アイドルと伝播する血液の怪異


【1話】

 目も眩むような光に晒されたステージが、闇の中に浮かび上がる。
 照明の落ちた広大な客席を埋め尽くす観客の視線は熱を帯び、取り憑かれたようにステージをに注がれていた。

 丹念に整えられた髪を激しく乱し、7人のボーイズアイドルが歌い、踊っていた。

 煽情的で感情を蕩かせるような旋律と歌声。光を複雑に跳ね返しきらめく、大胆な装飾があしらわれた漆黒の衣装。
 それぞれが、異質な魅力を放つ宝石のような青年たちは、会場を陶酔へ引きずり込み、その情動を完全に支配していた。

「KEI…」

 そのセンターで、俺は暗闇の客席から突き刺さる、無数の視線を一身に集めていた。
 俺のソロが響き渡った瞬間、会場は理性を焼き切られ悲鳴を上げる。

 しなやかに機敏に煽情的に動く長い手足。すっと伸びる長い首は、激しい動きの中で目を惹く。大胆にセットされた、艶やかに輝くプラチナブロンドの髪は、照明を反射して光を撒き散らし、透き通るような白い肌を際立たせる。強い意志を感じる眉、長い睫毛に縁どられた切れ長の瞳が、濡れたように輝き、客席を射抜く。
 薄く赤い紅を差した形のいい唇が、挑発するように歪められる。
 
 ステージライトに浮かび上がる、闇の中に浮かび上がる俺の姿は、透き通るような人間離れした印象を与える。
 それは、死の気配を感じさえるほどに壮絶に美しく、見る者に異常な恍惚を与えていた。

 ――なんて嬉しいんだろう。
 ついに、俺の人生において、ずっとずっと欲しくてたまらなかったものを、この手に掴んだんだ。

 俺は心の底から満たされていた。

 溢れ出す歓びに、本心からの微笑みを観客に投げかけていた。
 これ以上、望むものなど、この世界のどこにもなかった。
 
 愛を歌いながら、俺の脳裏には、ここにいない一人の男の姿が揺らめいていた。

 もう戻れないところまで来てしまったのは、あの男のせいだ。もう会うことのできない彼に対して、俺は寂しさと恨みと愛おしさが入り混じる、複雑な感情を覚えている。

「俺をこんな身体にしたおまえが、この大きなステージの中央で、観客の視線を一身に集める俺を見られないなんて気の毒だったな、汐人」



「不破慧一。君の顔、骨格、声、雰囲気、運動神経… 全てが選ばれた人間の非凡なそれで素晴らしい。人を引き付ける蜜のような魅力やカリスマ性もある。だが、残念なことに君を応援したくはならない」

 真新しい設備を備える広い練習場の一角。
 アイドルを選ぶオーディションが開かれていて、俺はその参加者だった。

 不破慧一、アイドルの練習生をしている。

 オーディションは、その一部始終がエンタメになる。
 エモーショナルなナレーションで色付けされ、ドラマチックに過剰な編集が加えられる。アイドルオーディション番組として、動画配信される予定だ。
 会場には常に複数のカメラが設置され、多様な角度から一部始終を映している。今は俺にカメラが集中しているのがわかる。

 数人の審査員のうちの一人、事務所の関係者である男が、カメラを意識した演技じみた口調で続ける。
 俺は動揺を表情に出さないように装ったが、うまくできた自信はなかった。
 情熱を捧げ、全力で挑んでいたオーディションに落ちたのだ。

「君は観客に興味を持っていないんだろう。人は愛を向けてくれるものを愛する。君がファンを愛さなければ、ファンも愛を返してはくれない。確かに一度は、君のビジュアルでファンが付くだろう。が、すぐに離れていくだろう」

 その通り、持っていない。言いたいことは理解できるし、まっとうなことを言っているとも思う。
 俺は育った環境ゆえ、他人を信用することができない厄介な性質を持っていた。当然ポジティブな関心を寄せることもできないが、それはどうしようもならないのだ。

