強い霊力を持ち、上半身が女性、下半身が大蛇として怪異化した存在 がいる。
それは人を喰らうという。
本来なら逃げるべきであろう。
だけどそれがもし、自分の母親の成れの果てであり、切れない縁だとしたら?
あなたはどうやって立ち向かうだろうか……。
『姦姦蛇螺(かんかんだら)』
僕は俯いたまま、身体を動かすことができない。
ここから先、一歩でも間違えれば即死だ。
「由真。へ、ん、じ」
「た、ただいま帰りました。母さん……」
ず、ずる……と何か大きなものが背後から畳を擦りながら迫ってくる。
「会いたかったわ」
「う、うん……」
僕は振り返ることなく、頭をフル回転させた。
思い出せ。宝刀で、中から斬る!だろ!
視線を彷徨わせる。
宝刀……くそ、ここにはない。
せめて小刀……いや、鞄がない!
どうにか時間を稼がなきゃ。宝刀にたどり着くんだ、由真!
「あの、母さんさ」
昔、お腹斬られたことあるじゃない?あの時の傷って、そういえばもう平気なの?そう言う気だった。
「あら幸取のにおい」
「!」
すぐ真後ろに母さんの気配を感じた。母さんが喋り出したら『黙れ』の合図だ。
「幸取と会えたのね?」
「う……はい……」
「良い子ね。なら幸取も連れ戻してきなさい」
「……!」
「由真と幸取、二人ぶんならお腹もいっぱいだわ」
うっとりと母さんは笑った。
「……あの、兄ちゃんにはすぐに逃げられた。どこに行ったのか分からない。僕が会えたのは本当に偶然なんだよ。ごめんなさい。だから」
「何よこの役立たず!」
鼓膜を破るような声と共に、母さんは僕の肩をぐいと反対側に引いた!
「いやだ!」
身を引いて避けたけど、僕の抵抗が母さんの逆鱗に触れた。
声を出す余裕すらなく、一瞬で暗闇に飲み込まれた。
……気絶してしまっていたらしい。
気づけばやたらふかふかでべとべとしている感触のなかにいた。かすかに内壁が蠢き、ドク……ドク……と心音のようなものが聞こえる。
「うそ……いやだ……嘘だと言って……!」
ここは蛇の腹の中だ!
くそ、母さんに飲み込まれたんだ!
立ち上がろうとしてもだるすぎて立てやしない。
霊力を相当抜かれている。今もだ。
このまま行ったら確実にここで死ぬ。
瓦落くんにもう会えなくなる……!
「いやだ、しっかりしろよ、由真!!」
宝刀はなくても何かやるんだ!
僕はなんとか身を起こし、ズボンのポケットに入っていたクシャクシャのお札を震える手で肉壁に叩きつけた。
ぶる、と嫌そうに肉壁は身を震わせた。
だけどそれだけだ。
「くそ、くそ……!」
僕は弱々しくも起き上がり、必死に爪先で中を引っ掻いた。瓦落くんのところに生きて帰る!!
「あああああああああ!!」
『さっきから何を暴れているの?お母さん苦しいじゃない、悪い子にはお仕置きが必要ね』
「!!」
母さんの声と共に、肉壁が蠢き僕の体をぎゅっと包んだ!息ができない!
肉壁の触れるところ全てから、力が……奪われて……く………。
「……う……」
頭がくらくらする。
しばらくして肉壁は離れていった。どさ、と崩れ落ちた僕の身体。
「……」
『やっと静かになったわねえ』
「……」
『すごいわねえ由真。こんなに祟りを集めて。恨みつらみ、それに霊力の塊。今までで一番のご馳走だわ。
あなたを産んで良かったわ』
が、ら……。
途絶えそうな意識の中で、必死に瓦落くんのことを思い出していた。
あの温もり、握られた手の優しさ。
今の僕の心の命綱だったから。
◾️※瓦落視点
「由真、どこだ!」
俺は由真の家に足を踏み入れていた。
あの古びた日本家屋。入ったことのない母屋の扉を遠慮なく開けて、ずかずかと中に入り込んでいた。
スタン!と襖を開けていく。
畳の和室が続く。中には誰もいない。
だけどある部屋で。
「うっ……!」
いくつも首が飛んだ白骨死体が転がっている。
それに随分モノが散乱しているし、たんまり積まれた札束には血が降りかかった痕がある。
覆いかぶさる白骨死体も。
彼岸の金を巡っての抗争、相打ちか……。
「どうなってんだよこの家!」
やがて俺は、他の家族が誰もいないことに気づく。
それに、家ん中に置いてある新聞だの写真だのが、古い日付だ。
ゾクッとした。
もしかして、この家。
「もうとっくに全員死んでるんじゃないか……?」
生きながらえることに執着する母親だけを残して。
「くそ!」
計画が狂っちまった。
俺は由真、宝刀、母親を探さなけりゃならない。
由真はあの時『一人では見つけられない』と言っていた。
「くそ……それでも絶対なんとかしてやる!」
じゃなきゃここで俺たちは終わりだ。
俺は由真を未来へ連れていく。
由真は夜の校舎で、未来の話をされてあんなに喜んでたような奴なんだよ!
現実にしてやらなきゃ、男じゃねえ!
◾️※由真視点
『由真……由真。起きて』
暗闇の中で声がする。母さん……?
『起きたかしら?お寝坊さんね』
やさしい母さんの声。
昔聞いた気がする声……。
「なあに、母さん……」
頭の中がすごくぼんやりする……。
『母さん良いこと思いついたの。あなた、祟りを集めるのがとっても上手だわ。このまま由真を食べちゃうのがもったいないくらい』
すごくだるくて起き上がれない。
「うん……」
『もし外に出してあげるっていったら、どうする?』
「え……」
『また祟り集めてきてよ。それを母さんが時々由真と一緒にちょっとずつ食べるの。いいアイディアだと思わない?』
「……え」
『協力してよ。身近なお友達でも斬って霊にすれば良いじゃない。祟られれば良いわ』
「!」
その瞬間、パチッと目が覚めた。瓦落くん、殺せってこと?
『あなたにお友達はいらないのよ』
「や、やだ!」
『言うこと聞きなさい!』
「やだ……っうああああ!!!」
また肉壁が迫ってくる。
僕は……僕は……それでも瓦落くんと一緒にいたい。
必死に手のひらで押した。
今の僕にできることはひとつだけ。
せめて、もしかして瓦落くんが助けに来てくれるまで、抵抗を続けることだ。
瓦落くんを信じろ由真……!
『強情ねえ。そんなに守りたい人間でもいるのかしら?名前を言いなさい』
まずい……!
「……言いません!」
『じゃあ身体に聞くだけだわ』
「うああああっ!!!」
頭の中を、まるで直接手で探られているような不気味な感触がした。
『この男ね』
「……!」
頭の中の瓦落くんの記憶が、墨で塗りつぶされるみたいに見えなくなっていく!
「いやだ、やめろ、やめろーーーーっ!」
こんなこと死ぬより辛い。僕の宝物が……!
僕は記憶の中の瓦落くんに手を伸ばした。だけどその顔もすぐに見えなくなった。
◾️※瓦落視点
「くそ、どうなってんだよ!」
どんなに家の中を走っても走っても、いくら襖を開けようと。
ずっと同じような間取りが延々と続くからだ。こんなの流石におかしい。
なら戻ってみても、同じ間取りは続く。
嘲笑うかのように、俺は由真にも宝刀にも、母親にも近づけずにいた。
由真はもう喰われているかもしれないのに!
「冷静になれよ駿……」
汗を拭った。
恐ろしい母親が支配するこの家。
家ごと異界化していても、おかしくはない。
「支配から抜け出すには……」
俺は、拾っておいた由真の鞄を開けた。
中から小刀を取り出す。
「……これが俺に扱えるかは分からないが……」
ぎゅ、と小刀を握る。これで壁を切り裂けば、もしかして抜けられるのかも……。
試しに目の前の襖を斬ってみる。
ただ切り裂いた痕がつくだけで、襖を開ければ部屋はまたループしてしまった。
「俺じゃやっぱりダメなのか!?……いや待てよ」
ふと思い浮かんだのは、以前に神社で由真に取り憑いた複数の死霊を日本刀で斬った時のこと。
あの時の俺は確かに霊を斬った。
俺にだってできるはず……!
