死にたがりの僕を、君の手だけが離さない―都市伝説探索レポートー

どこからか、じっとりねっとり、視線を感じることがあるという。

周りを確認しても誰もいない。だけど確実に焼きつくような視線を、あなたは感じている。

そこでふと気づく。

人が入れるはずのない隙間から、女の眼球があなたをじっと見ていることを。

だけどもし女が見ているだけでは飽き足らず。あなたに成り代わり、あなたの大事な存在に急接近までしてくるとしたら。

あなたはどうするだろうか。





『隙間女』





ここ数日、瓦落くんの様子がおかしい。

なんかすごいそわそわしている。

マックで並んで、てりやきバーガーにかぶりついてる時も。

一緒にゲームセンターでワニワニパニックやってる時も。

なんか急に首まで赤くしたり、片手で顔を隠したり。かと思えばその後数分、何も喋らなかったり。

とにかく挙動不審なんだ。

いや、分かるよ。この間の出来事が尾を引いてるのかなって。僕もさ、あの夜の校舎での出来事を思い出しては心臓バクバクだから。

でもそれを考慮しても、流石になんかおかしかったんだ。

今日もせっかく渋谷で会って、今からスタバの新作飲みに行こうねって話してたのに。

スクランブル交差点にて。

「ごめん、俺、その。やっぱ先帰るから……」

なんかまた急にか〜ってなって突然帰ろうとしたので、僕はつい瓦落くんの服の裾を引っ張って止めた。

「!」
「どうしたの?なんか最近変だよ?」
「俺は別に……変、ていうか、こう、今までと違うのは由真のほうだろ……」
「何が」
「……分かってるくせに」
「だから何が」

