大丈夫。美百合と継母が飽きたとかでもう売っちゃったから」
「……取り返しのつかないことになってたか」
どうしよう……鳴砂と直斗さまが2人して項垂れている。

「何か対策はないのか?」
直斗さまが漏らす。

「ええと……その、着古した着物を着回すとか簪をつけない……とか。あ、思い出した」
「雛?」
「美百合に取られないようにと思って、唯一残ったお兄ちゃんの遺品を骨壺に入れておいたの。骨壺の中は空っぽだったから代わりに。あれはさすがに取られてないと思う」
「……その、それは後で回収に行かないか?うちなら取られる心配もないだろう」
「あ……確かに」
「ならそれは後日対策するとして……直斗、そんなに自分を追い詰めるな」

「いや……お前らの方が大変なのに済まなかったなと思って」
「いえ、そんなことは……っ」
「そうだ直斗。あの女の被害者の会としてこれからも手を組もう。親友だろ?」
「鳴砂……」
直斗さまは感慨深げに頷く。

「ありがとう。うちの花嫁は実家で休ませたが、問題を起こした薙斗兄さんとその花嫁は父上に宴から締め出されたから今日は来ないよ」
「それは完璧だ」
鳴砂がニッと笑む。取り敢えず私も胸を撫で下ろした。

※※※

――――宴会場で私たちが座らされたのは……ここ、主役の席では?いや、そうなのだけど。
頭領や直斗さまたちは宗家の席に着き集まった鬼たちと人間の花嫁たちが集い賑やかな宴が始まる。

斎鬼の静那お義兄さまと忌み鬼の鳴砂の前には酒を注ぎに来る鬼たちが後を立たない。
静那お義兄さまは普通にひとくちずつ飲んでは接いでもらっているようだが。

鳴砂はひとくち杯に口をつけると、すっと後ろに回す。

するとそれを氷雨さんが飲み干しまた鳴砂にもどす。そしてまた酒を注ぐ鬼。鳴砂はまたひとくち口をつけ、氷雨さんに渡す。

「その……それは」
「さすがに全部飲むと酔う」
「まぁ確かにさっきからすごい回数来てるけど」
「だろ?だから唇に少し浸すだけにとどめる。酒が飲めない年齢の忌み鬼もいるからな。だから唇を軽く浸したあとは後ろに飲む係を用意しておく」
「だけど氷雨さんは……」
ちらりと後ろを見れば。

「別に平気。下戸だから」
確かに何杯も飲んでるのに全く変わってない。

「その、でも少しは代わろうか?」
と紅鳶さん。

「まぁ飲みたいなら」
氷雨さんが鳴砂から受け取った杯を手渡す。

「んく……っ、うう……っ」
あれ……紅鳶さんってお酒苦手?

「無理しなくていいよ。俺が飲む」
「ご……ごめん、氷雨さん」

「気にしないで」
そう言って氷雨さんは何杯も飲むのだが……全く酔ってない。

「そう言えば私も飲めるようになりましたのよ」
と一華。
「へぇ……もうそんな年齢か?」
「ええ。ですから私も代理ができますわよ」

「ならひとくち飲んでみるか?」
鳴砂が一華に杯を手渡す。

「では!」
一華はひとくち……ではなく全部飲み干したのだが。

「あの……だいじょ……」
さすがに女性だし……。

「美味しいですわ!」
けろっとしてる!?

「まさかこれは南部の血か!?」
鳴砂が戦慄する。
「それは一体……?」
そう言えば一華は南部の出身と言っていた気がするが。

「南部に赴いた際、宴でな。俺は飲めなかったけど代わりに千里さんや南部の鬼たちがすごい量を飲んでへらへらしてた」
「ええっ」
「そして俺の代わりに飲んでいた氷雨が全然酔わないものだから段々千里さんが意固地になって対決し出して……」
「ど、どうなったの!?」
「千里さんの奥さんがもうやめだと言っても聞かないから氷雨が千里さんを物理で沈めた」
ひいぃっ!?物理で!!