どうやった?あのとき。
「由真を護りたいと思ったら、なんかすげえ力が出て……」
あの時、手のひらが何だか急にやけに温かくなったことを覚えている。
もう一度小刀を握った。
「俺は由真を護りたい。ナホの時みたいに、もう護れないのは嫌だ!」
そう念を込めた。そうしたら手のひらがだんだん熱くなってきた。
小刀が薄く輝き、バチ、と音が鳴った。ああ、これはきっと霊力だ。
もっとだ……さらに念を込める。
小刀はスパークした。
これならいける!
「らあああああ!!!!」
目の前の襖を切り裂いた!
途端に眩しい光に包まれた。
気づけば俺は、荒廃した大地に立っていた。周囲にはそこかしこに彼岸花が咲いている。あの家屋はどこにも見当たらない。
夜だったけど、鬼火のような火の玉が所々で燃え盛っている。
「ここがこの家の本当の姿ってことかよ……」
どこかから唸り声が聞こえる。死霊のものか、いったい何なのか分からない。ブルッと背筋が震えた。
「でも俺は、怖いだなんて言ってらんねえんだよ!宝刀を探す……」
俺は歩き出そうとした。
その時ふと強い風が吹き、反対側からものすごく濃い血の香りがした。
「くそ、なんだ……?」
ゾク、として振り返る。
そう遠くないところに、何か真っ赤な池が見えた。
何か中央に、刀……のようなものが祀られているのが見える。宝刀ってあれか?俺は走り出した。
そこは実際に近づいてみると、血の匂いそのものだった。試しに手で掬ってみる。どろりと垂れた。間違いない、血の池だ。周囲にはぐるりと彼岸花が咲いている。
見れば至るところに人の白骨が浮いている……。
全身が拒否している。でもその中央、小さな岩場の上にやっぱり刀が置いてある!厳重に封印するかのように周囲をお札で囲ってある。
立派な刀だ。おそらくあれだろう。
「くそ……っ待ってろ!……てめえら絶対動くなよ……!」
俺はぎろりと周囲を睨みつけながら、腰まで血の池に浸かる。なんとか歩みを進めた。池はもったりと冷たく重い。
白骨は俺を邪魔するかのように浮かんでいる。それらを掻き分ける。
水の深さはどんどん増す。正直死ぬほど怖かった。
でも俺は進み続けた。
「はあ……はあ……う、く……っ!」
もう少しだ……そう思ったとき。
「!!!」
白骨死体どもは突然起き上がり、俺に襲いかかってきた!俺の体を沈めようとする!
沼の中で足も引っ張られている!
「っざけんじゃねえよ!こんなとこで、死んでたまるかよ!」
死に物狂いで抵抗した。泳ぐようになんとか進んだ。
頭を押さえつけられて池に顔をつけられそうになるのを必死に暴れ、なんとか逃れた。
だめだ、沈む……!
「由真ぁ!」
俺はあいつを助けなきゃいけない。
あいつに未来を渡さなきゃいけないんだ!
由真が初めて、愛想笑いじゃない本心の笑顔を向けてきた時のことを思い出した。それは俺に、白骨死体を押し退け前に進む力をくれた。
「どけよてめえら!よし、いける……!」
ギリギリのところで岩場を掴んだ!なんとか岩場に身体を寄せた。
力ずくで沼の中の何かを振り切る。ようやく俺は岩場へと上がった。
白骨死体が引きずり下ろそうとしてくるのを蹴っ飛ばして避けた。でも何度も這い上がってくる!
「くっそ、なんとかしなきゃここで死ぬだけだ!」
素早く刀を確認する。
鞘に『彼岸家宝刀』と書いてある。
「よし、これだ!」
掴もうとしたが、バチッと手が何かに弾かれた。
封印のお札が俺を拒絶している。
「邪魔すんじゃねえ!もらってくぜ!」
俺は即座に手に霊力を込めると、お札を掴んで無理やり引きちぎった。
なかなか手強かったがなんとか封印を解くことに成功する。
「これが宝刀……」
鞘から刀身を引き出す。
鈍い光を放つそれは、随分重たく長い。切れ味は期待できそうだ!
その時。
「!」
さっきまでとは比にならない数の白骨死体が池の中から押し寄せてきた!霊力を込める。時間はない。
「試し斬りしてやるよ!……うらぁあああああ!!」
俺は叩きつけるようにバチバチとスパークする刀をふるった。
ズバァアン!!というものすごい衝撃だった。
一斉に白骨死体どもは崩れ落ち、カタがついた。
「すげえ……っ」
それだけでなく血の池の血は赤黒く干からび、やがて池の底に一つの出口があることに俺は気づいた。
「こっちに進めってことか……?」
俺は宝刀を鞘に戻す。それを確かに掴み、白骨の山を乗り越え出口へと向かった。
「狭い……」
俺は背をかがめて中に入っていく。蛇の巣穴みたいな不気味な場所だった。
宝刀を握りしめて歩く。ずっと歩き続けた気がする。永遠なのかってくらいに……。
だけど、宝刀の先にぼうっと光る道を歩き続けた。この先に由真がいる気がした。
ふと空間がひらけた。
「な……」
そこは大きな夜の森が広がっていた。
目の前にあるのは、巨大な木にしめ縄を張り、六角形を作った場所。ところどころに燃え盛る火の灯がある。
その中央に……向こうを向いた巨大な蛇女がいた!
身体の上半分は巫女のような姿をしている。
髪が随分長い。腕は六本ある!
木々の間で、不気味な言葉で一心不乱に儀式をしている。
由真の母親だ。でもあんなの、とっくに人間じゃない!
蛇女は、腹が一箇所妙に膨れている。
まさか……でも、たぶん……!
すっぱり宝刀で斬ってやりたいのを我慢した。
あいつは中からでなければ倒せないはずだ。
俺はジャケットを脱いで、宝刀を覆い背中側に隠した。
あいつに勝てるのかと思うと、正直足が震えた。でも由真を失うことはもっと怖い!
それにふと気づく。儀式が進むたびに火の灯がふっと消えていく。火の灯は元々六台あるうち、残りは二台だ!
「おい、由真を返せよ!」
全力で声を出した。
蛇女はぴたと止まり、振り返った。
「……」
ただにたりと笑う。
でも眼窩はすでに落ち窪んでおり、目はない。
「あんたの周りのやつらはもう家で死んでた、彼岸家のためにこんなことするのはもうやめろ!」
「……そんなの関係ないわ、私はお腹がすいて仕方がないんだもの」
くそ、話が通じない!
「息子餌にするなんて頭イカれ過ぎなんだよ!うちよりヤバい親が存在してたまるかってんだ!」
俺の背中の傷跡が疼く気がした。過去に親にぶん殴られてできたアザだの傷だの。
蛇は蠢いてこっちへとやってきた。
「あなた、由真の匂いがするわねえ。どうしてかしら……」
俺は後退りそうになるのをグッと踏み込んで耐えた。
査定でもするみたいに、女は俺の周りをぐるぐると回った。鳥肌が立つ。
「由真は餌なんかじゃない!一人の人間なんだよ!あいつは俺と一緒に生きるって決めた。俺に由真を返しやがれ!」
「ああ、あの男ってあなたね?」
俺を知っているのか?ゾク、とする。
女は笑いだした。あはは、あははは。ものすごく面白い冗談を聞いた、みたいに。
女が俺の周りをぐるぐると回り出しながら、げらげらと!