「ファンに好感を持っていないのに、君はなんでアイドルになりたいの?」
「それは……」

 俺の中に明確にアイドルにならなくてはならない目的は存在した。だが、それを他人に口にすることははばかられた。こんないくつものカメラに囲まれた中で説明するのは、絶対にごめんだった。

 だからといって答えるのを拒否するわけにもいかない。
 作り手の思惑一つで恣意的に編集され、公開処刑と化することもありうる。オーディション番組での振る舞いはそれに落ちようとも、今後の活動を大きく左右するのだ。

 黙ってしまった俺から、審査員は芝居がかった大仰な身振りで顔をそむけた。そして俺の答えを待たずに、審査の終了を告げた。選ばれたものが歓声を上げる声が聞こえる。俺は悔しさに拳を握りしめた。

 オーディション後、撮影用の仰々しいカメラを抱えた男がやってくる。
 わざとらしい作り笑顔、馴れ馴れしく俺の肩をポンポンと強くたたく。でかい声が響いた。

「不破くん、残念だったね。当初は圧倒的なビジュで高評価だったのに。ダンスめちゃくちゃ上手いし、歌もいい。並大抵の練習量じゃないね。それなのに審査が進むにつれ、何を考えているのかわからない、君が観客に興味がないのが透けて見える印象に変わっていき、結果につながらなかったように見えた。どう振り返りますか?」
 
「………。次こそチャンスを掴めるように頑張ります」
「君は本当に画面映えするから。次回こそ、ファンにデビューした君を見せてよ」

 俺は冷淡で観客に興味がないキャラクターとして編集され、脱落が妥当というストーリーに仕立てられるのだろう。
 ここで求められるのは、悔しさをにじませた表情なのだろうと思ったのでそうする。俺の本心とも同じだったので表情は容易につくれた。



 都会の雑多なビル街に紛れ、古い建物の中にダンスの練習場がある。
 練習場では、絶え間なくアップテンポの音楽が流れつづけ、生徒達がステップを踏む音が響いている。

 オーディション番組の事後のインタビュー撮影が押し、俺はダンスのレッスンに遅刻していた。更衣室に駆け込む。

 どういうわけか、手荷物の中にあるはずのレッスン用のスニーカーがない。レッスン場に忘れたのだろうか。
 室内を見渡して、更衣室の片隅に袋ごと残されているのを見つけて、胸をなでおろす。
 だがそこに置いた記憶はどう思い出しても見つからない。納得のいかない事実に、違和感が胸の底をかすめる。

 だが、今はそれどころではない。急いで練習に加わろうと、レッスンのスニーカーに急いで足を突っ込む。

「痛……ッ!!」

 途端に、足の裏に走る切ったような鋭い痛み。反射的に足を引き抜く。嫌な予感しかなくスニーカーの中を覗き込むと、ガラスの瓶の破片のようなものが入っている。

「な…」

 誰の仕業かなんとなくわかる。
 俺に言い寄ってきていた女の練習生を邪険にしたことで、それに好意を寄せる男の練習生の恨みを買ったのだ。
周囲を見渡すとそいつが遠巻きに俺の様子を見ている。証拠がない。正面から噛み付いても、しらを切られるだけだろう。

「……」

 スニーカーをひっくり返し、中のガラスをゴミ箱に流し込む。その中が空になったことを慎重に確認してから再び履く。皮膚を軽く切っただけだ、踊れる。

 息が上がり肩で息をするようになる頃、ようやく音楽が止まり休憩の指示が出る。
 練習場の重いドアを音を立てて開き、談笑しながら何人かの練習生たちが出ていく。その中に俺のスニーカーにガラスを撒いたであろう練習生の姿もある。こちらの様子をうかがっているのがわかる。 



 いつものように夜の遅い時間まで長引いたレッスンが終わり、練習場の重いドアを引いて出る。
 歩くたびに足の裏から、ずきずきと鈍い痛みが上ってくる。おかげで動きが散漫になり、何度も怒鳴られた。気分は最悪だった。