「い……いいんですか?」
恐る恐る氷雨さんを見る。

「嫁の希望だからね。いいんじゃないの?鬼は嫁に弱い」
そりゃぁ鬼って溺愛体質が多いと聞くけれど。鬼に嫁ぎたい娘が多いのは鬼の経済力だけではなく大事にしてもらえるからと言う背景もあるのだ。

「まぁ翌朝千里さんが女将さんの前で土下座してたもんな」
「そうだね。鳴砂もすることになるかもね」
「何でだよ!?」
鳴砂が全力で否定する。そんなことになる状況がまるで思い付かないのだが。

そして途中からは静那お義兄さまも氷雨さんに杯を飲んでもらっていたようだが……やっぱり全く酔ってないのだ。

「まぁ宴は料理も楽しむものだからな」
お酒が落ち着いたので私たちもお膳に手を付ける。

「ん……美味しい」
「だろ?うちとも少し味付けが違って興味深い」
「そうだね。こちらはこちらでお出汁が違うのかな」
そう考えながら食べるのも楽しい。

しかし突如、宴の賑わいとは違う喧騒が響いてくる。

「ちょっと、道を開けなさいよ。私の席はどこ?私は次期頭領夫人なのよ!」
「美百合、やめないか!今夜の宴に私たちは招待されていない!」
「頭領の宴なんだから、私たちが参加するのは当然でしょう?招待なんていらないのよ!」
やがて鬼たちのどよめきと共にこちらに向かってきたのはやはり美百合と薙斗である。

「何でここに雛がいるのよ!そこは私の席よ!」
美百合が怒鳴る。

「ええと鳴砂、知り合いか?」
静那お義兄さまが戸惑いがちに鳴砂を見る。

「ほら、さっきの」
「ああ、全然似てなくて安心したよ」
「似ててたまるもんかよ」
その……私に似てなくてってことだろうか。まぁ私もお兄ちゃんもお母さま似で良かったと思っているが。

「ちょっと何なのよ、あんたたち」
美百合が鳴砂を睨む。どうやら忌面をしていないので気が付いていないようだ。

「とっととどきなさ……」
「さすがに看過出来ないな」
氷雨さんが後ろで立ち上がる。

「いや、さすがに酒入ってるんだから刀は……」
紅鳶さんが前に出る。
「体術で絞めるって」
「頭領の許可が出たらだぞ、氷雨」

「出たからやっていい」
やって来たのは直斗さまだ。
その瞬間薙斗がずしゃりと沈む。ひぃ……本当に絞め上げている。

「いだ……いだだだだっ」
「きゃーっ!!!」
2人は悲鳴を上げるが、既に周りには宗家の鬼たちが集結していた。

「薙斗!」
頭領の怒号が飛ぶ。

「今宵の宴には来るなと言ったはずだぞ!」
「しかし父上、美百合が……」
「言い訳をするな!お前は当分謹慎だ!それから……」
頭領が美百合を睨む。

「その女は鬼目の屋敷から追い出せ!二度とうちに入れるな!」
「はい!」
頷いた鬼目の鬼たちが美百合を引きずり出す。

「いやぁ!放してよぉっ」
美百合は自分が悪いことをしたと露とも思っていないようで未だ暴れている。

「暴れるなら今度はこれでやろうか」
氷雨さんが刀の柄に手を伸ばす。

「やめてくださいよ、酒入ってるんですから!没収しますよ!」
「ええ~~」
紅鳶さんに怒られ、氷雨さんがへらへらと苦笑いを漏らす。

そして美百合が宴会場から締め出されると頭領が仕切り直し再び賑やかな声が戻ってきた。

「ひと波乱あったが……頭領に屋敷から締め出されてどう嫁ぐつもりなんだか」
鳴砂が苦笑いを浮かべる。

「それでも婚約解消させなかっただけ頭領の親心だよ」
と静那お義兄さま。

「まぁな……」
鳴砂が溜め息を吐く。それって鬼の花嫁への愛情がそこまで深いということだろうか。

「これは呪いだよ、ある意味ね」
「氷雨さん……?」

「人間が怨鬼に堕ち、封印・浄化されると記憶を失う。けれど魂に刻まれた一番大切なものの顔だけは呪いのように残り続ける。遺伝子を伝って、鬼として生き子々孫々と。始まりだから分かるんだ」
それって氷雨さんや紅鳶さんにも残り続けている顔があると言うこと?
そして鬼たちは子々孫々とそれを運命だと求め続けていると言うことだろうか。

「それじゃぁ、鳴砂も……?」
「さてなぁ。忌み鬼の始まりが何だったかは誰も知らないんだ。それが人間だったのか、別のものだったのか。鬼を鬼としたものの起源だけがずっと謎に包まれている。だが……」
鳴砂が私をじっと見つめる。

「俺の最愛が雛だと言うのは何にも代えがたい事実だよ」
「……っ!」
それは私にとっても何にも代えがたい賛辞の言葉であった。