僕は身体ごと首を傾けた。瓦落くんはその日たまたま被っていたキャップを目深に下げた。

「流石にそんなにじっと見つめてくれるな。恥ずかしいだろうが……」

「えー?いや、そんなに見てないよ?」

「いや、その。だって今だってじって。じーーーーって。なんか、スゲー見られてるなって……」

僕はしゃがみ込んで瓦落くんの視界に無理やり入った。見上げて言った。

「だからぁ!本当に見てないってば!僕あっちのスタバの方見てたよ?今日も死ぬほど混んでるな〜って」

「えぇ?」






「熱視線を感じる?」
「俺はてっきり由真なんだと……」

並んで座るスタバ。新作ドリンクを飲みながら僕らはひそひそと話した。

「本当にお前じゃねえの?」
「さっきからそう言ってるじゃない」

僕にそんな勇気ないよ。

「じゃあ何だ?首とか焼けんじゃねえか?ってくらい熱心に、じーーって見られてたあれは?」

「霊じゃない?」

「……!」

「あーーっ!瓦落くん、カップが!店員さーん!」

しばらくドタバタしたのであった。

その後。

「笑うんじゃねえ!」

ってずっとキレている瓦落くんにごめんごめんと謝りつつ、僕らは話を続けた。

「なんだろうね?あれかな、なんかどっかから連れてきちゃったのかなあ」
「どっかでどこだよ、くそ……」

その時、瓦落くんが突然ハッと真後ろを振り返った。

「何もいない……」

瓦落くんの怯えたような真剣な横顔を見て、これはヤバいかも……と僕は思った。





帰り際の渋谷駅の改札前にて。

「え、俺ん家に今から来る?」
「だめ?一人にならない方が良いと思う」

「う〜ん……」
「力になりたいんだ」

「でもウチは親がやばくて……由真には会わせられないっていうか……」

「ウチもやばいから大丈夫だよ」
「なんの張り合いなんだ」

「ねえ」

僕は背伸びをしてその瞳を覗き込んだ。

「……っ分かった。まあ親が帰ってきたらごめん窓から逃げてくれな……」
「分かった」

こんな仄暗さを共有できたのが、僕には少しだけ嬉しかった。

僕らはやっぱり特別なんだ。





「お邪魔しま〜す……!」

瓦落くんの家を訪れた。ものすごい散らかりようだった。

「俺の部屋はこっち!」

瓦落くんは僕の背中をぐいぐいと押していった。

バタン、と背後で扉が閉まった。

「わあーなんか……イケイケな部屋だね」
「別に普通だろ。ほらクッション」

ぼふと投げられたのをキャッチし損ねた。
「おっと」

適当に座る。瓦落くんのいつもの香水の匂いがする。どき、とした。

「由真の部屋も今度呼べよな」
「またいつかね」
「呼ぶ気ないだろ」
「そうだよ」
「秘密主義だよな〜由真はよ……」

う……。僕は縮こまった。

瓦落くんは指折り数えた。

「え〜っと確か。

兄弟がいっぱい『いた』、兄弟は一人生きてる『かも』、ヤバすぎる『おつとめ』、鬼でも入れない『自宅』。

ふんわりした見た目のくせに、小刀が使えればメッチャ強い。

ミステリアス過ぎるだろ、お前がもはや都市伝説だわ」
「言えてる〜」
「そうやって誤魔化すんじゃねえ」

じっと詰められるように見つめられて、僕はさらに縮こまって目を閉じた。

言える訳がないのさ……。

「やめてよ〜そんなに怒らないでよ〜」
「怒ってねえわ。教えろってだけで」

じーーっと焼けつくような視線を感じる。

「ねーやめてよ。それ詰めるっていうんだよ」

間近でじっと。じーーーっと。

それは肌がざわついて、嬉しさを越えて流石に怖くなるほどで。

「もう!瓦落くん!意地悪しな……」

顔を上げたら、瓦落くんは普段のアクセサリーを外してテーブルに置いているところだった。視線は下を向いている。

え……。

じゃあさっき、すぐ近くで猛烈に見つめてきたのは誰?

たら……と冷や汗が垂れた。

「ねえ、この部屋……他に誰かいない?」
「……由真も、やっぱりそう思うか……」

僕らは自然に身を寄せた。

「さっきから見られてる気がして……由真じゃないんだ、俺も……」
「瓦落くん……」

視線を彷徨わせて、その違和感の正体を探る。

テーブル下か?と思えばいない。
振り返って今度は真後ろのラック、と思えばいない。

「!」

鞄と棚の細い隙間。黒っぽい何かがチラッと動いた!

鞄をどけた!……いない。

「逃げた……?」

ネズミ?虫?

でも何も物音はしない。

とにかく『それ』はじっとしていない。

そのくせ刺すような熱視線をずっとこっちに向けている。一体誰なんだ。

「由真」

瓦落くんは自然に僕を守るように抱きしめた。

その時、より突き刺さすような視線を肌に感じた。

一体何なんだ?

瓦落くんの腕の中で、僕は霊力を集中させて正体を探ろうとした。

「ちょっと待ってて……」

!!!!

脳裏にバッと浮かんだのは、とにかく『目』。目を皿にしてこっちを見ている女の目だった。

「う……っ!」

だけどそれだけでイメージは途切れた。目力がすごい。ゾク、と全身に鳥肌が立った。

「大丈夫か!」
「うん……これは女の霊だ、女がこっちを見ている」
「また女かよ」
「やっぱ女の方が強いんだよ、何者でもさ……」
「くそ……どうする、ここを出るか?」

