死にたがりの僕を、君の手だけが離さない―都市伝説探索レポートー

事故・怪我・病気など人間に訪れるありとあらゆる厄災。

身代わり人形を用意すれば、それらを人形が引き受けてくれるという。

しかし時に、後々大きな代償を求められることがある。




『身代わり人形』





「おっす由真!遅えじゃん」
「ごめんごめん」

全身黒のお洒落なメンズファッションに身を包んだ瓦落くんが、遠くから手を上げた。指先に嵌めたシルバーの指輪がきら、と光った。

今日は渋谷駅、巨大な商業ビルの前で待ち合わせだった。

『明日一緒に遊ぼうぜ。この間のお礼になんか奢ってやる。断ったら殺すからな』

そんな友情と脅しの中間メッセージが来て、僕はいま渋谷にいる。

「今日は学校休みなんだね」
「いやサボり。この間は担任がうるせーからすげ久しぶりに学校行っただけ」
「ええっ」
「まあそんなことどうでも良いじゃん。それよりさ」

瓦落くんはふと笑って僕を見下ろした。

「……来ないかと思った。良かった」
「え、そう?」
「あの日のことって全部夢なんじゃないかって思って」
「ああ。僕まで幽霊だった的な?」
「違う違う!そうじゃなくて!また会えるって確かめたかったんだよ!怖えこといちいち言うなよな」

とん、と指先で押された。

「まあ行こうぜ」

そうして瓦落くんは僕を連れて歩き出した。

僕は、雑踏の中で置いていかれないように足を速めた。

「ねえどこ行くの?」
「服見に行く。靴も良いな」

あっちこっちに色々良い店があるらしい。

「ふ〜ん詳しいんだ」
「まあな」

瓦落くんはふと止まると、身を屈めて僕の顔を覗き込んだ。

「!」
「由真は服が大人しすぎる。せっかくの顔に似合うやつ見つけてやるよ」

「え?あーいや、ハハそんな恐縮だよ……」

整ってるのは瓦落くんの方では?なんとなく居心地が悪い。距離をとって視線から逃れた。

「ま、まあほら。僕は近くのスーパーで服とか買っちゃうからさ」
「……!?」
「そんな『幽霊見た人』みたいな顔するのやめてよっ」

その後意地でも僕を今風にしようと躍起になった瓦落くんだった。あれこれ着せ替え人形状態。でも僕、膝に穴あいたジーンズとかこわくて履けないんだよね。

結局何も買ってもらわず、近くのマックでコーラを奢ってもらうことにした。

「安すぎじゃね?」
「まあまあ。服はこういう地味なやつが結局落ち着くしさ」

はは……と空中に目を泳がせた。浮世離れし過ぎな自分が実はちょっと恥ずかしかったりするのである。話題を変えたい。

「そ、そういえばさ。瓦落くんはやっぱ渋谷によく来るの?
あっだからそうやってお洒落なのかな。最初に会った時も渋谷だったもんね」

瓦落くんはふとコーラを飲む手を止めた。そして少し目を伏せ、また顔を上げた。

これは何か話そうか迷っている顔だ。よくない質問だったかな……?