「……な、何笑ってんだよ!止まれ、目障りなんだよ!」
くそ。宝刀がバレるのは何よりもまずい!宝刀を隠した手がわずかに震えた。
「くっそ!」
俺は女の意識を逸らそうと、由真の小刀を腹に向かって投げつけた。
それはカツン!と弾かれた。だけど良い具合に女の逆鱗に触れたようだった。
「私に歯向かうな!!!まとめて殺してやる!」
蛇女は大きく口を開けた。
俺は渾身の力でぎゅっと宝刀を握った。
途端に俺は暗闇へと飲み込まれた。
「ぅああああーーーーっ……!」
何も見えない。分からない。
そんな暗闇の中で、絶対に気絶するものかと、俺は鞘を少し開けて自分の手をほんのりと斬った。
血がぶ、と溢れるのを感じた。呼吸が荒くなる。
だけど痛みで気絶を免れた……。
「くそ、マジ痛え。よく斬れんじゃねえか」
周囲のふかふかした壁。由真の兄貴に飲み込まれたときと感触が全く一緒だ。
飲みこまれることには成功したようだ……。
「由真……?」
さっきから足元に何かが当たっている。
由真の鞄から懐中電灯を取り出してつけた。
「ゆ、由真!!!」
ライトが照らす先には、目を瞑って起きない白髪の由真がいた。顔が真っ白だ。
「由真、おい、由真!」
その身体を抱き起こすけど、ゾッとするほど冷たい。この短時間に一体何があった?
「まさか……!」
由真の心臓に耳を当てる。その鼓動は止まりかけなんじゃないかってくらい、弱々しい。
「くそ、間に合ってくれ!」
俺は心臓に手を当てた。手のひらに意識を集中する。途端に手が温かくなる。心臓マッサージをした。命を繋ぎ止めようとした。
一回一回がスローモーションに感じた。死なないでくれ由真。
「……っぁ!」
由真は咳き込んで目を覚ました。
「由真!よく一人で耐えた!」
俺は抱きしめて、その顔を覗いた。虚ろな瞳と目が合い、ひやっとした。
「う……。あ……きみ……だ、れ……?」
「!!おい、俺を忘れてんじゃねえ!瓦落だよ!」
「……」
一体どれだけのものを奪い取られたんだ!
「由真ぁ!」
「ここ……あぶない、よ。きみだけでも……早く逃げて……」
由真はぐしゃぐしゃのお札を胸ポケットから出して渡そうとしてきた。こんな時までお前ってやつは……!
「ばかやろう、お前を置いて行けるかあ!」
「!……っあ……このセリフ、どこかで聞いたことが……?きみ……?」
「……そうか、きさらぎ駅でだ!」
俺は由真を力いっぱい抱きしめた。
「なあ、思い出せよ!ほら!俺の妹のナホ、助けてくれたことあったろ!」
「ナホ……ちゃん……」
「それに河川敷の帰り!俺ともっと生きたいって言ってくれたろ!俺もそうしたいって言った!思い出せよ!」
「……!」
ぎゅ、と由真は俺の服の袖を握った。
「あの夜の校舎で俺たち、将来どっかで一緒に暮らすのも良いなとか、話したこともあった!お前、あの時泣きそうな顔してただろ!」
「!……渡り廊下……!」
「そうだ、俺だよ!今までずっと一緒にいた、これからもそうするんだろ!?」
そして手をぎゅ、と握った。いつも、怪異を乗り越えるたびに、暗い夜を過ごす度に。俺たちがやってきた握り方で。
「俺だよ。思い出せ、由真!」
自分の中のエネルギーが由真に流れ込むように、全身全霊で由真を包んだ。ふわ、と由真の体温が少し上がった気がした。
「……っあ……あ……が、ら、く……くん……!」
由真はぎゅ、と俺の手を握り返した。
「瓦落くん!」
ようやく焦点が合った由真。さっきより断然マシだが、依然ふらついてはいる。
「あ……会いたかったあ!」
「よく耐えた由真」
お互いをきつく抱きしめ合った。
この温もりを忘れたくない。
「もう二度と会えないかと思った!」
「ありえないだろそんなの。なあ、あとさ、これ持ってきた」
宝刀を差し出した。
「……っよく分かったね!」
「ああ。必死だったからな」
「時間がない。覚悟はいいか、由真」
由真は必死に頷いた。
「この宝刀は本当によく斬れる」
『なあに、さっきからごちゃごちゃうるさいわねえ。最後のお別れかしら』
まずい、母親に気づかれた。
俺は宝刀を鞘から抜いた。霊力を全力で込めてスパークさせる。
「全部終わらせてやる。由真を……返せ!!!!」
何度も渾身の力で宝刀を叩き下ろした。
手当たり次第に肉壁に当てまくった。
『グギャァアアアア!!!!ギャアアーーーーーッ!!!』
割れそうな悲鳴で暴れ回るその蛇の体内。振動がやばくて、跳ね返ってきた宝刀が自分の身に当たりそうになるのを何とか避けた。
「逃げんじゃねえ!ぁあああ!!」
更に一撃。だけど母親も引かない。
『死ねええええ!!!』
一気に肉壁が迫ってきた。
内壁に横に刀をぶっ刺して逃げ道を作る。由真を抱きしめて一緒に身を縮めた。
『ああああああ!!!!!』
刀が身体にめりめりと突き刺さっていく。肉壁の血がぼたぼたと垂れてきた。
「俺たちを潰すのが先か、刀が刺さって死ぬのが先か。へ、選びやがれ」
勝てる。そう思った。だけど。
『言うことを聞けぇ!』
「くそ、てめえ……やめろ!」
操られでもするかのように、俺の右手が勝手に刀を抜こうとする。
「くそ、やめろ、ふざけんじゃねえ!!」
もう片方の手で自分の手を押さえようとする。
だけど手は言うことを聞かない。
「由真、頼む、一緒にやってくれ!お前の力が必要、なんだ!」
「わ、分かった!」
由真はずたぼろの身体をどうにか起こして、俺と一緒に刀の柄を掴んだ。
由真の手のぬくもりに触れて、俺の右手の暴走は止まった。
「行くぞ!」
俺たちは全身全霊で霊力を注いだ。自分たちが持っているもの全てを。
「一緒に帰るんだ、由真!」
「うん!」
宝刀は暗闇の中で一際まぶしく光を放った。
「由真、行くぞ!うらああああーーーーーーっ!」
俺たちは渾身の力でそれを肉壁に叩きつけた。
◾️※由真視点
「キャアアアアアアアア!!!」
僕の母さんの絶叫と共に、強い光に包まれた。
「外だ……出られた!」
「由真、裏切るなんて許さないから!帰ってらっしゃい!」
大蛇が迫る。だけどその身体は既にボロボロだ!
「母さん。僕は餌にならない!」
「それ以外生きる道なんてないくせに!」
母さんが僕の腕を掴もうとするのを退けた。
「違う!僕は、僕の大切な人と生きるって決めたんだ。それが僕の生きる道なんだ!」
「生意気言うんじゃない!彼岸のために犠牲になりなさい!私だってそうだったわ!」
「……!」
ぎゅっと足を踏みしめた。ひるむな、決着をつけるんだ、由真!
「僕は彼岸のためにも、母さんのためにも生きられない!お互い楽になろうよ!だから……ごめんなさい!」
これは母さんを救うためでもあるはずだ!