ドクン、と鼓動が鳴る。

ここにこのままいたら危険だ。でも女は場所を変えてもついてくるようだし。

瓦落くんをしっかり一緒に護れる、お札だらけ最強の場所と言ったら、心当たりはひとつしかない……。

けど……。

いや、迷ってる場合じゃない。

僕はきゅ、と瓦落くんの服を握った。

「うち来る……?」
「良いのか?嫌がってたろ」
「瓦落くんのためなら良いよ」
「由真……」

ぎゅ、と抱きしめられた。この温もりを失うことは僕にはできない。見栄を張ってる場合じゃないんだ。

「行こう」

僕が部屋の扉を開けようとしたけれど、なかなか開かない。

「あれ、この扉重いな。こんな重かったっけ……」

ようやくぎ、と一センチ程度の隙間が空いた時。

ドアの隙間から女が見ていた。

女の真っ黒な目と僕は確かに目が合った。

「わあっ!!!」

悲鳴をあげて思わず手を離す。

バタン!と扉は閉まった。

「……い、い、今の、見た……?」
「次は俺が開ける……」

瓦落くんが緊張しながらドアノブに手をかける。

ドアはスッと開いた……。





僕の家に一緒に足早に向かう 。

「何だったんだろう、さっきの……」

あの女の真っ黒な目が頭を離れない。ずっと、ずうっとどこかから覗かれている気分だ。

さっきから気分が悪くてどうしようもない。

「由真、大丈夫か」
「う、うん。もちろん。急ごう。

その、僕ん家見ても……引かないでね」

「引くわけないだろ」
「ありがと」

僕らは歩みを進めた。

電車に乗って、ちょっと行った先。

「……あれだよ……」
「……!」

古びた大きな日本家屋。

その母屋とは別の、小さな離れを指さす。

「僕、一人だけ別の場所に住んでるんだ。理由は言えない」
「……分かった」

外壁は大小様々なお札で埋め尽くされている。

「中も似たようなもんだから……びっくりしないでね」

僕はぎ、と扉を開けた。

「……いらっしゃい」
「……っ」

床も天井も壁も、全部お札で埋めつくされた部屋。これが僕の家だった。

「霊からこうやって普段身を護ってるんだ、じゃないと取り憑かれるから」
「由真……」

ぎゅ、と僕を抱きしめた瓦落くん。優しく後頭部を撫でてくれたのに身を委ねた。

「……瓦落くんが初めてのお客さんでさ。嬉しいよ」
「ん……」
「ここならきっと大丈夫だから、ゆっくりしていってね。あ、住んでも良いよ。なんて、やだよね、あは……」
「全然、俺は嫌なんかじゃない」
「え……」

じっと見つめ合った。ドキンドキンと鼓動が鳴る。

「……ほ、んと……?」

瓦落くんが僕の頬に触れようとした時。

「!!!」

僕は慌てて振り返った。

「……視線を感じる……」

ドクンドクンと心臓が跳ねた。

「そんな……こんなに強力なお札ばっかりなのに。この女、危険すぎる!」

瓦落くんと手を握り合う。

僕らを嘲笑うかのように、壁の中から『ドン』、『コン』という人の手足がぶつかるような音や、『カリカリカリカリキイィイ』と爪で引っ掻くような音が聞こえる。

「いやだ……何する気なんだ……」

こんなんじゃ瓦落くんを守れない!

「……っそこだ!」

僕は霊力のある小刀を壁に投げつけた。それはガツン!と壁に突き刺さった。

『キィヤアアアア!』

女は姿を現した。古いセーラー服の端に刺さっている。

女は長い長い髪を揺らし、逃げようとしている。俯いていて顔は見えない。

お札を手に取り、近寄った。

「君には消えてもらうよ、ごめんね」

そうやって小刀を引き抜くべく、女の髪をよけた時。

「!!!」

あの真っ黒な瞳と目が合った。

ドクンドクンと鼓動が鳴る。その真っ黒な瞳から目が離せない。吸い込まれそうだ。身体が動かない!

ドクンドクンドクンドクン、と鼓動が更に増す。心臓がおかしくなりそうだ!

にや、と女は笑う。

『私と場所、変わってよ』



頭の中で女の声がした。

「いやだ……何、言ってるんだ……!」

ドクンドクンドクンドクンと更に鼓動が鳴る。

『私、ずうっと見てたの。彼って良い男ね』

「何、を……」
『あなたは壁の中から見ていなさい』

次の瞬間、僕はものすごい強力な呪いの念を全身に浴びた。

身体が吹っ飛んで後ろの壁にバアン!と激突するのを感じた。

それだけじゃない。

ぐにゅ、と壁に飲み込まれる不気味な感覚も。

ぐるんぐるんと回転するような目眩の中で、僕はようやく立ち上がった。

すると……。

「!?な、何これ!?」

僕は自分の視界を疑った。

目の前には自分の部屋。それを、僕が壁のお札の隙間から覗いているんだ!

そして……部屋の中にいるのは瓦落くんと……もう一人の僕。

ど、どういうことだ!?女の霊の姿は見えない。

『瓦落くん……大丈夫?』

もう一人の僕が言う。

「あ、ああ……大丈夫だったか?由真」
『うん……』

僕はとりあえず壁をドンドンと叩いた。

「ねえ、瓦落くん!!本物の僕、ここだよ!助けて!」

『さっきの悪いやつは、ここの壁の中に閉じ込めたよ。きっともう出てこれない。うるさいけどね』

「……そ、そうなのか?」

もう一人の僕が、瓦落くんの腕に自分の腕を巻きつけた。

鳥肌が立った。

あの女が僕に化けてるんだ!