「……。まあ、そう。渋谷にいれば人混みのなかにナホがいる気がして」

「そっか……」

もういないという妹さんだ。

「渋谷にはよく二人で遊びに来たな。ミサンガを誕生日に買ってやったこともあった」

「仲良しだったんだね」

「ああ。ここからギリギリ見えるけど、あそこに服屋あるだろ?ナホあそこの店員やりたいとか言ってたんだよ」

「お洒落な子だったんだ」

「そう。……ナホが最初にふらついて倒れたのもあの店だったな。最初は貧血だとか言われてたけど」

瓦落くんのきつめのその瞳は、過去のある日を思い出して揺れ動いている。

「……由真になら話せる。話して良いか」

僕は頷いた。

「……あれは三年前。ナホの病気が分かって悪化するまではあっという間だった。

ついこの間まで元気で、俺のポテチ盗んで食べて、夜中まで一緒にゲームしてた癖によ。

あいつ、この近くの大きい病院に入院してたんだけどさ。

入院して数ヶ月もしないうちに『先は長くない』って医者にそう言われたんだ。


俺さ、そのとき全然心がついていかなくてさ。ああ、ナホって居なくなるんだ、って思ったらどうしようもなかった。


バカみたいにお守りとかいっぱい買って、ナホが入院してる部屋に置いた。でもさ、効かない。効かないんだよな。

でもどうしても俺は諦められなくて……。

ある眠れない夜、ネットで『身代わり人形』っていうのを見つけたんだ。

人形が病気の人になり代わって厄災を引き受けてくれる、っていう考えがあるらしいな。

そういうのがあるんだ、って思っただけでスマホを閉じたんだけど。

次の日、お見舞いに行く前にふと中古ショップで人形が売られているのが目に入った。リカちゃん人形みてーなやつ。

なぜか妙にその人形のことが気になった俺は、買って行った。

『あれを使えば良いんじゃないか』って思って。

買った後、『お前、ナホの身代わりになってくれよな』そんな声をかけた。ガラにもなく、熱心に祈っちまってよ。

けどさ、それがいけなかったんだろうな、きっとそうなんだ。俺があの時、間違えたんだ……!」

瓦落くんは頭をぐしゃぐしゃとかいた。

「ナホは最初、少し気味悪がったけど、お兄ちゃんありがと、って言ってくれた。

それでその後、少しだけ病状は良くなった。

まさかあの人形が効いたのか?だなんて俺は思った」

僕はゾク、と寒気がした。

「それから2週間。ナホはまた少し持ち直した。
嬉しい誤算だった。

人形が少しずつボロボロになっていることに気づいた時には、驚いたよ。まさか本当にこいつが身代わりになってるのか?って。

それから一ヶ月。更にナホはまた良くなった。

人形はさらにひび割れて黒く変色して、不気味な姿になった。目なんかこう飛び出してよ。なのにずっとこっちを見てるみたいな目なんだよ。

本当にいじってないし、何もしてないのに!

まるでナホの病気を引き受けてるみたいだった。

俺はなんだかすごく悪いことをしている気分で……やけに効くのが怖かったのもある。

一度だけ神社に持っていって捨てようとしたことがあった。

けど、これを捨てたらナホはまた病気が悪化して、今度こそ死ぬかもしれない。

そう思ったら俺は捨てきれなかったんだ。

結局その日は病室に持って帰った。

ナホはそれからも不思議な回復を遂げた。医者は随分不思議がったけどさ。

人形はあとでちゃんと供養すれば良い。ナホが退院したらすぐに行こう。

そう思っていたんだ。

それでナホがリハビリもして、だいぶ健康を取り戻してきた頃」

瓦落くんは一瞬だけ、手を握りしめた。

「……ある日、ナホがこんなこと言ったんだ。

『お兄ちゃん、あの人形が変なこと言うの』って。

一体どうしたんだ?って聞いたらさ。

『あなた、随分元気になったでしょう。

お礼にあなたの脚を頂戴』って」

「……っ!」

「変な夢でも見たんだろ、ゆっくり寝ろ大丈夫だ、って俺は話したんだけど。

その後もナホが言うんだ。『あの人形、脚をくれって言うの。助けてお兄ちゃん!』って。

ナホがあまりに怖がるから、俺はその人形を持って帰って神社でちゃんと処分してもらうことにした。

人形は怒ってるんだ、だからもうこれで大丈夫、そう思ってた。

そしたら次の日。

『お兄ちゃん、人形、どうして捨ててくれなかったの?』ってナホが言うんだ!

病室を見たら、神社に置いてきたはずの人形がナホの枕元に置いてあったんだよ!

ナホはおかしなことを言うようになった。

『あの人形が言うの。あなたの脚を頂戴。その脚が欲しい、健康な脚がって!

そう言って、私の脚を掴んだのよ!夢なんかじゃない!見てよこれ!』

妹の脚には、変な小さな手のアザが一面にびっしりついていたんだ!人間の手の大きさじゃありえない。

妹は震えて泣き出した。

俺は慌ててナースステーションに行って人を呼んできた。そしたら病室に入る直前、妹の悲鳴が聞こえたんだ。

『ナホ!』ってドアを開けたら、妹はいなかった。白いはずのベッドには、赤く小さい手形が無数についていたんだ!


