今回のオーディションは、数か月にわたる合宿で行われた。それが終わった今、久しぶりの帰宅が許される。
特段、感傷に浸ることもないが、この二段ベッドで過ごすのも、明日で最後だ。
オーディションの合宿中は、外部との接触や情報を断つためにスマホは没収される。ようやく手元に戻ってきたスマホの重みを感じながら、電源を入れる。
寝るまでの間、することもなくて手持無沙汰なこともあり、俺はしばらくの空白を埋めるように、スマホを操作し始めた。
――ふいに、汐人とのことが脳裏をよぎった。
汐人の死から1年が経とうとしていた。
デジタルの墓標は消えることなく、いつ見ても訃報で途切れたままだった。
当然、新しい投稿がなされることはなかったが、暗闇の中で汐人のSNSを開くと、指を止められなくなった。
何度も見返したはずの、汐人の投稿を丹念に見返す。それが終わると、汐人がフォローしていた見知らぬアカウントの投稿すら追いはじめる。
生前の汐人が最後にフォローしたAのアカウント。
ふと画面をスクロールする手が止まる。Aのアカウントも家族による訃報の投稿で更新を断っていた。
病による死。さかのぼるとしばらく闘病していたことがうかがい知れるが、20代半ばの若い男、それももともとは病気とは無縁そうな健康そうな男だった。
Aのフォローをたどってみる。
Aが最後にフォローしたのはB。
驚くことにBの投稿も親族によるBの訃報を最後に終わっていた。そしてBが最後にフォローしたのはC。
Cの投稿もまた親族によるCの訃報を最後に……
得体のしれない不気味さが、背中を駆け上がり、俺はいったんスマホを置いた。
深く追わないといいと本能が告げている。今ならまだ見なかったことにして、忘れることができるはずだ。
俺は固く目を閉じて眠ろうとする……わけもなく、再びスマホを掴み取った。
汐人⇒A⇒B⇒Cと、短期間で訃報が数珠つなぎのように繋がっている。
――なんだこれは?
消化できない疑問符がぐるぐると回る。見通しの厳しい病を持つ者同士が、励ましあうため繋がってきたことは普通に考えられる。
だかそうとしても。汐人の訃報を皮切りに、たった1年足らずの短期間に、こんなことが起こりえるのだろうか。
訃報の数珠つなぎにおける、現在の最新の人物。
訃報の投稿を最後に沈黙したCが、一番最近フォローしたアカウントは”壮汰”。
つまり、この流れがもしも続くとしたら……
……次に訃報が投稿されるのは、”壮汰”の可能性が高い。
汐人⇒A⇒B⇒C⇒壮汰
壮汰の最新の投稿は、今日の夕方のものだった。
どこか知らない街。
複雑に絡み合った電線が不気味な蜘蛛の巣のように張り巡らされている。その向こう側を、燃えるような巨大な太陽が沈んでいくところ。
それはあまりに濃密な、都市の排気と煤を煮詰め、腐食したような、血液の色彩。血液をぶちまけたような、空が画面いっぱいに広がっている。
俺はその画像を見るなり、スマホを取り落としかける。俺のよく知っている、撮影者の雰囲気がそこにあった。写真の撮り方、好む被写体、少しだけスマホを傾ける癖。
「汐人……!?」
俺はわかりやすく動揺した。手が震えて今度こそスマホを取り落とす。
――どういうことだ、俺にはわかる、これは汐人が撮る写真だ。彼は好んで、夕暮れ時の空や陽を被写体にした。
どういうことだ。
汐人は死んでいないとでも、いうのだろうか。
汐人の訃報は、本人あるいは第三者が仕組んだ虚偽なのではないか。その可能性は、確かにゼロではない。
そもそも汐人を含め、これらのアカウントが、悪趣味な創作である可能性さえ否定できない。そんなことをする動機はさっぱりわからないし、なにより汐人が訃報の偽装など、心底軽蔑に値することをしでかす人間には到底思えなかった。だが、なんらかの理由があるのかもしれない。
荒唐無稽な仮説は、はるか高い天井から暗い部屋に差し込んだ、福音めいた光のようにも思えた。
もしかしたら、汐人は生きているのかもしれない。
俺は勢いよく体を起こし、"壮汰"のアカウントをフォローした。そのままDMを開き、メッセージを入力する。
「不破慧一と申します。突然の変な連絡すみません。あなたは汐人ですか?」
……。しばらくスマホを掴んだまま、画面を見つめて待っていた。そうやって返事を待っている自分の行動が、馬鹿げたものに思えてきた。
返事はすぐには来ないかもしれない。スマホを投げ捨て、眠ることにする。
明日の朝も、早朝から深夜まで、今度はデビューに向けた、より激化するレッスンが待っている。
*
早朝、事務所が契約するサロン。
「綺麗な黒髪…艶やかで癖がない。量も多くて華やか。染めてしまうのがもったいないくらい」
美容師が俺の髪をすくい上げ、熱心に何かを言っている。
前日の早朝から深夜まで続いた仕事のせいで、俺の意識は朦朧としていた。美容師が話しかけてくる愛想のいい言葉も、鼓膜を素通りして消えていく。 俺のあまりの反応のなさに、やがて美容師も空気を察したのか口を閉ざした。まぶたを閉じると、すぐに睡魔がやってくる。
数時間後。
鏡の中には、見たことのない俺がいた。
事務所が厳格に指示する通り、少し痛んでいた髪を切られ、髪色は透き通るようなプラチナブロンドに染め上げられている。髪の一本までが、事務所の管理に置かれたのだ。軽く顔を左右に振って、髪が艶めき輝く様子を観察する。美容師の恍惚とした声が降ってくる。
「KEIは肌が白いからハイトーンがとても似合う…。人間離れした近寄りがたい雰囲気になって際立ってる」
それは、まるで誰かの欲望を形にしたような、近寄りがたい美貌の美少年。
*
オーディションの一部始終は、またしてもオーディション番組として編集され配信された。同時に、華々しくデビューが公式に発表された。
俺を取り巻く環境は一変し、SNSはたちまち有象無象のコメントで埋め尽くされる。
オーディション番組の感想、配信でできたファン、前から追っていたファン、有名になるのは嫌だという以前からのファン、毒にも薬にもならない野次。
「慧一が遠くへ行ってしまう……こんなに一気に見つかっちゃうとちょっと泣きそう」
「不破君が有名になるのは分かってたけど、いざ手の届かなくなると、寂しい」
「ビジュだけで群がってくるのが無理すぎ 」
「番組の演出が大げさすぎ。結局ビジュ強くて目立つやつが勝つだけ」
「ビジュが強すぎて、喋ってる内容が頭に入ってこない」
「顔面の圧がすごい」
「スターが生まれる瞬間を目の当たりにした」
「今まで特定の推しがいなかった人生、KEIに出会ってしまった。これが沼落ち音か」
「流れてきた動画のサムネを見たと思ったら、気が付いたら番組完走してた」
「こんな逸材をスルーしてたなんて、これまでの人生損してた」
「過去動画とか全部見てきます…これからKEI様が世界の中心」
流れていく言葉を読み飛ばしていくと、その中に紛れた1通のDMに目が留まる。
"壮汰"からのDMだった。手が震えるのがわかる。メッセージは俺のデビューを祝っていた。
【デビューおめでとう慧一。ずっと応援してる】
【2話へ】