「瓦落くん!!」

必死に壁の中から叩いた。

『うるさいね。まあ何日かすれば、大人しくなるかもね……』

このまま僕がここで死ぬのを待つ気か……!

もう一人の僕は、僕が見ているのを知っていて、僕にだけにや、と笑った。

「気味悪い笑い方するなよ!」

『ねえ、瓦落くん。ここに悪い霊は閉じ込めたしさ。お家帰ろ?送ってあげる。

もうここには来ない方が良いよ』

「え?あ、ああ……」

瓦落くんは女と連れ立って、玄関へと向かう。

「……由真……?」

腑に落ちない顔をしてこっちを振り返ったけど、そのまま行ってしまったんだ。

「瓦落くん!」

……僕は壁の中でへたり込んだ。

皮肉にも、お札の結界に邪魔されて、内側から出ることができない。小刀も持っていない。

僕は隙間女に入れ替わられてしまったんだ……。

あの女、瓦落くんを狙っている。

僕の動作を真似るために、僕を泳がせていただけだ……。


僕ってもしかしてこのままなの?

瓦落くんの隣を、あの女が奪うのか?

「……い、いやだぁああーーー!」

僕は人生で一番の悲鳴をあげた。






僕は壁を指で引っ掻きまくった。
がりがりがりがりと、どうにかお札を剥がそうとして。

「瓦落くん!!」

だけどどんなに引っ掻いても、壁はビクともしない。

「……う……っ!」

両手を見下ろすと、僕の指先からは血が滲んでいる……。

これ以上は無理そうだ。

頭を振った。ダメだ……。

「瓦落くん……信じてる、よ……うぅっ!?」

その時、ズキンズキンと頭が痛くなって僕は床に崩れ落ちた。

目を閉じる、ドクンドクンドクンドクンと鼓動だけが聞こえる。

い、一体なんだ……!?




「……真、由真」
「瓦落くん、ねえ、こっち来てよ」

頭の中に映像が流れ込んできた。僕の家の近く、外を歩く瓦落くんがぱっと見えた。

その次、カメラが見下ろすように捉えたのは、見慣れた僕のズボンやスニーカーが、歩道をてくてくと歩いていく。

冷や汗が流れる。これってまさか。

「由真、お前の部屋、本当にあのままで大丈夫なのか?」

不安そうに瓦落くんが見下ろしている。

「大丈夫だって。ねえ、今日は瓦落くん家泊めてくれない?」

「由真が良いなら俺は良いけど……」

僕はゾッとしながら確信した。

……これ女の視界だ!共有させられてる!

奪い取る様を見ておけってことだ!

「いやだ、いやだ、いやだあああーーーー!」

気付いてよお!