それに床には、あのボロボロだった人形の脚だけが一本、落ちていたんだ。

交換だ、って言わんばかりに。

病室の窓ガラスが細く開いていた。もちろん人が通れる大きさじゃなかったけど。

でも妹とはそれっきり。人形も消えた。

どんなに探してもそれ以来見つからなかったんだ」

「瓦落くん……」

「……なあ。由真もやっぱり、ナホはもういないと思うか?俺はどうしたらナホを守れた?」

「話を聞く限り、悪い霊が取り憑いている人形だったんだと思う。

でも僕は、十四歳ぐらいだった瓦落くんが精一杯、その時できることをやった結果だと思うよ。

自分を許すのは、まだ難しいかもしれないけれど」

そう、これは瓦落くんの霊感の素質と、救いたい気持ちと、悪意ある霊がたまたま結びついてしまった悲しい事故だ。

身代わり人形の儀式が、その時皮肉にも成立してしまったのも。

「……そっか……。聞いてくれてありがとうな。初めてちゃんと理解してもらえた。警察の奴らは笑うばっかでよ。

三年前のことだし、もうどうしようもないんだよな。諦めてはいないけど。……ごめん、そろそろ行くか」

立ち上がろうとした瓦落くんの腕を掴んだ。

「ねえ。そしたら僕と一緒に探してみようよ」
「え……」
「霊のことなら広くお任せだよ」

「由真。あ、いや、ごめんそんなつもりじゃ。忘れてくれ」
「もう聞いちゃったもん」
「だって三年前だぞ!?無理だって」
「霊にそういうのあんまり関係ないから。見つけてみせる。僕そういうの得意」
「……!」

瓦落くんは頭をがりがりとかいた。

「またお前、無理するだろ」
「しないよ」
「するって!」
「いま無理してるのは瓦落くんの方でしょ」
「またきさらぎ駅みたいなことになったら……」

瓦落くんは迷っている。もうひと押しだ。

「じゃあその時は瓦落くんがちょっと守ってくれれば良いよ。僕って放っておくと死にそうなんでしょ?」
「そりゃもちろん……だけど。本当に、本当に良いのか?」
「もちろん。おつとめの一環として請け負うよ。これが僕の生きる道なんだから」

どうせおつとめをしなきゃいけないなら、優しい人の困りごとを解決したい。

それで死ぬなら良い死に方だろうし。

……それに、瓦落くんの近くってなんだか温かいから。もう少しだけ側にいてみたかった。

「ただね。ちゃんと生きている可能性は正直低いと思う。ごめん、ここは正直に言うね。

だけど、ナホちゃんの魂が例の人形にいまだにとらわれている可能性は十分ある。

もしそうなら、せめてそれを解放してあげたら彼女のためになる」

「由真……」

「ね、そうしよう。まずはあの人形のヒントを探すんだ」
瓦落くんは頷いた。

「ちなみに人形の写真とかって、今も残ってたりする?」
「ああ、ある……ちょっと待て。これ」

病室で撮ったであろう兄弟の写真。人形が端の方に写っている。僕はそれを確かに頭に入れた。

僕らはまず例の中古ショップへと向かって歩き出した。

ショップの店員さんに聞いてみれば何か知ってるかもしれないと思ったんだけど。

「……潰れちゃったか……」

そこは裏寂しくもむき出しの土だけが残されていた。

「そしたら次はナホのいた病院にでも行ってみるか?」
「うーん、ちょっと待ってね。できる限り調べていきたい」

意識を集中させて霊的な気配を探った。

……だめだ、気配が薄い。時間が経っているからか?いやもっと集中しろ由真、ギリギリまで……。

「!」

その時、一瞬だけイメージが頭の中に流れ込んできた。

リカちゃん人形が、大きくひび割れたお墓の前に大事そうに置いてある。

人形はあの写真のものと全く同じだ!

だけどそれを誰かが拾い上げ、ショップの方向へと向かっていく。『イヤ!』人形の声が聞こえた。だけどそのままショップへと連れて行かれ……。

映像はそこで途切れた。


「……っ!はあっはぁ……」

崩れ落ちるように、地面に手をついた。

「大丈夫か由真!」

瓦落くんの大きな手が、僕の両肩にそっと触れた。

これをやると実は結構疲れるんだ。


「全然大丈夫だよ。それでね、ちょっと見えたんだけど。例の人形、もしかしてお墓にお供えされてたものを誰かが勝手に拾って売っちゃったのかも。

ちなみにこの近くにお墓って……あ」

少し行った先に墓地が見えた。

「瓦落くん、あのお墓を調べてみよう。

あの人形に、どんな霊が取り憑いているのか、何か分かるかもしれない」

僕は瓦落くんを連れてそこへ向かった。





そう遠くない墓地に足を踏み入れる。そこは枯れ木に覆われて、少し寂しい場所だった。草も所々、ぼうぼうに生えている。

「……ここは良くないところだね……」
「どうしてそう思う?」
「ここは霊を弔い鎮める力が、少し弱い気がするんだ。これだと、心残りが強い霊が暴れ出すには十分」

実際さっきから肌がざわざわする。じっとりと嫌な気配がする。

パキ、と細枝を踏む。頭上の木の枝に止まっていたカラスが一斉に飛び立った。

「なんか寒いなここ」
「やっぱそう思う?」
「ああ。まあ、それで。とりあえず、さっき由真が言った割れた墓を見つければ良いんだな?」
「うん」

手分けしてしばらく見て回った。

あのイメージからして絶対ここだと思うんだけど、なかなか見つからなかった。何でだ……?