僕は瓦落くんから宝刀を受け取ると、今度は外側から人間と蛇の胴体部分を切りつけた。
「イャァアアアアアアアア!!!!!」
ダメージが相当蓄積されていたのだろう。
蛇と人間の胴体部分は崩れるように離れた。
「危ない、下がれ由真!」
瓦落くんが僕の体を引っ張って庇った。
蛇腹の中から吹き出した血がものすごい勢いで流れていく。
それに昔喰われて死んだはずの兄弟たちの魂が、一目散にどこかへ飛んで消えていくのが一瞬目に映った。
「由真ぁ!よくも……!こっちに来なさい、こっちに……」
残った上半身。母さんが恨めしげに僕の足首に手を伸ばす。
「ゆまぁあ……!」
血の波と共にそれは、僕を掴もうと必死だ。
それを瓦落くんに庇われながら、一歩、二歩と下がって避けていく。
どん、と背中が木にぶつかった。
「!」
だけど僕の足まで数ミリというところで、母さんは動きを停止した。
その途端、猛スピードで老いていき、まるでミイラのようになった母さんが残った。
「よ、く……」
恨みを募らせた死霊となる余裕もなく、母さんはその生命活動を終えた。
そもそも、その身体は本来の寿命をとっくに超えていたのだから……。
崩れ落ちそうになった僕の身体を、瓦落くんが後ろからしっかり抱き止めてくれた。
「……瓦落くん……」
「ん……?」
「……母さんもさ、楽になれたかな……?」
「俺はそう思うよ。この家さ、とっくに他の人間死んでたんだよ。金を巡って争い、相打ちって感じで……。
だから、家のために生きる執着から逃れられて、母親もようやく休めるんじゃないか。
……頑張ったな、由真」
怖いところは沢山あったけど、僕の母さんだから。
長い長い苦しみから解放できたなら、これで良かったのだろう……。
瓦落くんは優しく頭を撫でてくれ、僕はそれに寄り添った。
「次に生まれる時は、普通の親子になれるかな……?」
「なれるさ。俺もお前も」
「そっか……きっとそうだよね……」
僕は瓦落くんの腕からそっと抜けて、自分の上着を脱いだ。
母さんの上にふわ、とかけ、手を合わせた。安らかに眠ってくれ……。
母さんはあの空に行ったのだろうか?見上げた空はきらきらと星が瞬いている。
「……!」
だけどそのとき。ズシン、と地震のような揺れが起きた。
ひとつ残っていた火の灯がガタンと倒れ、周りの木々に燃え移りだした。このままではあっという間に火の海になってしまう。
「この異界を作ってた母さんの力がなくなったからだ!」
「畜生、俺が来た道が封鎖されてる。あんな岩場、さっきはなかった!」
周囲を火で囲まれる。
「こっち来い、由真!」
瓦落くんは岩場まで行くと、宝刀を構えた。
「でもな、俺は知ってるぜ。世界の出口はこうやって作るもんだって!」
スパークさせた宝刀を、岩場へとぶつけた。
ガキィイイン!と音がした。その瞬間、岩の割れ目から眩い光が溢れた。
まぶしい!目を瞑った。そして二人手をぴったりと繋ぎ合わせた。絶対に離れないように。
「……なあ、おい。由真!外だ!俺たち帰って来られたよ!」
うっすらと目を開けるとそこには青い空が広がり、いつもの僕の実家が広がっていた。
焼け爛れた彼岸家を弔うかのように真っ赤な彼岸花が一斉に覆い尽くしている状態で。だけどそれも、ひとつふたつと枯れていき、じきに一斉に枯れた。
全てのエネルギーを失ったとでも言うかのように。
「……終わったんだね……」
「ああ」
「ありがとうね、瓦落くん」
「当たり前だろ」
僕らは顔を見合わせて微笑み合った。この人の近くにいると自然に笑えるようになった。
「あ、由真、胸んところ!祟りが消えてる」
「え?あ……本当だ」
戦う中ですこし引きちぎれてしまった胸元。そこから覗く肌はつるんとして何のアザもない。
母さんにありとあらゆるエネルギーを吸われる過程で、僕に溜まっていた祟りが消えたのだろう。
「こんなのいつ以来だろう。なんか身体が妙に軽いよ」
「いらないもん吸ってくれたのは助かったな」
軽くジャンプしたり身体を動かしてみて、やっぱり体感した。すごく清々しい気分だ。
その時、さわやかな風が吹き抜けていった。僕の胸の中も、優しく撫でて通り過ぎるかのように。
「う〜ん気持ちいい!」
「良かったじゃん」
だけど一方で。僕は悟ってもいた。
「僕、霊力の大半を失ったみたい。これは戻るのかこのままなのか。それは分からないけれど。
でもやっと自由になれた気がするよ。色んなことから」
うんうんと瓦落くんは大きく頷いた。
「でもね、まだひとつだけ縛られてることもあって……いや、それはそのままであってほしいっていうかさ……」
「何?」
僕は一歩、近づいた。
自然にお互いに手を取った。こんなどきどきした気持ちは初めてだった。すっと息を吸った。
「瓦落くん。僕、ずっと君に囚われてる。……これからも瓦落くんを好きでいてもいい?」
「俺が先に言うはずだったのに」
「ほんとに?」
「先を越されたからには、次は俺から」
「!」
瓦落くんは僕を抱き寄せて、僕らは初めてキスをした。びくっとしてつい逃げようとした僕を、瓦落くんは決して逃してはくれなかった。それは徐々に深くなり……。
鼓動がおかしくて、爆発しそうで、それはどんな怖い夜よりも緊張した。だけど世界で一番幸せな時間で……。
ふと唇を離した瓦落くん。
「……はは、由真ってそんな顔もするんだ。良いじゃん」
両手で頬を押さえた。つい後ろを向いた。
「自分だって真っ赤じゃん!」
「そりゃそうだろ」
「うわっ開き直ってる」
僕は一人すたすたと歩き出した。恥ずかしいよまったく……!
「片思いが長かったから」
「……!」
振り向けば、瓦落くんは僕をじっと見つめている。
「由真、なかなかはっきり言ってくれないし」
「……じ、自分だって!」
「本命に振られるの怖いだろ誰だって。霊よりこえーわ」
「……!」
瓦落くんはさっと走って僕に追いついた。僕と手を繋いだ。
「由真ってもしかして、霊としか付き合わないんじゃないかとか思ってたぜ」
「そんな人いないし!」
「いや〜由真はあり得る。基本、霊にしか興味ないし。この俺をほっぽって」
「ほっぽってないよ!」
「じゃあもっとウザイくらい連絡してこいよな。少ねーんだよ。俺をくよくよさせるな」
瓦落くんは僕を連れて歩き出した。片手には宝刀を携えたまま。
「この刀、めっちゃ使えるぜ。今後も何かの役に立ちそうだ。持って行こう。良いよな?」
「う、うん!」
「なあ、このまま遠いところへ行って、二人で一緒に暮らそうぜ。俺たちならきっとなんとでもなる」
「……うん!」
「すげえ嬉しそう」
瓦落くんは満足げに笑った。
庭の生い茂った雑草なんかをがさがさと踏み越えて、僕らは歩いていく。後方に遠ざかる実家。
「あ、っていうかこのままの服じゃ電車も乗れねーじゃん。まずはどっかで服買うか」
「僕がよく服買ってたおすすめのスーパーあるよ。Tシャツ480円」
「やっす!とりあえずそこ行くか」
ハハハと笑う瓦落くんの声が、耳に心地良く響いた。大好きだ。
「そんでさ、これから何する?楽しみだよな。とりあえずハンバーガーショップでもやるか」
「あは、うーん、それも良いけど。僕ちょっとさ、やってみたいことあるんだよね。瓦落くんと一緒ならできると思うんだ」
「何?教えろよ」
「えっとね……」
握り合った手はもう迷うことはない。
ついに家の敷地を出た。
僕らは一度も後ろを振り返ることはなかった。
さようなら『彼岸』。
僕を産んでくれたことだけは本当に感謝してる。
おかげで瓦落くんに出逢えたから。
それからしばらく時が過ぎた頃。
とある田舎町にある古びた一軒家。
家の外壁には、『お祓い相談所』と書かれた紙が一枚ぺたっと貼ってある。
チャイムが鳴ったので出た。そこには不安そうな顔をした一人の女性が立っていた。
「……あ、どうもこんにちは。あなたが今回の相談者さん?
あ、申し遅れました。僕、瓦落って言います。瓦落由真。
もう大丈夫ですよ。あなたみたいな人を救うために僕らはいますから。
さ、入って入って」
女性は少し不安の和らいだ顔で入ってきた。
僕は台所に向かって声をかけた。
「ねー駿くん!お客さん来たよ。お茶淹れて!
茶葉はほら、そこの棚の上から二番目って前も言ったじゃない。あーっちょっとこぼしてる!もう、駿くん!」
こうして僕は生きる喜びを噛み締めている。
「……ん?」
ふとどこかから視線を感じ、振り返る。
居間のすりガラス越しに、ふと見えた人っぽい黒い影。それはうっすらと笑うと消えた。
死霊の気配がして、僕の鼓動がドクンと鳴った。
終わり
それは人を喰らうという。
本来なら逃げるべきであろう。
だけどそれがもし、自分の母親の成れの果てであり、切れない縁だとしたら?