僕のドクン、ドクンという鼓動の音は、どうにも鳴り止まなかった。

二人は他愛もない話をしながら、でも確実に僕の家から遠ざかっていく。

あ、あの横断歩道を渡って、暗いとこをちょっとまっすぐ行って、それでコンビニ曲がったらもう駅だ……。

二人は暗い横断歩道前で止まった。僕の振りをした女は、瓦落くんをじっと見上げる。

女越しに瓦落くんと目が合って、ドキドキと悲しさで胸が張り裂けそうになった。

「……そんなに見るなって」
「だって。せっかくなんだもん」
「せっかくって」
「邪魔が消えたから」
「お前なあ」

ふふ、と上機嫌な女は、ぺと、と瓦落くんにくっついた。

女、殺す……。

信号が青になり、渡りだす二人。暗い道は誰もいない。

そっと女は瓦落くんの手を握った。

「お、おい……」
「いつもこうじゃん」
「いやまあ、そうだけどさ……」

繋いだ手を見て僕の心は張り裂けた。

あ、あれは僕が掴んだ手だったのに……女……許さない……。

「瓦落くんのこと、ずっとかっこいいなーって思って見てたんだ」
「え……」

「あの夜の校舎の時さ、瓦落くんホントは足震えながら僕のこと引っ張っていったでしょ。

見回りの先生が来る時も、渡り廊下の時も。本当はめちゃくちゃ不安そうな顔しながら、ずっと一生懸命守っててさあ……ああいうの、良いよねー。

ウチの学校にそういうタイプって来ないから」

「由真……いや、そんな……バレてたのか。絶対に見せないようにしようって思ってたつもりだったんだけど」

気恥ずかしそうに瓦落くんは目を逸らした。

いやだ……そうだったの……?こんな顔、僕だけが見たかった……。

「好きになっちゃった」

ザワ……と風が吹いて周囲の木の葉を揺らした。

ぽろ、と僕自身の頬に熱いものが伝った。

「……本気?」

「うん。ねえ、いつもみたいにギュッてしてよ」

「あの、お前、本当に……?」

「本当だって言ってるじゃない」

僕に化けた女は、瓦落くんの胸に自ら飛び込んだ。

「ゆ、ま……」

「ねえ……家着いたらさ。あの時の続きしようよ。図書室の続き」

「……俺は……良いけど。

はは、ありがたい話だよ、由真」

僕は息を呑んだ。やだぁ、やめてよぉ。

僕の方がずっと好きなんだよ。

僕自身の頬をぽろぽろと伝うものは止まらない。

「わかった、家行こう。
あ、その前にさ、ちょっとナホに連絡して良い?お前、帰ってくんなよーって言っとく」

「うん、分かった」

「今度ナホも入れて三人で飯食わないとな。来てくれるよな?」
「もちろん」

瓦落くんは携帯を取り出そうとポケットに手を入れて……小さなお札を取り出した。

そして女に向かって振り下ろした!

「本物の由真ならそんな返事をするわけがない、お前さっきから誰なんだよ!由真を返せ!」

「キィヤァアアアア!!!」

女の悲鳴。女の視界が見下ろす僕の手は、ぼろぼろとひび割れていく。

やがて本当の姿を現した、女の霊。

見下ろすそれは、風に揺れる古いセーラー服に青白い手足。長い髪。

「由真はどこだ!あの壁の中か!?」
「うふふ……どこかしらね……」
「帰る!」

背を向けた瓦落くん。

女は瞬間移動みたいな速さで、一瞬で間合いを詰めると、瓦落くんの目の前に滑り込んだ。

心底ぎょっとした瓦落くん。

「あの子、もう死んだわよ」
「……っ!」

瓦落くんは目を見開いて唖然としている。

「あの時壁がドンドンって聞こえたでしょう。助けて、息ができないって言っていたわ」

「そ、んな……!」

走り出そうとする瓦落くんを、女が掴む。
なおも瓦落くんは僕の家に向かって進もうともがく。

「離せよ!くそ、動けねえ……!」
「あの子の死体を見ることになるわ」

弾かれたように瓦落くんは女の方を見た。頬を歪ませ、わなわなと震えている。

瓦落くんのこんな傷ついた顔を僕は初めて見た。

「死んでねえよ!」
「強情な人ね」

僕は突如、壁の中で見えない力に首を絞められた!くっそ、あの女……!

それはものすごい力で、全く息が吸えなかった。

あの女、今言っている話を本当のことにするつもりだ!瓦落く、ん……!

「ねえ、私を選んでよ」
「選ばねえよ!」

「あの子に似てるんだから良いじゃない」
「俺はあの由真じゃなきゃダメなんだ!」

……!

意識が遠のく。でも、最後に、良いこと、聞けた……。

「もういないのに」
「うるせえ!由真んところ行かせろよ!由真ーーっ!」

瓦落くんはぎりぎりと女の指を引き剥がすことに成功し、全力で走り出した。

「何よつまらない人。さめたわ。……でもふふ、間に合うかしらね」

女のあはは、と笑う軽い声。びゅう、と空中に飛ぶ身体。

そして女の視界は消えた。


だけど僕はそれとほぼ同時に意識を失っていて。

ドクン、ドクン、と鼓動が遅くなっていく……。





……びり、びり、と何かを剥がす音。

くそ、剥がれろよ!

そんな誰かの声が聞こえる。

それから。

由真……おい、由真!なあ、起きろよ!

誰かの必死な声が聞こえる。

視界は真っ暗だ。眠たくて眠たくてたまらない……。

由真!

誰かが僕の身体を揺さぶっている。

このまま寝かせて……。

由真!

ぎゅっと大きな手に、包むように自分の手を握られて、それがすごく温かかった。

ドクンと鼓動が鳴る。

まだお前に何も伝えてない!由真!