「おい由真!あれは?」
「瓦落くんナイス!」

瓦落くんが先に見つけてくれた。確かにあのイメージ通りに割れている。

う〜んでもおかしいな。さっきここ、僕も見に来たはずなのに。……人形の霊が僕を欺いたのか?僕を警戒して……?

周囲を見渡すけれど人形の姿は見えない。

調べようと側に近寄ると、禍々しいオーラをものすごく肌で感じた。

「うっ……!」
「大丈夫か!」

瓦落くんがすぐ駆け寄ってくれた。

「ごめんありがとう、平気だよ」

実際、具合が悪くなるほどだった。
これはものすごくやばいんじゃ……。

「瓦落くん。これ持ってて。君のお守りだから」
お札を渡す。

「何かあったら」
「お前を先に守る」
「!やだなあもう。じゃあはい2枚。自分のこともちゃんと守ってあげてよね」

ふ、と笑い合った。

「さて、どうにかここからヒントを……」

僕はお墓に手を触れようとした。

「……っいた!」

その瞬間、火傷するかのような衝撃と共に、手が弾かれた。

「大丈夫か!」
「随分と荒れた霊が眠っているみたいだ……」

だけど霊の気配に触れて、脳裏に流れ込んできたイメージがあった。

それは若くてスタイルの良い女の子だった。ショートパンツを履いて、脚が自慢のようだ。

部屋はガーリッシュでリカちゃん人形をいくつか置いている。その子が出掛けていく様子が見えた。

横断歩道の向こうでは、彼氏っぽい男の人が手を振っている。

信号が青に変わり、横断歩道を渡ろうとした。だけどその時、信号無視して車が猛スピードで突っ込んできた。

暗転して、無惨な状態となった自慢の脚、おびただしい血。

『あたしの脚を返して!』という悲痛な叫び声。

そこでイメージは途絶えた。

「……そういうことだったのか……」

僕は今見たものを瓦落くんに話した。

「マジか……」
「うん、自分が自慢の脚を失って死んだから、脚に執着するみたい。気の毒だけど」

だからと言って、生きた人間の脚を奪っていいことにはならない。

「背景は分かった。次は病院……うぅっ!?」

その時キィイイイン!と頭が割れるように痛む。身体が動かない!頭の中で女の子の声が響いた。

『あなた、やっぱり見えるのね?』
「!!!」

『邪魔しないでよ』
「邪魔なんて……」

『せっかく脚を手に入れたの!取り上げるだなんて許さない。これ以上嗅ぎ回ってくるなら……お前を殺す』

突き刺すようなものすごい殺意を浴びた。そうして拘束はふいに解けた。

「っう!」

倒れこみそうになる僕を、瓦落くんが抱き止めた。

「由真、おい大丈夫か!」
「うん、平気だよ」
「やっぱり帰ろう、顔色が悪い。お前にまで何かあったら俺は……」
「何言ってるの。行き先なんて決まってる」

万が一、この霊が僕に致命的な怪我を負わせた場合。

瓦落くんを救うことはもうできなくなってしまう。それは避けたかった。




僕らはその足ですぐにナホちゃんがいたという病院を訪れた。

霊力を集中させて……と思ったんだけど。頭が少しフラフラする。

「ごめん、冷たい水で顔でも洗ってくる。少しここで待ってて」

心配させたくなかった僕は、一人で男子トイレへと向かった。

電気が切れかかっているのか、薄暗い男子トイレ。

トイレの洗面台で蛇口を捻る。
冷たい水が心地良かった。ザブザブと顔を洗った。

瓦落くん、ずっと浮かない顔してたなあ。ああ見えて結構優しいもんな。ナホちゃんが心配なはずなのに、逐一僕の身も案じて。

誰かを犠牲にしきれない人なんだろうな。なんとかしてあげなきゃ。僕、これが終わるまでは少なくとも死ねないな。

「ナホちゃん……どこにいるんだ」

ポケットのハンカチで顔を拭きながら、思わずそう独り言がこぼれた時。

『ここよ』

!!!!