「君を応援したくはならない」

 頭の中では、オーディションの審査員の講評が頭の中で何度も再生される。

 アイドルになることなんて、諦めた方が方がいいのかもしれない。

 歩く気力さえ失って立ち止まると、そこは夜の暗闇に閉ざされた、小さな公園の前だった。自棄っぱちな感情が、胸を支配していた。

 自暴自棄な気持ちで、内側に傷が入る血がにじんだスニーカーを取り出すと、外見と内側の写真を撮る。
 そしてそのままフリマアプリにアップロードした。
 毎日のレッスンで、バイトをする時間の取れない俺にとって、フリマアプリは大事な買い物先であり資金源だ。出品と購入を繰り返し、日々の生活を繋いでいる。

「スニーカー。27.5cm。室内でダンスの練習に使っていました。かなり使い込んでいるので底のすり減りがあります。内側にガラス片が入った傷もあります。自分の血が付いてますが、洗ってから送ります」

 我ながら気持ちの悪い出品だ。こんなもの買うやつがいるのだろうか。だんだん冷静になってくる。
 このスニーカーが売れてしまうと、練習用のシューズがなくなってしまう。

 しばらくすると質問が付いた。

「かっこいいスニーカーですね、何で売るんですか?」

 一応それに返信する。

「ダンスやめようと思っているから」
「この傷、足に怪我したんですよね。大丈夫ですか?」

 変なやつに俺の気持ちがわかってたまるものか。

「関係ない質問は答えません」
「じゃあ、SNS教えてもらえません?」

 なんだこいつ…


 自暴自棄になっていた俺は、退けるのもおっくうになり、そいつを俺のSNSへ誘導した。
 そうすれば勝手に察してくれるだろう。報われない練習生が、アイドルになる夢をあきらめたのだと。

 俺のSNSはもともと宣伝用に作ったもので、本名の「不破慧一」をそのまま名乗っている。

 デビューもしていない無名の存在だが、数少ないファンにフォローされている。
 それらが俺を覚えているように、あるいはなんらかのきっかけで俺を知った人間が俺を追えるように、時々自撮りや、日常の出来事を投稿し続ける。気が乗らなかろうが関係ない。生き残るための、欠かせない活動の一環だ。

 そいつはSNS に移ると、今度はSNSから話しかけてきた。

「不破さんは」
「名前呼び捨てでいい。みんなそう呼ぶ」
「じゃあ慧一は。アイドル目指すのをやめるの?」
「おまえに関係ない」
「汐人。慧一がアイドル目指すのをやめるか気になるから、フォローしよ」

 なんだこいつ……

「悪趣味なやつ。なんでこんなことでやめようなんて思ったのか、だんだん馬鹿らしくなってきた。スニーカー売るのもやめる」
「残念。欲しかったな、かっこいいし」

 それが汐人との出会いだった。
 汐人はSNSで、時々俺に話しかけてくるようになる。

「慧一、もう踊ってるの。足はもういいの?」
「もう治った」
「嘘つけ」
「嘘じゃない」
「どうしてスニーカーにガラスが入ったん」
「嫉妬。俺に才能があるから」

 俺のファンではないし、利害関係があるわけでもない。顔を合わせるわけでもなければ、よく思われたいというのもなかった。
 自暴自棄になっていたときに出会ったせいもあり、壁に向かって話すような気分で、取り繕わない剥き出しの本心を彼に投げつけた。

「かっこよすぎる。才能があるのにやめようと思ったんだ」
「……おまえ、何で俺のことをそんなに気にするんだ」
「面白いから」

 意外な答えにスマホを見ている指が止まる。

「は?」
「フリマサイトで血だらけのスニーカーを出品してたアイドルを目指している美少年は、アイドルを目指すのをやめるのか。それともデビューを掴むのか。何を考えていて何をしようとするのかという、エンタメを楽しんでる」
「……」

 なんだこいつ……

「ならちょうどいいのがある。俺が参加してるオーディションが、今夜から配信される」
「それ! 慧一が出演予定だってSNSに書いていたやつ。絶対見ようと思ってた」

 オーディションの一部始終を感動的なストーリーへと巧妙に仕立て上げた番組は、いくつかのエピソードに分割され、今夜から配信される。