ドクン ドクン とまた鼓動が鳴った。

指先にかさかさとした何かが沢山触れる。

お札か?

瞼の裏が眩しい。

「……っぁあ!」

ごっほごほと激しく咳き込みながら僕は起きた。

「由真!」
「あっ瓦落くん……!」

有無を言わさず抱きしめられて、これはこれで息ができなかった。嬉しかったけど。

壁際には、ビリビリに引き剥がされたお札が山のように散らばっていた。

白い壁の一部が壊れて、まるで中から誰かを引きずり出したみたいになっている。

瓦落くん、あれをもしかして自力で剥がしたのか?

「助けてくれてありがとうね……」

霊能力者でも、あの強力なお札を剥がすのは難しいはずなのに。

僕を抱きしめる手は、やっぱりぽかぽかと温かい。これは相当な霊力を発散したあとだ。

それに……ふと見ると、その指先は擦り切れたり血が滲んだりしてだいぶ赤い。

今の僕と同じ。

瓦落くんもまた、必死でいてくれたと知ってしまって泣きそうになる。

そのうち僕はまたうとうとと眠ってしまっていた。

でも夜中にふと起きたら、布団で隣に瓦落くんが眠ってくれていて、僕はすごく安心した。

ずっとこうしていたいな……。






僕らは霊力を使いすぎてしまったのかもしれない。

翌日。気づいたらもう夕方で、流石に寝過ぎたねと反省した。

小さい離れだけど一応シャワーなんかはある。

交代で浴びて、さっぱりして、今。

瓦落くんは真剣に切り出した。

「なあ、俺はさ。今回のことで自分の気持ちがはっきり分かった」

「……!」

「由真には俺のそばで生きていて欲しいってことだ……絶対」

「う、うん……」

「だから俺に家の事情、ちゃんと話してくれないか」

僕の手を握った手は力強く、逃がさないと言っている。

「由真。お前のこの家、何なんだ?一体どんなものを背負ってる。

俺に教えてくれよ。俺にも背負わせろよ、なあ」

この人ならもしかして受け止めてくれるかもしれない……。

僕はすっと息を吸って話し出した。


「ウチはね、強力な霊能力者の家系なんだ。

といっても強いのは女だけ。男は弱いよ」

「由真でもか?」

「そう。僕は多少強い方だったけど、それでも母さんの足元にも及ばないよ。

それで……ウチには男の子しか生まれなかった。何人産んでも。

だから強力な直系の後継ぎがいない。

そうすると母さんにできる限り長く生きててもらうしかないんだ」

「どうしてそこまで?」

「霊能力って儲かるから。でもこれは表向きの理由。

本当のところは、強力な霊能力一家として恐れられることに強いプライドがあるから、って感じかな……厄介だよね」

「由真……」

「それでさ。

じゃあどうやって母さんの寿命を長くするのかと言うと、自分の子供を食べるんだ。

多少は霊力があるから、エネルギー源になるんだってさ……」

「……!」

ごく、と喉を鳴らした。

「だからね……餌なんだよ、僕も。

この離れは、僕を囲うための小屋みたいなものだね……生かさず殺さず……

どんなに逃げたって絶対に連れ戻されて……」

はあ、はあ……と呼吸が浅くなる。

改めて自分の境遇のあり得なさに目眩がする。

こんなことを、好きな人に聞かせて本当にいいの?引くよ。やめなよ由真。

せっかくこんなに大事にしてくれてるのに。

「僕の言ってた『おつとめ』ってね、ホントは母さんの餌になることを指してたんだよ。

人を救うために霊を祓うっていうのは、半分本当で半分嘘。

除霊したり、祟りを受けたり、霊との関わりが深くなるとその分、僕のエネルギー量が増すから。

やれって言われて今までやってただけなんだ!

そ、それでさ、祟りって受けすぎると死ぬんだって。僕ってもうすぐ死ぬのかな!?」

やってしまった。べらべら喋ってしまった!

僕は瓦落くんの手を離した。

自分の顔を覆った。

「兄弟はみんな死んだ。いや、一人だけうまく逃れたのがいる、さとるっていうんだけど。

でも他の兄は皆もういない。

だから次は僕の番なんだよ!」

未来がない僕は、それでも君と生きたいと願ってしまっている。