あなたはどうやって立ち向かうだろうか……。
『姦姦蛇螺(かんかんだら)』
僕は俯いたまま、身体を動かすことができない。
ここから先、一歩でも間違えれば即死だ。
「由真。へ、ん、じ」
「た、ただいま帰りました。母さん……」
ず、ずる……と何か大きなものが背後から畳を擦りながら迫ってくる。
「会いたかったわ」
「う、うん……」
僕は振り返ることなく、頭をフル回転させた。
思い出せ。宝刀で、中から斬る!だろ!
視線を彷徨わせる。
宝刀……くそ、ここにはない。
せめて小刀……いや、鞄がない!
どうにか時間を稼がなきゃ。宝刀にたどり着くんだ、由真!
「あの、母さんさ」
昔、お腹斬られたことあるじゃない?あの時の傷って、そういえばもう平気なの?そう言う気だった。
「あら幸取のにおい」
「!」
すぐ真後ろに母さんの気配を感じた。母さんが喋り出したら『黙れ』の合図だ。
「幸取と会えたのね?」
「う……はい……」
「良い子ね。なら幸取も連れ戻してきなさい」
「……!」
「由真と幸取、二人ぶんならお腹もいっぱいだわ」
うっとりと母さんは笑った。
「……あの、兄ちゃんにはすぐに逃げられた。どこに行ったのか分からない。僕が会えたのは本当に偶然なんだよ。ごめんなさい。だから」
「何よこの役立たず!」
鼓膜を破るような声と共に、母さんは僕の肩をぐいと反対側に引いた!
「いやだ!」
身を引いて避けたけど、僕の抵抗が母さんの逆鱗に触れた。
声を出す余裕すらなく、一瞬で暗闇に飲み込まれた。
……気絶してしまっていたらしい。
気づけばやたらふかふかでべとべとしている感触のなかにいた。かすかに内壁が蠢き、ドク……ドク……と心音のようなものが聞こえる。
「うそ……いやだ……嘘だと言って……!」
ここは蛇の腹の中だ!
くそ、母さんに飲み込まれたんだ!
立ち上がろうとしてもだるすぎて立てやしない。
霊力を相当抜かれている。今もだ。
このまま行ったら確実にここで死ぬ。
瓦落くんにもう会えなくなる……!
「いやだ、しっかりしろよ、由真!!」
宝刀はなくても何かやるんだ!
僕はなんとか身を起こし、ズボンのポケットに入っていたクシャクシャのお札を震える手で肉壁に叩きつけた。
ぶる、と嫌そうに肉壁は身を震わせた。
だけどそれだけだ。
「くそ、くそ……!」
僕は弱々しくも起き上がり、必死に爪先で中を引っ掻いた。瓦落くんのところに生きて帰る!!
「あああああああああ!!」
『さっきから何を暴れているの?お母さん苦しいじゃない、悪い子にはお仕置きが必要ね』
「!!」
母さんの声と共に、肉壁が蠢き僕の体をぎゅっと包んだ!息ができない!
肉壁の触れるところ全てから、力が……奪われて……く………。
「……う……」
頭がくらくらする。
しばらくして肉壁は離れていった。どさ、と崩れ落ちた僕の身体。
「……」
『やっと静かになったわねえ』
「……」
『すごいわねえ由真。こんなに祟りを集めて。恨みつらみ、それに霊力の塊。今までで一番のご馳走だわ。
あなたを産んで良かったわ』
が、ら……。
途絶えそうな意識の中で、必死に瓦落くんのことを思い出していた。
あの温もり、握られた手の優しさ。
今の僕の心の命綱だったから。
◾️※瓦落視点
「由真、どこだ!」
俺は由真の家に足を踏み入れていた。
あの古びた日本家屋。入ったことのない母屋の扉を遠慮なく開けて、ずかずかと中に入り込んでいた。
スタン!と襖を開けていく。
畳の和室が続く。中には誰もいない。
だけどある部屋で。
「うっ……!」
いくつも首が飛んだ白骨死体が転がっている。
それに随分モノが散乱しているし、たんまり積まれた札束には血が降りかかった痕がある。
覆いかぶさる白骨死体も。
彼岸の金を巡っての抗争、相打ちか……。
「どうなってんだよこの家!」
やがて俺は、他の家族が誰もいないことに気づく。
それに、家ん中に置いてある新聞だの写真だのが、古い日付だ。
ゾクッとした。
もしかして、この家。
「もうとっくに全員死んでるんじゃないか……?」
生きながらえることに執着する母親だけを残して。
「くそ!」
計画が狂っちまった。
俺は由真、宝刀、母親を探さなけりゃならない。
由真はあの時『一人では見つけられない』と言っていた。
「くそ……それでも絶対なんとかしてやる!」
じゃなきゃここで俺たちは終わりだ。
俺は由真を未来へ連れていく。
由真は夜の校舎で、未来の話をされてあんなに喜んでたような奴なんだよ!
現実にしてやらなきゃ、男じゃねえ!
◾️※由真視点
『由真……由真。起きて』
暗闇の中で声がする。母さん……?
『起きたかしら?お寝坊さんね』
やさしい母さんの声。
昔聞いた気がする声……。
「なあに、母さん……」
頭の中がすごくぼんやりする……。
『母さん良いこと思いついたの。あなた、祟りを集めるのがとっても上手だわ。このまま由真を食べちゃうのがもったいないくらい』
すごくだるくて起き上がれない。
「うん……」
『もし外に出してあげるっていったら、どうする?』
「え……」
『また祟り集めてきてよ。それを母さんが時々由真と一緒にちょっとずつ食べるの。いいアイディアだと思わない?』
「……え」
『協力してよ。身近なお友達でも斬って霊にすれば良いじゃない。祟られれば良いわ』
「!」
その瞬間、パチッと目が覚めた。瓦落くん、殺せってこと?
『あなたにお友達はいらないのよ』
「や、やだ!」
『言うこと聞きなさい!』
「やだ……っうああああ!!!」
また肉壁が迫ってくる。
僕は……僕は……それでも瓦落くんと一緒にいたい。
必死に手のひらで押した。
今の僕にできることはひとつだけ。
せめて、もしかして瓦落くんが助けに来てくれるまで、抵抗を続けることだ。
瓦落くんを信じろ由真……!
『強情ねえ。そんなに守りたい人間でもいるのかしら?名前を言いなさい』
まずい……!
「……言いません!」
『じゃあ身体に聞くだけだわ』
「うああああっ!!!」
頭の中を、まるで直接手で探られているような不気味な感触がした。
『この男ね』
「……!」
頭の中の瓦落くんの記憶が、墨で塗りつぶされるみたいに見えなくなっていく!
「いやだ、やめろ、やめろーーーーっ!」
こんなこと死ぬより辛い。僕の宝物が……!
僕は記憶の中の瓦落くんに手を伸ばした。だけどその顔もすぐに見えなくなった。
◾️※瓦落視点
「くそ、どうなってんだよ!」
どんなに家の中を走っても走っても、いくら襖を開けようと。
ずっと同じような間取りが延々と続くからだ。こんなの流石におかしい。
なら戻ってみても、同じ間取りは続く。
嘲笑うかのように、俺は由真にも宝刀にも、母親にも近づけずにいた。
由真はもう喰われているかもしれないのに!
「冷静になれよ駿……」
汗を拭った。
恐ろしい母親が支配するこの家。
家ごと異界化していても、おかしくはない。
「支配から抜け出すには……」
俺は、拾っておいた由真の鞄を開けた。
中から小刀を取り出す。
「……これが俺に扱えるかは分からないが……」
ぎゅ、と小刀を握る。これで壁を切り裂けば、もしかして抜けられるのかも……。
試しに目の前の襖を斬ってみる。
ただ切り裂いた痕がつくだけで、襖を開ければ部屋はまたループしてしまった。
「俺じゃやっぱりダメなのか!?……いや待てよ」
ふと思い浮かんだのは、以前に神社で由真に取り憑いた複数の死霊を日本刀で斬った時のこと。
あの時の俺は確かに霊を斬った。
俺にだってできるはず……!