声が聞こえた。

鏡越しにふと見れば、窓辺にボロボロのリカちゃん人形があった。さっきまであんなの絶対なかったのに!プラスチック製の脚は、片方ない。

「悪さするなよ……!」

僕は瞬時に鞄からお札を取り出そうとした。

だけどそれよりも早く、悲鳴のような人形の声が耳をつんざき、ビリビリと身体が硬直した!

『せっかく警告してあげたのに。本当に死にたいみたいね!』

く……っお札も小刀も鞄の中なのに!

そして次に訪れたのは、全身を襲う痛み。

ギリギリと身体中を、無数の小さな手で絞められているような苦痛さとおぞましさだった。刺すような痛みに喘いだ。

『殺してやる殺してやる殺してやる』

ぎぎぎぎ……と締め上げられる。

く、なんでこの人形、こんなに必死なんだ。

僕を何かに近づけまいと、してるみたいだ……!この病院に、僕に触れられるとまずいものでも……?

『死ねえ!』

「い、やだ……瓦落くんはナホちゃんのことでずっと悲しんでるんだ、解決するまで、僕は絶対に死なない!……ぐぁああ……!!」

さらにギリギリと締め上げられる。

誰か……!

その時。男子トイレの入り口のドアノブがガチャガチャと鳴った。

『おい、由真!どうなってんだ、開けろ!!』

ドンドンと扉を叩く音が聞こえる。

僕は叫んだ。

「助けて!瓦落くん!」

瓦落くんがドアをぶち破って、なだれ込むように入ってきた。

「由真!」

ぎら、と人形が瓦落くんの方を向いた。

瓦落くんにも襲い掛かろうとしたけど、ふと、人形はかき消されるように消えた。

僕は崩れ落ちた。

「……っ由真!おい、おい!」

僕は薄れゆく意識の中で確かに聞いた。

『駿兄ちゃん、逃げて』って、別の女の子の声を……。




はっと目を覚ます。ベッドにいた。よ、良かった。生きてる!

「由真、目が覚めたのか!お前さっき倒れたんだよ。入院することになったから」

「え……そんな。ごめん」
「いや良いんだ。色々ありがとうな」

瓦落くんにふと抱きしめられた。存在を確かめるように。大きな身体にすっぽり包まれて、少し驚いた。

「さっきあの人形に襲われてたんだな」
「うん。やっと姿を現したね」
「無理してお前まで消えるなよ」
「大丈夫だよ。さっき本当に助けてくれたじゃん」
「ドア破っただけだ」
「あの時瓦落くんが現れたからこそ、だよ」
「どういうこと」
「人形が消える時。声が聞こえたんだ。『駿兄ちゃん 逃げて』て、女の子の声」
「っ!」
「そう。あれ、やっぱりナホちゃんじゃないかと思う。

魂は人形の内側に囚われている。でもあの時、助けようと頑張ってくれたのかもしれない」
「!」
「頑張って取り返そう。ね」

僕は瓦落くんの胸にグーにした拳をトンと当てた。

「ああ」
瓦落くんは頷いた。

そしてあたりを見回した。病室には他に誰もいない。

「実はここ、たまたまナホが入院してたベッドなんだ。不思議な偶然だよな」

「それは丁度良いね、早速探そう」

僕はベッドを降りた。

「おい、まだ寝てなくて良いのか」
「ちょっと寝たら元気になった。もう大丈夫。さて……」

僕は部屋を調べてみることにした。

ナホちゃんが行方不明になってからだいぶ経っているだろうけれど。

部屋にいくつかある、引き出しなどを念のためどんどん開けていく。

人形は僕が『何か』にたどり着くのをきっと懸念している。それが何なのか、だけど……。

「やっぱり何もないか……うーん、何か、何かないのか……!」
「ありがとうな、由真。そんなに熱心にやってくれて」
「ううん」
「なあ。そういえば由真って、兄弟はいるのか」

ふと手を止める。振り向かずに答えた。

「いたよ。4人」
「由真……」

「一人だけ生きてるかもしれない兄がいる。だから瓦落くんの気持ちはほんの少しだけ分かるつもり。
でも、僕もこれ以上はまだ言えないんだ……ごめんね」
「分かった、もちろん」

