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それから1か月ほど経った。
黛壮汰の訃報がSNSに投稿されているのに気が付いたのは、控室で髪をセットされているときのことだった。
ようやく返却を許されたスマホには、汐人のものと似通った、親族による投稿が映し出される。
時が止まったようだった。
汐人とフリマアプリで出会ってからの日々が、走馬灯のように駆け抜けていく。
黛壮汰の身体で現れた、汐人の笑顔が思い浮かぶ。初夏の夕闇に染まる河川敷で、恐怖と緊張感に包まれたホテルの密室で、眼下に広がる都市の夜景を背景にして。
「……汐人」
スタイリストに悟られないように、平静を装う。
つもりだったが、俺の意志とは裏腹に、目頭が熱くなり視界がぼやける。涙が頬を伝っていく。
汐人の死を知るのは、二度目のことだ。瀬田汐人の死と、黛壮太の死。
汐人にとっては何度目かの死。
だが今度こそ、彼は本当にこの世からいなくなったのだとわかる。俺の中に流れている汐人に由来する血液が。その事実を知らしめてくる。髪に素早くヘアアイロンを滑らせていたスタイリストの手が、ぴたりと止まる。
誤魔化しようがなく、頬を涙が濡らしていく。
「えっ……どうかした!? 熱かった!?」
「違う。目にゴミが入りました」
メイクが崩れるので、自分で拭うことすら許されない。手早く涙を吸い取られる。それ以上涙が出てこないことを確認した後、すぐに上からメイクが施される。涙はなかったことにされる。
それから改めて、スマホの画面を見つめる。
黛壮汰が最も新しくフォローしているのは、不破慧一からKEIになった俺のアカウント。これまでの残酷な流れをなぞると、黛壮汰が最後にフォローしたアカウントが次の犠牲者となる。
――次の番は俺だ。
黛壮汰の親族による投稿に、丁重に追悼のコメントを書き、送信した。
顔を上げると、鏡の中の自分は、何事もなかったように端然としている。整然とアップにした白金色の髪がキラキラとした輝きを放ち、精緻に整えらえたまつげが、鋭く上を向いている。そこに置かれた微細なラメが、瞬きをするたびに星屑のように冷たく、けれど眩しく光を反射した。
「KEI、そろそろ行こうか。出番だ」
隣にいたLIOが立ち上がり、その手が軽く俺の肩に触れると、離れていく。
脇を通り抜けていくJJが、ウインクを投げ、さりげなくボディタッチしていく。彼らは俺の様子に気づかなかったような振る舞いを見せたが、たぶん気が付いたのだと思う。何も言わない、心地よい気遣いと適切な距離感を提供してくれる彼ら。この仲間たちと、いつまでもチームを組めればいいのにと願わずにいられなかった。
俺はスマホをその場に伏せて置き、立ち上がった。
「ああ」
ガラス張りの廊下を、容赦なく照りつける陽光が白く焼き尽くしている。
俺たち7人のアイドルたちは、整然とその光の中を進み、用意されたステージへと向かっていく。彼らは一歩ずつ眩い光へと吸い込まれていった。 その登場を待ちわびている観客は、その姿に狂信的に熱狂するだろう。
窓の外は、盛夏から夏の終わりに移り変わっている。どこまでも終わりがないような青に覆われた空。その一角から、夏の終わりを予感させるあまりに巨大な雲が、圧倒的な質量を持ってもくもくと広がり始めていた。
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そうして俺は、かつて汐人の身体で造血された、異常な血液を拡散する側の存在になった。
「7人全員がそれぞれ違う魅力をまとう、奇跡のグループ。その中心で異彩を放つのが、センターに立つことの多いKEI。愁いを帯びたミステリアスでアンニュイな佇まい。人を引き付けて離さない、蜜のように甘やかな魅力。長い下積み時代を経て、デビュー後は類稀なビジュアルで人気を博す。だが、もともとの性格なのか、感情表現の希薄さが弱点のように思えた。しかし、ここ最近の彼は驚くほどに化けた。積極的に観客を煽り、誘惑し、翻弄するようになった。彼がただ一度振り返るだけで、魂を奪われたように虜にされるファンが続出している。特筆すべきは、彼を支持する者の非常に強い、執着とも呼べる思い入れ。SNSであふれる言葉は、憧憬を超え、もはや信仰に近い。時として、常軌を逸した狂信に近い様相を呈している」
俺たちを紹介するニュース記事に目を通していた俺は、その画面を閉じる。
そこにはSNS上に踊るファンの声が引用されている。
「KEIを愛することで、死に至っても構わないとさえ思える」
「異常な魔性。彼の目線に殺されてもいい」
「KEIが望むなら死ねる」
「命も惜しくない」
「KEIがステージを去ってしまったら、もう生きる意味がない」
眩しい光のステージの上。感情を乗せ、脳の深部を甘やかに痺れさせるような中毒性のあるボーカル。それは魂をとろかすような芳醇な旋律となり、空間を支配する。
7人のアイドルが、寸分の乱れもない精緻さと激情をはらんだダンスで、見る者の理性をかき乱す。観る者の感情を容赦なく抉る仕草、情熱的な表情、射抜くような目線。
その一つ一つが、観客を煽り、翻弄し、感情を経験したことのない昂ぶりへといざなっていく。
その狂騒の中心で、俺はひときわ鋭い視線の束を一身に集めていた。
挑発的に歪められる唇、瞬き一つで火花を散らす瞳、その一挙一動が、指先からつま先に至るまでが、観客を執拗に煽り、理性を削り取っていく。
とどめのソロが響いた瞬間、観客は悲鳴を上げた。脳の中にその美しい指先を突き立てられ、かき回されるような暴力的な陶酔。彼らに与えられるのは、身を焼き尽くすほどの痛烈なカタルシス。
俺の目の前に横たわるのは、底の見えない暗い海のような闇。その客席から1万人の視線が、熱を帯びて降り注ぐ。
このおびただしい観客の群れの中に、汐人が紛れていないだろうか。
撮影される動画に収められる俺の姿を、いつか彼が見ることはないだろうか。どこか期待している自分に気が付き、薄く唇を歪めて自嘲する。
もはや汐人はこの世のどこにも存在していない。俺の中に存在する、かつて汐人の中に存在していた血液が知らしめているというのに。
「俺をこんな身体にしたおまえが、この巨大なステージの真ん中で、観客の視線を一身に集める俺を見られないなんて……気の毒だったな、汐人」
網膜と脳を焼く魔性じみた魅力、華やかでいて残酷なまでに圧倒的なカリスマ性、気高く冷徹なまでに完成された品格。体内に流れる異常な血が内側から鮮烈な光を放ち、それらをすべてを鮮烈に際立たせる。
桁違いの拡散力で、俺という呪いは拡散していく。
俺の姿に魅せられ熱狂する人間は、やがて俺の中に流れる異常な血液がその体内に現われ、浸食していく。
【END】