どうやった?あのとき。
「由真を護りたいと思ったら、なんかすげえ力が出て……」
あの時、手のひらが何だか急にやけに温かくなったことを覚えている。
もう一度小刀を握った。
「俺は由真を護りたい。ナホの時みたいに、もう護れないのは嫌だ!」
そう念を込めた。そうしたら手のひらがだんだん熱くなってきた。
小刀が薄く輝き、バチ、と音が鳴った。ああ、これはきっと霊力だ。
もっとだ……さらに念を込める。
小刀はスパークした。
これならいける!
「らあああああ!!!!」
目の前の襖を切り裂いた!
途端に眩しい光に包まれた。
気づけば俺は、荒廃した大地に立っていた。周囲にはそこかしこに彼岸花が咲いている。あの家屋はどこにも見当たらない。
夜だったけど、鬼火のような火の玉が所々で燃え盛っている。
「ここがこの家の本当の姿ってことかよ……」
どこかから唸り声が聞こえる。死霊のものか、いったい何なのか分からない。ブルッと背筋が震えた。
「でも俺は、怖いだなんて言ってらんねえんだよ!宝刀を探す……」
俺は歩き出そうとした。
その時ふと強い風が吹き、反対側からものすごく濃い血の香りがした。
「くそ、なんだ……?」
ゾク、として振り返る。
そう遠くないところに、何か真っ赤な池が見えた。
何か中央に、刀……のようなものが祀られているのが見える。宝刀ってあれか?俺は走り出した。
そこは実際に近づいてみると、血の匂いそのものだった。試しに手で掬ってみる。どろりと垂れた。間違いない、血の池だ。周囲にはぐるりと彼岸花が咲いている。
見れば至るところに人の白骨が浮いている……。
全身が拒否している。でもその中央、小さな岩場の上にやっぱり刀が置いてある!厳重に封印するかのように周囲をお札で囲ってある。
立派な刀だ。おそらくあれだろう。
「くそ……っ待ってろ!……てめえら絶対動くなよ……!」
俺はぎろりと周囲を睨みつけながら、腰まで血の池に浸かる。なんとか歩みを進めた。池はもったりと冷たく重い。
白骨は俺を邪魔するかのように浮かんでいる。それらを掻き分ける。
水の深さはどんどん増す。正直死ぬほど怖かった。
でも俺は進み続けた。
「はあ……はあ……う、く……っ!」
もう少しだ……そう思ったとき。
「!!!」
白骨死体どもは突然起き上がり、俺に襲いかかってきた!俺の体を沈めようとする!
沼の中で足も引っ張られている!
「っざけんじゃねえよ!こんなとこで、死んでたまるかよ!」
死に物狂いで抵抗した。泳ぐようになんとか進んだ。
頭を押さえつけられて池に顔をつけられそうになるのを必死に暴れ、なんとか逃れた。
だめだ、沈む……!
「由真ぁ!」
俺はあいつを助けなきゃいけない。
あいつに未来を渡さなきゃいけないんだ!
由真が初めて、愛想笑いじゃない本心の笑顔を向けてきた時のことを思い出した。それは俺に、白骨死体を押し退け前に進む力をくれた。
「どけよてめえら!よし、いける……!」
ギリギリのところで岩場を掴んだ!なんとか岩場に身体を寄せた。
力ずくで沼の中の何かを振り切る。ようやく俺は岩場へと上がった。
白骨死体が引きずり下ろそうとしてくるのを蹴っ飛ばして避けた。でも何度も這い上がってくる!
「くっそ、なんとかしなきゃここで死ぬだけだ!」
素早く刀を確認する。
鞘に『彼岸家宝刀』と書いてある。
「よし、これだ!」
掴もうとしたが、バチッと手が何かに弾かれた。
封印のお札が俺を拒絶している。
「邪魔すんじゃねえ!もらってくぜ!」
俺は即座に手に霊力を込めると、お札を掴んで無理やり引きちぎった。
なかなか手強かったがなんとか封印を解くことに成功する。
「これが宝刀……」
鞘から刀身を引き出す。
鈍い光を放つそれは、随分重たく長い。切れ味は期待できそうだ!
その時。
「!」
さっきまでとは比にならない数の白骨死体が池の中から押し寄せてきた!霊力を込める。時間はない。
「試し斬りしてやるよ!……うらぁあああああ!!」
俺は叩きつけるようにバチバチとスパークする刀をふるった。
ズバァアン!!というものすごい衝撃だった。
一斉に白骨死体どもは崩れ落ち、カタがついた。
「すげえ……っ」
それだけでなく血の池の血は赤黒く干からび、やがて池の底に一つの出口があることに俺は気づいた。
「こっちに進めってことか……?」
俺は宝刀を鞘に戻す。それを確かに掴み、白骨の山を乗り越え出口へと向かった。
「狭い……」
俺は背をかがめて中に入っていく。蛇の巣穴みたいな不気味な場所だった。
宝刀を握りしめて歩く。ずっと歩き続けた気がする。永遠なのかってくらいに……。
だけど、宝刀の先にぼうっと光る道を歩き続けた。この先に由真がいる気がした。
ふと空間がひらけた。
「な……」
そこは大きな夜の森が広がっていた。
目の前にあるのは、巨大な木にしめ縄を張り、六角形を作った場所。ところどころに燃え盛る火の灯がある。
その中央に……向こうを向いた巨大な蛇女がいた!
身体の上半分は巫女のような姿をしている。
髪が随分長い。腕は六本ある!
木々の間で、不気味な言葉で一心不乱に儀式をしている。
由真の母親だ。でもあんなの、とっくに人間じゃない!
蛇女は、腹が一箇所妙に膨れている。
まさか……でも、たぶん……!
すっぱり宝刀で斬ってやりたいのを我慢した。
あいつは中からでなければ倒せないはずだ。
俺はジャケットを脱いで、宝刀を覆い背中側に隠した。
あいつに勝てるのかと思うと、正直足が震えた。でも由真を失うことはもっと怖い!
それにふと気づく。儀式が進むたびに火の灯がふっと消えていく。火の灯は元々六台あるうち、残りは二台だ!
「おい、由真を返せよ!」
全力で声を出した。
蛇女はぴたと止まり、振り返った。
「……」
ただにたりと笑う。
でも眼窩はすでに落ち窪んでおり、目はない。
「あんたの周りのやつらはもう家で死んでた、彼岸家のためにこんなことするのはもうやめろ!」
「……そんなの関係ないわ、私はお腹がすいて仕方がないんだもの」
くそ、話が通じない!
「息子餌にするなんて頭イカれ過ぎなんだよ!うちよりヤバい親が存在してたまるかってんだ!」
俺の背中の傷跡が疼く気がした。過去に親にぶん殴られてできたアザだの傷だの。
蛇は蠢いてこっちへとやってきた。
「あなた、由真の匂いがするわねえ。どうしてかしら……」
俺は後退りそうになるのをグッと踏み込んで耐えた。
査定でもするみたいに、女は俺の周りをぐるぐると回った。鳥肌が立つ。
「由真は餌なんかじゃない!一人の人間なんだよ!あいつは俺と一緒に生きるって決めた。俺に由真を返しやがれ!」
「ああ、あの男ってあなたね?」
俺を知っているのか?ゾク、とする。
女は笑いだした。あはは、あははは。ものすごく面白い冗談を聞いた、みたいに。
女が俺の周りをぐるぐると回り出しながら、げらげらと!