彼岸家の業は深すぎて、一般の人には教えられたもんじゃない……。

さて、と僕は立ち上がった。
物理的に探すのは意味がなさそう。でも霊力を使った探索は、今日はもう流石にきつい。ならこれだ。

僕は鞄から特殊なお札を取り出した。普段持ち歩いているだけでまず使わないやつ。

「これはね、ちょっとだけ霊力を取り戻せるやつ。霊能力者にとってのスタミナドリンクみたいなやつだよ。これで霊力アップして、探そうって訳」

実際は命を少し削って、霊力にするという危険なものだ。でも確実にひとときだけ霊力を増すことができる 。

「あの人形といると霊力喰うからさ」

さて、と使おうとしたら。
ばし、と瓦落くんが僕のお札を取り上げた。

「……それ本当に大丈夫なやつなのか」
「んん……うん」

瓦落くんは僕をじっと見つめたあと、お札をじっくりと眺めた。バレたらどうしよう。

僕を再度じっと見つめた瓦落くん。ドキッとした。

「な、なに?」

瓦落くんは目を細めた。

「俺は由真に自己犠牲、してほしくない」
「え」
「『命』『削』って、このお札にはっきり書いてある。他の字は読めねえけど。それに何か誤魔化そうとしてる顔だろ」
「いや全然」
「これは俺が預かっておく」
「あーっ」

瓦落くんはお札をポケットにしまってしまった。

「そりゃナホはもちろん救いたい。でもお前が入れ替わりでいなくなったりするのはまた違うだろ」
「う……」
「他の方法は?」
「また日を改めて、って言いたいところだけど。この病室にせっかく入り込めているなら早く探索しておきたい。じゃないと僕が人形に殺されるのが先かもしれないし。

となると……うーん……霊的な力のある人と手を重ねる、とかかなあ。でもそんな人……あ」

瓦落くんと目が合った。

「確かに瓦落くん、前から霊感の素養があるなとは思ってたけど……」
「俺で良いなら。やってみる?ほら」

僕は差し出された手に、ドキドキしながら自分の手を重ねた。大きな手のひらは温かい。これはその、霊力を分けてもらう試みなだけだから。

「……気が流れるのをイメージしてみて。……!」

途切れ途切れで、まだ弱くはあったけれど。でも確かに温かい霊力が流れ込んでくるのを感じた。

ふわ、と身体の真ん中が満ちるのを感じた。

「……もういいよ、ありがとう。本当にできちゃったよ」
「俺って特別?」
「うん、割と本当」
「ふうん。なら良かった」

それってどういう意味?とは聞かなかった。

僕は改めて病室全体に向き直り、霊力を集中させた。

どこだ……どこにヒントが隠されている……。

ナホちゃん……キミを救いたいんだ……!お願い、力を貸してくれ……!

ドクンドクンドクンと鼓動が鳴る。ぎりぎりまで意識を集中させて……!

「!」

その時。カタン、と音がした。
ロッカーの中だ。ここはさっき探したけど。

キイ……と開けてみる。中にはミサンガが落ちていた。

「これ、ナホのやつだ!今までどこを探しても見つからなかったのに!どうして!」

僕がミサンガに手を触れると、自然にイメージが流れ込んできた。


渋谷で並んで歩く瓦落くんとナホちゃん。誕生日にミサンガ買ってもらっているという姿。

これは確かに、瓦落くんが同じ話をしていた。

ナホちゃんにとってはそれは、確かな絆が感じられて嬉しいものだったみたいだ。

そして別のイメージ。

あの人形がこのミサンガを見下ろしている。顔を歪めている。嫌悪するように、そのミサンガから離れていく……。

そこでイメージは途切れた。

「あの人形……このミサンガが苦手なんだ。だから隠してたのか……」
「何でだよ?」
「……多分だけど。これはこの世とナホちゃんを結ぶもの。これが近くにあると、ナホちゃんの魂は人形の身体から逃れやすくなるんだと思う。

でもそうすると、人形はせっかく手に入れたナホちゃんの脚も失うのかもね。

なら、このミサンガはきっとナホちゃんの魂救出の鍵になる」

『そうはさせないわよ』

ミサンガが弾かれるように遠くへ吹っ飛ばされた。

!!!

後ろを振り返る。さっきまで絶対いなかったはずのリカちゃん人形が、ベッドの上に乗っていた。

『ダメじゃない。勝手なことして』

「!!」

か、身体が動かない!

「ゆ、ま……」

瓦落くんも同じみたいだ。

『そっちがその気なら、私もやるわよ』

「来るな……!」

アハハと人形は笑い声をあげた。

『一緒にあそぼ。殺してあげる』

!!!

光が一瞬僕らを包む。次の瞬間、僕はベッドへと縛り付けられていた。患者みたいに。

「な、何これ……!」
「由真あ!なん、なんだよこれ……!」

ベッドの脇には、瓦落くんが立っている。だけど、いつのまにか僕の姿を模した藁人形みたいなものを持っているんだ!

人形は病室の奥の方で不気味に笑っている。

「霊が幻覚を見せてるのかも……瓦落くん、気をしっか……り持って……!」

必死に頷いた瓦落くんだったけど。

「……お、お願いします、由真の身代わりに……なってくだ、さ、い……くっそ、こんなこと、言いたくないのに、なんで……!」
「瓦落くん……!」

そうして瓦落くんは、藁人形の腹のあたりをどん、どん!と何度もパンチした。そうさせられているんだ!

「うあああっ!」

ものすごく強い力で見えない『何か』に腹を押される。あれと連動してるのか……!

「ゆ、由真ぁ!!」
「瓦落くん……く……」

『身代わり人形ごっこよ、楽しんで死んでちょうだい!!』

くそ、なんて最低なことを……!

「み、代わりに……」

瓦落くんは懸命に首を振っている。

『次は脚よ。ねじり切ってやりなさい』

「いやだ、いやだ!由真!」

瓦落くんは藁人形の片方の脚をぐ、と掴んで……!

「うぁああああ!!」

めちゃくちゃに右脚が痛んだ。苦しくて意識が飛びそうだ!

『うふふ……』

勝者の笑い声が聞こえる。くそ、くそ……。

「こんなことしたって……キミは、救われない……!楽になれる……方法……ぼく、知って……」

『私は脚が欲しい、それだけよ!救いなんていらないわ!人間なんて、皆苦しめば良いのよ!』

く、話にならない……!

瓦落くんが声を荒げた。

「由真にまで手を出すな!今度こそ助ける、ナホも由真も、ぁあああーーー!!!」

瓦落くんが渾身の力で拘束から逃れようとした!ベッドに藁人形をボフ、となんとか置くことに成功する。

「待ってろ、今、小刀を!」
なんとか僕の鞄からさっと小刀を取り出したんだけど。

『それでそいつを殺しなさい』
「……うぅうっ!」

瓦落くんは再度、身体を硬直させ、また操り人形と化してしまった!

がし、と藁人形を掴み、震える手で小刀を振り上げている……!

「やめろ、よせ、こんなこと望んでねえ!由真……!」
「く……っ!」

あれに刺されたらさすがに終わりだろう。

「……あああああーーーーっ!」
「!!!」

小刀が振り下ろされ、もう少しで刺さるという時。

『駿兄ちゃん!負けちゃダメ!』

ナホちゃんの声が響いた。

その瞬間、瓦落くんの拘束がふとまた解けた。

『何よ、あんた邪魔するんじゃない!引っ込んでなさい!!!』

瓦落くんはすぐに藁人形を置いた。そのまま走って行ってリカちゃん人形に、小刀を振り上げた!

「今度こそ守ってみせる!」

小刀にバチッと霊力が走るのが見えた。そして突き刺した。

『キャァアアアアアーーーーーーッ!!!!』

その瞬間、人形は血を吹き出した。僕らは幻覚が解けて本当に自由になった。

人形は血の池の中でのたうち回っている。

「瓦落くん、今がチャンスだ!すぐ近くのミサンガを!」

僕らは走って行って、ミサンガを手にした。二人で握った手の間に、ミサンガをしっかりと挟んだ。

「瓦落くん、ナホちゃんを呼ぶんだ!人形に向けて!君の声なら届く!」
「分かった。ナホ!戻ってこい!」

『いやあああああーーーーーっ!』

僕らが念を込めた瞬間、人形は明るく柔らかい光に包まれた。

『いや、離さない!いやああーーー!!』

その中から、徐々に浮かび上がるように、一人の女の子が現れた。

『……駿兄ちゃん』
「な、ナホ!」
『ありがとう、助けてくれて』
「ごめん、俺のせいで」

ナホちゃんはううんと首を振った。

『ひどいのはあの人形だもん。それに絶対助けてくれるって、信じてた』
「ナホ……」
『じゃあね、お兄ちゃん。またいつか会おうね』

そう言ってナホちゃんも光も消えた。

残ったものは。

『ギャァアーーーーーッ!脚を頂戴!脚を頂戴!脚を頂戴!脚を頂戴!脚を頂戴!脚を頂戴!』

怒り狂った人形だ。

「まずい!」

人形はより醜悪な姿へと変わり、大きく膨らんだ。怨念がどんどん増していく!怪異としての段階が上がってしまったんだ!