「……な、何笑ってんだよ!止まれ、目障りなんだよ!」
くそ。宝刀がバレるのは何よりもまずい!宝刀を隠した手がわずかに震えた。
「くっそ!」
俺は女の意識を逸らそうと、由真の小刀を腹に向かって投げつけた。
それはカツン!と弾かれた。だけど良い具合に女の逆鱗に触れたようだった。
「私に歯向かうな!!!まとめて殺してやる!」
蛇女は大きく口を開けた。
俺は渾身の力でぎゅっと宝刀を握った。
途端に俺は暗闇へと飲み込まれた。
「ぅああああーーーーっ……!」
何も見えない。分からない。
そんな暗闇の中で、絶対に気絶するものかと、俺は鞘を少し開けて自分の手をほんのりと斬った。
血がぶ、と溢れるのを感じた。呼吸が荒くなる。
だけど痛みで気絶を免れた……。
「くそ、マジ痛え。よく斬れんじゃねえか」
周囲のふかふかした壁。由真の兄貴に飲み込まれたときと感触が全く一緒だ。
飲みこまれることには成功したようだ……。
「由真……?」
さっきから足元に何かが当たっている。
由真の鞄から懐中電灯を取り出してつけた。
「ゆ、由真!!!」
ライトが照らす先には、目を瞑って起きない白髪の由真がいた。顔が真っ白だ。
「由真、おい、由真!」
その身体を抱き起こすけど、ゾッとするほど冷たい。この短時間に一体何があった?
「まさか……!」
由真の心臓に耳を当てる。その鼓動は止まりかけなんじゃないかってくらい、弱々しい。
「くそ、間に合ってくれ!」
俺は心臓に手を当てた。手のひらに意識を集中する。途端に手が温かくなる。心臓マッサージをした。命を繋ぎ止めようとした。
一回一回がスローモーションに感じた。死なないでくれ由真。
「……っぁ!」
由真は咳き込んで目を覚ました。
「由真!よく一人で耐えた!」
俺は抱きしめて、その顔を覗いた。虚ろな瞳と目が合い、ひやっとした。
「う……。あ……きみ……だ、れ……?」
「!!おい、俺を忘れてんじゃねえ!瓦落だよ!」
「……」
一体どれだけのものを奪い取られたんだ!
「由真ぁ!」
「ここ……あぶない、よ。きみだけでも……早く逃げて……」
由真はぐしゃぐしゃのお札を胸ポケットから出して渡そうとしてきた。こんな時までお前ってやつは……!
「ばかやろう、お前を置いて行けるかあ!」
「!……っあ……このセリフ、どこかで聞いたことが……?きみ……?」
「……そうか、きさらぎ駅でだ!」
俺は由真を力いっぱい抱きしめた。
「なあ、思い出せよ!ほら!俺の妹のナホ、助けてくれたことあったろ!」
「ナホ……ちゃん……」
「それに河川敷の帰り!俺ともっと生きたいって言ってくれたろ!俺もそうしたいって言った!思い出せよ!」
「……!」
ぎゅ、と由真は俺の服の袖を握った。
「あの夜の校舎で俺たち、将来どっかで一緒に暮らすのも良いなとか、話したこともあった!お前、あの時泣きそうな顔してただろ!」
「!……渡り廊下……!」
「そうだ、俺だよ!今までずっと一緒にいた、これからもそうするんだろ!?」
そして手をぎゅ、と握った。いつも、怪異を乗り越えるたびに、暗い夜を過ごす度に。俺たちがやってきた握り方で。
「俺だよ。思い出せ、由真!」
自分の中のエネルギーが由真に流れ込むように、全身全霊で由真を包んだ。ふわ、と由真の体温が少し上がった気がした。
「……っあ……あ……が、ら、く……くん……!」
由真はぎゅ、と俺の手を握り返した。
「瓦落くん!」
ようやく焦点が合った由真。さっきより断然マシだが、依然ふらついてはいる。
「あ……会いたかったあ!」
「よく耐えた由真」
お互いをきつく抱きしめ合った。
この温もりを忘れたくない。
「もう二度と会えないかと思った!」
「ありえないだろそんなの。なあ、あとさ、これ持ってきた」
宝刀を差し出した。
「……っよく分かったね!」
「ああ。必死だったからな」
「時間がない。覚悟はいいか、由真」
由真は必死に頷いた。
「この宝刀は本当によく斬れる」
『なあに、さっきからごちゃごちゃうるさいわねえ。最後のお別れかしら』
まずい、母親に気づかれた。
俺は宝刀を鞘から抜いた。霊力を全力で込めてスパークさせる。
「全部終わらせてやる。由真を……返せ!!!!」
何度も渾身の力で宝刀を叩き下ろした。
手当たり次第に肉壁に当てまくった。
『グギャァアアアア!!!!ギャアアーーーーーッ!!!』
割れそうな悲鳴で暴れ回るその蛇の体内。振動がやばくて、跳ね返ってきた宝刀が自分の身に当たりそうになるのを何とか避けた。
「逃げんじゃねえ!ぁあああ!!」
更に一撃。だけど母親も引かない。
『死ねええええ!!!』
一気に肉壁が迫ってきた。
内壁に横に刀をぶっ刺して逃げ道を作る。由真を抱きしめて一緒に身を縮めた。
『ああああああ!!!!!』
刀が身体にめりめりと突き刺さっていく。肉壁の血がぼたぼたと垂れてきた。
「俺たちを潰すのが先か、刀が刺さって死ぬのが先か。へ、選びやがれ」
勝てる。そう思った。だけど。
『言うことを聞けぇ!』
「くそ、てめえ……やめろ!」
操られでもするかのように、俺の右手が勝手に刀を抜こうとする。
「くそ、やめろ、ふざけんじゃねえ!!」
もう片方の手で自分の手を押さえようとする。
だけど手は言うことを聞かない。
「由真、頼む、一緒にやってくれ!お前の力が必要、なんだ!」
「わ、分かった!」
由真はずたぼろの身体をどうにか起こして、俺と一緒に刀の柄を掴んだ。
由真の手のぬくもりに触れて、俺の右手の暴走は止まった。
「行くぞ!」
俺たちは全身全霊で霊力を注いだ。自分たちが持っているもの全てを。
「一緒に帰るんだ、由真!」
「うん!」
宝刀は暗闇の中で一際まぶしく光を放った。
「由真、行くぞ!うらああああーーーーーーっ!」
俺たちは渾身の力でそれを肉壁に叩きつけた。
◾️※由真視点
「キャアアアアアアアア!!!」
僕の母さんの絶叫と共に、強い光に包まれた。
「外だ……出られた!」
「由真、裏切るなんて許さないから!帰ってらっしゃい!」
大蛇が迫る。だけどその身体は既にボロボロだ!
「母さん。僕は餌にならない!」
「それ以外生きる道なんてないくせに!」
母さんが僕の腕を掴もうとするのを退けた。
「違う!僕は、僕の大切な人と生きるって決めたんだ。それが僕の生きる道なんだ!」
「生意気言うんじゃない!彼岸のために犠牲になりなさい!私だってそうだったわ!」
「……!」
ぎゅっと足を踏みしめた。ひるむな、決着をつけるんだ、由真!
「僕は彼岸のためにも、母さんのためにも生きられない!お互い楽になろうよ!だから……ごめんなさい!」
これは母さんを救うためでもあるはずだ!