『あし あし あし あし あし!!!』

僕らの方へ向き直ると、巨大な身体を震わせて攻撃をしてきた。

僕らを殺す気だ。そしてもう、誰彼構わずこうして襲うようになる!

「ねえ、君。もう苦しまないで!」
『あし あしあしあしあしあしああああああああああ!!!!』

く……ここまで来てしまったら、もう止める手段はこれしかない……!

「ごめんなさい!」

僕は意を決して、その怪異を小刀で切り裂いた。もうどうにもならないこの現世から切り離してやりたくて。

『ギャアアーーーーーーーーッ!!!』

それは耳を塞ぎたくなるような女の悲鳴だった。

『よくも……許せない』

地を這うような呪いの言葉を吐いて、その怪異は消えた。

仕方がない。これは根底からの救済というよりも、力ずくで現世から切り離す祓いだから。

それと同時に、何かにまるで取り憑かれでもするように、物理的に僕の胸がじくじくと痛んだ。この代償もいつものことだ……。

冷や汗が背筋を伝う。
でも僕は、できる限り平静を装った。

しばらくぼうっとしていた瓦落くんだったけど、やがて気を取り直し、僕に向き直った。

僕はふらつく身体を誤魔化した。

「本当にありがとうな、由真」
「うん。良かった」

瓦落くんもこれできっとようやく少しは自分を許せるのではないだろうか。傷は深いけれど……。

「お前には本当に感謝してる……恩人だよ。俺とナホの」

瓦落くんに強く抱きしめられて、その腕を支えにする。今は助かる。今は……。

ドクンドクンと胸のあたりが熱い。く、酷くなってきた。

恋心という訳ではなく……。

「ぼ、僕そろそろ寝ようかなあ。疲れちゃった。あ、瓦落くんはもう帰って良いよ。ほら、全部片付いたしさ」
「冷たいこと言うなよ、俺もしばらくいる」
「え、ええー?いやほんとに良いから」

だめだ、早く瓦落くんと別れないと。冷や汗がすごい。こんなところでぶっ倒れたらダメだ。

瓦落くんの気持ちに水を差すことになる。

「まあまた渋谷駅で遊ぼうよ。じゃあね、瓦落くん!また」

それで無理やり解散しようとしたんだけどダメだった。

「う……っ!」

胸のあたりがどうしても焼け爛れるように熱くて、僕は倒れ込んだ。

「由真!」

瓦落くんが起こしてくれて、寄りかかるようにして僕は座った。頭がぐらぐらする。

「おい!大丈夫か」
「平気、慣れてるから……」
「誰か呼んでくる!」
「大丈夫」

立ち上がろうとした瓦落くんを止めた。

「普通の医療じゃ治せないんだよ。これは祟りだからね。それに普通の人には見えない」
「な……っ!」

まだ納得しかねている瓦落くんのために、僕は自分のワイシャツのボタンを少しだけ開けてみせた。

「……!」

胸のあたりにみるみると浮かぶ一筋の赤いアザ。呼吸をしているかのように、蠢いている。

僕の身体にはそれがすでに十何個もある。

「さっきみたいに無理やり霊を引き裂くとね、祟られてこうなるんだ。まあ、慣れてるからさ」

「お、おい!そんなの慣れんなよ!」

「まあ、こういうのが『おつとめ』なんだよ。良いんだ、気にしないで。心配させてごめん、ね……」

意識が急に遠のいていく。

「由真ぁ!」

瓦落くんの悲鳴じみた声。

瓦落くんがドタバタと走っていって、人を呼ぶ声が聞こえる。それはあまりに必死で、やっぱり瓦落くんて良い人だなあと僕は思った。

……瓦落くん。ほんとのこと言うとね、この祟りをいっぱい受けると実は死ぬんだ。

でも安心してね。そうやって死んでいくのが僕が家から課された『おつとめ』なんだ。そしてその先に、もっと恐ろしいことが待っている。

だから何も問題ないはずなんだ。

優しい君には、死ぬまで内緒のことだけど。