僕は瓦落くんから宝刀を受け取ると、今度は外側から人間と蛇の胴体部分を切りつけた。
「イャァアアアアアアアア!!!!!」
ダメージが相当蓄積されていたのだろう。
蛇と人間の胴体部分は崩れるように離れた。
「危ない、下がれ由真!」
瓦落くんが僕の体を引っ張って庇った。
蛇腹の中から吹き出した血がものすごい勢いで流れていく。
それに昔喰われて死んだはずの兄弟たちの魂が、一目散にどこかへ飛んで消えていくのが一瞬目に映った。
「由真ぁ!よくも……!こっちに来なさい、こっちに……」
残った上半身。母さんが恨めしげに僕の足首に手を伸ばす。
「ゆまぁあ……!」
血の波と共にそれは、僕を掴もうと必死だ。
それを瓦落くんに庇われながら、一歩、二歩と下がって避けていく。
どん、と背中が木にぶつかった。
「!」
だけど僕の足まで数ミリというところで、母さんは動きを停止した。
その途端、猛スピードで老いていき、まるでミイラのようになった母さんが残った。
「よ、く……」
恨みを募らせた死霊となる余裕もなく、母さんはその生命活動を終えた。
そもそも、その身体は本来の寿命をとっくに超えていたのだから……。
崩れ落ちそうになった僕の身体を、瓦落くんが後ろからしっかり抱き止めてくれた。
「……瓦落くん……」
「ん……?」
「……母さんもさ、楽になれたかな……?」
「俺はそう思うよ。この家さ、とっくに他の人間死んでたんだよ。金を巡って争い、相打ちって感じで……。
だから、家のために生きる執着から逃れられて、母親もようやく休めるんじゃないか。
……頑張ったな、由真」
怖いところは沢山あったけど、僕の母さんだから。
長い長い苦しみから解放できたなら、これで良かったのだろう……。
瓦落くんは優しく頭を撫でてくれ、僕はそれに寄り添った。
「次に生まれる時は、普通の親子になれるかな……?」
「なれるさ。俺もお前も」
「そっか……きっとそうだよね……」
僕は瓦落くんの腕からそっと抜けて、自分の上着を脱いだ。
母さんの上にふわ、とかけ、手を合わせた。安らかに眠ってくれ……。
母さんはあの空に行ったのだろうか?見上げた空はきらきらと星が瞬いている。
「……!」
だけどそのとき。ズシン、と地震のような揺れが起きた。
ひとつ残っていた火の灯がガタンと倒れ、周りの木々に燃え移りだした。このままではあっという間に火の海になってしまう。
「この異界を作ってた母さんの力がなくなったからだ!」
「畜生、俺が来た道が封鎖されてる。あんな岩場、さっきはなかった!」
周囲を火で囲まれる。
「こっち来い、由真!」
瓦落くんは岩場まで行くと、宝刀を構えた。
「でもな、俺は知ってるぜ。世界の出口はこうやって作るもんだって!」
スパークさせた宝刀を、岩場へとぶつけた。
ガキィイイン!と音がした。その瞬間、岩の割れ目から眩い光が溢れた。
まぶしい!目を瞑った。そして二人手をぴったりと繋ぎ合わせた。絶対に離れないように。
「……なあ、おい。由真!外だ!俺たち帰って来られたよ!」
うっすらと目を開けるとそこには青い空が広がり、いつもの僕の実家が広がっていた。
焼け爛れた彼岸家を弔うかのように真っ赤な彼岸花が一斉に覆い尽くしている状態で。だけどそれも、ひとつふたつと枯れていき、じきに一斉に枯れた。
全てのエネルギーを失ったとでも言うかのように。
「……終わったんだね……」
「ああ」
「ありがとうね、瓦落くん」
「当たり前だろ」
僕らは顔を見合わせて微笑み合った。この人の近くにいると自然に笑えるようになった。
「あ、由真、胸んところ!祟りが消えてる」
「え?あ……本当だ」
戦う中ですこし引きちぎれてしまった胸元。そこから覗く肌はつるんとして何のアザもない。
母さんにありとあらゆるエネルギーを吸われる過程で、僕に溜まっていた祟りが消えたのだろう。
「こんなのいつ以来だろう。なんか身体が妙に軽いよ」
「いらないもん吸ってくれたのは助かったな」
軽くジャンプしたり身体を動かしてみて、やっぱり体感した。すごく清々しい気分だ。
その時、さわやかな風が吹き抜けていった。僕の胸の中も、優しく撫でて通り過ぎるかのように。
「う〜ん気持ちいい!」
「良かったじゃん」
だけど一方で。僕は悟ってもいた。
「僕、霊力の大半を失ったみたい。これは戻るのかこのままなのか。それは分からないけれど。
でもやっと自由になれた気がするよ。色んなことから」
うんうんと瓦落くんは大きく頷いた。
「でもね、まだひとつだけ縛られてることもあって……いや、それはそのままであってほしいっていうかさ……」
「何?」
僕は一歩、近づいた。
自然にお互いに手を取った。こんなどきどきした気持ちは初めてだった。すっと息を吸った。
「瓦落くん。僕、ずっと君に囚われてる。……これからも瓦落くんを好きでいてもいい?」
「俺が先に言うはずだったのに」
「ほんとに?」
「先を越されたからには、次は俺から」
「!」
瓦落くんは僕を抱き寄せて、僕らは初めてキスをした。びくっとしてつい逃げようとした僕を、瓦落くんは決して逃してはくれなかった。それは徐々に深くなり……。
鼓動がおかしくて、爆発しそうで、それはどんな怖い夜よりも緊張した。だけど世界で一番幸せな時間で……。
ふと唇を離した瓦落くん。
「……はは、由真ってそんな顔もするんだ。良いじゃん」
両手で頬を押さえた。つい後ろを向いた。
「自分だって真っ赤じゃん!」
「そりゃそうだろ」
「うわっ開き直ってる」
僕は一人すたすたと歩き出した。恥ずかしいよまったく……!
「片思いが長かったから」
「……!」
振り向けば、瓦落くんは僕をじっと見つめている。
「由真、なかなかはっきり言ってくれないし」
「……じ、自分だって!」
「本命に振られるの怖いだろ誰だって。霊よりこえーわ」
「……!」
瓦落くんはさっと走って僕に追いついた。僕と手を繋いだ。
「由真ってもしかして、霊としか付き合わないんじゃないかとか思ってたぜ」
「そんな人いないし!」
「いや〜由真はあり得る。基本、霊にしか興味ないし。この俺をほっぽって」
「ほっぽってないよ!」
「じゃあもっとウザイくらい連絡してこいよな。少ねーんだよ。俺をくよくよさせるな」
瓦落くんは僕を連れて歩き出した。片手には宝刀を携えたまま。
「この刀、めっちゃ使えるぜ。今後も何かの役に立ちそうだ。持って行こう。良いよな?」
「う、うん!」
「なあ、このまま遠いところへ行って、二人で一緒に暮らそうぜ。俺たちならきっとなんとでもなる」
「……うん!」
「すげえ嬉しそう」
瓦落くんは満足げに笑った。
庭の生い茂った雑草なんかをがさがさと踏み越えて、僕らは歩いていく。後方に遠ざかる実家。
「あ、っていうかこのままの服じゃ電車も乗れねーじゃん。まずはどっかで服買うか」
「僕がよく服買ってたおすすめのスーパーあるよ。Tシャツ480円」
「やっす!とりあえずそこ行くか」
ハハハと笑う瓦落くんの声が、耳に心地良く響いた。大好きだ。
「そんでさ、これから何する?楽しみだよな。とりあえずハンバーガーショップでもやるか」
「あは、うーん、それも良いけど。僕ちょっとさ、やってみたいことあるんだよね。瓦落くんと一緒ならできると思うんだ」
「何?教えろよ」
「えっとね……」
握り合った手はもう迷うことはない。
ついに家の敷地を出た。
僕らは一度も後ろを振り返ることはなかった。
さようなら『彼岸』。
僕を産んでくれたことだけは本当に感謝してる。
おかげで瓦落くんに出逢えたから。
それからしばらく時が過ぎた頃。
とある田舎町にある古びた一軒家。
家の外壁には、『お祓い相談所』と書かれた紙が一枚ぺたっと貼ってある。
チャイムが鳴ったので出た。そこには不安そうな顔をした一人の女性が立っていた。
「……あ、どうもこんにちは。あなたが今回の相談者さん?
あ、申し遅れました。僕、瓦落って言います。瓦落由真。
もう大丈夫ですよ。あなたみたいな人を救うために僕らはいますから。
さ、入って入って」
女性は少し不安の和らいだ顔で入ってきた。
僕は台所に向かって声をかけた。
「ねー駿くん!お客さん来たよ。お茶淹れて!
茶葉はほら、そこの棚の上から二番目って前も言ったじゃない。あーっちょっとこぼしてる!もう、駿くん!」
こうして僕は生きる喜びを噛み締めている。
「……ん?」
ふとどこかから視線を感じ、振り返る。
居間のすりガラス越しに、ふと見えた人っぽい黒い影。それはうっすらと笑うと消えた。
死霊の気配がして、僕の鼓動がドクンと鳴った。
終わり
